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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第14章 荒野入り

40.荒野入り

 メイ軍が西部に現れたというセシルの知らせを受けて、オリバンたちは北西の方角へ馬を走らせていました。

 先を行くのは案内役の管狐、その後ろを、オリバンとセシルを先頭に、百名のロムド兵と二十五名のナージャの女騎士団が行きます。

 

 彼らは昨日は日没まで一日中駆け続けたのですが、高原地帯は上り下りが激しく、いたるところに谷や崖もあるので、夜間は危険で進むことができませんでした。早朝、あたりが明るくなるのを待って再び走り始め、今はジタン山脈の麓を離れて、山や丘が散在する原野を進んでいました。

「ここはロムドの西部に広がる大荒野の南端だ――! ここから先は、草木もろくに生えない荒れ地になる! 岩も多いから馬の足元に気をつけろ!」

 とオリバンは後ろに続く兵たちに言いました。主に、ロムドの地理に明るくない女騎士団に対する注意です。ここに来るまでの間もかなり厳しい荒れ地だったので、それ以上にひどいのか、と女騎士たちは密かに驚きました。海に面していて気候が温暖なメイ国には、大荒野のように自然が厳しい場所はほとんど存在しなかったのです。

 セシルは歯を食いしばって馬を走らせていました。崖から落ちたときの傷がまだ痛んでいたのです。鎧からのぞく顔には大量の汗が噴き出していますが、決して弱音は吐きませんでした。先を行く管狐を追いかけ続けます。

 

 すると、オリバンがセシルに馬を並べて話しかけてきました。

「あなたがメイ軍を見つけた山は、西の街道からそう遠くはない。敵は西の街道沿いに攻め進むと考えるのが筋なのだが、果たしてどうだろう」

 セシルはすぐに答えました。

「メイ軍はチャストに率いられていた。彼は堅実に軍を運用しながら作戦を立てる軍師だ。まず間違いなく街道を行くだろう」

 彼女は母国にいた頃に何度もチャストと味方同士で戦ったので、彼のやり方はよく知っていたのです。

「西の街道というのはどういうところですか? 防備はどうなっているのでしょう?」

 と、すぐ後ろを走っていたシェーラが尋ねてきました。彼女も先日、刺客と戦って腕を負傷していましたが、セシルと同様、弱音は一言も吐きません。

「西の街道沿いにあるのは、ほとんどが小さな街や村だ――。はるか東のリーリス湖から、街道に沿って水路が引かれていて、その水で畑や牧場が営まれている。荒れ地の中に細々と農地が広がっている地域だから、領主もほとんどいない。特に、西の国境のリーバビオン伯爵領から、西の街道の中程にあるビスクの街までの間は、どこの領地にも属していない」

 とオリバンが答えたので、シェーラは驚きました。

「どこの領地にも属していない? 領主がいない場所があるのですか?」

 メイ国では、国の中はいくつもの領地に分割されて、それぞれを大勢の領主が治めていたのです。領主たちの上に君臨していて、自分自身も広大な領地を持っているのが国王です。

「西部はここ四十年ほどの間に開拓されてきた、新しい土地なのだ」

 とオリバンは説明を続けました。

「父上のご判断で、開拓されてできた街や村の大半は、領主を置かない自治領になっている。むろん、ロムドの領地だから父上の統治下にはあるがな。西部は広大だし自然が厳しい地域だから、誰も領主になりたがらないのだ」

「オリバン、そんな話は聞かせなくていい」

 ロムド国の内情を無造作に話すオリバンを、セシルはたしなめましたが、彼は頓着しませんでした。

「かまわん。事実は事実だ。だが、領主がいないということは、そこを守る常駐軍がいないということになる。獣や盗賊が出没する地域でもあるから、大きい街には国王直轄の警備隊が配置されているし、小さい街や村には自警団が組織されているが、警備隊は人数が少ないし、自警団は農民の集団に過ぎない。戦力的にはほとんどあてにできんだろう」

「つまり、西の街道沿いの街や村は敵の攻撃に抵抗できない、ということなのですね……」

 とシェーラは言って考え込みました。

 セシルも気がかりそうに後ろを振り向きました。彼らに続くのは総勢百二十五名のロムド兵と女騎士団です。何万というセイロスの軍勢相手では、彼らであってもかなうはずはありません。一度ロムド城に戻って、兵を増員してからセイロス軍を迎撃に出るべきなのですが、オリバンはまっすぐ敵へ向かっていました。これでは敵を偵察することしかできないだろう、と密かに考えます――。

 

 その時、数人のロムド兵が空を指さして言いました。

「殿下、何かがやってきます!」

「鳥ではないように見えますが!」

 オリバンたちは反射的に身構えました。剣に手をかけながら空を見上げて、近づいてくるものを見定めます。

 すると、管狐がひらりと飛び戻ってきて、一声鳴きました。セシルが驚きます。

「風の犬だって!?」

「なに!? では、フルートたちか!?」

 オリバンたちが見つめているうちに、空の向こうからウォンオンと犬がほえる声が聞こえてきました。ひゃっほう! という歓声も聞こえて、上空から風の獣が舞い降りてきます。それはルルに乗ったゼンでした。地面に飛び降りて走り寄ってきます。

「やっと見つけたぜ! ジタンにいねえんだもんよ! ずいぶん探したぞ!」

 やって来たのがゼンだけだったので、オリバンとセシルは聞き返しました。

「おまえだけなのか? どうやってここがわかった」

「フルートたちはどこにいる?」

「ガタンの近くでハロルドと会ったんだよ。おまえらが防衛のためにジタンに残ったって聞いたから、最初ジタンに飛んだんだけどよ、そこにいねえから蹄の痕を追いかけてきたんだ。メールはハロルドをロムド城まで送っていったぜ。フルートたちは後から来る。連れが遅いからな」

 連れ? とオリバンたちが不思議がっていると、兵士たちがまた空を指さし始めました。今度は女騎士たちが声をあげます。

「隊長、殿下、あれをご覧になってください!」

「信じられない! なんであんなことができるのよ!?」

 驚いてまた空を見たオリバンたちは、もっとびっくりしました。たった今ゼンが飛んできた方向から、今度は風の犬に乗ったフルートとポポロ、そして空飛ぶ騎馬の一団が近づいていたのです。馬にまたがっているのは、白い鎧兜を着けて赤いマントをなびかせた女騎士団です。

 

 彼らが地上へ降りてくると、地上の女騎士たちが駆け寄って取り囲みました。

「どういうことよ、ユリア、ベス!?」

「あなたたち、馬で空を飛んできたの!?」

「なんでそんなことができたのよ、アンジェリカ!?」

 空から地上に降り立った女騎士たちは、誰もがほっとした顔をしていました。馬もブルル、と鼻を鳴らしながら地面を踏みしめて、その感触を確かめています。

「ポポロの魔法よ」

「勇者君の命令で、あたしたちの馬が空を走れるようにしてくれたの」

「昨日から空を走ってきたし、次の日の夜明けが来るまで絶対空から落ちないって言われてたけど、やっぱりひやひやだったわね。馬も地面を走るほうがいいみたいよ」

 と到着した女騎士たちが口々に答えます。

 セシルがその顔ぶれを見ながら尋ねました。

「おまえたちだけか? タニラとマリーとシャルロッタはどうした?」

 空を来た女騎士たちは、いっせいに馬上で姿勢を正しました。

「副隊長たちはハロルド殿下と共にロムド城へ向かわれました」

「我々は隊長の元に戻るように、と副隊長に言われたので、勇者殿たちと共に参りました」

「ハロルドたちはメールの花鳥に乗っていったわけか」

 とオリバンはうなずき、改めてフルートを見ました。フルートが、にこりと笑ったので、こちらも笑顔を返します。

「よく来てくれたな、フルート。敵は万を越す大軍でロムドに攻め込んできた。正直、この人数でどうやって対応したら良いか、考えあぐねていたところだ」

 

 とたんにフルートたちは顔色を変えました。

「セイロスがロムドに攻め込んできただって!?」

「やだ! もう攻めてきたっていうの!?」

「どこからだよ!? 西の国境を越えてきやがったのか!?」

「ワン、ジタン山脈を越えてくるんじゃなかったんだ……!」

 オリバンは重々しく答えました。

「連中は、ジタンと西の国境の間にある山に、突如姿を現した。おそらく魔法のしわざだろう。偶然近くを通りかかったセシルが気づいたのだ」

 それを聞いてフルートたちはセシルを見つめ、その時やっと、彼女が怪我をしていることに気がつきました。フルートが急いでペンダントを外して押し当てると、セシルの顔や体から傷や打撲が消えていきます。

「ありがとう、助かった」

 体からすっかり痛みが引いたので、セシルは晴ればれした笑顔になりました。

 オリバンがまた言います。

「実はロムド兵にも負傷者がひとりいるのだ。誤解から女騎士団に切られてな。馬車に乗せているのだが、あの者も治してもらえるか?」

「女騎士の中ではシェーラが負傷している」

 とセシルも言います。

「それなら喜んで。でも、どうやらこっちでは事態が急変していたみたいですね。詳しい話を聞かせて下さい。それから、どうしたらいいか相談しましょう」

 フルートがそう言ったので、一行は大荒野の南端でいったん休止して、話し合いをすることになりました――。

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