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第22巻「二人の軍師の戦い」

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17.周辺国・2

 フルートたちがゴーリスと執務室に駆けつけると、そこにはすでに四大魔法使いが揃っていて、部屋の真ん中の椅子に座る人物を取り囲んでいました。黒い長衣を着込んだ青年で、ひどく消耗した様子で、ぜいぜいとあえいでいます。

 部屋の中にいたロムド王が、フルートたちに気づいて言いました。

「勇者たちも到着したな。あとは将軍とユギルだけだ」

 すると、フルートたちの後ろから声がしました。

「わしたちももう参っておりますぞ!」

「クアロー国から宣戦布告があったいうのは本当でございますか!?」

 ワルラ将軍とユギルでした。どちらも大急ぎで部屋に入ってきます。とたんにリーンズ宰相が扉を閉めました。

 

 椅子の青年の前にかがみ込んでいた白の魔法使いが言いました。

「あなたの顔には見覚えがある。確か、サータマンがロムドに二度目の侵略を企てた際に、あの国がクアロー国とカルドラ国を使って陽動を行っている、と知らせに来てくれたエスタ国の魔法使いだな」

「そうだ。元は双子で、二人が一人になって知らせに飛んできた、と言っていた方ですな」

 と青の魔法使いも言います。それを聞いてユギルが進み出てきました。

「その件であれば、わたくしがエスタに依頼したことでございます。殿下と共にユラサイに赴いた際に、竜仙境の占神とわたくしで陽動を把握したので、占神の双子の妹であるエスタのシナ殿に連絡をして、ロムドまで知らせを飛ばしていただいたのでございます」

 それはマモリワスレの戦いの際のことでした。ロムド王が言います。

「その節には大変世話になった、魔法使い殿。だが、此度(こたび)の知らせはまったくとほうもない。皆にいま一度話して聞かせてもらえるだろうか」

 黒衣の魔法使いは椅子に座ったまま、頭を下げました。短い金髪に緑の瞳の青年で、ユギルよりもう少し若い年齢のように見えます。

「私たちを覚えてくださっていて……感謝いたします……私はエスタ国王に仕える魔法使いで、名前をトーラと申します……。前回は双子の弟のケーラと共に力を合わせて、ここに飛んでまいりましたが……あの魔法ではごく短い時間しか滞在できないので、今回は魔法で転移を繰り返し……一日半かけてディーラまでやってまいりました……」

「一日半!? そんなに長い時間、魔法での転移を繰り返したのかね!? 無茶じゃ!」

 と深緑の魔法使いが驚きましたが、トーラという青年は返事ができませんでした。あえぎながら話すうちに、激しく咳き込んでしまったからです。白の魔法使いが背中に手を当てて癒やしの魔法を送り込むと、咳が止まって、やっと楽に話せるようになります。

「感謝いたします……。無理は承知でも、一刻も早くロムドにお知らせしなくてはならなかったのです。一昨日、東隣のクアロー国に行方不明だったクアロー王が突然戻ってきて政権を奪回――セイロスという人物がロムド国の正当な王であるから、ただちに王座を明け渡すように、さもなければロムドに宣戦布告する、その旨をロムド王に伝えよ、と通告してきたからです」

「ロムドへの宣戦布告をエスタに伝言するとは、クアロー王も大変な強気ですな」

 とワルラ将軍が真剣な顔で腕組みすると、リーンズ宰相がうなずきました。

「左様です。だからこそ、本当にセイロスがクアローにいるのではないかと思われるのです」

 

 すると、メールが口をはさみました。

「ねえさぁ。あたいたちは、そのクアローって国がよくわからないんだけど、それってどんな国なのさ? どうして強気だとセイロスがそこにいることになるわけ?」

 深緑の魔法使いがそれに答えました。

「クアローというのは、エスタ国のさらに東隣にある国じゃ。実はわしはそこの出身での、先々代のクアロー王の時分にお抱え魔法使いになろうとしたこともあったんじゃ。いろいろあってクアローを離れたがの……。国土はロムドやエスタの五分の一もないし、森林が多くて畑が少ないから、決して豊かではない国じゃ。だから、ずっとエスタ国の従国という形をとって安全を図っておったんじゃが、今のクアロー王はいつかエスタから独立して天下を取ってやる、という野望を持っていたんじゃな。それで、半年前に突然国境を越えて、エスタ国へ攻め込んでいったんじゃ」

 それをゴーリスが引き継ぎました。

「クアロー王がエスタに攻め込むきっかけを作ったのはおまえだ、フルート。おまえはこの時、記憶を失ってカルドラ国にいた。マモリワスレの術と言ったか? それのせいで金の石の勇者でなくなっていたために、デビルドラゴンがサータマン王をそそのかし、サータマン王はかねてからサータマンと手を結びたがっていたクアロー王に働きかけて、エスタ侵攻を命じたんだ。目的は陽動のためだ。サータマンがロムドに攻め込むことを計画していたので、それを知られないために、東のクアロー国にエスタ国を攻めさせて、こちらの目をそらそうとしたんだ」

「やだ、それってカルドラ国がザカラス国にしたのと同じことじゃない! カルドラもサータマン王の命令を受けて、ザカラスを軍艦で攻めようとしたのよ。フルートや私たちで阻止したけど」

 とルルが言います。

 それに対してうなずいたのは、ユギルでした。

「サータマン王は金の石の勇者がいないと知って、クアローとカルドラに、同時に東と西から陽動をかけるように命じ、その隙にミコン山脈を越えてロムドに攻め込もうとしたのでございます。ですが、それはエスタ国と勇者殿の働きで阻止することができました。さらに勇者殿が記憶を取り戻されたので、サータマン王はたちまち撤退、後に残されたカルドラとクアローだけが責任をかぶる形になりました。カルドラはザカラスから多額の賠償などの厳しい処分を受けましたが、クアローのほうは王が姿をくらまして、行方不明になっていたのでございます。敗国の王、しかも家臣も民も捨てて逃げ出した君主です。通常であれば、国に戻って政権奪回など容易にはできないはずなのですが――」

「クアロー王はわずか一日で城から暫定(ざんてい)政権を追い払って、王位に返り咲いたと聞いております」

 とエスタの魔法使いのトーラが言います。

 深緑の魔法使いはしわの多い頭を振りました。

「王に戻れるはずのない奴が王に戻り、しかも、エスタに対してロムドへの宣戦布告を告げておる。つまり、ロムドだけでなくエスタに対してまで『まとめてかかってこい』と言うとるわけじゃ。えらく強気じゃろう? 本来ならできるはずもない自信ぶりじゃ」

「だからセイロスがクアローにいるってことになるんだね」

 とメールも納得します。

 

 ところが、フルートのほうは話を聞くうちにうつむいてしまっていました。ポポロが心配して腕に手をかけると、口を開いて言います。

「ぼくはマモリワスレの戦いで、本当にいろいろな人たちに迷惑をかけていたんだな。カルドラだけじゃなく、エスタやロムドにまで……」

「フルートのせいじゃないわよ。それは全部デビルドラゴンのしわざだわ!」

 とポポロが言うと、ロムド王もうなずきました。

「それは勇者たちがデビルドラゴンにとって脅威になっているという証拠だ。占者のユギルと同じことなのだ。むろん、だからこそ、敵に狙われぬよう充分注意しなくてはならないのだが、今はそういう話をするときではない。どうやらセイロスはクアローを配下にして攻撃を再開するつもりのようだが、セイロスは自分がロムドの正当な王だと主張してきた。ザカラス城の戦いのような一方的な侵略戦争ではない。奴は何か企んでいる。気をつけねばならんぞ」

 執務室の中の一同は顔を見合わせました。

「よりにもよって、自分がロムドの王だとは、デビルドラゴンは何を考えているのでしょうな」

 と青の魔法使いが言うと、ロムド王がまた言います。

「セイロスはかつてここにあった要の国の皇太子だったという。おそらく、その血筋を主張して、自分の国を返せ、と言っているのであろうな」

「まさか! 今から二千年も前に滅んだ国の話ですぞ!?」

 とワルラ将軍があきれると、リーンズが言いました。

「先方も無理は承知で言ってきているのです。ほしいのは、ロムドに戦いをしかけるための口実なのですから。ロムドは同盟の中心の国。ここが倒されてしまえば、同盟は瓦解(がかい)します」

 

 とたんにフルートが部屋の出口へ歩き出しました。

「行こう、みんな! クアローに行ってセイロスを止めるぞ!」

「ポチがまだ戻ってないわよ!」

 とルルが言うと、ゴーリスも引き留めました。

「落ち着け、フルート。おまえは今はもう同盟軍の総司令官だ。自分たちだけで敵のところへ飛んでいって戦っていては、総司令官の役目は果たせないんだぞ」

「でも……!」

 反論しようとするフルートに、師匠は厳しい表情を返します。

 すると、ユギルがロムド王へ言いました。

「陛下、城中に命令をお出し下さい。国家の一大事が起きているので、わたくしが占いに専念できるよう、くだらない噂はいっさい慎むように、と――。城の中が落ち着けば、わたくしもまた占うことができるようになります。クアローで何が起きているのか、どのようにしてロムドやエスタに戦いを挑んでくるつもりなのか、占いで探ってみることにいたします」

「わかった。わしたちは余計な気を回したりせずに、早くそうするべきであったな」

 とロムド王は言うと、リーンズ宰相を見ました。宰相はそれだけで承知して執務室を出て行き、ユギルも続いて部屋を出ました。ユギルは占いをするために自分の部屋に向かったのです。

「俺たちはどうすりゃいいんだよ?」

 とゼンが尋ねると、ゴーリスは言いました。

「情報が集まって状況が見えてくるまで待て。セイロスが宣戦布告をしてきたからには、大戦争になるはずだ。無駄に動けば敵の後手(ごて)に回ることになるぞ」

「その通りですな。では、わしはさっそく軍の編成に取りかかるとします」

 とワルラ将軍は言って、大股で執務室を出て行きました。

「我々も出撃隊と都を守る守備隊の編成に取りかかります」

 と四大魔法使いも姿を消していきました。後に残ったのは、ロムド王とゴーリスとフルートたち、そして、エスタ国からの魔法使いだけになります。

 ロムド王がエスタ国の魔法使いに言いました。

「トーラ殿はこの城でしばらく休まれるがいい。休養を取って体力を回復してからでなければ、エスタに戻ることはできないだろう」

「ありがたいおことばです」

 と魔法使いの青年は頭を下げ、すぐにまた顔を上げて言いました。

「お許しいただけるのであれば、私をこのまましばらくこの城に置いてください――。先ほども申し上げたとおり、私と弟のケーラは双子です。ケーラはエスタ王のそばにおります。なにか伝えたいことがあれば、私とケーラが中継ぎになって、陛下にお伝えすることができるのです。実はそうして両国の連絡係を務めるように、と陛下から命じられてきたのです」

「エスタ国王のご厚情には、いつも本当に痛み入る」

 とロムド王は感謝の言葉を口にすると、さっそくこう言いました。

「それでは、エスタ国王にこう伝えてほしい。これより、我が国の軍がエスタ国に向かうので、我が軍が貴国に駐留することを許可していただきたい。セイロスとクアロー王はエスタとロムドに宣戦布告をした。共に力を合わせて敵を撃退しよう、と」

「承知いたしました」

 とトーラは言って目を閉じました。遠くエスタ国にいる双子の弟と、心で話し始めたのです。

 大人たちが着々と戦争の準備を整えていく中、待てと言われたフルートたちは、なんとなく取り残されたような気持ちになって、顔を見合わせてしまいました――。

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