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第22巻「二人の軍師の戦い」

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26.国境の陣・2

 霧が消え始めた川辺で、エスタ軍は敵を迎え討つ準備を始めていました。

 先週降った雨で増していた川の水位が、昨日あたりから下がり始めたので、そろそろクアロー軍が攻め込んでくるはず、と読んでいたのです。まだ川の流れは急ですが、人や馬が渡れないほどではありません。

 エスタ軍の司令官が兵たちを前に訓示します。

「いいか、こちらから先に国境を越えてはいかん。クアロー王が宣戦布告した相手はロムド王だ。エスタが先にクアローに攻め込めば、我が国には何もしていなかったクアローに攻撃をしかけたことになって、クアローにつけ込む機会を与えてしまう。連中が川を越えて攻め込んでくるのを待て。川を渡ってくれば、それはもう侵略だ。遠慮なく戦って撃退しろ」

 敵が川を渡ってきたら迎撃して良い――エスタ兵たちは自分の中で反復しました。大軍同士がぶつかり合う戦闘では、戦いが始まれば、司令官の指示も隊長の命令も、あっという間に聞こえなくなってしまいます。そんな中で自分が何をするべきかを、あらかじめしっかり認識しておかなくてはならないのです。

 霧が晴れてくる時間を見計らって、エスタ軍は川沿いに展開しました。クアロー側は川岸からなだらかな平地が続いていて森におおわれていますが、エスタ側の川岸はすぐに斜面になって地面が一段と高くなる河岸段丘の地形でした。守りに向いているこの場所で、エスタ軍は堅固な防御の陣を敷きました。川に面した平地では歩兵と騎兵が待ち構え、段丘の上にはエスタ軍自慢のいしゆみ部隊がずらりと並んだのです。

 いしゆみはボウガンとも呼ばれる機械仕掛けの弓で、飛距離は長弓に若干劣るものの、威力が強くて狙いが正確なので、戦闘では非常に大きな力を発揮しました。難点は矢を弓にセットするのに時間がかかることですが、エスタ軍ではいしゆみ部隊を三列編成にすることで欠点をカバーしていました。一番後ろの列で矢をセットし、真ん中の列に上がったら弓を構え、最前列に出たら敵へ発射してすぐに一番後ろに下がる。これを繰り返すことで、間断なく敵へ矢を射るのです。

 さらにその両脇には重装備の騎馬隊も控えていました。敵が歩兵や騎兵、いしゆみの攻撃で浮き足立ったら、段丘の上から一気に駆け下りて蹴散らそうという作戦です。

 

 霧が晴れて対岸が見えてきたとき、エスタ兵たちはそれぞれの場所で思わず笑い出しました。敵は森の陣営から出て、エスタ軍と同じように川岸に沿って展開していました。ただ、その並び方がまったく違っていたのです。

 クアロー軍の最前列は弓矢部隊でした。それもエスタ軍が使うようないしゆみではなく、飛距離の短い短弓です。その後ろに歩兵がずらりと並び、さらにその後ろに重騎兵の部隊が控えています。

「見ろよ、クアロー軍を! あの弓で我々に対抗するつもりだぞ!」

「あの弓じゃ川の真ん中まで来なけりゃ届かん! その前にこっちのいしゆみの餌食じゃないか! 馬鹿な連中だ!」

 いしゆみ部隊はさっそく弓に矢をつがえ始めました。こちらの矢は向こうの岸辺のあたりまで届きます。敵の弓矢部隊が川を渡り始めたらすぐに射撃を開始できるように準備します。

 すると、霧がたなびく森の中から、二頭の馬が姿を現しました。共に背中に立派な身なりの戦士を乗せています。一人は青みがかった鎧の上にクアローの紋章のマントをはおり、兜には王冠に似た飾りをつけていました。もう一人は紫に輝く鎧兜に金茶色のマントをはおっています。

 エスタ兵たちはささやき合いました。

「左はクアロー王だぞ」

「ああ、一目でわかるな。だが、右の奴は誰だ?」

「ロムドの正当な王だとか寝言を言っている、セイなんとかって奴だろう」

「意外と若いようだな? あんな青二才のためにクアローはロムドに宣戦布告したのか」

 すると、川の向こうからクアロー王の声が聞こえてきました。

「クアロー国王としてエスタ国に告ぐ! ここにおわすセイロス殿は、かつてロムドがあった場所に存在していた要の国の跡継ぎ! すなわち、ロムド国の正当な王だ! 権利を有する者が正当な権利を手にすることができない現状を、我がクアローは看過できぬ! よって、ロムドに宣戦布告をなして、セイロス殿の地位の復権に協力する!」

 距離があるのにことばがはっきり聞こえてくるところをみると、王のそばには声を広げる魔法使いがいるようでした。エスタ兵たちがまたささやき合います。

「あんなことを言ってるぞ?」

「要の国ってのは、いったいなんだ? そんな国があったのか?」

「何を言ってるのかわからないな。そもそも、それがクアローにどんな関係があるっていうんだ?」

「クアロー王は単にロムドに宣戦布告したかっただけなんだろう」

「しかしまた、なんでロムドに?」

 クアロー王の宣言はエスタ兵たちには理解できません。

 

 すると、今度は王の隣の人物が口を開きました。やはり遠くまではっきり聞こえてくる声で言います。

「私はセイロス。私は世界から要の国の王となることを約束されていた。だが、私は味方に裏切られ、魔法によって二千年後のこの世界へ飛ばされてしまった。この時代では、要の国はロムドと名を変えられ、ロムド王と呼ばれる男が我が王座を奪ってふんぞり返っている。だが、その地位は神が私に与えたもうたもの。正当な王位継承者である私に即刻王座を返してもらいたい。クアロー王は私の主張の正当性を認めて、協力を申し出てくれた。ロムドが私を真の王と認めないのであれば、私はクアロー王と共にロムドに攻め込み、王座を我が手に取り戻す。その途中、我らの行く手を阻んで敵対する者があれば、その者たちも容赦なく切り捨てていく。その旨、しかと言い渡した。我らの敵になろうとする者は覚悟するがいい」

 若いのですが、クアロー王より堂々と聞こえる声と話しぶりでした。エスタ兵たちがまた顔を見合わせます。

「二千年前の王だとよ?」

「馬鹿馬鹿しい」

「あいつ、頭が変なんじゃないのか?」

 誰もがあきれています。

 すると、クアロー王がまた言いました。

「我々はロムド国へ進軍を開始する! ただちに道をあけよ! 我らの邪魔をするのであれば、力ずくで通過するぞ!」

 もちろんエスタ軍は引くつもりなどありません。司令官の指示を受けて、いしゆみ部隊が丘の上でいっせいに弓を構えます。

 よし、とクアロー王は言いました。

「エスタ国の考えはよくわかった! 今この瞬間からエスタも我らの敵だ! 攻撃開始!」

 クアロー王の手が味方の軍にさっと振られました。おぉぉぉ、とクアロー軍から鬨(とき)の声が上がります。

 

「来るぞ!」

「クアロー軍が川を渡り始めたら射撃開始!」

「川を越えさせるな!」

 やつぎばやに飛びかう指令に、エスタ兵たちは動き出しました。歩兵は剣と盾を構えて川岸へ走り、騎兵は興奮する馬の手綱を引き締め、弓兵は川の対岸に狙いをつけます。敵が川に飛び込んでくるのを、今か今かと待ちます。

 ところが、クアロー軍は進軍を始めませんでした。クアロー王の合図を受けていっせいに攻撃を始めたのは、最前列に展開した短弓部隊です。ぱしゅっ、ぱしゅっ、ぱしゅっと軽い音をたてて、何百という矢が川を越えてきます。

「馬鹿だな! もう撃ってきてるぞ!」

「あんなところから届くはずがないだろう!」

 エスタ兵たちはあざ笑い、すぐに驚愕しました。届くはずがないと思った敵の矢が、川を越えてこちらに飛び込んできたからです。しかも、前方に展開する歩兵や騎兵の頭上をはるかに越えて、段丘の上に並ぶいしゆみ部隊まで飛んでいきます。

「まさか!?」

 エスタ軍は動揺しました。自分たちの目が信じられなくて、敵が使う弓を見つめますが、それはごく普通の短弓でした。そのくせ、信じられないほど長い距離を正確に飛んでくるのです。矢が命中したいしゆみ部隊の兵が、悲鳴を上げて斜面を転がり落ちます。

「こちらも撃て! 撃ち返せ!」

 と司令官が命じたので、いしゆみ部隊も一斉射撃を始めました。矢が打ち出される音と共に、弓弦(ゆづる)をレバーで巻き上げるガシャンガシャンという音がわき起こります。いしゆみに張られた弓弦は非常に強力なので、人の力だけで引くことができないのです。その代わり、そこから発射される矢の勢いと貫通力の強さには定評がありました。飛距離も短弓の何倍もあります――が、彼らの矢は川の対岸ぎりぎりのあたりで落ちてしまいました。水の流れや河原の石にぶつかるだけで、その後方に整列するクアロー軍にはまったく届きません。クアロー軍が短弓で撃ってくる矢は届いているというのに……。

「なんだ、あの弓は!?」

「どうしてあんなところから矢が届くんだ!?」

 驚きあわてるエスタ軍に、クアロー軍の矢が次々に飛来しました。いしゆみ部隊の兵士たちを射抜いていきます。狙いは信じられないほど正確です。

「さ、下がれ! いしゆみ部隊、後退しろ!」

 弓兵を敵の矢が届かない場所まで避難させようと、そんな命令が下されたとたん、敵陣からまたクアロー王の声が響きました。

「前進! 敵を打ち破れ!」

 おぉぉぉぉ!!!

 再び鬨の声があがって、クアロー軍が動き出しました。弓矢部隊の兵が川に駆け込み、流れの中からまた短弓を射てきます。今度は丘の上だけでなく、目の前のエスタ軍に向けても矢が飛んできます。やはり強力で正確な射撃です。

 エスタ軍は震え上がりました。敵の弓部隊が前進してきても、こちらのいしゆみ部隊は反撃ができないのです。敵を止めることができません。

 騎馬隊は馬をかばって後ずさり、歩兵は盾をかざしました。とにかく敵に国境の川を渡らせるわけにはいかないのですから、盾で壁を作って矢を防ぎながら、敵へ前進を始めようとします。

 ところが、そんな彼らの盾に矢が突き刺さってきました。クアロー軍が放った矢が、鋼鉄を張った盾を貫通したのです。盾に守られていない下半身にも矢は突き刺さってきます。クアロー軍の矢には鎧も役に立たなかったのです。

「だめだ、矢が防げない!」

「逃げろ!」

「射殺されるぞ! 下がれ!」

 エスタ軍の陣営は大混乱に陥りました――。

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