王の執務室の上階の通路を、勇者の一行は自分たちの部屋からアリアンたちの部屋へ向かっていました。いつも賑やかな一行なのに、今日は何故か妙に静かです。
やがてゼンが口を開きました。
「よう、メール……俺たちはやっぱり部屋に戻ってらぁ。こういう話は俺たちには難しすぎるぜ」
並んで歩いていたフルートも賛成しようとしましたが、メールが怒った顔で振り向いてきました。
「なに言ってんのさ、ダメだよ! ロムド王の命令なんだよ!?」
「ちぇ、今までだって、やりたくねえことなら国王の命令でも無視してきたじゃねえか」
「アリアンがキースをずっと好きだったのは間違いないんだからさ……こんなことになって、きっとアリアンはすごく落ち込んでると思うんだよ」
とゼンとフルートは言いました。だから自分たちは戻らせてくれ、という口ぶりです。
メールは二人をにらみつけました。
「ホントにもう! 男ってこういうときには全然頼りになんないんだからさ! いいよ! アリアンと話すのはあたいとポポロとルルがやるから、あんたたちは黙って座ってなよ!」
「まあ、ゼンやフルートが上手に恋愛の話をできるとは思わないから、そのほうがいいかもしれないけどね」
とルルが言ったので、ポポロはちょっと笑ってしまいました。確かにその通りだ、と思ったのです。
ポチはその場にはいませんでした。ここに来る途中、窓の外の空に鷹のグーリーを見つけたので、「ちょっと話をしてきます」と言って屋上へ行ってしまったのです。
一行はアリアンとキースの居間の入り口まで来ると、扉をたたきました――。
扉を開けてくれたのは小猿の姿のゾとヨでした。居間にアリアンやキースの姿はありません。
「あんたたちだけ? アリアンは?」
とメールが聞くと、小猿たちが言いました。
「アリアンは自分の部屋だゾ。入り口に鍵をかけて出てきてくれないゾ」
「オレたちずっと開けてって言ってるんだけど、開けてくれないんだヨ」
少女たちはアリアンの部屋の扉を見ました。彼らが訪ねてきたことは声でわかるはずなのですが、扉はまったく動きません。
ルルは居間をはさんで反対側にあるもう一つの扉を見ました。
「キースは? やっぱり部屋の中なの?」
「キースは朝から晩まで出かけてるゾ」
「いつもみたいに女の人に声をかけてデートしてるんだヨ。部屋には寝るときにしか帰ってこないヨ」
ゾとヨの声が怒った調子になります。
メールは溜息をつくと、アリアンの部屋の前に行きました。ルルとポポロがそれに続きますが、フルートとゼンは逆に下がって居間の長椅子に座りました。その膝にゾとヨが飛び乗って言い続けます。
「オレたち、尻尾を使えば扉の鍵も開けられるんだゾ」
「でも、アリアンが、そんなことしたら怒るわよ、って言うからできないんだヨ」
涙ぐんで目をこすり始めた小猿を、フルートとゼンはなでてやりました。
メールがアリアンの部屋の扉をたたきます。
「アリアン、あたいたちだよ。話したいことがあるんだ。開けとくれよ」
けれども返事はありません。何度戸をたたいて呼びかけても同じなので、メールはポポロを振り向きました。
「中を透視できるかい?」
ポポロは首を振りました。彼女は個人の部屋や領域は見通すことができなかったのです。その代わり、扉に近づいてこう言います。
「開けてちょうだい、アリアン。開けてくれないなら、魔法で開けるわよ」
ポポロには珍しく積極的な口ぶりです。とたんに部屋の中で物音がして、返事が聞こえてきました。
「だめよ! この扉は私の魔法で鍵をかけたの! そんなことをしたら光と闇の魔法がぶつかって大爆発を起こすわ――!」
アリアンの声です。ゾとヨが、きゃぁっと悲鳴を上げてフルートやゼンの後ろに隠れます。
「それじゃ、ここを開けて」
とポポロがまた言いました。その強気な態度に、フルートやゼンが目を丸くしています。
すると、扉が開きました。人一人だけが通れる隙間から、アリアンの声がします。
「入って……」
とたんにゾとヨが飛び出そうとしたので、フルートとゼンが捕まえました。
「だめだよ」
「俺たちはここだ」
「えぇ!? オレたちも中に入ってアリアンと話したいゾ!」
「オレたちおとなしくしてるヨ! 何も言わずに静かにしてるヨ!」
ゾとヨが懸命に訴えますが、扉はメールとポポロとルルが入っていくとまた閉まってしまいました。しょげた二匹をゼンがまたなでてやります。
「こういうのは女同士の話だ。俺たちはここは留守番していようぜ」
扉の向こうから少女たちの話し声がかすかに聞こえてきましたが、なんと言っているのかまでは聞き取れませんでした――。
アリアンの部屋は窓に分厚いカーテンが下ろされていました。扉が閉まると、真っ暗になってしまいます。
「灯りをつけとくれよ、アリアン。あたいは暗闇じゃ見えないんだ」
とメールが言うと、すぐに暖炉の上に灯りがともりました。燭台の前にアリアンが立っています。長い黒髪に黒いドレスを着ているので、灯りがあっても闇に溶けてしまいそうに見えます。
「ありがとう」
とメールは言って、勝手にアリアンのベッドに座りました。豪華な客用のベッドで、アリアンが寝ていた痕があります。灯りに照らされた部屋には小さな机や椅子もありますが、そちらには最近使ったような様子はありませんでした。どうやら彼女はずっとベッドで泣き暮らしていたようです。
ルルが鼻をひくひくさせて部屋を歩き回りました。
「ずっと部屋を出なかったの? ちゃんと食事はしていたの?」
アリアンは黙って首を振りました。美しさは相変わらずですが、すっかり痩せ細っています。うつむく瞳はとても悲しそうでした。黙ったまま涙をこぼし始めます。
メールは話し出しました。
「ロムド王たちがすごく心配しててさ、あたいたちにアリアンと話してみてくれ、って頼んできたんだ。とにかく座りなよ。フルートたちに飲み物でも持ってきてもらおうか?」
アリアンは首を振りました。小さな椅子に座り込みますが、自分からは何も言いません。憔悴(しょうすい)しきった姿に、ポポロとルルは何を言っていいのかわからなくなりましたが、メールだけは少しも怖じ気づきませんでした。いつものように単刀直入に切り込みます。
「あのさ、アリアンはユギルさんに何もされてないんだろ? それとも本当は何かあったわけ?」
アリアンはたちまち顔を上げました。青ざめていた顔を真っ赤にして言います。
「何もなかったわ!! 私たちは騒ぐと人が集まってくると思って朝を待っていただけ! ロキのことやオリバン殿下や国王陛下のことなんかを、ずっと話していただけよ!」
「で、それをキースには教えたわけ?」
とメールはまた尋ねました。アリアンがこんなに落ち込んでいるのは、キースが二人の関係を誤解したからだ、と察していたのです。案の定、アリアンはまた涙ぐんで顔を伏せてしまいました。
「キースは……全然話を聞こうとしないのよ……。私がどんなに説明しようとしても……」
メールとポポロとルルはいっせいに溜息をついてしまいました。
「それで、アリアンはキースに嫌われたと思ったわけ?」
とルルが尋ねると、アリアンはうなずきました。あほくさ! とメールが頬杖をつきます。
「キースこそ、いつもあんなに女性をとっかえひっかえして遊んでるじゃないか。アリアンが恋人と会っていたって、怒る筋合いなんてないだろ」
「私はユギル様の恋人なんかじゃないわ!」
とアリアンがまた真っ赤になって否定します。
すると、メールは頬杖にした手の人差し指を伸ばして、アリアンを差しました。
「そう、アリアンはユギルさんの恋人なんかじゃないさ。それなのに、そう思い込んでキースが怒ったってのは、要するに焼きもちなんだよね。嫉妬したのさ」
「ほぉんと、キースも子どもよねぇ。私たちより年上のくせして」
とルルも遠慮もなく言ってのけます。
「そんな! 嫉妬だなんて、そんなわけは……!」
本気で否定しようとするアリアンに、ポポロが言いました。
「キースはあなたが好きよ、アリアン。それは見ていればわかるもの。ただ、どうしてかそれを言おうとしないのよね。本当は誰よりアリアンを大切に思っているはずなのに」
うんうん、とメールとルルがうなずいて賛同します。
すると、アリアンはまた悲しい顔になりました。
「そんなはずはないのよ……。だって……だって、私は闇の娘なんだもの……」
うつむいた顔から、また涙の滴がこぼれて落ちました――。