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第22巻「二人の軍師の戦い」

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36.夜明け

 空がうっすらと白む頃、雨はようやく小降りになってきました。

 木陰で雨宿りしていたフルートたちは、防水布の屋根の下から這い出して周囲を見渡しました。

「こんなに長いこと降るんだもの、もう! おかげですっかり足留めくらっちゃったじゃない!」

 ぷりぷり怒るルルの隣で、ポチは首をかしげていました。

「まだちょっと雨が強いな。もう少し弱くなったら、また風の犬になれるんだけど」

 風の犬は本降りの雨や雪に遭うと風の体を吹き散らされてしまうのです。

 フルートは横で遠いまなざしをしているポポロに尋ねました。

「どう、メイ女王やナージャの女騎士団の一行は見つかった?」

 ううん、とポポロは首を振りました。

「西の街道のガタンって場所の近くにいる、ってユギルさんが言ったし、ガタンはシルの西のほうにある、って聞いたから、そっちの方角を見ているんだけど、いくら見てもそれらしい人は見つからないのよ。なんだか魔法使いの目から隠されている感じ……」

「魔法かなんかで透視できないようにしてるんじゃないのかい?」

 とメールが言うと、ゼンもうなずきました。

「こっちに向かってるのはメイ女王だからな。それくらいの用心はするぞ、きっと」

「やっぱり西の街道に沿って飛んで見つけるしかないのか」

 とフルートは溜息をつきました。雨が上がってまた空を飛べるようになるのを、今か今かと待ちわびます――。

 

 

「明るくなってまいりました、殿下。雨も上がってきそうです。そろそろ出発いたしましょう」

 とタニラは言いました。男のように大きな体や浅黒い肌に、白い鎧兜がよく似合う女騎士です。木陰でマントにくるまって雨をしのいでいたハロルド王子は、うなずいて立ち上がりました。まだ細かい雨は降り続いていましたが、フードを脱いで足元の道と白んできた東の空を眺めます。

「私たちは義兄上に教えられたとおり、北東に進んで石畳の道に出た。これがロムドの西の街道だろう。これを東に進めばロムド城があるはずだ」

「馬で十日ほどの道のりと伺いました。この雨はまもなくやむでしょうから、それほど影響はないと思われます」

 とタニラは励ますように続けました。王子がとても気がかりそうな顔をしていたからです。

 王子は小さく溜息をつきました。

「それでも十日もかかるのだ……。今頃メイはどうなっているのだろう? デビルドラゴンは? 奴に捕らえられた母上は? 我々は手遅れになってしまったのかもしれない」

「心配はごもっともですが、我々は進まなくてはなりません、殿下。オリバン様は、街道の大きな街には早馬が出る警備隊があるから、まずそこに知らせるように、とおっしゃっていました。早馬が走れば、我々の到着より先に知らせを送ることができます。まずは大きな街をめざしましょう」

「わかった」

 とハロルド王子は言って、自分の馬にまたがりました。降りしきる小雨が王子の髪を濡らしますが、フードをかぶろうとはしません。

 タニラをはじめとする二十五名の女騎士団も、それぞれ馬にまたがりました。王子を真ん中に囲むように隊列を整えると、タニラが声をあげます。

「では出発! 追っ手に注意しろ!」

「了解!!」

 女騎士たちがいっせいに返事をします。明るくなってきた空の下で、揃いの鎧兜が白く光っています。

 ハロルド王子はポケットから大きな金のメダルを取り出しました。表面には山に樹と獅子の横顔を配したロムドの紋章が刻んであり、裏にはロムド王の名が刻んであります。それが正式なロムド国の通行手形だったのです。しかもこれは特殊な手形で、持っている者を敵の目から隠す魔法が組み込んでありました。ハロルドたちの身の安全を思って、オリバンが自分の手形を貸し与えてくれたのです。

 王子は金の手形をぎゅっと握りしめてつぶやきました。

「義兄上、姉上、どうか我々をお守りください……」

 東の空はどんどん明るくなって、空全体が白くなってきました。降り続く霧雨の中を、王子と女騎士団は進み始めます。

 ロムド城がある方角から、金の石の勇者の一行が彼らを探しに来ていることを、彼らはまだ知りませんでした――。

 

 

 メイ城の中は夜明け前だというのに大変な騒ぎになっていました。

 扉を開け放った玉座の間からは、メイ女王の声がびんびんと響いてきます。

「セイロス殿は出陣したが兵が足りぬ! 残りの国王軍をすべて援軍に送り出すのじゃ! すべての領主にも早馬を送り、私兵はもちろん、領地の男たちもすべて増援部隊として出陣させるよう命じよ! 急ぐのじゃ!」

 メイの諸大臣は女王の前にひざまずき、おろおろと説得を続けていました。

「陛下、そのようなご命令を下されては、このメイ国を守る者がいなくなってしまいます……!」

「各領地に出動命令は出しておりますし、領主の三分の一ほどは、もうすでに兵と共に都に駆けつけて、セイロス殿と一緒に出陣しております。この後も各領地から兵が駆けつけてまいります。そのようにお急ぎにならずとも……」

「黙れ、テーイ公爵! わらわが急げと言うておるのが聞こえぬか!? のろまな家臣は不要じゃ! 即刻テーイ公爵の首をはねよ!」

 諸大臣は仰天し、死刑を言い渡された公爵は真っ青になりました。伯爵はメイ女王の親戚筋に当たる人物でした。誰もが自分の耳を疑います。

「陛下、どうか気をお鎮めください。テーイ殿は我が国で大切なお役目を担っている方でございます」

 と別な大臣が取りなそうとすると、女王は冷ややかな目を向けました。

「そなたもわらわに逆らうというか、フェクト候。では、テーイ公爵とフェクト侯爵をまとめて処刑する! 衛兵、処刑場へ引っ立てよ!」

 家臣たちは誰もが息を呑み、立ちつくしました。死刑を言い渡された二人の大臣が、陛下! お待ちを、陛下! と懸命に呼びますが、女王は耳を貸しません。さすがの衛兵たちもすぐには動き出せませんでしたが、再度女王に命じられると、あわてて二人を引き立てていきました。ぐずぐずしていれば自分たちまで処刑されると察したからです。

 呆然とする家臣たちに女王は言い続けました。

「ただちに援軍を北へ送り出し、ザカラスの南の守りを破り、ロムドとの国境の橋を奪うのじゃ! これ以上、一言の反論も許さぬ! 自分の頭が惜しくない者だけ口を開くが良い!」

 家臣たちは誰も口をききませんでした。玉座の間が水を打ったように静まりかえります。メイ女王は元から厳しい性格で、国を守るためになら非情な手段も使ってきた君主でしたが、それにしても、この態度は信じられないほど冷酷でした。長年従ってきた忠臣に対して、罪人のように死刑を言い渡したのです。まるで人が変わってしまったようだ、と誰もが思います。

 女王の赤みがかった茶色の髪の中には、それまでなかった黒い髪の毛が幾筋も混じっていました。それは女王自身の髪と同じように頭から伸び、他の髪と一緒に結い上げられています。けれども、女王はその上からいつものように短い布製のベールをかぶり、宝石の冠をかぶっていたので、異質な色の髪の毛に気づく者は誰もありませんでした。

「ザカラスへ! そしてロムドへ! セイロス殿に国を取り戻させるのじゃ!」

 命じ続けるメイ女王の顔は、ひどく興奮していますが、同時にどこか虚ろに見えていました――。

 

 

 名もない山の頂上で、セイロスは夜明けを待ち続けていました。

 空が明るくなってきて、周囲の景色が見えるようになってきましたが、そこは低い山や丘が連なる荒れ地でした。わずかに森が見える場所もありますが、大半は赤茶けた大地と白っぽい岩が連続している、荒涼とした景色です。

「つまらん場所だ」

 とセイロスが馬上でつぶやくと、横に立っていた魔法使いが北の方角を指さして言いました。

「見つけました。石畳の道が東西に延びております。あれがロムドの街道でございましょう」

「上空が暗い。あちらは雨が降っているのか」

 とチャストは考えるように言い、セイロスを振り向きました。

「ロムドの西部の街や村には、周囲を柵で囲み、高い門を作っているところもあります。そういう場所は雨の日には門が開くのが遅くなる。もし、門を閉じて行く手を拒む街があれば、入り口と出口を包囲して、開門しなければ火を放つぞ、と脅してください」

「だが、おまえは先ほど火を使うな、と言ったはずだぞ。食料まで焼いてしまうから、と」

 とセイロスが言うと、軍師はちょっと頭を振って見せました。

「脅すだけです。なんだったら、火矢の二、三本を本当に打ち込んでみせてもいい。閉鎖した空間に火を放たれる恐怖は想像以上です。閉じこもっている街はそれで門を開くでしょう。とにかく迅速に。雪崩のごとき勢いで東へ進み、ロムドの西の街道を制圧するのです。それによって、ロムドとザカラスの連係を分断することができます。私は歩兵部隊を率いて後を追い、あなたが降伏させた街や村を確実に制圧します」

「わかった」

 とセイロスは言うと、魔法で自分の声を広げました。

「諸君、いよいよ夜明けだ! 騎馬隊は私に従って街道へ走り、東へ進軍せよ! 歩兵部隊は軍師の指揮に従え! 勝利は我々の上にある! 要の国再興のため、私と共に――出撃!!」

 セイロスの号令と共に、山の斜面を騎馬の大軍が駆け下り始めました。

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