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第22巻「二人の軍師の戦い」

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20.地下

 ジタン山脈の東側の麓の森で、オリバンとセシルは護衛の兵士たちと共に天幕を張って野営をしていました。

 そこは赤いドワーフの戦いの際に、オリバンがフルートたちやドワーフ移住団と共に陣を張ったのと、ほぼ同じ場所でした。ジタン山脈でも一番高い峰の正面に位置していて、ジタンの地下にある移住村の入り口からそう遠くありません。

 ジタンで一番高い峰はニール・リー山といいました。赤いドワーフの戦いで戦死した二人のロムド兵から名付けられています。

 森の外れに出たオリバンとセシルは、晴れていく朝霧の間にニール・リー山を見ながら話し合っていました。

「私たちがジタンに到着してから、もう一週間になるのに、ドワーフやノームたちからはなんの音沙汰もないな。彼らは本当に協力するつもりがあるんだろうか?」

 疑いの気持ちを表情に表すセシルに、オリバンは答えました。

「焦るな。彼らは大地の子たちだ。彼らの時間は、我々の時間よりゆっくり過ぎていくようなのだ。一つのことを皆で話し合って結論を出すのに数ヶ月をかけることも、ざらにある」

「数ヶ月!」

 とセシルは声をあげました。

「冗談じゃない! そんなに時間をかけていたら、その間にデビルドラゴンがまた攻めてくるじゃないか! 私たちだって、そんなに長く城を開けておくことはできないはずだぞ!?」

「わかっている。そして、彼らだってそのことはわかっているはずだ。きっともうじき返事が来る。だから焦らずに待つのだ」

 腕組みしたまま泰然(たいぜん)と構えるオリバンに、セシルは不満そうに口を尖らせました。とはいえ、相手は山の地下に住むドワーフとノームたちなので、いくら気がせいても、押しかけることはできません。溜息をつきながらニール・リー山をにらみつけます。

 

 すると、彼らの足元から急に声がしました。

「やれまぁ驚き桃の木山椒の木! 結婚式も挙げないうちにもう夫婦喧嘩かね? 女房とは仲良くしなくちゃいかんと思うぞ、王子」

 地面から小さな人間がぴょっこりと頭を出していました。青い上着を着て灰色のひげを長く伸ばした、中年の男性です。

 オリバンは憮然としました。

「我々は喧嘩をしていたわけではない、ラトム」

「どうしてここに? ひょっとして、村での話し合いが終わったのか!?」

 とセシルは期待してかがみ込みます。

 ラトムは、よっこいしょ、と地面の中から出てきました。そうして全身を表しても、オリバンやセシルの膝にも届きません。ラトムはノームなのです。

 けれども、彼は小さな体で胸を張ると、甲高い声で言いました。

「そうとも、待たせてすまなかったな、王子、王女。なにしろドワーフたちは気が長くてな。俺たちノームで一生懸命尻をたたいて、ようやく今朝早くに話し合いが決着したんだ。二人とも俺と一緒に来い。村長たちのところに案内してやろう」

 言うが早いか、右手と左手でオリバンとセシルの脚を一本ずつつかみます。とたんに、彼らの周囲が真っ暗になりました。地面に引きずり込まれてしまったのです。

 仰天して悲鳴を上げたセシルに、ラトムの声が言いました。

「心配しなさんな。俺たちノームには地面に潜る力があるし、俺たちがつかんだものは、俺たちと一緒に地面の中を移動できるんだ。山の中の入り口までえっちらおっちら登っていって、そこからまた地下に下りていくなんてのは、労力の無駄ってもんだ。どぉれ、最短コースで村まで行くぞ!」

 ラトムが地中を駆け出したので、セシルはまた悲鳴を上げてしまいました。灯りのない地中は真っ暗闇です。そこをノームは二人の足首をつかんだまま、飛ぶように走って行きます。周囲にあるはずの土や岩が感じられないので、まるで暗い海中を引きずられていくような感じです。

「これはなかなか奇妙な経験だな」

 とセシルの隣から驚いたようなオリバンの声が聞こえます――。

 

 やがて、彼らは急に明るい場所に出ました。地中の洞窟に飛び出したのです。大柄なオリバンがやっと立てるくらいの高さの、半球形の空間に、四人のドワーフと四人のノームが集まっていました。ドワーフもノームも半数は女性です。

「待たせたな、ロムドの王子。結論が出たぞ」

 赤いひげのドワーフは挨拶も面倒な前置きも省略で切り出しました。ジタン山脈の地下に作られたドワーフ村の村長で、オリバンとは顔見知りの人物です。人間のオリバンたちより小柄ですが、ノームたちよりはずっと大きな体をしています。

「俺たちが一週間もかけて熟考に熟考を重ねた結果だ。これ以上の結論はないぞ」

 とノーム村の村長も胸を張ります。こちらはオリバンたちの膝くらいの背丈で、長い灰色のひげの先を三つ編みにしています。

 ところが、ドワーフの女たちが言いました。

「何言ってんだい。あたしたちドワーフからしたら、話し合いに一週間なんて、短すぎて前代未聞だよ!」

「そうさ。王子たちが時間がないって言ってるっていうから、急ぎに急いで結論を出したんじゃないか!」

 すると、ノームの女たちがそれに反論しました。

「やだねぇ。ドワーフはホントにのんびりしてるんだからさ!」

「そんなに話し合いに時間かけてたら、お茶からキノコが生えてくるよ!」

 お茶からキノコが生えてくる、というのは、どうやら「時間をかけすぎている」という意味のノームのことわざのようです。

「俺たちが喧嘩をしてどうする。今はそれどころじゃないだろう」

「そうだ。俺たちの敵はデビルドラゴンなんだぞ」

 とドワーフとノームの副村長がたしなめると、四人の女たちはいっせいに反論を始めました。

「何言ってんのさ、あんた! あたしたちがいつドワーフと喧嘩したって言うの!?」

「そうさ、失礼しちゃうよ。ねぇ、ノームの村長夫人?」

「そうそう。男たちって、あたしたちがちょっと口を開くと、すぐこんなことを言うんだから。だよねぇ、ドワーフの村長の奥さん」

「きっとみんなお腹がすいてるのよ。空腹だと考えも怒りっぽくなるもんねぇ」

 言い争っていたように見えた女たちが、たちまち一致団結したので、ドワーフとノームの男たちは溜息をついて頭を振りました。ここに集まっているのは、両種族の村長、副村長と、彼らの奥さんたちです。

 

「それで、結論はどうなったのだ?」

 とオリバンが尋ねると、ドワーフの村長が答えました。

「我々はロムドの要請通り、ロムド軍に武器と防具を提供することにした。とりあえずは、盾一万枚、鎖帷子(くさりかたびら)五千枚、長剣一万本、槍一万本、矢尻五万組分――これだけを来月までに製造して城に運んでやる」

「そんなにたくさんを来月までに!?」

 とセシルは驚きました。武器や防具の種類を選ばなければ、ロムド正規軍の兵士全員に行き渡るくらいの数です。

 すると、ノームの村長が言いました。

「無論、我々のこの村だけで作れる数じゃない。時間さえかければできるが、敵だってこっちの準備が整うまで待ってはくれないだろう。北の峰のドワーフたちにも一緒に作ってもらうことになったんだ」

「北の峰のドワーフたちに?」

 と今度はオリバンが驚きました。ジタン山脈のドワーフの出身地で、オリバンにもなじみ深い場所ですが、北の峰はロムドのはるか北の彼方にあるのです。

 オリバンの表情を見て、ドワーフの村長と副村長は、にやりとしました。

「実は、我々は北の峰まで『話の道』を作ったのだ」

「魔石の中に、おしゃべりの石というのがあってな、一つの石を砕くと、砕いた石の間で同じ話が聞こえるようになるんだ。地中を移動できるノームたちに協力してもらって、ここから北の峰まで、おしゃべりの石を地中に埋め込んで、互いに話ができるようにしたんだよ」

 すると、ノームの村長と副村長も言いました。

「短い距離なら、俺たちノームもよくやっていたんだよ。夫婦でおしゃべりの石を持って、昼飯ができたと呼んだり、仲のいい者同士で持って会話を楽しんだりな」

「それを、ドワーフたちは材料調達の連絡用に北の峰までつないでしまったのさ。俺たちノームにはとても思いつけない、壮大な使い方だよ、まったく」

「おかげで、こっちで採れない石や金属を北の峰から持ってこれるようになったし、逆にこっちの魔金を北の峰に運べるようにもなったし」

「あっちのおいしいものも頼んで持ってきてもらえるようになったから、便利になったよねぇ」

 と奥さんたちも上機嫌で言います。

 はぁ、とオリバンとセシルはつくづく感心しました。人間の彼らには思いもつかないようなことが、ドワーフとノームたちには可能なのです。

 

 ドワーフの村長は話し続けました。

「北の峰ではもう武器や防具の製造に取りかかっている。このジタンでも、先ほどから準備が始まったところだ。作業場では手狭なので、時の間を使うことにした。あそこは広いからな」

 時の間――とオリバンは思わず繰り返しました。願い石の戦いの時に彼がフルートたちと訪れた、時の鏡が並ぶ岩屋のことだと理解したのです。彼らが願い石を探し、過去をのぞき、戦いを繰り広げた場所が、今度はデビルドラゴンに対抗するための道具を作る場所になるのでした。

「ドワーフとノームたちの協力には本当に感謝する。さぞ素晴らしい道具を作ってくれることだろう。それで、肝心の支払いの相談なのだが――」

 とオリバンが切り出すと、ドワーフもノームもいっせいに手を振りました。

「いらんいらん!」

「あんたたちから代金なぞもらえるもんか!」

「いや、そういうわけにはいかん。ドワーフもノームも、我々には作ることができない、たぐいまれなる名品を作る技術を持っている。その能力は正当に評価されるべきなのだ」

 いつも生真面目なオリバンに、ドワーフとノームは笑顔になりました。

「ホントにまぁ、この王子様が、がめつくてずるがしこい人間の仲間だなんて、とても思えないよねぇ」

「そういう人間が頭を下げて頼んでくるから、あたしたちも手伝わなくちゃって思っちゃうんだけどね」

 と奥さんたちも笑って言います。

 ドワーフの村長が一同を代表して答えました。

「おまえたちが戦うデビルドラゴンは、我々ドワーフやノームにとっても大変な敵だ。あいつの恐ろしさは我々もよく知っている。おまえたちが勝たなければ、我々が全滅するということもな――。今回の話を聞いて、地上に出ておまえたちと一緒に戦う、と言った仲間も少なくはなかった。だが、戦うためには強力な武器と丈夫な防具が必要だし、我々はそれを作ることができる。それならば、我々は武器防具を作ることで戦いに加わろう、と話が決まったんだ。これはおまえたちだけの戦いじゃない。我々ドワーフとノームの戦いでもある。だから、代金はいらん。その代わり、我々が調達できない材料を集めてほしい。どうも途中で足りなくなるものが出てきそうだからな」

「わかった――感謝する」

 力強い協力の申し出に、心から頭を下げたオリバンとセシルでした。

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