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第22巻「二人の軍師の戦い」

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18.協力

 場所は再びメイ城――。

 壇上に透明な檻に閉じ込められたメイ女王を飾りのように据えた玉座の間で、セイロスとギーと軍師のチャストが一カ所に集まって話をしていました。彼らの頭上では、幽霊のランジュールがふわふわと空中に寝転んでいます。

「これでロムドとエスタは、あなたがクアロー国に出現したと信じ込んだでしょう」

 とチャストはセイロスに言いました。

「ひょっとしたら、金の石の勇者はすでにこのメイを怪しいとにらんでいたかもしれません。ですが、これで彼らの目はクアローに向いたはずです。しかも、クアローがただちにエスタに攻め込みそうな勢いを見せているので、そちらへの対応に手一杯になります。こちらへ確認に来る余裕はなくなります」

 すると、空中からランジュールがのんびり口をはさんできました。

「でも、すごい偶然だったよねぇ。クアローの王様が、綺麗な間者くんと一緒にこのメイに逃げてきてたなんてさぁ」

「どう見ても怪しい二人連れがメイ港から入国したという報告が、数日前に届いていました。逃亡中のクアロー王らしいとわかって、その使い道を女王陛下と協議中だったのです」

 とチャストが答えます。

 セイロスは冷ややかに笑いました。

「あの男は人間的には小物だが野望を持っている。力を貸してやる、と言えばすぐに動くのだ」

「それにしても、すごい力を与えたんだな、セイロス? たった一日で国を取り返してしまうなんて。いったいどんな力をやったんだ?」

 とギーが感心しながら尋ねました。島からついてきた青年は、いつもセイロスを崇拝しています。

「それは連中の敵がおのれの目で確かめているはずだ――。さあ、軍師、おまえの言う通りクアロー王に手を貸して、向こうで宣戦布告をさせたぞ。次は何をするつもりだ」

 とセイロスは言いました。メイの軍師を見定めるような目つきをしています。

 チャストは髪の毛のない頭を下げました。

「予定通り、女王陛下にも領主たちへ出兵の命令を下していただきました。今は各領主が出陣の用意を調えているところです。軍勢が整ったところで、我が国もロムドへ出陣するのです」

「クアローに気を取られている隙に、ロムドを背後から討つ作戦か。筋だな」

 セイロスが納得の表情になります。

 

 すると、彼らの頭上からランジュールがまた口をはさんできました。

「ねぇねぇ、この前から気になってたんだけどさぁ……この国にも皇太子がいたよねぇ? 名前はなんて言ったっけ? ずぅっと姿を見かけない気がするんだけどさぁ。王子様はどこにいるわけぇ?」

 とぼけた顔で鋭い突っ込みをしてくるランジュールですが、チャストは少しもあわてませんでした。

「ハロルド殿下は生まれつきお体が弱くていらっしゃる。今は城を離れて西部の片田舎にある温泉で療養中なのだ」

「確かに、あの王子は今にも死にそうなほど弱っていた。フルートの金の石で命は取り留めたが、生まれつきの虚弱は治らなかったか。温泉はどこにある」

 とセイロスは聞き返しました。チャストの嘘を見抜くことはできませんでしたが、居所を確認するあたりは抜け目がありません。

「シャゴンです」

 とチャストは答えました。

 

 そこへ玉座の間の外から声がしました。

「失礼します。ユーブリラの領主のスクルブ伯爵が、私兵を率いてご入城です。セイロス様に面会ご希望ですが」

「へぇ、女王様じゃなくセイロスくんに面会したいんだ?」

 とランジュールが意外がると、セイロスは答えました。

「私が何者か確かめたいのだろう。よかろう、会ってやる。一緒に来い、軍師」

 先に立って部屋を出るセイロスを、ギーがすぐに追いかけました。呼ばれていなくても、セイロスのそばから片時も離れようとしません。

 ところが、チャストは逆に壇上へ上がっていきました。いぶかるセイロスへ、すぐに行くから先に行っていてほしい、と伝えてから、玉座に座る女王の前に膝をつきます。

「陛下、おいたわしいことです……。どうかもう少しだけご辛抱ください。必ずそこから解放いたしますので」

 メイ女王は玉座に座ったまま、そこから動けずにいました。食事も水も差し入れられていないのですが、魔法がかけられているのか、やつれることもなくずっと同じ姿で座り続けています。

 先日、チャストが城中の家臣や城下の主立った貴族を集めて、セイロスをロムドの正当な王位継承者だと告げたときには、檻も消えて女王は自分自身の声で話すことができました。ただ、それはセイロスがあらかじめ女王に「言え」と命じていた内容でした。

「わらわはセイロス殿の王位継承権を認めて、王位奪還に協力することを決めた。皆は可能な限り早く軍備を整え、都に集結するのじゃ。我が国は正義に基づき、セイロス殿が国を取り戻すために、ロムド国へ宣戦布告をする――」

 そう家臣たちに告げる女王は、怒りに顔を歪め、身震いをしていました。自分の意思ではないことばを言わされることに、耐えがたい屈辱を感じていたのです。

 けれども、家臣たちはそれを女王の決意の表情と受け取りました。メイがロムドへ宣戦布告するなど、常識で考えればとんでもない決断なのですが、女王の機嫌を損ねては大変、ぐずぐずはしていられない、と皆があわてふためいて自分の屋敷や領地に駆け戻り、いっせいに準備に取りかかったのです。

 今、メイ女王はあのときと同じような表情でチャストをにらんでいました。檻越しに声は聞こえてきませんが、口が動いて何かを言っています。

 部屋に残っていたランジュールが、うふん、と笑いました。

「なぁんか、女王さまはずいぶんお怒りみたいだよねぇ? 声は聞こえないけどさ、『チャスト、何を考えてる』って言ってるように見えるよぉ?」

「お許し下さい、陛下」

 とチャストは女王へ頭を下げました。

「陛下のお命を奪われるわけにはいきません。陛下はこの国になくてはならない方なのです。そのために、私は彼に協力しております」

 女王は激しく頭を振り、またチャストをにらみつけました。

「絶対ダメだ、って女王さまが言ってるよぉ?」

 とランジュールがまたのんびりと言います。

「私にお任せ下さい、陛下。万事うまくいくように運びます」

 とチャストはまた深く頭を下げると、玉座の前から退いて部屋を出て行きました。

 

 ランジュールはその後についてきました。玉座の間の入り口を守っていた兵士が、ぎょっとした顔になりますが、平気でチャストに話しかけます。

「ねぇねぇ、軍師くぅん、いったい何を考えてるわけぇ? 万事うまく運ぶって、何をどう運ぶつもりなのさぁ?」

 返事を聞くまで離れないよ、と言いたそうな幽霊に、軍師は逆に尋ねました。

「おまえは確か魔獣使いだったな。死んだロダと同じ郷里の出身だと聞いたことがあるが」

 セイロスには丁寧に話す軍師も、ランジュール相手には口調が少し変わります。

「んん? まぁねぇ。ボクがまだ人間だった頃の話だけどねぇ。それがなぁにぃ?」

「強力な魔獣を使って大活躍してみたくはないか? その気があるならば、セイロスに頼んで魔獣を呼び寄せてもらうが」

 ランジュールは空中で肩をすくめました。

「それはもぉ、ずっと前から言ってるのさぁ。でも、セイロスくんはいつまでたっても強い魔獣をくれないんだよねぇ」

「では、私が魔獣のいる場所を教えよう。このメイには古代の魔獣を封印したと言い伝えられる場所があるのだ」

 ランジュールはたちまち空中で一回転すると、軍師に舞い降りてきました。

「どこどこ、それってどこさぁ!? 強い魔獣!? それってどんなヤツぅ!?」

「私もどんな魔獣かは知らない。だが、それが本当に強力な魔獣なら、それを使ってやってほしいことがある」

 ランジュールは一つだけの目を丸くすると、すいとそれを細めて笑いました。

「魔獣を交換条件にして、このボクにも働けってわけぇ?」

「おまえは幽霊だ。ここからクアローまでひと飛びだろう」

 とチャストが答えます。

 ふぅん、とランジュールは言って、また笑いました。

「人の動かし方をよく知ってるじゃなぁい? さすがは軍師くん。うふふふ」

 まるで女のような幽霊の笑い声に、見守っていた兵士たちが気味悪そうに後ずさります。

「魔獣が封印されている場所を教えてやろう。ついて来い」

 と言って、チャストは幽霊と共に歩き出しました――。

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