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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第11章 推理

31.推理

 セイロスはメイにいる。

 フルートが唐突にそう断言したので、執務室の人々はあっけにとられました。

「なんでそうなんのさ? ユギルさんは今、あいつがクアロー軍にいるって占ったじゃないか」

 とメールが尋ねます。

「何故おまえは奴がメイにいると思うんだ?」

 とゴーリスにも聞かれて、フルートは一同を見回しました。その中にはエスタ国から派遣されている魔法使いのトーラもいます。フルートはことばを選びながら話し出しました。

「セイロスが陽動を仕掛けてくる可能性は、前から考えていたんだよ。そして今、ユギルさんがクアロー軍へキースを向かわせるようにと言った。キースは闇の怪物に強いけれど……えぇと……セイロス相手には思うようには戦えないから……」

 説明するうちに、フルートは口ごもってしまいました。一同には相変わらず話が見えません。

 

 すると、トーラが言いました。

「ひょっとして、勇者殿はロムドにいる闇の民についてお話になりたいのでしょうか? それでしたらご心配なく。エスタ城の地下の井戸から、我々の仲間になるために闇の民が現れて、ロムド城に身を寄せたことについては、エスタ国王陛下から伺っておりました。慎重になる必要はありません」

 フルートは安心しました。

「そういうことならば率直に言います。キースは闇の民なので、セイロスの近くに行くと支配されてしまうんです。だけど、ユギルさんはクアロー軍との戦いにキースを行かせろ、と占った。ということは、そこにはセイロスがいないってことになるんです」

「しかし、セイロスがメイにいると思われた根拠は? メイよりサータマンのほうが怪しいのではありませんか?」

 とリーンズ宰相が尋ねてきました。至極もっともな意見です。

 フルートは丁寧に説明を続けました。

「確かに、一番怪しく見えるのはサータマンです。だけど、以前グーリーが偵察に行って、サータマン国内には変化が見られないと知らせてくれました。それに、サータマンは前にもクアロー軍で陽動を仕掛けてきて失敗しています。しかも、全責任をクアロー王にかぶせて、自分は知らぬ存ぜぬを決め込んだんですから、もう一度同じことを企んだとしても、クアロー王はもう絶対にのらないでしょう。セイロスが潜んでいても気づかれにくくて、クアローがこちらの注意を引いている間にロムドを襲える国は、と考えると、やっぱりメイになるんです。それにもう一つ――クアロー軍に闇の存在を同行させてユギルさんの占いを攪乱(かくらん)しようとしたり、セイロスがロムドの正当な王だなんて言って戦いを正当化しようとしたり……策略が感じられるんですよ。ザカラス城の戦いのときと違っています。たぶん、セイロスのそばに策士がついたんだろう、と思うんです」

「では、メイの軍師が?」

「チャストがセイロスの味方についたというのか!」

 ロムド王とゴーリスは同時に言いました。白の魔法使いも厳しい表情になります。彼らは皆、チャストの実力をよく知っていました。メイ国が隣の大国のサータマン国と幾度となく戦闘を繰り返しながら、敗れることなく独立を守り続けてきたのは、この名軍師のおかげなのです。

「こんなことになるのであれば、恩赦で軍師をメイに帰すのではありませんでした……」

 と宰相がうめきます。

 

「でもさ、メイの軍師って、ジタン山脈の戦いの時に徹底的に負けたじゃないか。赤いドワーフの戦いの時にさ。それなのに、またロムドに攻めてこようってわけ?」

 とメールが首をひねると、ルルが言いました。

「メイにはあの馬鹿女王がいるのよ! 女王がセイロスに協力しろ、って軍師に命令したのに決まってるじゃない!」

 けれども、ロムド王はまだ腑に落ちない顔をしていました。

「メイ女王は確かに厳しいが、非常に堅実な人物でもある。同盟に加わることを拒絶したのも、メイをデビルドラゴンの危険から少しでも遠ざけるためだった。その人物が、こともあろうに、デビルドラゴン本人と手を組むとは考えにくいが」

「人質を取られたとしたらどうでしょう? たとえば、ハロルド王子をセイロスに人質にされたら、メイ女王や軍師もセイロスに協力しないわけにはいかなかったんじゃ……」

 とフルートは話し続けました。まさかメイ女王自身が人質にされ、しかも、自ら毒を飲んで自害してしまったとまでは、さすがのフルートも推理することはできません。

 

 すると、耳を澄ますような様子をしていた白の魔法使いが、一同に向かって言いました。

「ただいま城の屋上に黒い鷹が戻ってきた、と見張りの魔法使いから連絡が入りました。何かを知らせたそうに鳴き続けているそうです」

 ポチは、ぴんと耳を立てました。

「ワン、グーリーだ! 前にメイが怪しいんじゃないか、って話したときに、オリバンたちが心配だから様子を見に行ってもらったんです!」

「すぐにここへ」

 とロムド王が言ったので、女神官は心話で屋上の部下へその旨を伝え、宰相はすぐに執務室の扉を開けました。間もなく、通路の窓と執務室の入り口をくぐり抜けて、黒い鷹が部屋に飛び込んできます。

 グーリーは王の机の端に留まると、ピィィ、と高い声で鳴きました。ポチがすぐに通訳します。

「ワン、ジタン山脈でオリバンたちと会えたそうです。伝言を預かってきた、って言っています」

「どのような伝言だ?」

 とロムド王に聞かれて、グーリーはピィピィと甲高く鳴き続けました。またポチが訳します。

「ワン、ジタン山脈のドワーフやノームたちがたくさん武器や防具を作ってくれることになったから、それを運ぶための馬車を準備しておいてほしい。自分たちも急いで城に帰るから、とオリバンに言われたそうです」

「それだけ!? メイについては何も言ってきていないのか!?」

 とフルートが思わず尋ねると、ゴーリスになだめられました。

「焦るな。だからといって、おまえの推理が誤っているとは限らないだろう。グーリーがジタン山脈からここまで飛んでくるのには時間がかかる。その間に情勢が変化したことは、充分考えられるんだ」

「ゴーラントス卿の言う通りであるな」

 とロムド王も言うと、一同を見渡して続けました。

「ユギルは東の戦場へ青の魔法使いの部隊とキースを向かわせるように、と占った。勇者もセイロスはメイにいるに違いない、と言う。そして、同盟軍の総司令官は金の石の勇者だ。我々は占者と勇者の決定に従おう」

「俺たちに命令を下せ、フルート。それが総司令官の役目だ」

 とゴーリスがまた言います。

 

 部屋中の人々に注目されて、フルートはほんの一瞬気後れを感じました。その場所にいるのは、仲間たちをのぞけば、彼よりずっと年上の大人ばかりなのです。

 けれども、フルートはすぐにためらいを忘れました。情勢は切迫しています。一刻も早く手を打たなければ、被害は大きくなるばかりでした。素早く考えを巡らせて、次々に指示を出していきます。

「白さんは青さんに状況を伝えて、東へ出動してもらってください。クアロー軍はエスタの国境軍を全滅させるくらい強力です。充分気をつけるように、と。その後、残りの魔法軍団を、城の守備隊と西への遠征部隊に分けてください」

「了解しました」

 と女神官は即座に部屋から消えていきました。仲間の魔法使いの元へ飛んだのです。

「陛下には国王軍に出動命令をお願いします。セイロスはきっとメイ国から攻めてきます。早く西の守りを固めないと、手遅れになります」

「ワルラ将軍は東へ出動中だ。ゴーラントス卿に西部の指揮を任せる」

 とロムド王が言ったので、ははっ、とゴーリスもすぐに部屋を出て行きました。こちらは軍隊の出動準備です。

「トーラさんはエスタ王へ連絡を。クアロー軍にセイロスがいないことを伝えてください」

「承知しました」

 魔法使いの青年はエスタ城にいる双子の兄弟と心話で連絡を取り始めます。

「あとはキースに青さんと一緒に行ってもらうことになるんだけれど……」

 フルートの声が初めてちょっと心配そうになりました。仲間たちも顔を見合わせてしまいます。

「キースの奴、まだアリアンともめてやがんのかな?」

「そういえば、ここ二、三日、見かけないよねぇ」

「ワン、部屋にいるのかな」

「どうかしら。なんとなく、別な場所にいるような気がするけど」

 すると、いつの間にかまた占盤をのぞいていたユギルが、顔を上げて言いました。

「キース殿の象徴が城の中のどこにも見当たりません。城の外へ出て行かれた痕は見られないのですが」

 えっ!? と一同は驚きました。象徴が見当たらない、と聞いて不吉な想いに駆られてしまいます。

 すると、グーリーが翼を広げて、ピィィと鳴きました。ポチが通訳します。

「ワン、キースの居場所に心当たりがあるって――。どこなんですか、グーリー?」

 ピィィィ。

 鷹はまた甲高く鳴くと、くっと天井の方向を見上げました。

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