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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第7章 地下

19.刺客

 ハロルド王子が救援を求めてメイ城を出発してから、すでに二週間が過ぎていました。

 王子はナージャの女騎士団五十名と一緒にメイの北東部の険しい山々を越え、深い谷を刻む川沿いに北上して対岸へ渡り、ようやくのことでロムド領内に入っていました。それでもまだ道のない深い山が続いているのですが、女騎士たちは木の枝を払い藪(やぶ)を切り開いて馬が通れるだけの道を作り、東へ、ロムド城へと進んでいました。

「ハロルド殿下」

 とタニラが先頭から引き返してきました。浅黒い肌の大柄な女戦士は、道なき道を行く強行軍にも、少しもまいった顔をしていません。一方の皇太子のほうはさすがにばててきて、女騎士たちにはさまれて、やっと前に進んでいるという状態になっていました。

「お疲れでしょう。少し休憩にいたします」

 とタニラは言いましたが、王子は目の下にくまが浮いた顔で首を振りました。

「大丈夫だ……。もう、ずいぶん日数が過ぎた。一刻も早くロムド城にたどり着かなくては、メイが取り返しのつかないことになってしまう」

「いいえ、殿下。ここで一息入れましょう。無理に進んで殿下が具合を悪くされたら、ロムドにメイの現状を知らせる方がいなくなってしまいます。……三十分の休憩!」

 タニラの命令で女騎士たちは馬から下りました。鞍にくくりつけていた水筒から水を飲み、携帯食料を口にしたり雑談を始めたりします。

 ハロルドも馬を下りると、太い木の根に腰を下ろして、ぐったりと幹に寄りかかりました。以前よりずっと丈夫になったつもりでしたが、まだまだ体力が足りないことを思い知らされます。

 そんな王子にタニラがまた言いました。

「殿下はまだ御年十四歳です。普段から戦争に備えて激しい訓練を続けている我々と、体力が違うのは当然です」

 すると、別の女騎士も話しかけてきました。

「その通りですわ、ハロルド殿下。いつ亡くなってもおかしくないとさえ言われた殿下が、こうして一緒に国境越えをしているんですもの。それだけでも、ものすごいことですよ」

 一緒に旅をする間に、女騎士たちは王子に親しく声をかけるようになっていました。一応敬意は払っていますが、全員が王子より年上なので、まるで弟に接するような態度です。

「殿下、女騎士団名物の飴はいかが? ナージャの金葉樹のエキスが入っているから、食べると元気になりますよ」

「セシル隊長もこの飴は大好きだったんですのよ」

 と他の女騎士たちも話しかけてきます。

「姉上も――? それじゃ一ついただこう」

 とハロルド王子は言って、飴を口に入れました。とたんに、すっとする香りが口いっぱいに広がって、本当に気分がよくなってきます。

 

 前方では、休憩の時間を利用して、十数人の女騎士たちが道を切り拓いていました。メイとロムドは国交がないので、両国の間を結ぶ道は存在していなかったのです。

 木々の間からのぞく空を見上げて、王子は尋ねました。

「ここはどの辺だろう? 私たちはどのあたりまで来たのだ?」

 タニラは答えました。

「ここはもうロムド領の山中です。我々はロムドの地理をよく知らないのですが、おそらくジタン山脈と呼ばれている山の西側のはずです。ここを越えれば、本格的にロムドの領内になります。天候さえ崩れなければ、あと三、四日で山を越えられるでしょう」

「わかった」

 と王子はうなずき、勧められるままに、もう一つ金葉樹の飴をなめました。女騎士たちも同じ飴を食べて賑やかにおしゃべりをしています。

「だからね、あたしは言ってやったわけよ。そんな細かいところばかりこだわってる男なんて、こっちからお断りよ、って――」

「もう、シェーラらしいわね。大金持ちの御曹司だったんでしょう? 玉の輿(こし)だったのに」

「いくら金を持っていたって、軟弱な男はごめんよ。あたしより強い奴でなくちゃね」

「じゃあ、やっぱり国王軍の誰かと結婚するつもり?」

「いやよ。気が利く優しい男性ってのも、あたしの条件なんだから。あたしの知ってる兵士は、みんな乱暴か鈍感かの、どっちかなのよね」

「んもう。シェーラったら理想高すぎよ!」

 どっと笑い声があがりました。どんな場所でも陽気で明るい女騎士たちです。

 

 すると、彼らがやってきた山の斜面の下のほうから、急に数羽の鳥が飛び立ちました。一同の頭上を越えて山頂の方角へ飛び去ります。

 思わずそれを見送ったハロルド王子は、次の瞬間、はっとして鳥が飛び立った場所を振り向きました。濃い緑の森が広がる斜面に目をこらして、タニラに言います。

「ひょっとしたら敵かもしれない……。森や茂みから急に鳥が飛び立った時には伏兵を疑え、と姉上が教えてくださったことがある」

 タニラもたちまち真剣な顔になりました。

「確かに。我々に驚いたのなら、我々の上を越えて逃げたりはしないでしょう――。シェーラ、ピア、偵察してこい」

「了解!」

 たった今まで賑やかに談笑していた女性たちは、たちまち戦士に変わりました。二人が木陰伝いに山の斜面を下りていき、他の者たちは、腕に盾を装着して剣を握ります。

「まだ馬には乗るな。状況を確かめてからだ」

 とタニラが言っているところに、斜面の下のほうから剣のぶつかる音が響いてきました。「敵襲!」と叫ぶ女性の声が聞こえます。

 タニラは即座に剣を抜きました。

「追っ手だ! 殿下をお守りしろ!」

「はいっ!」

 女騎士たちはいっせいに動き出しました。剣を抜き、弓矢を構え、ハロルド王子の周りでは盾をかざします。

 するとそこへシェーラとピアが駆け戻ってきました。二人とも抜き身の剣を握り、シェーラは血がしたたる腕を押さえています。

「怪我をしたのか!? 敵は何人だ!?」

 どなるように尋ねるタニラへ、二人は答えました。

「かすり傷です、心配ありません!」

「敵は五人! 全員が男で黒い覆面をしています。動きが非常に素早い連中です!」

「先に殿下を狙った連中か。またしても襲撃してきたな――!」

 とタニラが言ったところに、本当に五人の男たちが姿を現しました。全員が黒っぽい服を着て黒い覆面をしています。そのうちの二人は小さい弓を持っていました。女性たちの間にハロルド王子を見つけるなり、矢を撃ってきます。

「危ない!」

 王子の周囲の盾が矢を跳ね返しました。

「射撃始め!」

 タニラの命令で、最前列の女騎士たちがいっせいに弓を引き絞りました。五人の男たちへ矢を射始めます。

 ところが男たちは木を盾にして矢を避けながら、こちらに向かってきました。低木や茂みの多い場所なのに、あっという間に迫ってきます。

「近づけるな! 討ち取れ!」

 とタニラは言って王子の前に立ちました。他の女騎士たちは周囲を固めます。

 

 そこへ男たちが飛び込んできました。女騎士たちの剣を剣で跳ね返し、間をすり抜けて迫ろうとします。並の身のこなしではありません。

「こいつら、刺客よ!」

「寸鉄を隠し持ってるわ! 気をつけて!」

 女騎士たちは言い合い、男たちの進路をふさぎました。一人が自分の剣で男の剣を受け止めると、二人目の女騎士が上からも剣で抑え込み、男の動きが止まったところを三人目が後ろから切りつけます。

 男は怒声を上げて振り向きました。剣を手放して寸鉄を出しますが、反撃する間もなく女騎士たちの剣に貫かれました。倒れて絶命します。

「すごい……」

 とハロルド王子は驚き感心しました。どんなに訓練を積んでいても、女騎士たちは女性です。力で男に負けることはわかっているので、複数で連係しながら敵を倒しているのです。

 別の場所では五人の女騎士が盾で敵を防ぎ、剣で囲い込もうとしていました。女騎士たちに阻まれて逃げ出す刺客もいます。

 すると、声が上がりました。

「タニラ様! 一人行きました!」

 女騎士たちの剣の下をかいくぐって、包囲網を抜けた刺客がいたのです。剣の代わりに寸鉄を握って、ハロルド王子へ突進してきます。

「殿下、お下がりください」

 とタニラは言うと、自分は逆に前に出ました。大剣を振り上げると、目の前に来た刺客を頭からばっさり切り捨てます。刺客が血をまき散らして倒れます。

 女騎士たちはいっせいに歓声を上げました。

「さすが副隊長!」

「男よりお強いわ!」

 それを見て敵は任務を完全にあきらめたようでした。森の奥から口笛が響き、生き残っていた刺客たちが引き上げていきます。女騎士たちは後を追いましたが、すぐに敵を見失って戻ってきました。

「本当に素早い連中!」

「奥にまだ仲間がいたみたいね。何者なのかしら?」

 まだ警戒は解かずに話し合います。

 

 すると、賊の死体を改めていた女騎士がタニラを呼びました。

「副隊長、見てください!」

 覆面をはがされた下から、黄色みを帯びた肌と黒髪の男の顔が出てきたのです。タニラは眉をひそめます。

「ユラサイ人のようだな。そっちもか?」

「こちらもそうです」

 ともう一つの死体を調べていた女騎士が返事をします。

 ハロルド王子はタニラの後ろから死体をのぞき込みました。

「セイロスはユラサイの刺客集団を使っているのか……。ありがとう。皆のおかげで助かった」

「我々は殿下をお守りするためにここにいるのです」

 とタニラが答え、女騎士たちも笑顔になりました。森の奥から襲撃者が戻ってくる気配はありません。ようやく、ほっとした雰囲気が漂い始めます。

 ところが、死体を改めていた女騎士が、懐から何かを見つけました。

「副隊長、これは――」

 タニラに手渡されてきたのは、小さな羊皮紙の切れ端でした。表面には獅子に山と樹を配した紋章の焼き印が押されています。

「これはロムド国の紋章だ。何故こんなものが?」

 とタニラがいぶかしんでいると、別の死体を改めていた女騎士も同じものを見つけました。

「こちらにもありました! 同じ紋章です!」

 羊皮紙の切れ端はどう見ても手形でした。皇太子を狙った刺客がロムドの紋章の手形を持っていたことに、誰もがとまどいます。

「これはどういうことでしょう、副隊長? ひょっとしたら、殿下に刺客を差し向けたのは、デビルドラゴンではなくロムド国王なのでは――」

 女騎士たちの中からそんな声が上がってきたので、タニラは強くたしなめました。

「短絡な詮索はするな! ロムドはセシル隊長のお嫁ぎ先だぞ!」

「でも、それじゃどうしてこいつらはロムドの手形を持っていたんですか? おかしいじゃないですか!」

 女騎士たちの疑いは晴れません。

 ハロルド王子はタニラの手の中の紋章を見つめました。そこに描かれているのは、ロムドの南にあるというデセラール山です。ロムドの紋章であることは間違いありません。

 何故、刺客がこれを? と王子は考え、行く手に目を向けました。頼りにしてきたはずのロムド国が、急に疑惑の色に染まり始めたように感じられました――。

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