ユギルとアリアンが城の一室に閉じ込められて一晩を過ごしてから十日ほど後、ユギルはロムド王の執務室に呼び出しを受けました。
ユギルが自分の部屋の外に出たのは久しぶりでしたが、相変わらず城内は落ち着かない雰囲気に包まれていました。通路ですれ違う貴族は元より、召使いや見張りの兵士たちまでが彼を振り向き、その後ろに誰かいるのではないかと目をこらしてきます。ユギルが一人きりだとわかると、彼が通り過ぎたとたんにひそひそ話が始まります。
ユギルは黙って人々の注目の中を歩いて行きました。顔にはなんの感情も表さないようにしますが、内心は不愉快でいっぱいでした。今や彼はロムド城で一番注目を浴びている噂の人なのです。
執務室に入ると、四人の老人が彼を待っていました。ロムド王とリーンズ宰相、それにワルラ将軍と深緑の魔法使いです。ユギルは一同にお辞儀をしてから、将軍へ話しかけました。
「城にお戻りになっておいでだったのですね。存じ上げずにいて、ご挨拶が遅くなりました」
「いいや、今朝戻ったばかりだ。陛下にご報告するためにここに来たんだ」
と老将軍は答えました。ワルラ将軍はザカラス城の戦いで西へ遠征して、一ヶ月かかってロムド城に戻ってきたところだったのです。大軍勢を率いての移動は、とにかく時間がかかります。
「ザカラス城での勝利、おめでとうございました。将軍たちのご活躍ぶりは、ゴーラントス卿や勇者殿たちから伺っておりました」
とユギルがなおも丁寧に話し続けると、将軍は苦笑しました。
「すべて勇者殿のおかげだ。わしたちが思いつかないような作戦を次々に編み出されるからな。だが、今はもうザカラス城については心配ないだろう。セイロスを撃退して、アイル王が再び玉座に戻られたからな。城や都からの避難者も戻ってきて、さっそくザカリアの街の復旧に取りかかっているという話だ」
「それはよろしゅうございました」
とユギルが答えると、とたんに将軍は厳しい表情に変わりました。ユギルを見つめ直して言います。
「ザカラスの様子を初めて聞くようなことを言われるな、ユギル殿? 城に戻って陛下や宰相殿に最近の様子を伺ったら、ユギル殿から占いの結果が上がってこない、と驚くようなことを聞いた。どうした? 体調でも崩されたか?」
ユギルは溜息をつきました。こういう話になることは、執務室に来る前からわかっていたのです。
「体調は悪くございません。以前経験したような、占いの目がくらんで未来が見えなくなるような状況にもなってはおりません。ただ、将軍のおっしゃるとおり、このところ占いがさっぱりできなくなっております」
「何故!? セイロスはザカラスからは撤退したが、あれで諦めるような男ではない! 一刻も早く探し出して阻止しなくては、いつこのロムドが襲撃されるかわからない状況なのだぞ!」
とワルラ将軍はユギルに詰め寄りました。濃紺の鎧に身を包んだ将軍は、老いても圧倒するような迫力があります。
そこにリーンズ宰相が口をはさみました。少し遠慮しながらこう言います。
「その原因はやはりアリアン様でございますか……? このところ、城内で大変な噂になっているようですが」
ユギルは渋い顔になりました。
「あの方は何もなさってはいません。信じていただけるかどうかわかりませんが、わたくしも何もやましいことはしておりません。ただ、周囲が騒ぎ立てます。わたくしが城に来たときにもずいぶん騒がれた覚えがありますが、今回はそれをはるかに上回っております」
ワルラ将軍は意味がわからなくなって、国王や宰相を振り向きました。王がことばを選びながら言います。
「ユギルとアリアンが交際している、という噂が立って、目下、城内はその話題で持ちきりなのだ。二人が結婚の約束をかわしたとか、すでに城内で一緒に生活をしているとかいう噂も飛びかっている」
ユギルは思わずそばにあったテーブルを殴りつけました。
「それは誤解だ!!」
と声を荒げてしまいます。
ロムド王はユギルへ手を振ってみせました。
「落ち着け、ユギル。一番占者の態度ではないぞ」
かっとなったあまり、つい地が出てしまったのです。
ユギルはすぐに口をつぐむと、二、三度深呼吸をしてから深々とお辞儀をしました。
「大変不作法な真似をいたしました。申しわけございません……。ですが、これだけはお信じください。わたくしとアリアン様との間には、まったく何事もございません。周囲の方々が勝手に誤解をして騒ぎ立てているのでございます」
すると、深緑の魔法使いがずいと出てきて、ユギルを見据えました。鋭い目を異様に光らせてから、ロムド王たちへ言います。
「ユギル殿の言う通り、二人の間に特別な関係はないようですの。騒ぎが起きてから、アリアンがぴたりと北の塔に来なくなってしまったので、これはてっきりと思うたんじゃが――。何故ですな、ユギル殿? アリアンは確かに闇の民じゃが、見た目も美しければ中身も素直な、とてもよい子じゃ。実に魅力的だと思うんじゃが」
大真面目でけしかけるようなことを言う老人に、ユギルはまた溜息をつきました。
「最初に誤解をしたゾとヨが、わたくしとアリアン様を二人きりにしようと部屋に閉じ込めてしまいました。助けを呼んで騒げば、わたくしが無理にアリアン様に迫ったとか、アリアン様がわたくしを拒んで口論になったとか、とにかく良くない噂が立つと予想されたので、朝になって救出されるのを待ったのでございます。朝を待っても、やはり大変な噂になっておりますが、これでも少しはましでございます。悪い騒ぎになっていれば、その隙を狙って、ミントン派の者たちがまたわたくしを失脚させようと動き出したでしょう」
はぁ、と四人の老人たちも思わず溜息をつきました。城にはいまだに先代の一番占者の弟子たちがいて、なんとかしてユギルを城から追い出そうと機会を伺っているのです。
「で、ユギル殿が占えない理由というのは?」
とワルラ将軍がまた尋ねてきました。一番占者が占えなくなっているというのは、国を守る者として見過ごせない大問題です。
ユギルの整った顔が、また苦い表情を浮かべました。部屋の扉の向こうへ目を向けて言います。
「皆が大騒ぎをするので、城全体の空気が乱れに乱れております。このような中では、占盤が象徴を映し出してくれないのです」
「つまり、この噂と騒ぎを収めなくてはならん、ということか」
とロムド王は言うと、少し考えてから、こう続けます。
「どうだ、ユギル。いっそのこと、このあたりでそなたも身を固めることを考えてはみぬか? 関係がはっきりしないから皆が騒ぎ立てるのだ。そなたももう二十九なのだから、そろそろ伴侶を見つけても良い頃であろう」
ユギルは唖然としました。
「結婚――アリアン様とでございますか?」
「そうだ。むろん彼女は闇の民だが、そなたたちが愛し合っているなら、それはさほどの障害ではないだろう」
あっけらかんとロムド王が答えます。
寛大すぎるほど寛大な王に、ユギルは目眩がするように額に手を当てました。
「そんなことはできるはずがございません。わたくしはアリアン様を愛することはできません」
今度は王や将軍が驚いた顔になります。
「何故だ、ユギル?」
「ユギル殿は女性より男性のほうが好みだったのか? それは知らなかった」
「違います!!」
ユギルはまた大声を上げてしまいました。憤慨で顔を真っ赤にしています。
「わたくしは自分の人生を陛下とこの国に捧げているのです! アリアン様とも他の女性とも結婚をするつもりはございません! それに、アリアン様にそんなことをすれば、キース殿が黙っていらっしゃらないでしょう。わたくしだけでなく、この城全体がキース殿に焼き払われてしまうかもしれません!」
「キースが? そういうことであったのか?」
「や、これも初耳。キース殿はあの通り華やかな噂が多いから、てっきりアリアンには気がないものとばかり思っていたんだが」
王と将軍が言うと、宰相と魔法使いが口をはさみました。
「いえいえ、ユギル殿のおっしゃるとおりなのです。キース殿はアリアン様に他の男性が近づくことを絶対許しません」
「アリアンがキースを好きでいるのは、以前からわかっとったがのう。実は相思相愛じゃったか」
頭を寄せて話し合う老人たちに、ユギルは言いました。
「用件はお済みでございましょうか。よろしければ、わたくしは部屋に戻って、なんとか占いに集中しようと思いますので」
ことばは丁寧ですが、声が怒っていました。
ロムド王がなだめるように言います。
「そう怒るな、ユギル。オリバンは生涯の伴侶となるセシル姫に巡り会った。わしはそなたにもそのような女性を見つけてほしい、と思っているのだ。いくら一番占者であっても、人としての幸せをあきらめる必要はないのだからな」
「ありがたいおことばでございます。ですが、わたくしはロムドに人生を捧げると決めておりますので」
ユギルはもう一度同じことばを繰り返すと、銀の髪をひるがえして執務室を出て行きました。後ろ姿はまだ怒っています――。
やれやれ、と頭をかいてから、ロムド王は言いました。
「ユギルのほうから誤解を解くことができぬとすると、どうすれば良いであろうな?」
「アリアン様の側から、ということになりますが……。アリアン様に婚約者が現れれば、ユギル殿との噂は消え去るはずです」
とリーンズ宰相が答えます。
「とすると、キース殿か」
「まあ、同じ種族同士のわけじゃから、まとまればこれ以上似合いの二人はないんじゃが」
普段のキースの女性遍歴ぶりを知っているだけに、全員が考える顔になってしまいます。
「とにかく、働きかけてみるしかない。適任者は誰であろうな」
と王に言われて、宰相は答えました。
「アリアン様もキース殿もご友人の数はあまり多くはございません。人選はおのずと決まってくるかと」
「金の石の勇者たちか――」
とロムド王は言って視線を上に向けました。