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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第10章 本音

28.詰問(きつもん)

 メイ城の玉座の間に、セイロスとギーと軍師のチャストが集まっていました。玉座に座った姿のままで捕らわれたメイ女王は、今日も透明な檻の中です。

 セイロスがチャストに言いました。

「クアロー王が国境のエスタ軍を破ってエスタ国内に侵入した、と同行させた魔法使いから連絡が入った。ランジュールの魔獣が大暴れをして、エスタ軍を壊滅させたらしい」

 おぉ、とギーは歓声をあげましたが、軍師のほうは冷静に答えました。

「確かにランジュールにはメイ国に封印されていた魔獣を与えたし、クアロー王の間者にもあなたから闇の力を与えていただいたが、本当の勝因はクアロー軍の弓です。敵より良い武器を持つ兵が数多く揃っていれば、指揮官がよほど無能でない限り、戦いに勝つのは道理。魔獣や怪物は、あくまでも攻撃や防御の補助なのです」

 

 セイロスはそんな軍師をじっと見つめました。

「堅実な男だな。確認のためにもう一度聞こう。クアロー軍はエスタ国を東から攻め始めているし、そこには私が同行していることになっている。この先はどうするつもりだ。おまえの作戦を聞かせろ」

 紫に輝く水晶の鎧兜を身につけ、金茶色のマントをはおったセイロスは、そこにいるだけで圧倒的な王者の威厳を放っています。

 チャストは一礼してから答えました。

「クアロー軍がエスタ軍を破ったことで、エスタだけでなく、同盟国すべての目がクアローに向きました。あなたがクアロー軍に与えた弓に勝てるのは魔法戦士だけですが、エスタ国には案外と戦える魔法使いが少ない。エスタ軍は兵の数が非常に多く、守りも厚いので、そう簡単には崩れませんが、クアローの弓に対する決定打がないので、魔法軍団を抱えるロムドや魔法僧侶がいるミコンに援助を求めことになります。特に、ロムドはクアローから直接宣戦布告をされているから、すでに出撃体制に入っているはず。つまり、ロムド国では一般の兵士と魔法軍団が一気に東へ移動を始めるのです。敵の戦力を別な方向へ集中させておいて背後を突くのは、用兵の基本です」

「確かにな。だが、ロムドには非常に優れた占者がいるぞ。それについてはどう考える?」

 とセイロスはさらに尋ねました。相変わらず、チャストを確かめるような目で見ています。

 すると、チャストはその目を見つめ返しました。

「実は、メイの占者たちに命じてあなたを占わせてみたのです、セイロス殿」

 と唐突に切り出し、腑に落ちない顔をするセイロスたちを見ながら話し続けます。

「占者たちは全員が驚きながら答えました――あなたを占いの場に見つけられない、と。けれども、考えてみればそれは当然のこと。あなたは二千年前の時代に生きていた人間だから、現在の占者たちには占えないのです。ロムドの一番占者にとっても、これは同じことのはずです。しかも、クアロー軍には巨大な闇の魔獣を引き連れたランジュールが行っています。あちらに闇の反応があるのだから、一番占者はそれをあなたと考えることでしょう」

 セイロスの正体を闇の竜と知らないギーは、理解できなくなって不思議そうな顔をしましたが、セイロスのほうは少し納得した表情になりました。

「そこまで考えて、ランジュールに魔獣を与えていたのか。確かに噂通りの策士だな」

「おそれいります」

 とチャストはまた頭を下げます。

 

 ところが、顔を上げたチャストに、セイロスはまた尋ねました。

「ついては、メイの皇太子についてだが、体が弱くて保養中だと言っていたな? なんという場所にいると言った?」

「シャゴンです。体に良いと言われる温泉が湧く場所なので、昔から保養地として――」

 とチャストが言うと、セイロスは鋭く目を光らせました。厳しい口調でさえぎります。

「シャゴンに皇太子はいなかった! 皇太子をどこへやった、軍師!?」

 セイロスはチャストの嘘を鵜呑みにせずに、確認のためにシャゴンへ人を送り出していたのです。

 チャストはうつむくと、できるだけ平静な声で答えました。

「そんなはずはございません。ハロルド殿下は保養のためにシャゴンの温泉へおいでになりました。そこに殿下がいないというのは、何かの間違いでございましょう。さもなければ、殿下が途中で目的地を変えられたのです」

「あくまでも、知らないとしらを切るか」

 セイロスの声がすごみを増しますが、チャストは答えません。

 

 すると、いきなり彼らの足元に振動が伝わってきました。大きな揺れではありませんが、どん、どん、と繰り返し響いてきます。

 周囲を見回したギーが言いました。

「見ろ、女王だ」

 透明な檻の中に閉じ込められたメイ女王が、椅子に縛り付けられた格好のまま、両足を上げ、勢いよく床を踏みならしていました。音は檻の外には聞こえないので、振動だけが伝わってきたのです。

「女王が何をやっている。見苦しい」

 とセイロスは顔をしかめましたが、チャストは女王が自分をにらみつけていることに気がついて言いました。

「どうやら陛下は私に話したいことがおありのようです。話せるようにはなりませんか?」

「なんだと!? さては女王を逃がす相談をする気だな!?」

 とギーは気色ばみましたが、セイロスは少し考えてから答えました。

「よかろう、声だけ聞こえるようにしてやる。行くぞ、ギー。どうせ檻はそのままだから、逃げられはせん」

 でも……とギーはまだ疑う顔をしていましたが、セイロスは先に立って、さっさと玉座の間を出て行ってしまいました。しかたなくギーも従います。

 すると、ガラスの箱のような檻の色が薄くなり、メイ女王の声が聞こえてきました。

「チャスト! チャスト!」

「こちらにおります、陛下」

 チャストはすぐに階段を駆け上りました。女王の玉座に駆け寄ろうとしますが、手前一メートルほどのところで檻にさえぎられて、近づくことができなくなります。

 チャストは玉座の前に膝をつくと、メイ女王を見上げました。見えない鎖で椅子に縛りつけられ、食事も水も与えられない監禁状態は、もう三週間以上になりますが、女王は少しもやつれてはいませんでした。餓死や渇死(かっし)をしない魔法がかけられているのですが、それにしてもその状況に負けない精神力は見事でした。今も、以前と少しも変わらない目でチャストを見据えて言います。

「そなたは何を考えておる、チャスト!?」

 厳しく問いただす声です。

「なにゆえ、本気であの男に力を貸す!? あの者の正体はわかっておろう! 世界を破壊する闇の竜じゃぞ!」

「お気をお鎮めください、陛下」

 とチャストは言うと、声を落として続けました。

「セイロスが我々の話を聞いております。我々がハロルド殿下の行く先について口にすることを期待して、こうして話をさせているのですから」

「そんなことは承知しておる! だが、そなたのその態度は理解ができぬ! そなた、本気であの男を勝利に導こうとしているであろう。あの者の勝利は世界の破滅。やがてこのメイも食らいつくすのじゃぞ!」

 チャストはまたうつむきました。

「すべては女王陛下をその場所からお救いするためでございます。僭越(せんえつ)ながら、陛下をお救いできるのは私しかございません。陛下はメイにとってなくてはならないお方。たとえ売国奴(ばいこくど)とののしられようとも、私は陛下のお命をお救いする所存でございます」

「メイを世界征服の踏み台にされてもか!? 大陸中の国々がこのメイに攻め込んでくるぞ!」

 女王は厳しい口調を緩めません。

 けれども、チャストは頭を振ってみせました。

「そのような事態には、私が絶対にさせません、陛下」

 女王は額に青筋を立てました。玉座の肘置きをきしむほど強く握りしめます。

 

 そこへ入り口からギーがまた入ってきました。チャストへ声をかけます。

「話はそこまでだ。軍師、あんたに客だぞ」

「客? 誰だ?」

「さあ、俺は知らん」

 言うだけ言って、玉座の間から出て行ってしまいます。普段なら家臣や衛兵が大勢出入りする玉座の間なのですが、今はセイロスが人を近づけない魔法をかけているので、ギーが連絡係を務めているのです。

 チャストはまたメイ女王へ頭を下げました。

「今しばらくご辛抱ください。必ず陛下をその場所からお救いいたします」

「メイを戦争と破滅の道に追いやってか!?」

 女王はまた厳しく問いただしましたが、チャストはそれには答えませんでした。黙ったまま女王の前から退きます。

 すると、女王は追いかけるように尋ねました。

「チャスト、ハロルドはどこじゃ」

 軍師は足を止めました。

「話を聞かれております。それをここで申し上げることはできません。ですが、その件もどうか私にお任せくださいませ」

 軍師はそのまま部屋を出て行き、後には玉座に縛りつけられた女王だけが残されました。金銀や立派な彫刻で飾られた玉座の間は、しんと静かになります。

 

 メイ女王は片手で自分の顔をおおいました。そのまましばらく考え込んでから、おもむろにつぶやきます。

「軍師は世界に大戦争を引き起こすであろう。あの者の指揮は優秀じゃ。必ず同盟軍に手痛い損害を与える。そして同盟軍の反撃を招くのじゃ――。エスタとロムドは必ず我がメイに攻め込んでくる。ザカラスとミコンもそれに同調するはずじゃ。たとえ最終的にメイが勝ったとしても、戦場になったメイに元の繁栄はありえぬ。軍師に戦いを指揮させるわけにはいかぬ」

 女王は顔をおおっていた右手を離して、手のひらをじっと見つめました。女王の手は白くふくよかでした。確かに女性の手ですが、彼女はその手で夫亡き後のメイ国を守り続けてきたのです。時には非情な手段も用いながら……。

「いよいよわらわの番ということか」

 と女王はつぶやくと、見つめる手をゆっくり裏返しました。ふっくらした薬指には大きな赤い石をはめ込んだ指輪があります。女王は指輪の石をひねりました。ぽろりと石が膝の上に落ちて、中から赤い丸薬が現れます。

 女王はそれを指先でつまみ上げました。血を固めたような丸い粒を見据えて言います。

「おまえにメイは渡さぬ、デビルドラゴン。メイはこれから先も自由な国じゃ!」

 宣言と共に、女王は丸薬を一気に飲み下しました――。

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