翌日、勇者の一行はキースたちの部屋を訪ねました。
闇の民でありながら、闇の国を捨てて光の軍勢に加わった彼らは、正体を隠し、客人としてロムド城の中に部屋をもらっています。
フルートたちが訪ねたとき、部屋にはキースと赤毛の小猿のゾとヨだけがいました。
「あれ、アリアンとグーリーは?」
とメールが尋ねると、キースは顔をしかめてみせました。渋い表情を作ったのですが、顔立ちが端麗なうえにちょっとひょうきんな雰囲気があるので、あまり怒っているようには見えません。
「深緑の魔法使いがいる北の塔だよ。四大魔法使いとユギル殿が、行方知れずのセイロスを本格的に探し始めたんだ」
「大丈夫なのか? ユギルさんはともかく、アリアンはセイロスと接触すると、また奴に捕まるかもしれないだろう」
とフルートが心配すると、キースは今度は肩をすくめます。
「もちろん、ぼくだってそう言って止めたさ。でも、やると決めた彼女をやめさせることは、絶対に無理なんだよ。ああ見えて、彼女は本当に強いからね。まあ、直接セイロスを探したりはせずに、奴が行った先で起きる騒動や戦いを見つけるんだ、って言っていたから、大丈夫だろうとは思うよ」
フルートたちが席に着くと、目の前のテーブルに花茶と焼き菓子が出てきました。テーブルの下には犬たちのためのミルクが出てきます。キースの魔法です。
同じ魔法で焼き菓子をもらったゾとヨは、テーブルの上で宙返りして喜びました。菓子をかじりながら、ご機嫌で言います。
「お城の中はフルートたちの噂でいっぱいだゾ」
「そうだヨ。オレたち、お城の中を散歩しながらいろんな話を聞いてるけど、昨日からみんなずっとフルートやゼンたちの話ばかりしているヨ」
彼らの正体は小鬼のゴブリンですが、赤毛の猿の姿がすっかり気に入っているので、その格好で城内のあちこちに自由に入り込んでは、人の噂話を聞いて回っているのでした。
キースも言いました。
「ぼくもその噂は聞いている。練兵場で大暴れしてみせたって? どんな敵にも臆することのない勇敢な正規軍の兵士たちが、君たちにはさんざんな目に遭わされて震えあがったって、ものすごい評判になっているよ」
ゼンは舌打ちしました。
「ちぇ、あいつらが弱すぎるんだよ。俺がちょっと持ち上げただけで腰抜かすんだからよ」
「何言ってんのさ。あたいが助け船を出さなかったら、対戦相手をぺしゃんこにするところだったじゃないか」
とメールは突っ込み、すぐに首をかしげました。
「でも、考えてみたらやっぱり変だよねぇ。あの人たち、正規軍のくせにどうしてあたいたちのことをよく知らなかったんだろ。他の場所ではフルートが大人だとか、巨人や小人や人魚がお供についてるとか、おとぎ話みたいなことが信じられてるけど、正規軍はあたいたちと一緒に何度も戦ったんだからさ。直接会ったことがなくたって、話くらい聞いたことがあってもよさそうじゃないのかい?」
それに答えたのはポチでした。
「ワン、あの人たちが第十八師団の兵士だったからですよ。ロムドの正規軍は師団ごとに部署が決まっていて、たとえば第一師団はワルラ将軍の直属だし、第二師団から第十師団までは王都ディーラと国内の重要な場所を守るんだけど、第十一師団から第二十師団までは、どっちかっていうとあまり重要じゃない、王都から遠い場所に配置されるんです。辺境部隊ほどじゃないけど、王都やお城での出来事についてはあんまり詳しくないんですよ」
「今回、陛下はセイロスとの戦いに備えて、国内の正規軍をディーラの近くに呼び集めている。昨日対戦した人たちも、つい二日前に城に到着したばかりだったんだよ」
とフルートも話します。
「セイロス相手には、用心してし過ぎることはないだろうな」
とキースは花茶を飲みながら言いました。彼にしては珍しく、非常に真剣な表情をしています。
「なにしろ奴の正体はデビルドラゴンだ。戦いを始めれば、手加減なんて考えずに徹底的に殺して破壊するだろう」
「闇の国ではみんなそうだったゾ」
「そうだヨ。みんないつも誰かを殺してたし、盗んだり壊したりしてたヨ」
ゾとヨがキーキーとそんなことを言ったので、キースは溜息をつきます。
「そう。それがぼくたちの生まれ育った闇の国の常識だ。そして、デビルドラゴンはその闇の国の連中より、もっと残酷で破壊的なんだ。もしも奴がロムドにやってきたら、きっとまっすぐこのディーラに攻め込んでくるし、子どもや赤ん坊まで惨殺して火を放つのに違いない。守りはできるだけ固めておいたほうがいい」
ルルはぶるっと身震いしました。
「ロムドじゃなくても、どこに現れても大変じゃない。なんとしても防がなくちゃいけないわよ」
「ヤツの次の攻撃目標を知らなくちゃならないよね。もちろん、それをアリアンたちが探してるわけだけどさ、どこに一番現れそうなんだろ?」
とメールが言ったので、ポチが答えます。
「ワン、セイロスは確かにものすごく強力な闇魔法を使えるし、剣の腕前もすごいけれど、それでも、たった一人で世界征服をするのは無理ですからね。兵隊を集めるために姿を現すと思いますよ」
ゼンは顔をしかめました。
「またどこかで操り兵を作ろうとするってことか? 性懲りもねえヤツだな」
けれども、フルートは首を振りました。
「いや、さすがに今度はそうはしないだろう。闇の虫で操り兵を作っても、ポポロや魔法軍団の光の魔法で解放されてしまうことは、わかっているんだから。たぶん、今度は別の方法で兵士を集めようとするはずだ。どこで、どんな方法で、っていうのが問題なんだけれど」
「セイロスは空飛ぶ馬でどっちのほうへ逃げたって?」
とキースは尋ねました。
「ワン、南です。でも、そのまままっすぐそちらへ向かったとは限りませんしね」
とポチが答えます。
沈黙が訪れました。一行は腕組みしたり花茶を飲んだりして、考え込んでしまいます。
部屋の窓の外には青空が広がり、高い場所を吹く風が白い絹糸のような雲を流していました。窓辺では薔薇(ばら)の花が咲き、どこからかピーヨロロロ、と鳶(とび)の鳴く声も聞こえてきます。とても気持ちのよい日なのですが、彼らが考えていることは物騒です。
「どこかの国をまた襲って、国王を殺して国を乗っ取るんじゃないの? で、そこの軍隊を使って攻めてくるんじゃない?」
とルルが言いました。
「それも小さい国じゃないはずだよねぇ。強力な軍隊を持ってるのは大きな国なんだから」
とメール。
キースは花茶のカップを置いて、空中に手を上げました。テーブルの上の空間に世界地図を出して、それを見ながら話し始めます。
「中央大陸で大きな国と言えば、なんといってもエスタ、ザカラス、そしてこのロムドの三国だな。でも、この国々は同盟を結んでセイロスに対抗しているし、奴はつい先日、このザカラスを支配しようとして、駆けつけてきた君たちやロムド軍に大負けしている。同盟の結束の固さを実感したはずだから、いきなりこの三国に手を出すことはしないんじゃないかな」
「それ以外で強い国というと?」
とポポロが聞き返しました。さっそくそこを透視してみようと遠いまなざしになっているので、あわててフルートが止めます。
「範囲が広すぎる。疲れてしまうから、今は透視しなくていい」
キースもうなずきました。
「そうだ、透視はアリアンに任せよう。彼女の目は本当に強力だし、疲れることもなく探し続けることができるからね。ただ、それ以外の強い国はどこだと言われれば、やっぱり、東の果てのユラサイだろうね。あそこは一国でロムド、ザカラス、エスタ三国を超える国土と兵力を抱えているんだから。あとはぼくがいたこともある神の都のミコンだ。あそこには聖騎士団と武僧軍団がいる」
「そこは無理だろ? ユラサイにはセイロスが対抗できない術師たちが大勢いるし、ミコンにはデビルドラゴンが大嫌いな光の魔法があふれているんだからさ」
とメールが言うと、ゼンがあきれました。
「ばぁか、そのユラサイとミコンが魔王に襲われて、もう少しでデビルドラゴンの手に落ちるところだったじゃねえか。忘れたのかよ」
「馬鹿とはなにさ! もちろん忘れてなんかないよ! でも、一度襲われたことがあるんだから、ユラサイもミコンも闇にはすごく備えるようになったはずだろ? いくらセイロスでも攻めにくいんじゃないか、って言ってるんだよ!」
とメールが怒って言い返します。
ポチはテーブルの下で首をかしげました。
「ワン、ミコンは同盟軍に加わっているし、ユラサイだってロムドと同盟を結んでます。攻めにくい上に、すぐ援軍が駆けつけるってわかっている場所なんだから、セイロスもためらうんじゃないかなぁ」
「じゃ、他に考えられるのはどの国よ?」
とルルがまた言います。
すると、フルートが口元に手を当てて考えながら言いました。
「天空の国、東の大海や西の大海、闇の国――奴が攻め込みそうな国はまだまだあるさ」
ええっ!? と一同は驚きました。
「いくらなんでも天空の国は無理よ! 光の魔法と天空王様が守っていらっしゃるのよ!?」
「そうよ……! ゴブリン魔王に一時支配されてから、天空の国は光の守りをいっそう強化したのよ!」
「ちょぉっと、フルート! あいつが海に攻めてくるっていうのかい!? 父上たちと海の軍勢が守ってる海にさ!? そんな真似をあいつがしたら、あたいは絶対に許さないからね!」
「ややや、闇の国にあいつがきたら怖いゾ!」
「そそそ、そうだヨ! 闇の国の奴らがみんなあいつに従ったら、とんでもないことになるヨ!」
ゾとヨが怯えだしたので、キースが言います。
「闇の国には闇王がいる。これまでデビルドラゴンは幾度となく闇の国に入り込んで支配しようとしたけれど、そのたびに闇王が追い返していたんだ。なにしろ、あいつが入り込めば、闇の国はたちまち乗っ取られてしまうからな。それに対抗するために、フノラスドなんて怪物まで育てていたんだ。フノラスドはもういないけれど、やっぱりそう簡単には攻め込ませないだろう」
「ワン、どの国もセイロス一人が攻め込むには強すぎる国だってことですよね。攻めるにしても、どこかでまず戦力を増強してからでないと無理だってことだ」
とポチが言いますが、そのための戦力をセイロスがどこから得るのかは、賢い小犬にも推理することはできません。
ところが、ゼンが急に、うん? と首をひねりました。
「おい、俺たち、ヤツがどこかの国を攻めることばかり考えてるけどよ、んなことしなくてもヤツに協力する国があるんじゃねえのか?」
一同は思わず顔を見合わせました。メールが眉をひそめます。
「あるかい、そんな国。あいつはデビルドラゴンなんだよ――って言いたいけど、あるよね本当に」
「そうね。すぐに思い当たるわ」
「ワン、そういえば、あの国はザカラスの南東に位置している」
と犬たちも言います。
ゾとヨが飛び跳ねながら尋ねました。
「それってどこの国なんだゾ!?」
「そうだヨ! 自分たちだけでわかってないで、オレたちにも教えてほしいヨ!」
それに答えて、フルートが言いました。
「これまで何度となくデビルドラゴンと手を組んで、ロムドに攻めてきた国のことだよ。そのたびにものすごい戦いが起きたんだ」
「サータマンか」
とキースは真剣な顔で言いました――。