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第22巻「二人の軍師の戦い」

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35.作戦

 セシルを追って離れた兵士が部隊に戻ると、そこでは軍師のチャストが待っていました。小柄で痩せた体に禿げた頭の軍師は、見た目は貧相ですが、大きな存在感を放っていました。戻ってきた兵士に厳しい声で尋ねます。

「何者だった!? 偵察か!?」

「いいえ、ただの狐でした、軍師殿」

「矢が命中したので、崖の下に落ちていきました」

「獣か」

 と軍師は言いましたが、それでも油断なく周囲を見回しました。兵士たちにも見張りを続けるよう命じます。

 名もない山の頂上には、夜よりもっと黒いトンネルがぽっかりと口を開け、そこからメイの軍勢が次々と出てきていました。赤い鎧兜をつけたメイの国王軍に続いて、さまざまな色の鎧兜や異なった紋章のマントを着た領主の私兵が出てきます。山頂はすでに馬と人でいっぱいですが、軍馬はまだトンネルから続々と出てきます。

 

 結局、すべての兵士が山頂に出終わったのは、深夜に近い時間でした。しんがりに馬に乗ったセイロスとギーが出てくると、その後ろで黒いトンネルが音もなく閉じていきます。

 チャストはセイロスに近寄って報告しました。

「夜に紛れてロムド国に侵入することに成功しました。我々の存在はまだ気づかれていません」

 セイロスは馬の上から周囲を見渡しました。夜の中を見透かすようにしながら言います。

「おまえの言う通り、私はロムドの西部に出口を開いた。だが、我々は国境の山を飛び越えただけに過ぎない。ロムド城はここからはるか東の彼方だ」

 いまいましそうに言うセイロスの防具が、松明の明かりを反射して黒っぽく光りました。鎧兜を作る紫水晶が黒く染まったように見えます。

 チャストは落ち着いた声で答えました。

「ここで良いのです。我々は出発を急がなくてはならなかったので、国王軍と領主軍を合わせても五万の兵しか揃えられませんでした。残りの兵は、女王陛下の命令を受けて、後から国境を越えてやってきます。彼らと合流するためにも、あまり東に離れることはできません」

「ここを出発点に要の国の再興をはかる、というわけか」

「左様です。そのためにも、ロムドの都に近すぎない方がいい。ロムドの西部は、ザカラスとの国境をのぞけば、小さな町や村が街道に沿って点在するだけの場所なので、我が軍に抵抗できるような力はありません。街道に出た後で一気に東へ攻め進み、こちらの領土を確保するのです――」

 チャストは一年前のジタン山脈での戦いで敗れて、一時ロムド城で捕虜にされていました。行きは窓をふさいだ馬車で連行されたのですが、恩赦によって解放された帰り道は、客人としてメイに戻ることができたので、道すがらロムドの西部の様子をつぶさに観察していたのです。

 さらに、チャストはセイロスにこんなことを尋ねました。

「軍勢をメイからここへ連れてきたように、我が軍を違った場所へ出現させることはできるでしょうか? 距離はもっと短くて良いのですが、敵の背後に出現することができれば、我が軍は負けなしになります」

「そこに闇の灰があればな」

 とセイロスは苦々しく答えました。

「闇の通路はどこにでも開けるというものではない。行く先にそれなりの闇がある場所でなければ、出口は作れないのだ――。この山には、半年前に火の山から吹き出した闇の灰が、出口を作れるくらい降り積もっていた。だが、ここから周囲の気配を探ってみても、強い闇の気配はあまり感じられない。本当ならばもっと灰が残っていて、闇の気配も強くしていて良いはずなのだがな。どうやら、ロムド王は何かの方法で闇の灰を消すことに成功したようだ」

「金の石の勇者のしわざかもしれませんな」

 とチャストは直感で正解を言い当てました。ロムド国内に降り積もった闇の灰を聖水の雨で消してみせたのは、フルートとポポロだったのです。ただ、その作業は途中からロムド城の魔法軍団に引き継がれ、彼らもほどなくザカラス城の戦いに出動することになったので、国内の闇の灰を完璧に消すことはできなかったのです。

 

 すると、ギーが近寄ってきて言いました。

「この後どうするんだ? ここがどこかわからないものだから、兵隊たちが心配し始めているぞ」

 夜の山の中、松明の灯りはありますが、周囲を見渡すことはできないので、兵士たちから不安の声が出始めていたのです。

 チャストはすぐに軍勢に向かって言いました。

「静まれ! これよりセイロス様から、今後の作戦について話があるぞ!」

 その声を同行した魔法使いが山全体に広げたので、たちまち兵士たちが静まっていきました。山の斜面の林の中にいて、セイロスの姿を見ることができない兵も多いのですが、それでも、声が聞こえる頂上の方向へ注目します。

 セイロスは自分自身の魔法で声を広げて話し出しました。

「メイ国の勇敢な兵士諸君、女王陛下の命で私に協力してくれることを、心から感謝する。ここはロムド国の西部、私が治めることを神から約束されていた場所だ。神は歴代のロムド王による不正な統治を終わらせ、正当な王にこの地を与えるために、神の通路を開いて我々をここに導いてくださった。我々はここで夜明けを待ち、日の出と同時に領土奪還のために出撃する。私が私の国を取り戻すために、ぜひ諸君の勇気と力を貸してほしい。無論、活躍した勇士には、私から少なくない感謝の気持ちを贈るつもりだ」

 それはつまり、戦って敵をたくさん倒したら褒美をやるぞ、という意味でした。軍師もまた言います。

「諸君、メイの兵士の勇気を要の国の王に見せようではないか。活躍のめざましかった者には、女王陛下からも直々にお褒めのことばがあるぞ」

 こちらは、戦場で活躍したらメイ国で出世ができるぞ、という意味です。

 メイの兵士たちはたちまち張り切りました。金と名誉のために大暴れしよう、と意気込み、鬨(とき)の声を上げようとします。

 とたんに、チャストが制しました。

「今はまだ静かにしろ! 敵に我々の存在を気づかれてはならない。巣の中の鷲(わし)のように羽をたたみ、獲物に襲いかかる瞬間を待つ虎のように音もなく山中に身を潜めるのだ。出撃は夜明け。セイロス殿が山を下りたら、それに続くぞ」

 メイ兵たちは声を呑み、近くの仲間と顔を見合わせてうなずきました。軍師の言う通り、声も音も潜めながら、静かに闘志を燃やして夜明けを待ち始めます。

 

 それを見て、セイロスはチャストに言いました。

「当然のことだが、指示がうまいな、軍師。夜明けが楽しみだ」

「明るくなったら山を駆け下り、手近な街から襲っていってください。手加減はいりませんが、火はいけません。ここは敵地で、援軍が国境を越えてやってくるまで、我々は敵地の中で食料を得なくてはならないからです。火をかければ、蓄えられた食料まで焼いてしまって、我々が飢えることになります。抵抗する者は容赦なく殺してかまいませんが、降伏を申し出てきた街や村は寛大に許して庇護すること。あなたはここに自分の国を作ろうとしている。そこの住民として保護することを約束しなければ、国を作ることはできません。それとも、トマン国の時のように街に火をかけて、すべての住人を焼き殺しますか──? 今は古代ではありません。やり過ぎれば、より大きな抵抗を生んで敵を団結させ、敵の力を増大させてしまいます。我々が勝つためには、敵の勢力を分断しなくてはならないのです」

 滔々(とうとう)と話す軍師に、セイロスは、ふふん、と笑いました。

「私はおまえに戦略を任せた。よかろう、おまえの言うようにやってやる」

 と言うと、ギーを引き連れて離れていきます。

 チャストは頭を下げてそれを見送ると、顔を上げてまた考え続けました。

 ロムド軍がクアロー軍とランジュールに気をとられている間が、彼らにとっての好機でした。ロムド軍の主力が東に向かっている間に、西部を制圧して西の国境とザカラス国の南端までを手中に収め、メイ国とこの西部をつなげる計画だったのです。そうなれば、ロムドもザカラスも簡単にこちらを潰すことはできなくなるので、作戦を次の段階に進めることができます。

 東部に向かったロムドの戦力がいつ、こちらへ向かってくるか。それが最も大きな問題でした。

「時間だ。我々は時間とも戦っている」

 メイ国の軍師は、図らずも、ロムドの一番占者と同じようなことをつぶやきました――。

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