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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第2章 メイ女王

4.メイ女王・1

 メイ国の王都ジュカの中心に、金色に輝くメイ城がありました。城全体が金箔でおおわれた豪華な城で、王の威信を国中に知らしめています。

 とはいえ、現在のメイの君主は国王ではなく、亡くなった国王の后のメイ女王でした。病弱だった夫を生前から助けて国を切り盛りしてきたやり手で、聡明なことでも有名な女性です。

 今、メイ女王は玉座の間で二人の人物の訪問を受けていました。立派な服を着た少年と、赤いマントをはおった小柄な中年男が、玉座に座る女王の前にひざまずいています。男の頭には毛が一本もありませんでした。

「そなたたちが二人揃ってわらわに面会とは、いったい何用じゃ、ハロルド、チャスト」

 とメイ女王は言いました。少年は女王の息子のハロルド皇太子、小柄な男はメイ軍の軍師のチャストだったのです。

 二人はいっそう頭を低くしてお辞儀をすると、まずハロルドが顔を上げて話し出しました。

「母上、本日はなんとしても母上にお考え直しいただきたいと思ってまいりました。デビルドラゴンが復活して、世界に魔手をのばしております。このメイ国も決して安全ではないのですから、ロムド国が呼びかける同盟にメイも参加するよう、どうかご決断ください。デビルドラゴンは、我が国ひとつで対抗できるような敵ではありません」

 メイ女王は玉座に座ったまま、ほとんど表情を変えずに息子を見ました。美人ではありませんが、少しふくよかな体に豪華な服を着て白いマントをはおり、短いベールの上には宝冠をかぶって、いかにも女王らしい堂々とした姿をしています。

「それはできぬと言ったはずじゃ、ハロルド。そなたたちの話は不要じゃ。下がれ」

 けんもほろろの扱いでしたが、皇太子は食い下がりました。

「お待ち下さい、母上! 隣国ザカラスでは、謎の軍勢が北から押し寄せて城下を焼き払い、一時は城を占拠してザカラス王を人質にしました! それはデビルドラゴンのしわざだったとの知らせが入っています! ロムド軍と金の石の勇者たちが救援に向かったので、ザカラス王も城も無事に解放されましたが、そうでなければザカラスは今頃、闇の敵の拠点になっていたことでしょう。次は我が国が狙われるかもしれません。一刻も早く我が国も同盟に加わって、共同してデビルドラゴンに立ち向かいましょう!」

 以前は病弱で床に伏せってばかりいた皇太子ですが、一角獣伝説の戦いでフルートの金の石に癒やしてもらってからは、見違えるように健康になり、体も急に大きくなってきていました。母であるメイ女王に逆らって提言しているのですが、その声にも前とは違った力強さがあります。

 けれども、女王はやっぱり自分の考えを変えようとはしませんでした。

「メイは昔から聖なる力に守られてきた国じゃ。ロダの事件のときには闇の敵に侵入を許したが、今は国境すべてに等間隔に聖なる柱を打ち込み、すべての峠に聖なる守りを配置し、海辺にも光の魔法を使える魔法使いを常駐させておる。敵は闇の竜じゃ。聖なる障壁を越えて我が国に入り込むことは不可能じゃ」

 自国の守りに絶対の自信を持つ声です。

 

 すると、ハロルド王子の横でチャストが顔を上げました。片膝を床についたままの格好で話し出します。

「恐れながら、女王陛下、敵は闇の権化と呼ばれる悪竜でございます。しかも、人の姿になり、人心を惑わして世界を手中に収めようとしているのです。聖なる守りを強めただけでは、そのような敵を防ぐことは難しいと思われます」

 小柄で貧相な体つきに禿げ頭のチャストは、外見的にはまったく強そうに見えませんが、大陸屈指の名軍師として知られている人物でした。今も女王相手に臆することなく意見を述べます。

「ザカラスでは、非常に多くの国民や国王軍の兵士が、あっけなく敵側に寝返ってザカラス城を襲撃した、と聞いております。ザカラス城は難攻不落な要塞として有名な城ですが、それがたちまち敵の手に落ちたのは、内側から攻め落とされたためと思われます。国の守りがどれほど強固で兵たちが勇敢であっても、内側から切り崩されたのでは持ちこたえることはできません。我が国も万が一の事態に備えて、救援に駆けつけてくれる同盟国を作っておくことが必要なのです。ロムドはエミリア様が将来王妃となる国、ロムド国王も同盟の重要性はよく存じている人物です。今すぐロムドへ使者を送り、先の発言を撤回して同盟軍への参加をご表明下さい。ザカラスから敗退したデビルドラゴンが、どこかで次の襲撃先を狙っております。一刻の猶予もなりません」

 ところが、メイ女王は、さっと怒りをあらわにすると、手にしていた扇を音を立てて閉じました。

「メイ軍が敵に寝返ってわらわに仇(あだ)なすと言うか!? その軍勢を将軍と共に率いてメイを守るのは、そなたの役目であろう、チャスト! その弱腰は何事じゃ!!」

 扇がチャストの目の前の床に投げつけられてきました。堅い石の床に跳ね返って軍師の額に当たり、額に傷をつけます。

「チャスト!」

 ハロルド王子が駆け寄ろうとすると、軍師はそれを手で押しとどめて話し続けました。

「敵はデビルドラゴンでございます、女王陛下。その恐ろしさは我が国も一年前に充分思い知ったはず。最悪の事態に備えておくことは、臆病でも弱腰でもございません。古来より、充分な戦力を持ちながら戦に負けるのは、自軍の守りや勢力を過信して必要な備えを怠ったときと相場が――」

「聞けぬと言うておる!」

 と女王は軍師の話をさえぎりました。玉座の上から身を乗り出し、一段低い場所にいる皇太子と軍師を見下ろしながら言います。

「同盟には将来我々を裏切る雛(ひな)がおる。そのようなところと手が組めるはずはなかろう」

 

 ハロルド王子は思わず立ち上がりました。強い口調で言い返します。

「母上はまだそのようなことをおっしゃっておいでですか! 彼は各国の王だけでなく、光の王たちからも認められた正義の勇者です! その彼が将来デビルドラゴンになるなんてことは、起きるはずがありません!」

 それは軍師のチャストは初めて耳にする話でした。どういう意味かと女王と皇太子を見比べてしまいます。

 そんなチャストに、メイ女王は言いました。

「よかろう、そろそろ潮時じゃ。わらわが何をもって同盟を拒絶したか、軍師にも話して聞かせよう――。デビルドラゴンは四ヶ月前、ザカラスの西部にあるメラドアス山地で、人の姿をとってこの世に復活してきた。その正体は二千年前に願い石の誘惑に負けて闇の軍門に下った、初代の金の石の勇者じゃ。デビルドラゴンを消滅させることを願う代わりに、おのれがこの世界の王になることを望んだために、願い石の力でデビルドラゴンにおのれの肉体を与えてしもうた。デビルドラゴンがこの世に存在するためには、強力な肉体が必要じゃ。一年前、ロダは闇の力を求めてデビルドラゴンの依り代(よりしろ)となったが、その結果おのれの体を失って、おぞましいおどろに変わってしまった。影であったデビルドラゴンでさえそうであるなら、デビルドラゴンの本体にもっと強力な肉体が必要になることは道理じゃ。金の石の勇者はデビルドラゴンの最大の敵じゃが、同時に最も器にふさわしい存在だということになる」

「デビルドラゴンの器となったのは、初代の金の石の勇者です! フルートとはまったく関わりのないことです! それなのに何故、フルートまでがデビルドラゴンになるだろうなどと思われるのですか!?」

 とハロルド王子はまた激しく言い返しました。

 一年前、一角獣伝説の戦いで魔王になりかけた彼を引き戻してくれたのは、フルートでした。本当にセシルを救いたいと思うならば彼女の幸せを願ってやれ、と強く言われて、ようやく目が覚めたのです。

 今、姉のセシルはロムドで婚約者のオリバンと幸せに暮らし、ハロルドの病弱な体は健康になり、メイ国もデビルドラゴンの魔手から逃れて平和を取り戻しました。それはすべてフルートとその仲間たちがもたらしてくれたものです。先代の金の石の勇者とフルートを重ねて見る母の考えに、ハロルドはどうしても納得がいかないのでした。

 チャストも少し考えてから言いました。

「私は女王陛下のご命令でサータマンと連合して、ジタン山脈でドワーフたちやロムド軍と戦いました。その際に金の石の勇者と呼ばれていた少年とも戦いましたが、まだ年若いのに大胆な策を使ってくる、実に優秀な策士でした。軍師と呼んでも良いほどでしたが、彼の知略は敵を壊滅させるのではなく、可能な限り敵味方双方の被害を少なくすることを目的にしていました。戦いを通じて感じたことですが、彼は人が死ぬことが嫌いなのです。そのような者が、闇の誘惑に負けてデビルドラゴンに変わるとは思えませんが」

 

 メイ女王は冷笑しました。

「敗軍の軍師が敵の策士を誉めるか。そんなことだから連中に負けたのじゃ。エミリアの輿入れ(こしいれ)の件がなければ、そなたは今もまだロムドの捕虜であったというに」

 チャストは顔色を変えました。扇が当たった額の傷には血がにじんでいます。

「我々は金の石の勇者やロムド兵に敗れたのではありません、陛下。我々はあと少しというところまで彼らを追い詰めたのですが、ザカラス軍の救援部隊が駆けつけてきて形勢を逆転させたのです。そうでなければ……」

 普段冷静なチャストの声が、かすかに震えていました。ジタン山脈での敗北は、彼の軍師人生の中で苦い汚点になっていたのです。

 すると、女王が声を一段落として続けました。

「そなたたちに良いことを教えよう。連中は竜の宝というものをずっと探し続けていた。それは古(いにしえ)の時代にデビルドラゴンの力を封じ込めたもので、それによってデビルドラゴンは捕らえられ、二千年の間、世界の最果てに幽閉されておった。その竜の宝の正体こそフルートのことだと、わらわは考えているのじゃ」

「竜の……宝?」

 唐突に出てきたその名称に、ハロルド王子とチャストはとまどって聞き返してしまいました――。

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