女騎士団がハロルド王子を案内したのは、ナージャの森の奥に作られた彼女たちの駐屯地でした。森の一角が拓かれて、丸太作りの小屋が並んでいます。その中央の広場で、白い防具に赤いマントの女騎士団が全員で整列して、王子を出迎えていました。その先頭には見るからに存在感のある女騎士が立っています。ここまで王子を案内してきたジュリエットもたくましい女性でしたが、こちらはそれよりもっと長身で、男と見間違うほどがっしりした体つきをしていました。南方系の浅黒い肌に白い鎧兜が映えています。
「ご無沙汰しておりました、ハロルド殿下。副隊長のタニラでございます。殿下が森の入り口で賊に待ち伏せされて襲撃を受けたと伺いました。何故、供の者も連れずにお一人でナージャに? 何事があったのでしょうか?」
タニラはこの女騎士団の副隊長で、セシルの副官だった人物です。セシルがロムドへ行った今は、彼女が女騎士団の責任者なのですが、自分たちの隊長は今でもセシル様なのだと言って、副隊長の肩書きを外さずにいます。
ハロルド王子は馬を下りると、タニラに言いました。
「城で大変なことが起きた。早急に話したいことがある。内密に話せる場所はあるか?」
すると、タニラは分厚い胸を張って答えました。
「殿下、女騎士団にいるのは心から信頼できる者ばかりです。重大な内容を口外するような者は一人もおりません。また、邪心を持つ者がこのナージャの森に侵入することもできません。この森は神聖なる場所だからです。どうぞこの場でお話しください」
その後ろで女騎士たちが整列を続けていました。一糸乱れぬ姿は揺るぎない忠誠を表しています。
王子はうなずきました。彼女たちを信用することにしたのです。単刀直入にこう言います。
「メイ城をセイロスという男が襲撃した。セイロスの正体はデビルドラゴンだ。姉上や金の石の勇者がいるロムドへ、救援要請に行かなくてはならない」
女騎士団の中に衝撃と動揺が広がりました。
タニラが聞き返します。
「デビルドラゴンとは、一年前にメイを征服しようとロダに取り憑いた悪竜のことですか!? 性懲りもなく、またメイに手を出そうとしていると!?」
「今回襲ってきた男は取り憑かれたのではない。デビルドラゴンが人の姿をとって復活してきた、いわば本体そのものだ。あっという間に城の玉座の間に侵入されて、母上を人質にされてしまった。奴はメイを足がかりに、世界中に宣戦布告しようとしている」
女騎士の間のざわめきはいっそう大きくなりました。ジュリエットは青ざめ、タニラは深刻な顔で考え込みます。
「北隣のザカラス国で王の城が闇の襲撃を受けた、との報告は入っておりました。同盟を結んだロムドと金の石の勇者の活躍で撃退したとも聞いていましたが、それもデビルドラゴンのしわざだったのですね――」
「チャストが私に、女騎士団を護衛にしてロムドへ救援要請に行くのが良いと言った。私もそうするべきだと思っている。今のメイにデビルドラゴンに対抗する力はないからだ」
「チャスト殿が」
女騎士たちの表情がいっそう真剣になりました。名軍師の名は女騎士団の中でもよく知られているのです。
「メイはロムド国王が呼びかけた同盟に参加することを断ってしまった。だが、ロムドには姉上がいらっしゃる。姉上に口添えしていただいて、ロムドの救援を要請するように、とチャストは言うのだ」
と王子は話し続けます。
「我々も軍師殿に同感です、殿下。セシル隊長は今も変わらずメイを大切に思ってくださっています。必ずロムド国王や金の石の勇者に取りなしてくださるでしょう」
とタニラは言うと、さっそく女騎士たちに命じました。
「これから部隊を二つに分ける。選抜された者は、私と共に殿下を警護してロムドへ行く。残りの者はナージャの森の守備を続けろ。ジュリエットが留守番部隊の指揮官だ。ジュリエット、留守番部隊から数名を諜報活動に送り込んで、城や都に動きがあればただちに知らせをよこせ」
「了解です、タニラ様。どのルートを通ってロムドにいらっしゃる予定です?」
とジュリエットが答えました。打てば響くような反応の良さです。
タニラは言い続けました。
「メイからロムドへ行く道は限られている。サータマン国からミコン山脈を越えるルートが最短だが、まさかサータマンに足を踏み入れるわけにはいかない。かといって、ザカラス国を通過していけば、国境で必ずいざこざが起きるだろう。メイは同盟に参加していないのだからな。道は厳しいが、ザカラスとの国境の手前からミコン山脈の麓を回って、ロムド国の西部に入ることにする。これからジュリエットに名前を呼び上げられた者は、ただちに出発準備。残りの者は準備を手伝え」
「はい!」
女騎士たちがいっせいに返事をしました。誰もが興奮した顔をしているのは、ロムドへ向かう部隊に加わりたいと考えているからでした。
「ロムドにはセシル隊長がいらっしゃるのよ! ぜひ同行してお会いするわ!」
「私もよ!」
「私も行きたいわ!」
「全員で行けるわけないじゃない。あんたは留守番よ、アニサ」
「あら、どうしてよ、ピア! あたしは弓に自信があるわよ。あんたこそ留守番してなさい!」
「冗談! 私ほどの剣の名手を置いていこうって言うつもり!?」
駐屯地の広場がたちまち賑やかになってきます。
そんな女騎士団の様子に、ハロルド王子は感心していました。
彼が賊に命を狙われたことは、彼女たちも知っています。おそらくセイロスが放った刺客だろう、と王子は考えるようになっていました。これからもきっと刺客はつきまとうし、向かう先は険しい国境の山々と異国のロムドだというのに、女騎士たちは誰も怖じ気づいたりしていません。むしろ、隊長に会えると張り切っています。剛胆で陽気な彼女たちを、たまらなく頼もしく感じてしまいます。
すると、ロムド行きのメンバー選出をジュリエットに任せたタニラが、王子を引き寄せて言いました。
「城では女王陛下が人質にされていらっしゃるのですね? どのような要求をされているのでしょう? 兵士総動員で世界征服の戦争を始めろと?」
王子は首を振りました。
「わからない。私はデビルドラゴンが母上を人質にしたと知って、すぐに城を抜け出してきたから。だが、きっと奴はそう要求してきただろうと思う」
男のように大柄な女騎士は難しい表情になりました。
「そのような命令が下ったときには、我々はこの森を一時放棄して身を隠します。敵が宣戦布告する先にはロムド国が含まれているはずです。我々はセシル隊長と敵対することはできません。ですが、気がかりがもう二つあります」
「それは?」
と王子が聞き返すと、タニラはジュリエットから手渡されていたものを見せました。賊が逃げる際に放った小さなナイフで、槍の穂先に短い紐をつけたような形状をしています。
「これはおそらく寸鉄(すんてつ)と呼ばれるものだろうと思います。東の果てにあるユラサイ国などで使われている飛び道具です」
「まさか! ユラサイがデビルドラゴンに荷担しているというのか!?」
と王子が仰天すると、タニラは首を振り返します。
「早合点なさいませんように。ユラサイは大きな国で、国民の数も多いと聞きます。特殊な技術を持って世界中に散っているユラサイ人は大勢いるのでしょう。我が国でもメイ港の近辺ではユラサイ人をよく見かけます」
「で、では、敵はユラサイ人の手練れ(てだれ)を雇っているということか」
青ざめる王子に、タニラは力強く言いました。
「ご安心ください。我々三十二部隊は、セシル隊長の弟君でいらっしゃる殿下を、隊長と同じようにお守りいたします。敵が何者であっても、決して殿下に手出しはさせません。ただ――」
いかにも頼もしく話していたタニラが、急に一段声を落としました。深刻な表情で言います。
「もう一つのことが本当に気がかりなのです。城にはチャスト殿が残っていらっしゃる。敵は女王陛下の命と引き替えに、チャスト殿の頭脳を利用しようとするかもしれません。チャスト殿は大陸に名だたる名軍師だ。あの方が作戦をたてて周囲の国々を攻めれば、本当に大陸全土を巻き込む世界戦争が始まってしまうでしょう」
王子は息を呑みました。デビルドラゴンが何故サータマンではなくメイを狙ってきたか、ようやく理解することができたのです。
「私たちはどうすればいいんだ!?」
と王子が叫ぶように尋ねると、タニラはきっぱりと答えました。
「ロムドへ参りましょう、殿下。そして、ロムド王と金の石の勇者にこの事態を止めてもらうのです」
金葉樹の葉が風に揺れるナージャの森で、戦を告げると言われるクロムクドリが鋭く鳴いていました――。