サータマンは中央大陸の南に位置する国でした。
ロムドやエスタとはミコン山脈をはさんで北と南の関係にあって、東の国境はテト、西の国境はメイに接している、東西にとても長い国です。国の北部はミコン山脈の裾野の高原地帯になっていますが、それ以外の大部分の領地は乾燥した草原で、昔から名馬の産地としてよく知られています。
先代のサータマン王はひときわ速い馬と優れた馬の乗り手を国中から集め、厳しい訓練を重ねてさせて世界最速の騎馬軍団を編成しました。彼らは昼夜を通して走り続け、驚くほど短期間に目的地に到達して攻撃を始めるので、「疾風部隊」と呼ばれ、今でも他の国々から恐れられています。
先王の死後に王座に就いた現在のサータマン王は、非常に野心的な人物で、父王の頃よりもっとサータマンを強大にしようと、さらなる戦力増強をはかりました。ユラサイの裏竜仙境から飛竜を買いつけて飛竜部隊を結成し、世界に勢力を広げようとしたのです。ところが、飛竜部隊は一年前のロムド-サータマン戦で大敗して、多くの飛竜が死にました。裏仙境もユラサイの皇帝の命令で閉鎖されたので、飛竜部隊の勢力は今ではだいぶ小さくなってしまっていました。
「サータマン王がこのまま何もしないとは思えない」
とフルートは話し出しました。
「なんとかして勢力を回復しようと考えているはずだし、チャンスがあればまたロムドや周囲の国々に攻め込もうとするだろう。今までにだって、平気で何度もデビルドラゴンと手を組んできた王だ。セイロスが協力を求めれば、喜んで協力するかもしれない」
ふぅむ、と一同は溜息をついて考え込んでしまいました。言われてみれば、本当に一番ありえそうな話です。
すると、キースが言いました。
「陛下やユギル殿たちも同じことをお考えだったよ。アリアンに、特にサータマンの様子に注意するように、と指示していたからね。もちろん、他の国を攻めて戦力を奪う可能性も充分あるけれど、サータマンと手を組もうとする可能性は高いんだろう」
「またサータマンかぁ。ホント、嫌な国だよね!」
とメールが思わずぼやくと、たちまちフルートが表情を変えました。
「困ったことをしでかすのはサータマン王だ。サータマンの国の人たちがみんなぼくたちの敵というわけじゃない」
その厳しい声に、メールは思わず首をすくめました。
「そ、それはそうだけどさぁ」
「いや、フルートの言う通りだな。俺たちはサータマンの人たちと手をつないで、春祭りで踊ったんだぞ。ご馳走してもらったし、俺たちを警察から逃がしてくれたりもしたんだからな」
とゼンも言います。
「戦いたくないわね。サータマンとも、他のどの国とも……」
とポポロが言いました。大きな目はもう涙でいっぱいになっています。
「だから、彼を引き戻さなくちゃいけないって言っているんだ。闇の側から」
とフルートが言ったので、キースは怪訝(けげん)な顔をしました。
「彼って誰のことを言ってるんだ?」
フルートは青い瞳に固い決意を浮かべて黙っています――。
そこへ扉をノックしてオリバンとセシルが入ってきました。大柄で立派な体格の美丈夫と、長い金髪の男装の麗人という二人です。一同が囲むテーブルの上に世界地図が浮いているのを見て、セシルが尋ねます。
「皆で何を話し合っていたんだ?」
「セイロスが次に現れるのはどこだろうか、って話をね」
とキースは言いながら、魔法でオリバンたちの椅子を増やし、テーブルに花茶のカップを出しました。オリバンとセシルは勇者たちの間に腰を下ろします。
「ここんとこ忙しそうだったよね、オリバンもセシルも。顔を合わせるのは久しぶりの気がするよ」
とメールが言うと、オリバンは重々しく答えました。
「これからますます忙しくなる。今日の午後、セシルと共にジタンへ出発するのだ。その前におまえたちに挨拶に来た」
「ジタン? ドワーフやノームたちのところに行くのかよ。なんの用で?」
とゼンが聞き返しました。ジタンはロムドとザカラスの国境付近にある山脈で、地下には、ゼンの故郷の北の峰から移住したドワーフや、サータマンから救出されたノーム一族が暮らしているのです。
「商談だ。セイロスとの戦いはこの後ますます大きくなっていく、とユギルが占った。志願兵を募って軍備を拡大しなくてはならん。幸い、フルートの祖父君のロレン・マーリス殿が、各方面のギルドに呼びかけて、莫大な軍資金を準備してくれた。それで志願兵の装備を調えるのだ」
真実の窓の戦いで勇者の一行が出会ったフルートの祖父は、ロムドでも有名な大商人でした。彼は金の石の勇者が自分の孫だと知って、あらゆるつてを使ってフルートがいるロムド城へ資金を集めてくれたのでした。
ゼンは肩をすくめました。
「ジタンの連中に武器や防具を作ってくれって頼みに行くわけか。でもよ、こういう状況なら、みんな喜んで無料(ただ)で道具を作ると思うぞ。なにしろジタンからは魔金がたくさん採れるんだし、そのジタンをくれたのはロムドなんだからよ」
「いや、そういうわけにはいかん。彼らの技術は万金に値するものだし、ジタンで採れない材料が必要になれば、それも買いつけなくてはならないだろう。取引は正当に行われなくてはならないのだ」
ロムドの皇太子はとにかく生真面目(きまじめ)です。
すると、セシルが言いました。
「私は今回はおまけだ。まだジタンを見たことがなかったから、オリバンに頼んで連れていってもらうことにしたんだ。ジタンにいるのはおまえたちの友だちや知り合いなのだろう? 伝言があれば預かっていってやるぞ」
そうだなぁ、とフルートたちは首をひねりました。ジタンには「驚き桃の木山椒の木!」が口癖の、ノームのラトムもいます。何か伝えてほしいことはあったかな、と考えます。
と、ゼンが膝を打ちました。
「そうだ、砥石(といし)! 俺の砥石がすり減ってきたから、新しい砥石がほしかったんだ」
「砥石ならこの城にもいくらでもあるぞ?」
とオリバンが不思議がると、ゼンは肩をすくめました。
「人間の使う砥石が役に立つかよ。言っちゃ悪いが、なまくらをちょっとマシにする程度にしかならねえからな。それじゃ俺やフルートの剣は研げねえんだ。ラトムはノームの中でも腕利きの研ぎ師(とぎし)だから、ラトムに適当なヤツをみつくろってもらってくれ」
「わかった。他に伝言はあるか?」
とオリバンは言いました。まだ二十歳そこそこの皇太子ですが、そこにいるだけで周囲を圧倒するような、堂々とした存在感があるので、なんだか若い王がそこにいるようにも見えます。
「あとは特に何も。装備の製造をよろしくお願いします、とだけ伝えて下さい」
とフルートは答えました。
「私たち、実を言うと、真実の窓の戦いの時にジタンにも飛んで、ラトムと会ってきているのよ。奥さんと一緒で元気そうだったわ」
とルルはふさふさの尻尾を振ります。
一方キースはテーブルの上の地図をまた眺めていました。ロムド国の南西部の、ザカラスとの国境に近い場所にジタン山脈を見つけて言います。
「ジタンっていうのはメイ国にも近いんだな。メイはセシルの故郷だろう。立ち寄らないのかい?」
とたんにセシルは顔色を変え、勇者の仲間たちは怒った顔つきになりました。
セシルが目を伏せて笑います。
「行かない。あの国に私の居場所はないからな」
「あんな国、行く必要なんてないわよ!」
「そうさ! あの馬鹿女王がいる国なんだからさ!」
とルルやメールが口々に言ったので、その激しさにキースは目を丸くしました。
「馬鹿女王って――メイと何かあったのか? 確かに、メイ女王が六王会議の途中で同盟を断って立ち去ったって話は聞いていたけど」
「おおありよ! あの女王、会議でとんでもないことを言ったのよ!」
「よりにもよって、フルートに対してさ! まったく、頭きちゃうよね!」
ぷんぷん怒り続けるルルやメールに、フルートは困った顔をしていました。キースにはやっぱりわけがわかりません。
「本当にすまない、みんな。義母上は見識が狭いのだ」
とセシルが謝ったので、勇者の仲間たちはいっそう憤慨しました。
「セシルが謝ることじゃねえだろうが!」
「ワン、そうですよ! あらぬ疑いをフルートにかけて同盟を断ったのは、メイ女王なんだから!」
「セシルは何も悪くないわ……!」
えぇと、とキースは人差し指の先で自分の頬をかきました。
「よくわからないけど、どうやら六王会議では人に聞かれちゃまずいやりとりがあったみたいだね。よければ、そのあたりのことを詳しく教えてくれないかな。お茶とお菓子のおかわりを出すからさ」
すると、難しい話し合いに退屈してソファで寝てしまっていたゾとヨが、目を覚まして飛び跳ねました。
「おかわり!? お菓子のおかわりって聞こえたゾ!?」
「オレたちもほしいヨ! おかわり、おかわり!」
「ああ、わかった。おまえたちにもちゃんとやるから、静かにしろったら」
キースは閉口した顔になると、指を振ってテーブルにお菓子を出しました――。