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第22巻「二人の軍師の戦い」

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9.侵入者

 時間を少し巻き戻して前日の午後、母のメイ女王に同盟加入を進言して断られたハロルド王子は、自分の部屋でずっと考え込んでいました。

 彼はまだ十四歳でしたが、体が健康になって気力体力が充実するにつれて、世界への関心も高まってきて、将来自分が治めるメイ国について真剣に考えるようになっていました。デビルドラゴンの脅威にメイ一国で立ち向かおうとしていることに、とてつもない危険を感じてしまいます。

 彼はデビルドラゴンの怖さを自分自身の経験で思い知っていました。奴は人が心の中で望んでいたことを暴きたて、「それを実現できる力を貸すぞ」とささやいてくるのです。

 彼の場合、望みは姉のセシルを救いたいということでした。男のような格好とことばづかいをして戦場で戦う姉は、勇ましいけれど本当はとても優しい人でした。弱い者を思いやる気持ちにもあふれていて、病弱だった彼をいつも慰めて励ましてくれたのです。けれども姉は愛妾の子で、王位継承を脅かす存在だとも言われていたので、母や取り巻きはこぞって彼女を迫害しました。そんな姉を救いたい一心で、彼はデビルドラゴンの誘いに乗り、暴走して、最後には大切な姉まで殺してしまいそうになったのです。

「デビルドラゴンにメイを渡すわけにはいかない」

 とハロルド王子はつぶやきました。まだいくぶん幼さの残る顔ですが、すでに王としての風格が表れ始めています。

「どうしたら母上に考えを変えていただけるだろう……? チャストを連れていって駄目だったとなれば、誰に説得させれば話を聞いていただけるだろう……?」

 メイでは絶対の存在の母に、どうにか自分の意見を聞き届けてもらおうと、必死で考え続けます。

 

 そこへ、城の兵士が血相を変えて飛び込んできました。あわてふためいて報告します。

「た、大変です、皇太子殿下! 正体不明の賊が城に侵入いたしました! あろうことか、女王陛下を人質にとって、玉座の間にたてこもっております!」

「馬鹿な!?」

 ハロルド王子は大声を上げました。メイ城は都の中央に建つ平城(ひらじろ)で、ザカラス城のような山の上の要塞ではありませんが、強力な魔法と大勢の兵士によって厳重に守られているのです。たやすく侵入できる城ではないし、まして、女王のいる玉座の間は最高の守りで固められている場所のはずでした。

「侵入者は何者だ!?」

 と問いただします。

 すると、そこに今度は軍師のチャストが入ってきました。知らせの兵を外に追い出すと、ハロルド王子へ言います。

「恐れていたことが起きてしまいました、殿下。侵入者はセイロスと名乗っております。デビルドラゴンがメイ城に直接乗り込んできたのです」

 王子は真っ青になりました。思わずよろめいて、あわてて近くの椅子をつかみます。

 軍師は話し続けました。

「宰相殿とボドムル将軍が近衛隊を率いて玉座の間に向かっています。私もこれから駆けつけます」

「私も行く!」

 と王子はまた叫びました。なんとしても母を助けなくては、と考えます。

 すると、軍師は首を振りました。

「殿下は今すぐ城を出て、ナージャの森へおいでください。あそこにはナージャの女騎士団と呼ばれる三十二部隊が駐屯しております。彼女たちを護衛にメイを脱出して、ロムドへお行き下さい。エミリア様のご助言を得て、ロムドに救援を要請するのです」

 デビルドラゴンの怖さはこの名軍師もよく知っていました。メイ国の力だけでは対抗できないことも、充分承知していたのです。

 ハロルド王子は青ざめ、すぐにうなずきました。

「わかった。必ず援軍を連れて戻ってくる。それまで母上をよろしく頼む」

「全力を尽くします」

 と軍師は髪の毛のない頭を王子に下げ、すぐに部屋を出て行きました。セイロスがメイ女王を人質に立てこもる玉座の間へ、駆けつけていったのです。

 

 ハロルド王子はマントを取り上げてはおりました。メイ皇太子を表すブローチでマントを止め、少し迷ってから、腰に剣を下げます。長い間病床に伏せっていた彼は、剣の腕前にはまったく自信がなかったのです。

「私だけの力ではロムドまでたどり着けないかもしれない。なんとしても、ナージャの女騎士たちに助けてもらわなくては」

 そうひとりごとを言いながら、そっと部屋を抜け出します。

 侵入者がメイ女王を人質にしたことは、またたくまに城内に伝わっていました。上を下への大混乱のメイ城を、ハロルド王子は大急ぎで脱出していきました――。

 

 チャストが玉座の間の前まで行くと、そこはすでに大勢の兵士でいっぱいになっていました。近衛隊が兜の面おおいを下ろし、盾と槍を構えて何重にも部屋の入り口を取り囲んでいます。

 その中にボドムル将軍の姿を見つけて、チャストは駆け寄りました。昨年、ジタン山脈の戦いでバロ将軍が亡くなったので、その後を継いで大将軍の地位に就いた人物です。戦場で傷ついたという左目の黒い眼帯が、将軍のトレードマークです。

「賊はセイロスと名乗っているのですね? 総勢何名ほどですか?」

 と軍師が尋ねると、将軍が答えました。

「わずか二名――三名という者もあるがな。いずれにしてもごく少人数なのだが、陛下の親衛隊があの有様だ」

 将軍が顎で示した先で、数人の兵士が何かを毛布でくるんでいました。殺された兵士の遺体だと察した軍師は、近づいていって毛布をめくり、惨状に顔をしかめました。

 作業に当たっていた兵士が青い顔で言います。

「突然玉座の間の扉が開いて、ばらばらになった遺体が飛び出してきたのです。魔法のしわざのように見えました……」

 軍師はうなずきました。

「これは内側から破裂した痕だ。魔法でなければ、こんな傷口にはならない。陛下を守っていた魔法使いたちはどうした?」

「彼らの遺体はありませんでした」

 と別の兵士が答えます。

 チャストは将軍の横に戻ると、声を低めて話しかけました。

「魔法使いたちが陛下と一緒に人質にされた可能性があります。将軍はセイロスという侵入者についてお聞きになったことは?」

「いや。駆けつけた兵に自分から名乗ったらしいが、初めて聞く名だ」

「先日、ザカラス城を占拠してザカラス王を人質にしていた犯人です」

 と軍師は答えました。その正体がデビルドラゴンであることは、まだ口にしません。下手に話して相手が恐怖を抱けば、その恐怖心を敵に利用されるかもしれない、と考えたからです。デビルドラゴンは恐怖と邪心を司る悪竜です。

 

 女王陛下をどうやって救出するか。下手に踏み込めば女王の身が危険が及ぶので、将軍と軍師とで話し合いを続けていると、玉座の間の扉が急に開いて、中から一人の人物が出てきました。二本角の兜に青いマントをはおった金髪の青年です。いっせいに槍を構えたメイ兵の前に無造作に立って言います。

「ここにチャストという人はいるか?」

 全員は驚いて軍師を振り向きました。チャスト自身も名指しされたことに驚きながら答えます。

「チャストは私だ。何用だ?」

「セイロスが呼んでいる。一人で入ってこい」

 と青年は言いました。そのことばから、彼がセイロスでないことがはっきりします。

 ボドムル将軍が言い返しました。

「チャスト殿を危険な目に遭わせるわけにはいかん! 用があるならば、そちらが我々の前に出てくればよかろう!」

 青年は扉を振り向きました。わずかに開いた隙間から、中の人物の指示を聞いているようでしたが、すぐにまたこちらを向いて言います。

「こちらには貴様たちの女王が捕まっているんだ。女王の命が惜しければ、軍師が一人だけで部屋に入ってこい」

 将軍や兵士たちはたじろぎました。彼らは女王とメイ城を守る近衛兵です。女王の命を前面に出されては、手出しのしようがありません。

 チャストは考えながら言いました。

「私が一人で参りましょう。なんの用があるのかわかりませんが、問答無用で殺すような真似もしないでしょう」

 おそらく敵は交渉するつもりなのだろう、とチャストは読んでいました。デビルドラゴンは、つい先日ザカラスで敗れて兵力を失ったばかりです。メイ女王を盾にメイ軍を傘下に収めるつもりでいるのに違いありません。

 ボドムル将軍はまだ心配していましたが、チャストは金髪の青年の後について、玉座の間に入っていきました。早くも頭の中で時間稼ぎの算段を始めています。ハロルド殿下がロムドへ救援要請に向かっていました。助けが駆けつけてくるまでの間、女王の無事を確保しながら持ちこたえることができれば、きっと勝算が出てくるのです。

 チャストが玉座の間に入ると、その背後で扉がひとりでに閉まっていきました――。

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