執務室での話し合いの後、勇者の一行も出動の準備を整えていました。
と言っても、装備を調えるのはフルートとゼンだけで、少女たちと犬たちは特に準備するようなものはありません。全員がフルートとゼンの部屋に集まって、二人が防具や武器を身につけていくのを見守ります。
フルートは金の胸当てをつけた後、草摺(くさずり)と呼ばれる腰の防具をつなぎ、手足にも鎧をつけていきました。パーツに別れた鎧はベルトや留め具で体に装着していきますが、完全につけ終わると、パーツとパーツの間が黒く変わって、まるで鎧の下に黒い服を着たようになりました。黒い布のように見えるものの正体は、鎧にちりばめられた堅き石の守りの力です。同じ力は石の間を黒い線で星座のようにつないで、鎧全体の防御力を上げていました。美しくて強力な防具です。
そこに炎の剣と銀のロングソードを交差させて背負い、その上から緑色のマントをはおり、左腕に丸い盾を装着すれば、フルートの装備は完成でした。兜はまだかぶらずに、テーブルの上に置いておきます。
ゼンのほうは、フルートほど重装備ではありません。銀の鷹の浮き彫りがある青い胸当てをつけ、腰の左側に小さな丸い盾とショートソードを下げ、背中に弓矢を背負えば、基本の装備は終わりです。
けれども、胸当てと盾は水のサファイアでメッキされているので、水の攻撃は絶対に当たらないし、魔法を解除する能力が組み込まれているので、魔法攻撃も食らいません。背中にあるのは百発百中のエルフの弓矢です。弓の弦は今は片方外してありました。常に弦を張っておくと、弦が弱ってきて、肝心のときに切れるかもしれないからです。矢を射る前に弦を張るのですが、ゼンの怪力ならばそれも一瞬の作業でした。
「ワン、本当はゼンも兜をかぶったほうが安心なんだろうけどなぁ。接近して剣で戦うこともあるんだから」
とポチが言うと、ゼンは顔をしかめました。
「いらねえよ。んなもんかぶったら視界が狭くなるし、格闘の時に邪魔にならぁ」
遠距離でも近距離でもそれぞれのスタイルで戦えるのがゼンです。
ゼンのベッドに座っていたメールが、フルートに話しかけてきました。
「ねぇさぁ、フルートはずっとセイロスがクアロー軍じゃなくメイにいるんじゃないか、って疑っていたんだろ? ユギルさんが占う前からさ。なんでそう思ってたんだい?」
「そうね。魔法使いのトーラさんがエスタ王と連絡を取ったら、クアロー軍にセイロスがいたことがわかったのに、それでもフルートは陽動だって思っていたんだものね。どうしてそんなに確信があったわけ?」
とルルも尋ねます。
フルートは答えました。
「確信があったわけじゃないよ。確かにずっといろいろ推理していたけど、セイロスが本当にクアロー軍にいる可能性だって考えていたし、まったく別の場所に潜んでいる可能性だってあると思ってた。ただ、さっきも言ったけれど、一連の出来事に策略の匂いがしたんだ。クアロー軍に闇を同行させておとりにしてみたり、セイロスが正当なロムド国の支配者だ、なんてデマを流してみたり。クアロー軍にセイロスがいたっていうのも、きっと魔法か何かのしわざに違いない――。ザカラス城で戦ったときのセイロスは、残酷だったし魔力も強かったけれど、戦い方は正攻法だった。策略じゃなく力で敵をねじ伏せようとするタイプなんだよ。じゃあ、セイロスのそばで策を練っているのは誰だろう、と考えたときに、メイの軍師を思い出したんだ」
「チャストって人のことね……ジタン山脈で戦ったとき、苦労させられたわよね」
とポポロが言うと、フルートはうなずきました。
「あのとき、彼は一度は逃げ出したメイ軍とサータマン軍の兵士をまとめ直して、ドワーフやノームやぼくたちを包囲した。仲が悪かったはずのメイ軍とサータマン軍を一つにしたんだから、あの人の軍師としての力は本物なんだよ」
「ったく! しつこいぞ、禿げオヤジ!」
とゼンが悪態をつきます。
「ワン、それで? ぼくたちはどこへ出動するんですか?」
とポチはフルートに尋ねました。この状況であれば、彼らが向かうのは西。それもメイの状況を確かめに行くのだろうと予想していましたが、一応フルートに確認してみます。
フルートは考え込みました。
「実はまだ迷ってる……。セイロスがメイにいるのは確かだと思うし、そこに軍師のチャストがついているのも間違いないと思うんだけど、どこへ飛べばいいのか、まだわからないんだ」
「あら、なんでそんなことに迷うのよ? セイロスはメイ城にいるのに決まってるんだもの、メイ城に直接飛べばいいじゃない」
とルルが言うと、フルートは苦笑しました。
「ぼくたちだけならそうするよ。でも、ぼくは同盟軍の総司令官だ。軍の兵士にどうするのか指示を出さないうちに、勝手に行動することはできないんだよ。ロムド王やゴーリスにもそう言われたしね」
「ああ、それはそっか。父上だって、海の軍勢を率いて遠征するときに、自分だけで勝手に何かを調べに行ったりはしないもんね。誰かを調査に送り出すか、どうしても自分が行くときには、後の指示を出して信頼できる人に指揮を任せていくよ」
とメールは納得しましたが、ゼンは口を尖らせました。
「じゃあ、どうするんだよ。誰かにメイ城を調べに行かせるのか?」
フルートはまた首を振りました。
「そんな危険な任務を誰かに頼めるはずないよ。メイ城にいるのはデビルドラゴンなんだから。ハロルド王子が人質にされている可能性もあるし、だとしたら救出しなくちゃいけないし……。だけど、メイ軍もきっと間もなくロムドに攻め込んでくる。どの場所で防衛したらいいか、それも考えなくちゃいけないんだ」
「セイロスたちがどこから来るかって話か? それならジタン山脈の西側からだろう。メイからロムドに抜ける道はあそこしかねえんだからよ」
「メイ軍を指揮するのは軍師のチャストだ。そんな普通のルートで攻めてくるだろうか? ジタンにはドワーフやノームたちがいることも、彼は知ってるのに」
フルートがまた考え込んでしまったので、仲間たちは顔を見合わせました。出動の準備は万端(ばんたん)整ったのに、肝心の行き先が決まりません――。
ところが、そこへ占者のユギルがたった一人で訪ねてきました。何事かと驚く一行に言います。
「お忙しい中、申しわけございません。実は占盤で西の方角を見ていたところ、メイからやってくる集団を発見したのでございます」
フルートたちは顔色を変えました。
「ひょっとして、セイロスやチャストに率いられたメイ軍ですか!?」
「嘘! 連中がもう攻めてきたの!?」
思わずあわてたフルートたちに、ユギルは頭を振り返しました。
「いいえ。軍隊ではあるようですが、そこまでの規模ではございません。占盤に映ったのは、二十五輪の金葉樹の花に守られた城。城には十文字の印がございました。城に十文字はメイ国王の紋章でございますし、金葉樹の花たちというのはメイ国の女騎士団ではないかと存じます」
ということは……とフルートたちは考え、すぐにまた驚きました。
「メイ女王が来てるってこと!?」
「このロムドに……!?」
「しかも、ナージャの女騎士団と一緒に一緒にか!? マジかよ!」
メイ女王が亡くなったことを知らない彼らは、そんなふうに誤解しました。フルートがテーブルの兜を取り上げて窓へ走り出します。
「ユギルさん、メイ女王はどのあたりにいますか!?」
「象徴は西の街道をこの城めざして進んでおります。今はガタンという場所の付近を通過中と存じます」
「ワン、ガタンならシルの町の西です! ぼくたちなら一時間ちょっとで飛んでいけますよ!」
「あの馬鹿女王にまた会うのは面白くないけど、この際、そんなことは言ってられないわね!」
ポチとルルはそんなことを話しながらフルートを追い越しました。開け放してあった窓に飛びつき、風の音と共に外へ飛び出します。風の犬に変身したのです。
フルート、ゼン、メールもその後に続いて窓を乗り越え、ポチとルルに飛び乗りました。ポポロもなんとか窓をよじ登り、フルートの手を借りてポチの背中に乗ります。
さらにフルートはユギルへ言いました。
「メイ女王が自分からロムドに来たからには、きっと救援要請です! ザカラス城のように、セイロスにメイ城を乗っ取られたんだと思います! ゴーリスに、軍隊の準備が整い次第、西へ出動するように伝えてください。きっとセイロスとメイ軍が攻めてきます!」
「承知いたしました」
ユギルが頭を下げ、また顔を上げると、窓辺からもう勇者たちの姿は消えていました。象徴がいるガタンへ飛んだのです。
フルートたちが飛び去った西の空はよく晴れていますが、ユギルの占いの目には、大きな戦争の予感が黒い影のように迫ってくるのが見えていました。
「急がなくては。時間がない」
ユギルはそうつぶやくと、フルートの指示をゴーリスへ伝えるために、足早に部屋を出て行きました――。