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第22巻「二人の軍師の戦い」

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29.本音

 客が来ている、と聞かされて、チャストは城の応接室へ行きました。城の重臣への客が案内される部屋でしたが、中で待っていた人物を見たとたん、軍師は表情を変えました。急いで扉を閉めると足早に近づきます。

「何故城に来た。ここには来るなと言い渡したはずだぞ」

 応接室の椅子に座っていたのは、黒っぽい服に埃まみれのマントをはおった男でした。軍師をフードの陰から見上げて言います。

「急ぎの用件だ。しくじった」

 軍師は眉をひそめました。腑に落ちない顔で聞き返します。

「どういうことだ?」

 すると、男はマントのフードを脱ぎました。下から現れたのは、黒髪に黒いひげ、黄色い肌をしたユラサイ人の顔です。

「女騎士たちは予想以上に強かった。五人がかりで行って、二人やられた。手数が足りなくなったので、そこで引き上げてきた」

「ハロルド殿下は? 無事なのか!?」

 とチャストは聞き返しました。厳しい声です。

 男は肩をすくめました。

「無事だ。ただ、命令通りロムドの紋章を現場に残すことには成功した。報告は以上だ。じゃあな、軍師殿」

 言うだけ言うと、さっさと立ち上がって部屋を出て行ってしまいます。

「待て……!」

 チャストは後を追いかけましたが、扉を開けたときには、ユラサイ人の男の姿はもう見当たりませんでした。チャストは険しい顔で立ちつくします。

 

 そこへまたギーが現れました。先ほどよりあわてた様子でチャストに駆け寄り、耳打ちするように言います。

「セイロスが呼んでいる。玉座の間に来い。女王が大変だ」

「なに!?」

 チャストは驚きました。ギーが青ざめて口をつぐんだのを見て、身をひるがえして玉座の間に駆け戻ります。

 扉を開けたとたん目に飛び込んできたのは、玉座から身を乗り出してぐったりとしているメイ女王と、それにかがみ込んでいるセイロスの姿でした。

「陛下!?」

 とチャストが壇上に駆け上がっていくと、セイロスが振り向いて立ち上がります。

「よくもやってくれたな、軍師!」

 その顔は激しい怒りを浮かべていました。軍師の後を追いかけてきたギーが、思わず立ちすくむほどの表情です。

 けれども、チャストはかまわず玉座に駆け寄りました。透明な檻はもう消えていたので、行く手をさえぎるものはありません。女王に飛びつき、呼びかけます。

「陛下! 陛下! 女王陛下……!!」

 その手に女王の体が重たくのしかかり、そのまま玉座から滑り落ちてきました。豪華なドレスを着た体が床の上に横たわります。横を向いた顔は、かっと目を見開き、叫ぶように開いた口はひと筋の血を流していました。チャストは女王の胸に耳を当てましたが、呼吸も鼓動もすでに停まっていました。女王は毒を飲んだのです。

「陛下……」

 女王の前に膝をついたまま呆然とする軍師を見て、セイロスは怒りを少しおさめました。

「自害を勧めたのはおまえではなかったのか?」

 チャストは首を振りました。女王が常に自害用の毒を持ち歩いている、という噂は以前聞いたことがあったのですが、まさか本当だとは思っていなかったのです。体が激しく震え出します。

 セイロスは腕組みして、苦々しく言いました。

「メイ女王は自ら命を絶つことで人質を終わらせたか。こしゃくな真似をする」

「ど、どうしたらいいんだ、これから……?」

 ギーはまだあわてふためいています。

 

 チャストは息絶えた女王の前から立ち上がれずにいました。

 生前、あれほど威厳に充ちていた姿が、今はすっかり力を失って、人形のように横たわっています。厳しい命令も、国を思っての的確な指示も、もう二度とその口から発せられることはありません。

 チャストは長衣の上から自分の両膝を強く握りました。うつむき、体中を激しく震わせながら、声を絞り出します。

「何故このような真似を、陛下……。あなたはこのメイ国そのものだった。陛下がいてくださったからこそ、私は……」

 それを聞いて、セイロスの目がまた鋭くなってきました。

 チャストはこれまで女王の命を救うために軍師として協力してきたのです。女王が死んでしまえば、もうセイロスに力を貸す必要はなくなります。

 セイロスは自分の腰の剣に手をかけました。軍師が脅されてこのまま協力するならば良し、反発して協力を拒むようならば切って捨てようとします。

 けれども、チャストは背後の物騒な動きには気づいていませんでした。女王の亡骸の前に座り込んだまま、体を震わせながら言い続けます。

「陛下、何故生き続けてくださいませんでした……陛下さえご存命でいてくださったら、私は……私は……」

 チャストの声が低くなってきました。腹の底からうめくような声で言い続けます。

「陛下さえいてくださったら、私は堂々とロムドに戦を仕掛けることができましたのに――」

 

 セイロスは剣を抜きかけていた手を止めました。ギーは不思議そうな顔になって、堂々とロムドに戦を仕掛けられた? と軍師のことばを繰り返します。

 チャストは言い続けました。

「あなたが人質になってくださっていたから、私は、あなたをお救いするため、という大義名分を得ることができたのです、陛下! ロムド攻撃は目前だったというのに――!」

 それは主君の死を嘆く声ではありませんでした。軍師は、自分が計画していた作戦を台無しにされて、怒りに震えていたのです。

 その急変ぶりにギーはまだあっけにとられていましたが、セイロスのほうは、ふん、と笑って剣を収めました。ゆっくりとチャストの前へ歩いて行って、顔をのぞき込みます。

「おまえは最初からロムドと戦うつもりでいたのだな、軍師。女王はその名目に過ぎなかったのか」

 チャストはセイロスを見返しました。髪の毛がない痩せた顔は、怒りと、どす黒い憎しみに彩られていました。

「私はジタン山脈の戦いで、ロムドの金の石の勇者にしてやられた! 青二才の小僧が、天才軍師と呼ばれた私を陥れ、わずか百三十の戦力で二千を越すメイとサータマンの連合軍を討ち破ったのだ! いつかこの屈辱を晴らしてやる、奴を軍略で討ち破り、どちらが本物の軍師か思い知らせてやる、と私は思い続けてきた! だが、その後、セシル様がロムドに嫁ぐことになり、国同士が親族となることになった。私は恩赦(おんしゃ)でメイに戻されたが、おかげで金の石の勇者と対決する機会は永久に失われてしまった。平和という名のいまいましい失意に悩まされていたところに、あなたがやって来た。『おまえならフルートを出し抜き、ロムドに勝つことができる』とあなたに言われた瞬間に、私の心は決まったのだ――!」

 

 ほぅっとギーは溜息のような息をつきました。肩をすくめて言います。

「要するに、軍師は最初から俺たちの仲間だったってことなんだな?」

「そのようだな」

 とセイロスは言って立ち上がりました。チャストにまた話しかけます。

「女王は死んだ。だが、この事実を知っているのは、ここにいる我々だけだ。ロムドへの出撃準備も着々と進んでいる。状況はまだ我々に有利だ。次はどう手を打つ、軍師?」

「ハロルド殿下が救援を求めてロムドに向かっています」

 とチャストも立ち上がりながら言いました。なに? と聞き返したセイロスへ、冷静な口調で話し続けます。

「私が行かせたのですが、あなたと手を組むことを決めてから、それを利用することを思いつきました。ユラサイ人の刺客集団を雇って、殿下を暗殺するように命じたのです。現場にロムドの紋章を残せば、殿下はロムドに殺されたことになる。それを利用して、一気にロムドへ攻め込む計画でした」

 セイロスはにやりとしました。

「宿敵と戦うために、自国の皇太子の命を犠牲にしようとしたか。気に入ったぞ、軍師。結果はどうなった?」

「強すぎる護衛をつけてしまいました。殿下は刺客を撃退してロムドに入ってしまったようです。刺客たちはロムドの紋章を現場に残してきたようですが、それがうまく働いたかどうかは……。ただ、日数から考えて、殿下はまだロムド城には到着していないはず。東でクアロー軍が進軍を始めている今ならば、ロムドを急襲するチャンスはまだ充分にあるでしょう」

 話すうちに、チャストの声がまた熱を帯び始めました。セイロスよりずっと小柄で貧相な体つきですが、胸を張り頭をそらして、セイロスへ言います。

「女王陛下の死を誰にも知られてはなりません。陛下は今も存命で、セイロス殿を全面的に支持している、とすべての領主と兵に信じさせるのです。その上で、一刻も早く進軍を開始します。いずれ、ロムド王も背後からの攻撃に気づくでしょう。だが、東へ進めていた兵を呼び戻して、西へ向かわせるまでには時間がかかる。その隙に可能な限りロムドを攻め、征服した場所をあなたの国として宣言するのです。要の国の再興です」

 ほう、とセイロスはまた笑いました。要の国の再興、ということばが気に入ったのです。

「そういうことであれば、まずは女王を生き返らせなくてはならんな」

 とセイロスが言ったので、ギーが驚きます。

「そんなことができるのか!?」

「できる。もっとも、まったく元通り、というわけではないがな」

 またにやりと笑ったセイロスの背後で長い黒髪が揺れて、ばさりと翼のような音をたてました――。

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