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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第9章 国境の陣

25.国境の陣・1

 エスタ国とクアロー国の国境の川辺に朝が来ました。

 エスタ国側の岸辺に設置された陣営で、二人のエスタ兵が見張りをしながら話していました。

「クアローはいったいどういうつもりなんだろうな? エスタに反逆して大負けしてから、まだ半年しかたっていないっていうのに」

「姿をくらましていたクアロー王が戻ってきて、ロムドに宣戦布告したっていうからな。エスタがだめだったから、今度はロムドを、と思ったんじゃないのか?」

「だが、クアローとロムドの間には我がエスタがあるんだぞ。五年前までならともかく、今じゃ我が国はロムドの同盟国だ。また我々と戦うことになるじゃないか」

「しかも、向こうはロムドの正当な王様だと言う男を担ぎ上げてきたからなぁ。そんな、どこの馬の骨とも知れない奴が信用されるわけもないのに」

「クアロー王は相当焦っているってことか」

「そういうことだな。そんな馬鹿な王様に付き合わされるんだから、敵とはいえ、クアローの兵たちたちも気の毒なことだ」

 話し合って二人の見張り兵は笑いました。自分たちの優位を信じて疑いませんが、それはエスタ軍全体の認識でもありました。クアロー軍がエスタ軍を討ち破るなど、万に一つも考えられないことだったのです。

 国境の川には川霧が漂っていて、向こう岸を見通すことはできませんでした。対岸の森にはクアロー軍が集結して、陣を張っているのですが、それも見えません。ただ、敵が見えないのは向こうも同じことでした。川霧は日が高くなれば消えていくので、その時を待つように、両陣営は静まりかえっています。

 

 

 対岸のクアロー側の陣営では、たくさんの天幕が森の中に張られ、その中でもひときわ大きくて立派な天幕の中にクアロー王がいました。王は一度負けて逃亡した身です。自身が最前線に出て来なくては、領主や兵たちが従ってこなかったのです。

 クアロー王は、まだ四十を過ぎたばかりの人物で、がっしりした体に鎧兜がよく似合っていました。王が座る椅子の横には剣が置かれています。

 また、王の隣には私服姿の家臣がいました。男なのに妙に艶っぽい、金髪の巻き毛に水色の瞳の美青年です。王の膝にしなだれかかるように寄りかかりながら話しかけてきます。

「敵は油断しきっていますよ、陛下。『クアローには抵抗するだけの戦力は残っていない。やぶれかぶれで捨て身の攻撃をしかけているだけだ』なんて噂をしているんです――」

 言って下を向き、くすくすと笑い声をたてます。どう見ても王の男妾という風情ですが、天幕の中で王を守っている衛兵は興味も嫌悪も示しませんでした。武器を手に外へ警戒を続けているだけです。

 クアロー王は言いました。

「せいぜい油断させておけ、ミカール。それより、まだロムド軍は到着していないな? 金の石の勇者は空を飛んで戦場に駆けつけるという話だが、奴が戦場にいてはいささか不都合になる」

「それを避けるために、電光石火で城を取り戻し、こうして西へ攻めて出ようとしているのではありませんか、陛下。我々の後ろにはセイロス殿がついてくださっています。セイロス殿はサータマン王のように裏切ったりはいたしません」

 青年の正体は王に仕える間者でした。王がエスタに敗れ、サータマンにも裏切られてクアローから落ち延びた際に、たった一人で王に従った側近です。今もこうして愛妾のふりをしながら戦場についてきています。

 サータマン王の名を聞いたとたん、クアロー王は急に顔つきを険しくしました。横に置かれた小さな机をたたきつけて言います。

「あの大嘘つきめ! 援軍に大軍を出すからエスタを攻撃しろ、と我が国に言っておきながら、形勢が不利になったと見るや、たちまち兵を引き上げおって! エスタとロムドを討ち破って王の首をはねた後に、あの裏切り者の頭も太った体から引き抜いて、衆目にさらしてやる!」

 ミカールはなだめるように言いました。

「敵を滅ぼした後、エスタ国の統治は陛下にゆだねる、とセイロス殿はおっしゃっています。そうなった時点で、ミコン山脈を越えてサータマンへ攻めて出ればよろしいでしょう。おそらくセイロス殿も手助けしてくださるはずです。なにしろ、私たちにこれだけの力を貸してくださったのですから」

 にやり、と笑った間者の顔が、一瞬どす黒い影に縁取られました。元が整った顔なので、すごみのある笑みが広がります。

 

 そこへ、別の人物の声が聞こえてきました。

「なになぁにぃ? その力ってボクのことぉ? そぉだよぉ、ボクはすごぉく強いんだからねぇ、うふふふ……」

 外からではなく、他に誰もいないはずの天幕の中から声がしたので、衛兵たちはいっせいに身構えました。クアロー王とミカールは顔をしかめます。

「おまえか、幽霊」

 と王が言うと、その目の前にもう一人の青年が姿を現しました。白い服を着た体は半分透き通っていて、空中に漂っています。

 幽霊は口を尖らせました。

「なぁにさぁ、その嫌そうな言い方ぁ。ボクにはちゃんとランジュールっていう名前があるんだからねぇ。セイロスくんに言われて助っ人に来てあげたのに、邪魔にするっていうなら、ボクは帰るからねぇ」

「別にかまわないぞ。こちらで来てくれと頼んだわけじゃないからな」

 とミカールは言い返しました。王にしなだれかかったまま、片手で前髪をかきあげます。そんな動作の一つ一つが、妙に色気を感じさせる青年です。

 一方、ランジュールは透き通った体のまま、ふわふわと漂い続けていました。ふぅん、と間者を見下ろします。

「セイロスくんから力を分けてもらって、自信つけちゃったみたいだねぇ? メイ城に連れてこられたときには、『ついに命運が尽きた』って言って震えてた二人がさぁ。まぁ、ボクだってキミたちを助けてあげたいわけじゃないんだけど、軍師くんがこっちに行けって言うからさぁ。それに新しい魔獣の実地訓練もしたいところだしねぇ。しょうがないから、キミたちの失礼なことばは聞かなかったことにしてあげるよ――これ以上もっと失礼なコトを言わなければねぇ」

 ふわりとランジュールはミカールと王の前に舞い降りました。ひとつしかない目で、あかんべえをしてみせます。

 ミカールは激しく立ち上がりました。

「無礼者! 幽霊の分際ででしゃばるな!」

「そのセリフ、そのままそっちにお返ししてあげるよぉ。人間のくせに幽霊にいばらないコトぉ。痛い目に遭わされたくなかったらね、うふふふ……」

 ランジュールは細い目をいっそう細くして笑っていました。笑い声は楽しそうですが、目は非常に剣呑(けんのん)な光を放っています。幽霊の肩の後ろに、何かがもやもやと姿を現し始めています。

 クアロー王はうんざりしたように頭を振りました。

「よせ、ミカール。ランジュールは今は我々の仲間だ。仲間割れをしているときではない」

 主君にたしなめられて、ミカールはしぶしぶまた座りました。ランジュールをにらみつけて言います。

「見ていろ。陛下が天下をお取りになったら、貴様など黄泉の門の奥にたたき込んでやるから」

「へぇぇ、そんなことができると思ってるんだぁ? ボクは黄泉の門を番してるケルベロスともお友だちなんだけどぉ? 逆に、ケルちゃんに頼んで、キミたちを黄泉の門の門番見習いにさせよぉかぁ?」

 ああ言えばこう言うランジュールに、ミカールがまた腹を立て始めたので、クアロー王は、よせ、と手を振りました。ランジュールが陣中に来て以来、この手のトラブルが急に増えてきたのです。こんな面倒くさい幽霊はさっさとセイロスの元へ送り返してしまいたいのですが、状況を考えれば、そういうわけにもいきません。

 

 そこに、待ちに待った知らせが入ってきました。外からやって来た見張りの兵士が、こう報告したのです。

「霧が晴れてまいりました! 敵陣の様子が見え始めています!」

「やっほぉ、待ってましたぁ!」

 とランジュールは歓声を上げて、あっという間に消えていきました。報告の兵士が驚いて空中を眺めます。

 ミカールも喧嘩していたことなど忘れて、楽しそうに言いました。

「出陣されますね、陛下? いよいよエスタに目にもの見せてやりましょう」

「無論だ。馬の準備をしろ! エスタを総攻撃するぞ!」

 クアロー王は自分の剣を取ると、椅子から立ち上がりました――。

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