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第22巻「二人の軍師の戦い」

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5.メイ女王・2

 メイ女王が唐突に竜の宝というものを話題に出してきたので、ハロルド王子と軍師のチャストはとまどってしまいました。その竜の宝はフルートのことだ、と女王に言われても、彼らには意味がまったくわかりません。

 すると、女王はかんでふくめるように説明を始めました。

「ロムド国での会議に呼ばれていったときに、出迎えに来たエミリアたちを問いただして聞いたことじゃ。金の石の勇者の一行は、デビルドラゴンを退治する方法を探し求めて世界中を旅してまわり、ユラサイ国に言い伝えられていた古い戦いの記録に行き当たったのじゃ。セイロスが願い石に負けてデビルドラゴンとなったとき、残された光の軍勢は一計を案じ、奴の力の一部を封じ込めた宝を奪って、取り戻しに来た奴を捕らえることに成功した――とあったらしい。エミリアたちはその竜の宝をセイロス自身のことと解釈しておったが、それは矛盾じゃ。セイロスはデビルドラゴン自身であるのだから、奴の力の一部などであるはずはない。奴の力の一部を封じ込めた宝は、今も奴とは別の場所にあるのじゃ」

「それが二代目の勇者のフルートであると?」

 とチャストは聞き返しました。話の流れは見えてきましたが、まだまだ信じがたいような内容です。

「竜の宝とは願い石のことじゃ」

 とメイ女王は断言しました。

「話を聞いたとき、わらわにはすぐそのことがわかった。この世界を征服せんとするセイロスの強烈な願いが、新たな願い石を生み出したのであろう。それを光の軍勢が奪って隠したために、セイロスつまりデビルドラゴンは捕らえられて、魔法で幽閉された。では、その願い石はどうなったか? フルートが見いだして、セイロスと同じように自分のものにしたのじゃ。金の石の勇者は願い石と切っても切れぬ関係であるらしい。はじめは清い心で世界の平和と人々の救済をめざしていても、最終的には願い石の誘惑に負けて、おのれが世界の王になろうと横暴を始める。フルートがやがてセイロスの元へ走り、奴と共に破壊の世界の王となっていくことは目に見えているのじゃ」

 

 ハロルド王子とチャストはあっけにとられてしまいました。女王の疑いの根源は、フルートが願い石を持っているということにありました。そのことと竜の宝というものを結びつけ、フルートもやがてデビルドラゴンになっていく、と断定しているのです。

「母上、それは誤解でございましょう! フルートはそんな人物ではありません! 絶対に初代のような過ちを犯したりはしません!」

 ハロルドは懸命にフルートを弁護しましたが、女王は耳を貸しませんでした。

「話は終わりじゃ! この件に関して、再びわらわに反論することは許さぬ。往ね!」

「いや、しかし、女王陛下……」

 チャストが考えながらまた話し出そうとすると、メイ女王は高圧的に命じました。

「そなたはボドムル将軍と兵を率いて東へ向かえ! デビルドラゴンめが、悪神をあがめ幾度となく我が国にも侵攻してきたサータマンと手を組むことは明白! 連中の攻撃に備えて、東に鉄壁の守りを固めるのじゃ!」

 チャストは思わず立ちつくしました。こんなふうに敵の動きを読み、軍の配置を考えていくのは、本当は軍師である彼の仕事です。それを女王自ら指示してきたということは、彼の言動が女王の怒りに触れてしまったということでした。これでは聞くべき話も聞いてはもらえません。

 チャストは言いかけたことばを呑み込むと、髪の毛のない頭を深く下げました。

「承知いたしました、女王陛下。仰せのとおりにいたします――」

 

 玉座の間を退出したハロルド王子とチャストは、城の通路を歩きながら話し合いました。

「母上にも本当に困ったものだ。あろうことか、あのフルートを疑っている。確かに、善人に見えていた者が態度を豹変(ひょうへん)させて私利私欲に走ることはあるけれど、フルートに限っては、絶対にそんなことは考えられないのに。彼はユリスナイがこの地上につかわした光の使いなんだ」

「私は殿下のように金の石の勇者に命を救われたわけではないので、そこまで信用することはできませんが、やはり、女王陛下のご心配は行き過ぎという気がいたします。可能性のひとつとして考慮はしますが、それを恐れて同盟に加わらずにいて、単身でいるところを敵に襲撃される危険性のほうがずっと高いのですから。ですが、陛下があそこまで意固地(いこじ)になってしまわれると、説得もなかなか難しそうです」

 すると、王子は立ち止まりました。視線を足元に落として、こう言います。

「母上が同盟を組もうとしない本当の理由は、姉上がロムドにいるからなのだろうか。母上は今もやっぱり姉上を憎んでおいでなのかもしれない」

 セシルはハロルドの姉ですが、メイ王が愛妾(あいしょう)に産ませた子どもなので、メイ女王と血のつながりはありません。そんな彼女をメイ女王は徹底的に邪魔者にして迫害してきたのです。

 チャストは首を振り返しました。

「女王陛下は大変慎重だが、同時にとても聡明な方です。私怨(しえん)や私情で政(まつりごと)の判断はなさいません。あくまでもメイを自分の手で守るおつもりでいるのでしょう。それも時と場合によるのですが……」

 軍師の顔から憂いの表情は消えません。

「チャストは東へ行くのか?」

 とハロルド王子は尋ねました。

「女王陛下のご命令であれば、従うしかありません。確かに東は我が国にとって最も危険な方角でございますので」

 どんなに納得がいかなくても、職業軍人の彼は主君の命令に逆らうことはできません。あえて逆らい続ければ、投獄されるか軍師の職を解かれるかのどちらかなので、黙り込んでしまいます――。

 

 そんなやりとりを目の前に浮かぶ水晶玉で見ていたメイ女王は、ふん、と鼻を鳴らしました。

「意気地なしどもが意気地のない相談をしておる。もう良い、消せ」

 とたんに水晶玉が空中から消えました。玉座の後ろに立つ家臣が、魔法で王子たちの様子を見せていたのです。メイは昔から魔法使いの多い国なので、玉座の間には他にも何人もの魔法使いが控えています。

 女王は玉座の肘置きに頬杖をつきました。

「敵がサータマンと手を組んでくることはわかりきっておる。我が国はデビルドラゴンに丸め込まれたロダの進言を信じて、ジタン出兵を行ってしまったが、あの国ではサータマン王自身がデビルドラゴンと取引をして、闇の力を得ていたのだからな。いずれサータマン王の頭と尻には角と尻尾が生えてくるに違いない。我が国の光の守りをもっと強力にせねばならぬ。誰か、大教会へ飛んで司祭長と――」

 ところが、女王が命じている最中に、玉座の間に異変が起きました。女王を守って控えていた魔法使いたちが、次々に気を失って倒れていったのです。女王の後ろにいた魔法使いも意識を失って崩れ、女王の上に倒れかかってきます。

「何事!?」

 女王は魔法使いを押しのけながら叫びました。ここに集められているのは、メイ国で最も力の強い魔法使いたちです。それがたちまち倒れていくというのは、尋常なことではありません。

 すると、今度は駆けつけようとしていた親衛隊の兵士たちが、次々に死んでいきました。まるで破裂するように、鎧ごと体が吹き飛んだのです。玉座の間があっという間に血に染まります。

 

 メイ女王は真っ青になって立ち上がりました。

「衛兵! 衛兵!!」

 部屋の外を守る兵士を大声で呼びつけますが、扉は開きません。

 代わりに部屋に姿を現したのは、半ば透き通った姿の青年でした。きょろきょろと部屋を見回して、うふふっ、と女のように笑います。

「相変わらず、すごく残酷だなぁ。こぉんなにあたりを血で美しくしちゃって。ほぉんと、ボク好みなんだからさ。ふふふふ……」

「何者じゃ!? これは貴様のしわざか!?」

 と女王は問いただしました。普通の女性であれば血まみれの光景や突然現れた幽霊に卒倒するところですが、さすがに彼女は強い表情をしています。

 へぇ、と幽霊は言いました。

「さすがはメイの女王様。肝が据わってるねぇ。ボクは魔獣使いの幽霊のランジュール、よろしくねぇ。でも、これをやったのはボクじゃないよぉ。今、本人がここに来るからさ、そのままちょっと待っててよねぇ――」

 その話が終わらないうちに、本当に、玉座の間の中央に二人の人物が現れました。紫水晶の鎧兜に金茶色のマントをはおった青年と、二本角の兜に青いマントの青年です。後者が周囲を見回して言います。

「ここがメイ城の中か。たちまち飛んできたな」

「一応光の守りは固めていたようだが、そんなものは私には効かぬからな。メイ女王はどこにいる?」

 と紫水晶の青年が言ったので、ランジュールは女王を指さしました。

「ここ、ここ。ここにいるよぉ、セイロスくん」

 女王のほうはセイロスという名にはっとします。

「では、貴様が復活してきたデビルドラゴンか! わらわの城になんの用じゃ!?」

 ほぅ、とセイロスはメイ女王を見ました。

「私のことを知っているのならば、話は早い。本日この瞬間から、この城は私がもらい受けた。おまえには我々の人質になってもらうぞ、メイ女王」

 普段冷静なメイ女王よりも、もっと冷ややかな声で、セイロスはそう言い渡しました――。

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