ロムド城の中のフルートたちの部屋で、勇者の一行はずっと待ち続けていました。
クアロー王がロムドに宣戦布告してから、すでに半月がたとうとしていますが、彼らの元にはまだ具体的な動きの報告が入ってきていなかったのです。遅々として進まない状況に、誰もがいらいらしながら待機しています。
部屋の中を落ち着きなく歩き回っていたメールが、ついに声をあげました。
「ああもう! いったいいつまでこうやって待ってなくちゃいけないのさ!? クアロー王はエスタの東側で戦いの準備を始めてるんだろ!? もうすぐ攻めてくるってわかってんのに、どうして何もできないのさ!?」
「ワン、フルートが総司令官だからですよ。ゴーリスも言ったじゃないですか。自分たちだけで敵のところへ飛んでいって戦っていては、総司令官の役目は果たせないんだ、って」
とポチが言うと、ゼンが反論しました。
「だからって、なんでロムド城で待ってなくちゃならねえんだよ!? 俺たちだってクアロー軍がいるところに行っていいだろうが!」
ゼンは椅子の中でさっきからずっと膝を揺すり続けていました。ただ待つだけの時間に、メールと同じように爆発しそうになっているのです。
ポポロが慰めるように言いました。
「あたしたちにはルルやポチがいるもの……。何かあれば、すぐに空を飛んで駆けつけることができるわ」
ったく! とゼンは大きく舌打ちします。
ところがフルートは何も言いませんでした。鎧兜を脱いだ私服姿で自分のベッドに仰向けになり、組んだ腕の上に頭をのせて、じっと天井を見つめています。このところ、フルートはずっとこんな様子でした。仲間たちがいくら話しかけても生返事しかしません。
ルルはベッドの上に飛び乗ると、フルートの上にのしかかって顔をなめました。
「ちょっと、フルートったら、どうしちゃったのよ? 何を考えているの?」
ああ、とフルートはようやく我に返った顔になると、ルルを抱きしめて、長い毛をなでてやりました。
「いろいろとね……。セイロスは何を考えているんだろう、ってずっと考え続けていたんだよ」
「何をって、奴が考えてることなんか決まってるだろうが。世界征服と人類破滅だ」
とゼンが言うと、メールが口をはさみました。
「人類だけじゃないよ。あいつは世界中の全部の生き物を滅亡させる気さ。海の生き物も、森の木や花も、何もかもね!」
それを聞いてポチは頭をかしげました。
「ワン、でも、それって矛盾してますよね。世界中の人間や生き物がいなくなっちゃったら、そんな世界、征服したってしょうがないはずなのに」
「セイロスとデビルドラゴンが合体しているからよ。世界征服はセイロスの望みだし、生物の破滅はデビルドラゴンの目的だわ……」
とポポロが答えます。
フルートは苦笑して体を起こしました。
「いや、それは確かにそうなんだけど……今はもっと目の前のことを考えてたんだ。彼がクアロー王と手を結んだのは意外だったし、要の国の皇太子だったことを盾に宣戦布告してくるなんてのも、予想外だったからさ。いったい何を考えてそんなことをしたんだろう、って不思議に思ってるんだ」
「クアロー王は、ユラサイに向かってたオリバンやセシルやユギルさんを殺そうとしたって話だろ? エスタに大負けして国から逃げ出してたわけだし、なんとかして体勢を立て直したかったんだよ。セイロスはセイロスで、ザカラスで負けて兵を失ってたから、利害が一致したのさ」
とメールが言うと、ゼンは肩をすくめました。
「相変わらず、そういう奴を見つけ出すのがうまいよな。やっぱりデビルドラゴンだぜ」
「でも、そういえば、自分がロムドの正当な王様だ、って言ってきたのは何故かしら? そんなこと言ったって、誰も本気にしないのに」
「ワン、みんなが本気にするとかしないとか、そういうのはどうでもいいんだよ。戦争を始めるための、ただの口実なんだから」
とルルとポチも話し合います。
「フルートは何か思いついたの……?」
とポポロが尋ねました。フルートは皆の話を聞きながら、また考え込んでいたのです。うん……と言いながらまた天井を見上げます。
「推理はいくつか浮かんでいるんだけどね。でも、情報が足りないから、どれも可能性でしかないんだ。そろそろクアロー軍で動きがあってもいい頃なんだけど――」
フルートがそう言ったところに、部屋の扉をたたいて城の家来がやってきました。緊張した面持ちで言います。
「国王陛下が執務室でお呼びでございます。急いでおいでください」
「来た!」
フルートはベッドを飛び降りました。廊下に飛び出して執務室へ走ります。
「おい、待てよ!」
「あたいたちも行くってばさ!」
仲間たちはあわててフルートの後を追いかけました――。
王の執務室にはいつもの顔ぶれが集まっていました。ロムド王、リーンズ宰相、ゴーリス、白の魔法使い、ユギル……彼らの前には黒い長衣に短い金髪の青年も立っています。エスタ国から来た双子の魔法使いの片割れのトーラです。ワルラ将軍の姿だけが執務室にありません。
全員が深刻な表情をしていたので、勇者の一行は様子をうかがいながら部屋に入っていきました。フルートは魔法使いのトーラが蒼白な顔をしていることに気がつきます。
ゴーリスがフルートたちに言いました。
「今、トーラ殿を通じてエスタ王から連絡が入った。エスタの東の国境を守っていたエスタ軍が、クアロー軍に大敗したそうだ」
えっ!? と一同が驚くと、トーラが首を振りました。
「大敗ではありません。惨敗です――。クアロー軍の攻撃に備えて集結していたエスタ軍は、クアロー軍の攻撃に壊滅させられました。五千を越す兵の大半が国境で殺された、と連絡が入っております」
そう言って、魔法使いは、ぶるっと身震いをしました。一度の戦闘で五千名の戦死者というのは、相当の被害です。
すると、部屋の奥でテーブルに向かっていたユギルが口を開きました。
「トーラ殿のおっしゃるとおりの状況が占盤にも現れております。クアロー軍は国境の川を越えてエスタ領内へ侵入。その中央に大きな闇が存在しております」
「セイロスだ!」
と勇者の仲間たちがいっせいに叫びます。
一方、フルートはユギルを見つめていました。確かめるように言います。
「また占えるようになったんですね? 占盤がなかなか落ち着かないと聞いて心配していました」
占者は銀の髪を揺らして一礼しました。
「ご心配をおかけして申しわけございません。昨日から急に占いの場の見通しが良くなって、広範囲に占えるようになりました。その原因もだいたい把握しておりますが、今はそのことよりも戦況のほうが気がかりでございます。ワルラ将軍はすでに軍を率いて東に向かっておりますが、デビルドラゴンがそこにいるとなれば、将軍の戦力だけではかなわないことでしょう」
「では、いよいよ我々にも出動のご命令をいただけますね、陛下! 魔法軍団は半月も前からすでに準備ができております!」
と白の魔法使いが身を乗り出しました。城で待機するように言われていたのは、フルートたちだけではなかったのです。
ロムド王は後悔の表情をしていました。
「クアロー国は半年前にも同じように国境を越えてエスタに攻め込んだが、それは我が国を孤立させるための陽動であった。今回もその可能性があると思ったので、状況がわかるまでは魔法軍団にも勇者たちにも城を動かぬよう言っていたのだ。だが、デビルドラゴンは本当にクアロー軍にいた。我々は大きく出遅れてしまった。できるだけ早くエスタへ援軍を送り出さなくてはならぬ」
「とすると、あたいたちもいよいよ出番だね!」
「よぉし、さっそく準備だ!」
と勇者の一行も張り切って部屋に駆け戻ろうとします。
すると、フルートとユギルが同時に言いました。
「待て」
「お待ちください」
声が重なったので、二人は顔を見合わせます。
「なんだ?」
とゴーリスが尋ねたので、フルートが先に言いました。
「まずユギルさんに占ってもらったほうがいいと思うんだ。動くのはそれからだ」
「わたくしもそう申し上げようと思っておりました。少々お時間をいただきとう存じます。エスタ東部での戦いに限定して、急ぎ占ってみますので」
「そんな、間に合うの?」
とルルは心配しましたが、執務室の人々は黙って占いの結果を待ち始めました。それだけユギルの占いは信頼されているのです。フルートも真剣な顔でユギルを見守ります。
やがて、ユギルは占盤を見つめながら話し出しました。一同のすぐ目の前にいるのに、まるで遠いどこかから響いてくるような、ごく低い声でこう言います。
「やはり、ワルラ将軍の部隊だけでは、クアロー軍の進軍を止めることはできません。クアロー軍は闇の力を得ております。エスタ軍共々全滅に追いやられ、ワルラ将軍も戦闘で命を落とされることでしょう。これを食い止めるためには魔法軍団が出動しなくてはなりません」
やはり、と女神官が意気込んで魔法軍団の元へ飛ぼうとすると、フルートがまた言いました。
「どれだけの規模で出動するのがいいのか、それも占ってください。全軍出動ですか?」
そこでユギルはまた占盤へ目を戻しました。今度は先ほどより短い時間で読み取って、厳かに告げます。
「出動するのは、青の魔法使い殿とその部隊。他の方々は城で待機いただきますように。そして、もうおひとかた。キース殿にも東へ出動してくださるよう、ご依頼ください」
キースに? と一同は驚きました。意外な人選です。
「あたいたちは!?」
「俺たちは行っちゃいけねえのかよ!?」
とメールやゼンが騒ぎ出しました。
「青の部隊だけですか? 他の部隊の魔法軍団には出動するなと言うのですか!?」
と女神官も占者に詰めよりました。彼女は城を守る魔法使いだけを後に残して、デビルドラゴンに総攻撃をかけるつもりでいたのです。
すると、フルートが言いました。
「だめだ。みんなは言っちゃいけないんだ」
全員は驚いてフルートに注目しました。女神官は眉をひそめて心外そうな顔になります。
その場が落ち着かない雰囲気になってきたので、ロムド王が取りなすように言いました。
「勇者の言う通りだ。ユギルの占いは突拍子なく聞こえてもいつも正しい。ユギルが占ったからには、我々はそれに従うべきであろう」
すると、フルートは首を振りました。
「そうじゃありません──。いえ、ユギルさんの占いは正しいんです。でも、ぼくが言いたいのはそうじゃなくて――セイロスはクアロー軍じゃなく、メイにいるのに違いないってことなんです」
セイロスはメイにいる。
あまりに唐突な話に、部屋の中の人々はあっけにとられてフルートを見つめてしまいました――。