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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第4章 女騎士団

10.大義名分(たいぎめいぶん)

 軍師のチャストが玉座の間に入っていくと、背後で扉がひとりでに閉まっていきました。 扉を閉める人間はいません。魔法のしわざです。

 とたんに、生臭い匂いが鼻をつきました。チャストがつい一時間ほど前に退出した玉座の間は、今はいたるところが血で染め上げられていました。親衛隊が惨殺された痕に違いありません。血しぶきは天井まで飛んでいます。

 チャストは顔をしかめ、そのまま視線を一段高い場所へ向けて、はっとしました。そこに女王がいたのです。宝玉で飾られた椅子に、先ほどと同じ姿で座り込んでいます。ただ、その周囲にガラスでできた檻(おり)が巡らされていました。女王は透明な四角い箱に閉じ込められて、外に出ることができなくなっていたのです。軍師の姿を見て何かを言ったようでしたが、その声も外には聞こえてきません。

「陛下!」

 チャストが壇上に駆け上がろうとすると、突然一人の人物が姿を現して行く手をさえぎりました。紫水晶の鎧兜を身につけ、金茶色のマントをはおった青年です。黒い目で冷ややかに彼を見下ろします。

「おまえがメイの軍師のチャストだな」

 チャストのほうでも負けずに相手を見返しました。

「そうだ。おまえはデビルドラゴンだな。メイになんの用がある!?」

 すると、相手は唇の端を持ち上げて冷笑しました。

「私はセイロス。世界の王となることを約束されて、二千年の時を経てこの世界に戻ってきた人間だ。おまえとも、ジタン山脈の戦いの際に少し会っているはずだな」

 チャストはまた顔をしかめました。彼が補佐していたメイ軍のバロ将軍は、デビルドラゴンの誘惑で闇の怪物になった敵の司令官に食い殺されたのです――。

 

「女王陛下を今すぐ解放しろ! 陛下に無礼な真似をするな!」

 とチャストは言いました。同時に素早く周囲の観察を続けます。部屋にいるのは彼を案内してきた金髪の青年とセイロスの二人だけです。報告の通り、信じられないほどの少人数でした。どうにか女王を解放する方法はないか、と考え始めます。

 セイロスはまた冷笑しました。

「私の正体を知りながら、冷静に対処法を探るか。やはり並の人間ではないな、軍師。女王については、今は命を保証しよう。女王が玉座から離れることを拒否したので、玉座に縫い付けてやったのだが、危険はない。ただ、あそこからは出さん。また、私に逆らえば、問答無用で即刻処刑する。女王を助けたければ私に協力するのだ」

 予想通りの要求でしたが、チャストは具体的な内容を確認しようと聞き返しました。

「どのような協力を求めている? 我々に何をしろと」

「まず、メイの軍勢すべてを私の配下に置く。今すぐ国中に招集をかけて、戦闘準備に取りかかれ。軍師はおまえだ、チャスト」

 チャストはちょっとたじろぎました。将軍ではなく軍師の自分が呼ばれたときから、デビルドラゴンの片棒を担がされるのではないかと考えてはいたのですが、それでも、自分が名指しされると、名状しがたい恐怖を感じてしまいます。

 すると、これまで聞いたことのない声が、部屋の中から聞こえてきました。

「あのねぇ、軍師くん、セイロスくんは若く見えてるけど、ホントはキミよりずぅっとおじいちゃんなのさ。なにしろ御年二千歳以上だからねぇ。今時の戦争のしかたをよく知らないから、キミに戦争の指揮をしてほしい、って言ってるのさぁ」

 声のほうを振り向いたチャストは、ぎょっとしました。空中に白く透き通った幽霊が浮いていたからです。長い前髪の間からのぞく片目が、にやにやしながらこちらを見ています。

「余計な口ははさむな、ランジュール」

 とセイロスは眉をひそめました。金髪の青年のほうは怒って幽霊をにらんでいますが、幽霊は平気な顔でした。空中をふわふわしながら話し続けます。

「二千年って言ったら、かなりの時代の違いだろぉ? 戦い方がいろいろ変わってて、セイロスくんにはよくわからないことばかりなのさぁ。それで、ザカラス城の戦いで勇者くんやロムド軍に大負けしたってわけ。だから、今度はキミに戦争を指揮してほしい、ってセイロスくんは考えてるんだよぉ」

「余計な話をするなと言っている!」

 セイロスがどなって手を振ると、強風に吹き飛ばされたように、ランジュールが消えていきました。うふふふ……と楽しそうな笑い声が後に残ります。

 

 チャストは少し考えてから言いました。

「おまえは誰と戦うつもりでいる。我が国に世界を相手に戦うほどの力はないぞ」

 それは真実でした。メイ国は他国から攻め込まれたときに対抗するだけの軍事力は持っていたし、隣国のザカラスともしょっちゅう戦争をしていましたが、世界を相手に戦えるほどの軍備はなかったのです。

 すると、セイロスは言いました。

「我々が戦う相手はロムドと金の石の勇者たちだ。おまえもジタンでは連中に惨敗している。その雪辱(せつじょく)を果たす機会をやろう、と言っているのだ」

 チャストは思わずセイロスを見つめ返しました。心の奥底にあったものを言い当てられた気がして、全身が鳥肌だちます。

 けれども、その拍子に、壇上の玉座に座る女王が目に入りました。声の聞こえない透明な檻の中で、女王は彼を厳しい顔でにらみつけていました。彼と目が合うと、一度だけ、はっきりと首を振って見せます。絶対に相手の要求に従うな、と命じているのです。

 チャストは頭を下げました。それが降参したように見えて、セイロスは少し機嫌の良い声になりました。

「おまえが我々に協力すれば、女王の身の安全は保証してやる。おまえが見事ロムドと金の石の勇者たちを討ち破ったら、女王も解放してやる。ロムドは同盟軍の要(かなめ)の存在だ。あそこを倒せば、同盟軍は崩壊するのだ」

「金の石の勇者はまだ十代の若造だが、戦闘に関しては天才的な才能を持っている。ロムド国も非常に強大な軍事力を擁している。簡単な戦いにはならないだろう」

 とチャストがうつむきながら答えると、セイロスは言い切りました。

「だからおまえを選んだのだ、軍師。おまえならフルートを出し抜き、ロムドに勝つことができる」

 チャストはうつむいたまま顔を上げません。

 

 沈黙になりました。

 チャストがずっと黙り込んでいるので、金髪の青年はじれったくなってきました。

「おい、セイロスに協力するのかしないのか!? はっきりしろ!」

 とチャストを小突こうとします。

 すると、軍師は顔を上げました。セイロスに向かって言います。

「戦いの大義名分がない。この状況でロムドへ攻めていけば、それはただの侵略戦争だ。たちまち同盟国から援軍が駆けつけてきて、我が国の兵は蹴散らされてしまうだろう」

「この国の王女はロムド皇太子と婚約して、あの国に行っているはずだ。無理やり人質にされた王女を救出に来たと言えばいいだろう」

 とセイロスが言いますが、軍師は首を振りました。

「それは不可能だ。この国にエミリア様を歓迎する者は少ない。エミリア様の救出を掲げても、領主たちは兵を動かさない」

 一国の王女を国民が助けに行かないと聞かされて、セイロスはあきれた表情になりました。玉座に縛られている女王をちらりと振り向いてから、こちらも考える顔になります。

「大義名分か。確かに兵を動かすには理由が必要だな……」

 すると、金髪の青年がまた口をはさんできました。

「おまえは昔、ロムド国の王になるはずだったんだろう、セイロス? あの国はおまえのものじゃないか」

 チャストは目を丸くしました。

「どういうことだ?」

 と聞き返します。

「今ロムド国がある場所には、かつては要(かなめ)の国と呼ばれる国があった。私はそこの皇太子だったのだ。父上亡き後は、私が要の国の王位を継ぐことになっていた――」

 そう話すうちに、セイロスの表情が変わっていきました。何かを思いつき、もくろむ顔つきです。

「これは使えるな、軍師? あの国の真の王は私だ。王が簒奪(さんだつ)された我が国を取り戻そうとするのは、当然のことだ」

 

 チャストは思わず溜息をつきました。

「宣戦布告の大義名分にできます。残念ながら」

「では、国中の軍隊と領主に知らせろ。ロムド国にはかつて要の国があった。その正当な王が自分の国を取り戻すためにやってきたのだ。メイ女王は私の王位継承権を認めて、国土奪回に力を貸すことを決心した。決定に従って、ロムド国へ出陣する準備を整えろ、と」

 セイロスが居丈高に命じてきたので、チャストは上目遣いで反論しました。

「あなたは私に軍師を命じると言われた。そうであれば、私の言う通りにしていただきたい。まず、女王陛下を檻から解放されよ。そして、将軍や領主たちに女王陛下から直接命令を下していただくのだ。彼らは、陛下の命令でなければ従わない」

「檻は透明にできる。女王にこちらの思い通りのことを言わせることも、私には簡単にできる」

 とセイロスは答えました。

 つまり魔法を使うということか、とチャストは考えました。先ほど女王の親衛隊を魔法で全滅させた人物です。これ以上逆らえば、本当に女王を殺されてしまうかもしれない、と判断します。

「わかりました。あなたに従いましょう。その代わり、女王陛下には最大限の配慮を。私は将軍や城下に在駐している領主たちに招集をかけます」

 とチャストは言って、玉座の間から出て行きました。部屋の前ではボドムル将軍たちがじりじりしながら待っています。

 扉が閉まる瞬間、軍師は自分自身につぶやいていました。

「ナージャの森にはハロルド殿下が向かっていらっしゃる。誰にも知られないようにしなくては……」

 背後で扉が完全に閉まり、将軍たちが軍師に駆け寄ってきました。

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