デビルドラゴンがメイ城を占拠したという知らせに、オリバンとセシルはもちろん、周囲にいたロムド兵全員が驚きました。たちまち蜂の巣をつついたような騒ぎになります。
セシルが弟に尋ねます。
「それは確かにセイロスなのだな!? 義母上を人質にしていると!?」
「はい。そう名乗っていました。突然城に侵入してきて、母上のいる玉座の間に立てこもってしまったのです……」
ハロルドは話しながら泣き出しそうになっていました。思いがけない場所で姉たちに再会して、それまでずっと張り詰めていた気持ちが崩れ始めたのです。
すると、オリバンに注意されました。
「兵たちの前だぞ、ハロルド。しっかりしろ」
ハロルドは、はっとしました。ナージャの女騎士団は彼の後ろに控えて、彼の一挙一動、ことばの一つ一つに注目していたのです。どの目も心配そうに彼を見つめています。
ハロルドは涙をこらえると、ぐっと胸を張り直しました。自分より背の高い姉や義兄を見上げて話し続けます。
「母上を人質にされて、皆が玉座の間に駆けつけました。ですが、チャストは、メイだけの力でデビルドラゴンに対抗することはできない、ロムドに救援を求めるように、と言いました。それで私はナージャの女騎士たちを護衛にして国境の山を越えてきたのです」
セシルは怒りに身震いしました。
「デビルドラゴンめ、今度はよりによってメイ城に現れたか……!」
オリバンが重々しく言います。
「我々は奴が次にサータマンに出現するのではないかと考えていた。まさかメイに出現していたとは。一刻も早く父上に知らせて、メイの救援に向かわなくてはならん」
義兄上! とハロルドは言いました。同盟に加わることを拒絶したメイを、オリバンは当然のことのように、助けに行く、と言ったのです。泣くまいと思っていたのに、ついまた涙がこぼれそうになります。
すると、そこへタニラが進み出てきました。
「実はここに来る途中、不可解なことがあったのです。ハロルド殿下が謎のユラサイ人の刺客に、二度にわたってお命を狙われました。その連中がこんなものを持っていたのです」
とロムドの紋章の焼き印を押した手形をオリバンたちに渡します。
たちまちオリバンは表情を変えました。誰もが驚くほど険しい顔つきになってどなります。
「なんだ、これは!? こんな粗悪品が我が国の許可証だとでも言うつもりか!?」
腰から大剣を引き抜くと、あっという間に革の手形を真っ二つにしてしまいます。
セシルも眉をひそめてタニラに言います。
「おまえたちは何者かに陥れられていたようだな。ロムドは周囲の国々との信頼関係を大切にする国だ。あんな誰にでも模造できるような許可証は使用していない。おまえたちがロムドに救援要請に向かったと知って、それを妨害しようとした者がいたんだ――危なかった」
女騎士団にもロムド軍にも、戦闘で命を落とした者はありませんでした。誤解が元だったとは言え、死者が出てしまえば、双方の関係は非常に難しくなるところだったのです。
オリバンが言いました。
「ジタンのドワーフやノームたちとの交渉は終了した。これからどうするべきか相談するぞ。我々の駐屯地に来い」
部下に譲られた馬で森へ戻るオリバンとセシルに、女騎士団とロムド軍はすぐに従っていきました――。
けれども、相談するといっても、五十名の女騎士たちや、百名もいるロムド兵の全員が話し合いに加われるはずはありませんでした。
相談はハロルド王子とタニラとオリバン、セシル、ロムド軍の隊長の五人の間で行われることになり、その間、他の兵たちは待機することになりました。兜を脱ぎ、戦いで汗をかいた顔に風を当てる者も出てきます。
そうやって兜を脱いだ女騎士に、ロムド兵たちが話しかけてきました。
「驚いたな、本当に女だったんだ」
「まるっきり男のような戦い方だったじゃないか」
「当然よ。私たちはメイ国王軍第三十二部隊、ナージャの女騎士団だもの」
「女であっても男にひけは取らないつもりよ」
と女騎士たちは言い返しますが、先に勘違いして攻撃をしかけてしまった負い目があるので、あまり強い態度には出られません。
一方ロムド軍では女性の兵士は珍しかったので、すぐに他の兵たちも集まってきて、話が賑やかになってきました。
「女なのに強かったよな、あんたら」
「セシル様といい、メイには、あんたたちみたいな女の戦士が大勢いるのか?」
「メイの国王も女なんだろう? ひょっとして、女性だけで国を守っている女人国(にょにんこく)なのか?」
「あ、なんだチャーリー、鼻の下を伸ばして。行ってみたいって顔してやがるじゃないか」
「そ、そんなことはない! ただ、どんな国なのかと思っただけだ!」
からかったり、むきになって反論したりする兵士も出てきます。
女騎士たちは思わず笑ってしまいました。
「違うわ。メイの軍人の大半は男よ。女騎士はあたしたちだけ」
「メイ女王だって、本当は国王じゃないわ。ハロルド殿下が成人するまでの間、国王を代行しているだけなの」
「ハロルド殿下がセシル隊長の下に救援要請に行くっていうんで、私たちが護衛についてきたのよ」
中には真面目なことを聞いてくる兵士もいました。
「そういえば、メイにあの竜が現れたって話じゃないか。どんな様子なんだ?」
「私たちにもよくわからないのよ。その様子をご覧になったのはハロルド殿下だけだから。でも、ここに来るまでの間、何度も妨害を受けたから、城が敵に占拠されてるのは間違いないわ」
「ついこの前襲われたのはザカラス城だったんだよ。ザカラスからメイに移動していたんだな」
「なんでも、デビルドラゴンはセイロスって人間の男に化けているらしい。えらく残虐な奴だという話だぞ」
「メイが奴にひどい目に遭わされていなければいいがな」
ロムド兵たちが心配してくれるので、女騎士たちは意外に思いました。
「どうしてそんなに心配してくれるの? 私たちはロムドの同盟国じゃないのに」
「だが、メイはセシル様の故郷だ」
「そうだ。セシル様は故郷をデビルドラゴンに襲われて、気が気じゃないだろう」
ロムド兵たちのことばが親身だったので、女騎士たちはまた笑顔になりました。
「隊長がロムドにいらして、本当によかったわ」
「そうね。お幸せでいるのがよくわかるもの」
「セシル様のことか? 当然だ。殿下とそれは仲むつまじく過ごされているからな」
「我々一兵士にも気を配って声をかけてくださるし、お優しいしお強いし。すばらしい方だよ、本当に」
「でしょう!? 隊長はステキな方でしょう!?」
「やぁね! そこに気がついてくれるなんて、あんたたちもいい人たちじゃない!」
自分たちの隊長を誉められて、女騎士たちの機嫌がたちまち良くなりました。両軍入りまじっての話し合いは、ますます賑やかになっていきます――。
「ずいぶんと楽しそうだな」
少し離れた木の下でオリバンやハロルドたちと話し合っていたセシルが、駐屯地を振り向きました。
「敵ではなかったことがわかって緊張が解けたのだろう。両軍が話をして理解し合うのはいいことだ」
とオリバンは大真面目で言うと、改めて目の前のハロルドやタニラに言いました。
「今も話したとおり、セイロスがロムドに侵攻してくる事態に備えて、我々はこのままここに残ることにした。メイからロムドに来るためには、このジタン山脈を越えるか、一度ザカラスの南部に入ってから、ザカラスとの国境を越えてこなくてはならない。いずれにしても、この西部にやってくるのは間違いないからな。ハロルドはこのまま東に向かい、父上たちにこの事態を知らせてほしい。私たちはジタンのドワーフやノームたちとの交渉の結果を報告する任務もあるから、それに関する書状も急いでしたためることにする。それを持って、セシルと共にロムド城へ――」
すると、セシルがそれをさえぎって言いました。
「私もここに残るぞ、オリバン。ここでセイロスの攻撃を食い止める」
「いや、あなたにはハロルドたちの案内役をしてほしい。私はただちにリーバビオン伯爵に連絡を取って、国境を固めさせる。伯爵の父は昔、ザカラスと我が国が戦闘になったときに、幼かった私を命を捨てて守ってくれた忠臣だ。今回も即座に協力してくれるだろう」
「だから私の協力は不要だというのか? いやだ。私は断じてあなたと共に戦うぞ。ロムド城への案内なら、ロムド兵の誰かに命じればいいことだ」
すると、タニラが言いました。
「失礼ながら、そういうことであれば、我々女騎士団も半数はここに残って、守備に協力したいと思います。殿下にメイの兵士が大勢付き添ってロムド国内を歩いては、かえって不安や疑惑を招くのではないか、と案じていたのです。殿下の護衛を半数の二十五名ほどにすれば、さほど目立つこともなくなるでしょう」
「私もそれがいいと思う」
とハロルドも言います。
オリバンは苦い顔になりました。確かめるように言います。
「セイロスが率いてくるのは、間違いなくメイ軍の兵士だ。セシルも女騎士団も、自国の人間と戦うことになるのだぞ?」
とたんに、セシルもタニラも皮肉な笑い顔になりました。
「それがどうした? 私は長年メイから嫌われ疎まれた人間だ。今さらメイ軍と対立したとしても、どうと言うことはない」
「我々女騎士団も、昔から隊長をお守りして、しばしば他の国王軍と対立を繰り返してきました。相手がメイの軍勢だからといって、戦意が鈍るようなことはありません!」
女性たちの剣幕に、オリバンは思わず肩をすくめました。ハロルド王子のほうは、すみません……と申し訳なさそうに姉へ頭を下げます。
セシルは言い続けました。
「私が救いたいのはロムドと、ハロルドが受け継ぐことになっているメイ国だ。そのために、ここでデビルドラゴンを食い止める。私を安全な城へ戻そうとしても無駄だ、オリバン」
やりとりを聞いて、ロムド軍の隊長も言います。
「私からも、セシル様の残留を希望いたします。これからリーバビオン伯爵に知らせを送るとしても、ここから伯爵領まではかなりの距離があるうえに、途中に早馬の中継地もありません。その点、セシル様の大狐は大変足が速い。セシル様に知らせに行っていただくのが一番良いと思われます」
オリバンはますます苦い顔になりました。こんなことならば、先ほど飛んできたグーリーにもう少し留まってもらって、通信係になってもらえば良かった、と考えますが、それも後の祭りでした。
セシルはオリバンの表情を無視してタニラに言いました。
「ハロルドの護衛につく女騎士を選出しろ。護衛隊長は引き続きおまえだ、タニラ。責任を持ってハロルドをロムド城まで送り届けろ。それから――」
きびきびと命令を下していたセシルが、ふっと口をつぐみました。自分より背が高いタニラと、自分の肩まで背が伸びてきたハロルドを交互に見比べて、優しい笑顔になります。
「おまえたちにまた会えて本当に嬉しい。よく無事にここまで来てくれた。ありがとう」
「姉上」
「隊長……」
ハロルドとタニラは、セシルに抱き寄せられて、感激の涙をこぼしてしまいました。