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第22巻「二人の軍師の戦い」

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第1章 疑惑

1.勇者の一行

 キーン。

 剣と剣とがぶつかり合う音が、青空の下に鋭く響きました。

 ロングソードの切っ先が、フルートの顔めがけて突き出されてきます。

 フルートはすぐに頭を下げて攻撃をかわすと、前に飛び出しました。低い姿勢のまま、銀の鎧を着た敵の脚を狙って剣を突き出します。

 けれども、敵は膝を曲げて簡単に剣をかわしてしまいました。

「もらったぁ!」

 と歓声を上げて剣を振り上げ、目の前でかがむ格好になったフルートへ切りつけます。フルートは金色の防具を身につけていますが、鎧のパーツの間は黒い布のようなものでおおわれているだけです。そこへ鋭い一撃を食らわそうとします。

 するとフルートは地面に伏せ、右肘を軸に体を回転させて、敵に足払いをかけました。どぉっと敵が倒れると、入れ替わりに跳ね起き、両手で剣を握り直して振り下ろします――。

 とたんに敵が叫びました。

「まいったぁっ!」

 フルートの剣がぴたりと停まりました。その切っ先は敵の鼻先のほんの数センチ前まで来ています。敵の顔に、どっと冷や汗が吹き出します。

「それまで! 勝者、金の石の勇者殿!」

 と審判役の兵士がフルートの勝利を宣言しました。戦いを取り囲んで眺めていた大勢の兵士たちから、いっせいに溜息と感嘆の声があがります。

「これで二人。あと三人か」

 とフルートはひとりごとのように言いました。女性のようにも見える優しい顔立ちですが、とても冷静な表情をしています。

 

 そこへ勇者の仲間たちがやって来ました。ゼン、メール、ポポロ、ポチとルルの三人と二匹です。ロムド城の練兵場で、大勢の兵士に囲まれて対戦しているフルートを見て、口々にに話しかけてきます。

「なんだ、また五人抜きやってるのかよ?」

「この前やって見せてロムド兵を納得させたはずだろ?」

「ワン、そうですよ。圧勝してみせたのに」

「それに、なぁに今の戦い。フルートは魔法の鎧を着てるんだから、それで攻撃を防げたはずでしょう? どうしてわざわざ地面を転がったりしたのよ?」

 フルートは苦笑して仲間たちを振り向きました。

「あのとき勝負した兵士はザカラス城の戦いに出動して、まだ戻ってきていないんだよ。ここにいるのは、別の場所からディーラの警備に呼ばれた第十八師団の人たちだ。今朝、ゴーリスがぼくを総司令官として紹介したら、『第二師団と第五師団で五人抜きをしたなんて信じられない。証明して見せてくれ』って言われてね。しょうがなくて、また五人抜きをやってるんだ」

「人間ってのはホントに疑り深いなぁ」

 とメールがあきれると、ポチが言いました。

「ワン、総司令官は命令一つで兵士全員をどんな戦場にも送り込める立場の人ですからね。自分の命を預けていい人物かどうか、兵士たちの見定めも厳しくなるんですよ」

「だが、これがフルートじゃなくオリバンだったら、みんな素直に従うんだろうが。顔見せするたびに疑われて五人抜きさせられるようじゃ、フルートだってやってられねえぞ」

 ゼンは不満顔です。

「それで? どうしてわざわざ転がって剣を避けたりしたのよ? いつもどおり戦ってみせればいいのに」

 とルルが追求を続けたので、フルートはまた苦笑しました。

「ぼくに切りつけたら、対戦者の大事な剣が折れるじゃないか。防具を脱いで戦おうとしたんだけど、それは認めてもらえなかったからさ」

「もう! フルートったらそんなこと考えながら戦ってたわけ? 優しすぎるわよ!」

 と雌犬もあきれ、話を聞いていたロムド兵たちはいっそう驚きました。彼らは師団きっての腕自慢を対戦者に選び出したのですが、フルートはたちまち二人もうちまかしていました。それが相手の剣を心配しながらの戦いだったというので、これは五人抜きの噂も本当なのではないか、と考え始めます。

 

 その様子を見て、ゼンが言いました。

「よぉし、それじゃ今回は俺たちも参戦するぞ。フルートばかり戦ってるんじゃ大変だからな。俺たちが残り三人を一人ずつ相手してやる」

「ええ、君たちが!?」

 フルートが本気で焦ったので、ゼンはむっとしました。

「なんだよ、俺たちが負けるとでも思ってるのか?」

「逆だよ! 君たちじゃ彼らを大怪我させるかもしれないじゃないか!」

「やだなぁ。あたいたちだって大事な味方を減らすような真似はしないって。ちゃんと手加減するからさ」

「ワン、でもポポロだけはやめたほうがいいですよね」

「そうね。ポポロの魔法だと効き過ぎるかもしれないから。ポポロの代わりには私かポチが出るわ」

「それだって充分危険過ぎるったら!」

 すっかりその気になっている仲間たちを、フルートは懸命に引き留めようとしました。それは当然のことだったのですが、今回初めて彼らと会った兵士たちは、子どものような一行に見下した言い方をされて、本気で腹を立てました。三番目の対戦者が荒々しくマントを脱ぎ捨てて対戦場に進み出てきます。

「金の石の勇者の一行であれば、わしの相手は誰でもかまわんぞ! なんだったら、全員束になってかかってこい !」

 それは見上げるように大きな戦士でした。腰に剣は下げていますが抜いて構えることはせずに、太い指をぼきぼき鳴らしています。

 へっ、とゼンは鼻で笑いました。

「いくらなんでも、全員でなんて相手できるか。手加減しきれねえからな。俺が一人で相手してやるよ」

「いい度胸だ。言っておくが、わしは昨年の全軍勝ち抜き戦の、格闘部門の優勝者だぞ。第五師団のゴホルにも勝っているんだからな。覚悟しておけ」

 と対戦者がすごみます。ゴホルという人物はフルートたちも覚えていました。巨人のような大男で、先の五人抜きの戦いではフルート相手に大暴れをしたのです。

「へぇ。ちったぁ期待できそうか?」

 とゼンは言うと、無造作に対戦場に出て行きました。ゼン! とフルートはまだ引き留めようとしますが、メールに場外へ引っ張り出されてしまいました。

「いいから、ゼンに任せなよ。で、次の対戦者はあたいに任せなよね――」

 

「試合開始!」

 審判役の兵士が上げた手をさっと下ろして、ゼンと大柄な戦士の対戦が始まりました。

 ゼンが腰のショートソードを抜こうとしないので、戦士が尋ねます。

「何故剣を抜かん?」

「そっちが剣を抜かねえからだよ。それにあんたは格闘が得意なんだろう? なら、剣なんて必要ねえだろうが」

 悠々と答えるゼンに、戦士は、ふんと鼻を鳴らしました。

「本気でわしと取っ組み合いができると思っているのか。そのなりで?」

 以前よりずいぶん大きくなったゼンですが、人間から見ればやっぱり小柄なので、戦士とは大人と子どものような体格差があったのです。それでもゼンはのんびりと答えます。

「ああ、思ってるぜ。いいから早くかかってこいよ。来ねえんなら、こっちから行くぜ」

「よかろう、かかってこい!」

 と戦士が言い返したので、本当にゼンは自分から動き出しました。頭を下げ、まっすぐ対戦相手へ突っ込んでいきます。

 戦士はよけることもなくそれを受け止めました。小柄なゼンが戦士の下に潜り込む形になったので、その胴に両腕を回しておおいかぶさります。戦士の巨体と鎧兜の重量が、ずっしりとゼンの背中にのしかかっていきました。ゼンを上から押しつぶそうというのです。

 ところが、ゼンの体は少しも沈みませんでした。前屈みになった中途半端な格好ですが、背中に敵を乗せたまま、びくともしません。

「……!?」

 戦士は驚き、力任せにゼンを押しました。勢いをつけてゼンをつぶそうとしますが、やはりゼンの体は動きません。周囲の兵士たちも仰天しました。小柄なゼンが自分の倍もありそうな相手の体重を、両足と背中の力だけで支えているのです。

 すると、ゼンが言いました。

「終わりか? じゃあ、今度はこっちの番だ」

 ゼンが起き上がると、ぐぅんと戦士の体が高く持ち上がりました。両腕はまだゼンの胴をつかんでいたので、体が逆さまになり、じたばた動く両足がゼンの頭上を越えていきます。ゼンはそのまま仰向けに倒れて、相手を背後にたたきつけました。ガシャン、と鎧兜が地面の上で大きな音を立てます。

 

「あーあ、ダメだよ、ゼンをまともに捕まえたりしちゃ。投げ飛ばされるに決まってるもん」

 とメールが言うと、足元でルルとポチも言い合いました。

「ゼンが怪力のドワーフだってこと、この人たちは知らないのかしらね」

「ワン、知ってても本気にしてなかったのかもしれないな。ゼンって見た目は人間そっくりだから」

「対戦者は怪我しなかったかな?」

「大丈夫みたいよ。ほら、起き上がってきたわ……」

 とフルートとポポロも話し合っています。

 戦士は立ち上がると、二、三度頭を振りました。すでに立ち上がっていたゼンを、顔を歪めてにらみつけます。

「そういえば、金の石の勇者の一行には怪力の大男がいるともっぱらの噂だったな……。それは貴様のことか」

 ゼンは肩をすくめました。

「ちぇ、まぁだそんな噂が広まってるのかよ。おまえらもロムド王の兵隊なら、実態ってヤツをちゃんと知りやがれ。金の石の勇者のフルートはまだ十六だし、顔も女みたいなら性格もお人好しだが、剣の腕はめっぽう立つし頭もいいから、こいつが本気になると誰も勝てねえんだぞ。で、俺はゼン。人間の血が混じってるからこんな格好をしてるが、れっきとしたドワーフだ。人間が力で俺に勝てるわけはねえんだよ。そら」

 ゼンはまた戦士に近づくと、反射的につかみかかってきた相手の手を押さえ、腕の下をかいくぐって相手のベルトをつかみました。そのまま、ひょいと頭上に持ち上げてしまいます。

 戦士や周囲の兵士たちは肝をつぶしました。人一倍体の大きな戦士は、何十キロもある鎧や鎖帷子、兜を身につけています。体重と装備を合わせれば百キロをはるかに超えているはずなのに、ゼンはまるで猫の子か何かのように片手で軽々と掲げているのです。戦士は体がすくんで動けなくなってしまいます。

「なんだよ、もう終わりか? でかい口たたいてたくせに情けねえな」

 とゼンは言うと、戦士を空中に放り上げました。悲鳴を上げて宙に舞った相手を左手でひょいと受け止め、また空中に放り上げて右手で受け止めます。周囲の戦士たちは青くなって後ずさりました。戦士は恐怖でもう声も出せません。

 するとフルートが叫びました。

「ゼン、もういい! もう充分だ!」

 鋭い声でしたが、ゼンは人間お手玉をやめませんでした。

「いいや。こいつらにはもう少し思い知らせねえとな。でないとまた、おまえに――」

 ところが、しゃべりながら放り投げたために、加減が狂いました。ちょっと力が入りすぎて、戦士の体が大きく宙を飛び、ゼンの手を飛び越えます。

「やべぇ!」

 ゼンはあわてて手を伸ばしましたが、相手には届きませんでした。戦士はものすごい勢いで地面に落ちていきます。フルートが真っ青になって駆け出します――。

 

 すると、ざーっと雨の降るような音がして、緑色の雲が押し寄せてきました。渦を巻き、落ちてくる戦士を受け止めて地面に降りていきます。と、雲の渦はほどけて緑の木の葉に変わりました。山積みになった真ん中に戦士が落ちて、中に埋まってしまいます。

 ゼンはメールを振り向いて頭をかきました。

「悪ぃ、手元が狂った。ありがとよ」

「もう。ゼンったらいつもこうなんだからさ。気をつけなよ」

 とメールは小言を言いながら、交差させていた腕をほどきました。とたんに木の葉はまた空に舞い上がり、流れる雲か緑の蝶の群れのように、練兵場の外れの立木へ飛んでいきました。丸裸になっていた梢に飛び込んで枝につながると、何事もなかったように風に揺れはじめます。

 木の葉に受け止められた戦士は怪我はありませんでしたが、腰が抜けて動けなくなっていました。他の兵士たちも声もなくゼンやメールを見つめています。メールは細い腰に両手を当てると、ぐいと顎を上げてみせました。

「相手を見た目で判断するんじゃないってこと、わかったかい? あたいはメール。あんたたちの噂では人魚ってことになってるかもしんないけどね、実際にはあたいは海の民と森の民の両方の力を持つ戦士なのさ。だいたい人魚が陸を旅できるわけないんだから、そこで噂はおかしいって思うべきだろ」

 すると、ルルとポチも言いました。

「ついでに言うと、私たちも白いライオンなんかじゃないのよ」

「ワン、二頭の狼なんて噂されることもあるみたいだけど、実際にはぼくたちは人のことばを話す風の犬ですからね」

 犬たちがごうっと風の獣に変身して飛び上がってみせたので、兵士たちは大騒ぎになりました。その場を逃げ出したり、頭を抱えて地面に伏せたりする者も出てきます。

 その様子にフルートがまた叫びました。

「もういい! 全員戻れ!」

 ルルとポチはすぐに舞い戻って犬になり、ゼンとメールもフルートの元へ駆け戻ってきました。

「もう終わりなの? つまらないわね」

「ワン、もうちょっとぼくたちの実力を見せようと思ったんだけどなぁ」

 と犬たちが言うと、メールが張り切りました。

「だって次はあたいが対戦する番だからね。対戦者は誰さ?」

 ところがフルートは首を振りました。

「いいや、もう勝負も終わりだ」

 練兵場では兵士たちがフルートたちと大きく距離を取って、こわごわこちらを見ていました。五人抜きに名乗りを上げていた残りの兵士は、前に出てこようともしません。

「なぁんだ。久しぶりに槍で勝負できると思ったのにさ」

 とメールは残念がりました。海の戦士の彼女は、槍の名手なのです。

 

 フルートは一人で第十八師団の師団長のところへ歩いて行きました。師団長だけでなく他の兵士たちまでがいっせいに姿勢を正して頭を下げてきたので、思わず苦笑いしてしまいます。

「これでぼくたちの実力は納得していただけたと思います。ぼくはこの一行のリーダーで、同盟を結んだ王たちから同盟軍の総司令官を任命されました。ぼくたちの敵は強大で、同盟のすべての人々の力を合わせなければ打ち勝つことはできません。ぼくの仲間たちはそれぞれにものすごい力を持っていますが、それでも敵に勝つことはできないんです。皆さんの力が必要です。いずれ作戦に従って出動命令を下すので、その時には皆さんの力と勇気をぼくたちに貸してください。お願いします」

「総司令官殿のご期待に添えるよう、ユリスナイと武神カイタの名にかけて善戦をお約束しましょう」

 と師団長は答え、その後ろで兵士たちが次々と剣を抜きました。フルートに忠誠を誓ったのです。

 フルートは全員にうなずき返すと、仲間たちと一緒に練兵場から出て行きました。兵士たちはその後ろ姿に、ずっと剣を捧げ続けます。

 すると、勇者の一行が仲間同士で話し合う声が聞こえてきました。

「ねぇさぁ、やっぱりポポロにも何かさせたほうが良かったんじゃないかい? ポポロの見せ場がなかったじゃないか」

「ワン、それはだめですよ。ここはお城が近すぎますからね」

「だよなぁ。ザカラス城みたいにロムド城をぶっこわしたら一大事だぜ」

「ことばを選びなさいよ、ゼン! ポポロが泣き出したじゃない!」

「ああ、悪かった。泣くなよ、ポポロ――泣くな!」

「フルート、慰めなよ。あんたが抱きしめりゃポポロは泣きやむんだからさ」

「ワン、それよりもポポロにキスしたほうが効果あると思うな」

「だから! 君たちはどうしてそんなことばかり言うんだ!? いい加減にしろよ!」

「わぁお、フルートが怒ったぁ!」

 賑やかに話し合い、笑って駆け出した一行を、兵士たちはあっけにとられて見送りました――。

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