朝になって雨が上がった空を、金の石の勇者の一行は猛スピードで飛んでいました。ポチの背中にはフルートとポポロが、ルルの背中にはゼンとメールが乗っています。
彼らの真下には、王都ディーラとザカラス国を結ぶ西の街道がまっすぐに延びていました。石畳の道は上がったばかりの雨に濡れて、濃い赤茶色に染まっています。
「ワン、もうそろそろガタンの街に到着するんだけど……」
とポチが空を飛びながら言いました。その付近にメイ女王とナージャの女騎士団がいる、とユギルは言ったのです。ルルもゼンもポポロも行く手に目をこらしていましたが、メールだけは今来た方角を振り向いていました。
「ガタンまで来たってことは、フルートの故郷はもう通り過ぎちゃったってことかい?」
「もう過ぎたよ。シルは小さい町だからね。一瞬だった」
とフルートは表情も変えずに答えました。その目は前方だけを見つめています。
すると、ゼンが地平線を指さして言いました。
「見えた! あれじゃねえのか!?」
地平線の向こうまでまっすぐ続いている街道に、大勢の人影があったのです。まだ遠すぎてフルートたちにはどんな人々か見極めることができませんが、ゼンは目をこらして言い続けました。
「馬に乗った連中だ! あの格好は鎧兜を着てやがるな。人数は二十人以上いるぞ!」
「ユギルさんはメイの紋章を二十五輪の金葉樹の花が守ってくるって言っていた。たぶん、総勢二十六名だ」
とフルートが言う後ろでは、ポポロが懸命に透視をしていました。肉眼には確かに人影が見えているのですが、彼女の魔法使いの目にはそれが映りません。
「透視できないわ。魔法で透視から身を隠しているのよ……!」
「ってことは、やっぱり馬鹿女王たちね!?」
ルルは相変わらずメイ女王に辛辣(しんらつ)です。
やがて、彼らは街道を進む一行と出会いました。白い鎧兜に赤いマントの騎士たちが、誰かを取り囲むようにして進んできます。
その前方の街道にフルートたちが舞い降りていくと、騎士たちの中から声が上がりました。
「金の石の勇者の一行だわ!?」
「本当! 勇者の坊やたちね!」
「どうしてここに……!?」
どれも若い女性の声でした。たちまちフルートたちに駆け寄ってきます。
フルートはポチから飛び降りて言いました。
「ユギルさんの占いであなたたちのことを知ったんです! メイはどうなっています!?」
先頭を駆けていた大柄な女騎士が、鎧の面おおいを引き上げて言いました。
「お久しぶりです、勇者殿。ロムド城までまだかなりの日数がかかると思っていたので、そちらからおいでいただいてて助かりました」
「タニラさん」
とフルートは言いました。セシルの副官だったこの女性とは、一角獣伝説の戦いの時にずいぶん顔を合わせていたのです。
「うっわぁ、ホントにナージャの女騎士団だ! 久しぶりだよねぇ!」
とメールが懐かしそうに言ったので、他の女騎士たちは笑顔になりました。
「まあ、メールじゃないの!」
「元気になったのね? 良かった!」
「ナージャの森を出て行ったときには、今にも死にそうなくらい弱ってたから、心配していたのよ」
「ありがと。もう大丈夫だよ」
とメールが笑顔を返すと、ゼンも言いました。
「あのときには本当に世話になったよな。おかげでこいつはもうすっかり元気だぜ。だが、その話は後回しだな。メイが大ごとになってんだろう?」
女騎士たちがたちまち真剣な顔になります。
実は……とタニラが話し出そうとしたところへ、後方から馬に乗った人物が出てきました。女騎士たちは鎧兜を着ているのに、一人だけ立派な服にマントをはおった格好をした少年です。
フルートたちはまた声をあげました。
「ハロルド殿下!」
「やだ、セイロスに人質にされてたんじゃないの!?」
ハロルド王子は少し困惑しながら頭を振り返しました。
「デビルドラゴンがメイに現れたことを知っていたのか。さすがは金の石の勇者たちだ……。でも、人質にされたのは私ではない。母上なのだ」
「メイ女王が!?」
とまた驚いた一行に、王子とタニラが交互に状況を説明します。
うぅん、とメールはうなりました。
「つまり、セイロスはいきなりメイ城に乗り込んで女王を人質にしちゃったんだね。ザカラス城では兵を集めて、時間をかけて攻め込んでいったのにさ。なんで攻め方を変えたんだろ?」
「ワン、ザカラス城はいろんな魔法でがっちり守りを固めているから、魔法で侵入することはできなかったんですよ。メイ城のほうは、そこまで守りは強力じゃなかったからなぁ」
とポチが言ったので、ルルはあきれたように頭を振りました。
「自分たちだけで大丈夫だ、メイは絶対にデビルドラゴンには負けない、なんて大みえ切って同盟を蹴っていったくせに、こんなに簡単に捕まっちゃだめじゃない。だらしないわね、もう!」
「それでハロルドはロムドまで来たってわけか。どこを通って来たんだよ?」
とゼンは尋ねました。相手が外国の王族だろうがなんだろうが、ゼンの話し方はいつもとまったく変わりません。
「ジタン山脈を越えて来た。神のご加護だろう。ここに来る途中、姉上や義兄上たちにお目にかかることができた」
「ワン、オリバンたちと? それで?」
「義兄上たちは商談のためにジタンに来ていたのだけれど、このまま留まって、デビルドラゴンの攻撃に備える、とおっしゃっていた。私は義兄上からの書状も預かってきたのだ」
とハロルド王子は服の上から胸ポケットを押さえて見せます。
すると、ポポロが心配そうにフルートを見上げました。
「どうしたの……? 何か気になるの?」
仲間たちが口々に王子たちと話す中、フルートだけは口元に指を当てて、じっと考え込んでいたのです。フルートがこんな様子を見せるのは、何か気がかりなことがあるときでした。
フルートは片手を口元に当てたまま、低い声で言いました。
「ユギルさんは、メイ国の紋章と金葉樹の花たちがこちらに向かってくる、と占った。金葉樹の花はもちろんナージャの女騎士団だけど、メイ国の紋章はメイ国王を表しているんだ、とユギルさんは言っていたんだ……」
「でも、女騎士団と一緒に来たのは、ハロルド王子だったわ。ユギルさんの占いは微妙に外れたのかしらね?」
とルルが言いましたが、フルートは首を振りました。
「ユギルさんの占いは外れないよ。メイ国王を示す象徴はハロルド王子を表していた、ってことだ……」
「でもよ、メイの今の国王はメイ女王だろうが。なんで王子がメイ国王の象徴になるんだよ?」
ゼンは純粋に疑問を口にしたのですが、居合わせた人々は、勇者の一行も女騎士団もハロルド王子も、ぎょっとした顔になりました。誰もがある想像をして、まさか……と考えます。
フルートはそれをことばにしました。
「考えたくはないことだけど、ハロルド王子がユギルさんの占盤にメイ国王の象徴で現れたのは、メイ女王が亡くなって、ハロルド王子が新しいメイ国王になったからかもしれないな――」
「まさか!! まさか、そんな馬鹿な!!」
とハロルドは大声を上げました。玉座に座って次々命令を下す母の姿を思い浮かべます。あの堂々とした母が死んでしまったとは、にわかには信じられません。
フルートはうつむいて低く言い続けました。
「もちろん、これはただの予想です……。だから、ハロルド殿下は一刻も早くロムド城に行ったほうがいい。もう一度、ユギルさんにしっかりメイの様子を占ってもらうんです。それと、ロムド王に増員要請をしてください。ロムド軍の第一陣はもうロムド城を出発したと思うけれど、後続部隊を急ぐように陛下に伝えるんです。――メール、花鳥だ。ハロルド殿下をロムド城まで運んでくれ」
「えぇ、あたい!? ポチかルルじゃダメなのかい!?」
とメールが文句を言うと、ゼンが言い返しました。
「馬鹿、ハロルドは風の犬には乗れねえだろうが」
「そういうことだ――。花鳥が遅くなるから、殿下に同行する騎士は三人までで。メール、街道の南側にずっと緑がみえるだろう? あそこを水路が流れているんだ。あそこには花も咲いているから、それで鳥を作ってくれ」
「もう、しょうがないなぁ」
メールはぶつぶつ言いながら、風の犬になったルルの背中に乗りました。花鳥を作るために、街道に沿って流れる水路へ飛んでいきます――。
ハロルドがまだ呆然としているので、代わってタニラが言いました。
「殿下には私が同行する。あとはマリーとシャルロッタ。これで三人だ。他の者はこの場所から西へ引き返し、ジタン山脈にいる隊長や女騎士団と合流しろ」
「了解!」
と女騎士たちは答えました。どんな状況でも一致団結していて、乱れることがありません。
「俺たちはどうするんだ、フルート? 俺たちも一度ロムド城に戻るのか?」
とゼンが尋ねると、フルートはきっぱりと首を振りました。
「それだと攻めてくるセイロスたちに後れをとる。ぼくたちも西へ飛んでオリバンたちと合流しよう。防衛部隊はロムド城を出発したばかりだ。彼らが到着するまで、ロムドを守らなくちゃいけない」
そう言って、フルートは西の地平を遠く見据えました――。