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第22巻「二人の軍師の戦い」

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39.街道の街・1

 その日の昼下がり、一人の農夫が荷物をつけた馬を引きながら、西の街道を歩いていました。

 七月に入って日差しは強くなり、半裸の男の肩や背中を焦がすように、じりじりと照りつけてきました。早朝まで雨が降っていたのですが、今はもう道も地面もすっかり乾いていました。街道に沿って植えられた木々が、道ばたに影を落としています。

 木陰で一休みしたそうな馬を、農夫は急がせていました。

「そら、ちゃんと歩け。今朝の雨で出だしが遅れたんだ。ブルンさんに早いとこ麦を届けねえと、次はもう買ってもらえなくなるぞ」

 彼はこれからこの先のダラプグールの街へ、小麦を収めに行くところだったのです。

 重たい麦袋を背中に積んだ馬の体は、汗をびっしょりかいていました。街路樹の向こうの水路から聞こえてくる水音に、帰りは馬を水浴びをさせてやるか、と農夫は考えます。

 

 やがて街道の両脇に麦畑が現れました。街が近づいてきたのです。夏小麦は、畑全体が緑から黄色に変わろうとしていました。これが金色になったら収穫です。

「結局、予言のような冷害は来なかったな」

 と農夫は苦笑いをしてつぶやきました。

 今年は日差しの少ない寒い夏が来る、冷害に備えて食料を蓄えておくように、とロムド王から国中にお触れがあったのは、去年の収穫祭の頃でした。城の一番占者が予言したのだと聞かされて、誰もが本気で冷害に備えて小麦や大麦、豆などを倉庫に蓄え、畑には寒さに強いと言われる作物を植えたのですが、実際には寒かったのは春先までで、その後からはとても良い天気が続きました。小麦も今年は豊作になりそうです。

「もうじき麦の刈り入れだ。去年の麦が売れ残っちまうぞ」

 と農夫はまた苦笑いしました。去年の麦でエールでも作って売ることにするかな、と考え続けます。

 夏の日差しは街道に照りつけていました。農夫と馬の足元にも黒い影を落とします。

 

 そこへ、ふとどこからか焦げ臭い匂いが漂ってきました。

 農夫は顔を上げて周囲を見回しました。強い日差しはあたりを焦がすようですが、まさかそれで本当に何かが焦げることはありません。どこかで何かが燃えているのです。

 すると、行く手の丘の向こうから旅姿の男女が走ってきました。転がるように丘を駆け下りてくると、農夫に飛びついて叫びます。

「た、大変だ! ダラプグールの街が火事だ!」

「街の中から煙が上がっているのよ!」

 えっ、と農夫は飛び上がりました。急いで丘を駆け上がろうとすると、旅の男女がそれを引き留めて言い続けます。

「行っちゃいかん!」

「街は襲われてるのよ!」

「襲われてる!? 盗賊か!?」

 と農夫はまた仰天しました。ロムドの西部は広大で都からも遠いので、時々盗賊団が出没するのです。とはいえ、ダラプグールには盗賊団を取り締まる警備隊の屯所もありました。警備隊は何をしてるんだ? と考えます。

 すると、男女は頭を振りました。

「違うよ! 盗賊なんかなもんか!」

「あれは軍隊だ! しかも、とんでもない人数なんだ! あんたも早く逃げろ! 見つかったら殺されるぞ!」

 農夫は心底驚きました。この西部が開拓されてから三十年あまりが過ぎましたが、その間、西部が戦場になったことは一度もなかったのです。戦争は西の国境のあたりか、王都の周りや東部で起きるものと思っていただけに、すぐには信じられません。

 

 旅の男女はそのまま街道を東へ逃げて行きましたが、農夫は馬を引いたまま西へ走りました。丘の頂上まで上ると、次の丘の麓にめざすダラプグールの街がみえました。盗賊や獣を防ぐために、街の周りに石造りの街壁を巡らしているのですが、その中から一筋、煙が立ち上って風に流れていました。街の中から次の丘の上へ伸びている街道は、信じられないほど大勢の兵士で埋め尽くされていました。馬にまたがった赤っぽい鎧兜の集団です。

 農夫が見ている前で、丘を埋めた兵士たちが射撃を始めました。何百という矢が街壁の内側へ落ちていくと、街の中から悲鳴が上がります。さらに、どぉん、ととどろくような音が街の入り口のほうから聞こえて、また悲鳴が響きます。

 農夫はがたがたと震え出しました。

「い、い、戦だ……ほ、本物の戦だ……」

 すると、軍隊の中から一本、明るく光る矢が飛びました。街壁の中に飛び込むと、間もなくそのあたりから煙が立ち上って、聞こえてくる騒ぎが大きくなります。火矢がかけられたんだ、と農夫は察しました。街は火攻めに遭っているのです。

 農夫は街に背を向けると、急いで丘を駆け下りていきました。足がもつれて転びそうになったので、馬を止めて、荷袋の上に無理やりまたがります。

「い、急げ! ありゃあ敵だ! どこの軍隊かわかんねえが、俺たちをやっつけに来たんだ! みんなに知らせねえと……!」

 重たい荷物にあえぐ馬を駆り立てて、農夫は東へ駆け戻っていきました――。

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