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第22巻「二人の軍師の戦い」

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プロローグ 雲の上

 広がる雲の海に影を落としながら、翼を持つ二頭の馬が空を飛んでいました。

 純白の体に鳥のような白い翼が生えているならばペガサスですが、この馬は全身が灰色で、たてがみと尾は黒、背中にはコウモリを思わせるような大きな翼が生えています。

 二頭の馬に鞍(くら)を置き手綱を握って、二人の人物が乗っていました。一人は紫水晶の鎧に金茶色のマントをはおった黒髪の青年、もう一人は金髪の頭に二本角の兜をかぶり、質素な鎧と青いマントを身につけた青年です。眼下に広がる雲の海の上を、翼の音と共に飛んでいきます。

 

 すると、そこへもう一人の青年が姿を現しました。白い服を着込み顔の半分を前髪で隠しながら、自分自身で空を飛んで二頭の馬に並びます。白っぽい体の向こう側には、空や雲が透けて見えていました。この青年は幽霊なのです。のんびりした調子で紫の鎧の青年に話しかけます。

「ねぇねぇ、セイロスくぅん、ザカラスから逃げてずいぶん飛んできたけどさぁ、キミ、次はどぉするつもりでいるのぉ? ザカラス城では、勇者くんたちやロムド軍にさんざんにやられちゃったけどさぁ、キミがそれくらいのコトで世界征服をあきらめるなんてのは、ありえないもんねぇ」

 すると、隣を飛んでいた青年のほうが、むっとしてに先に答えました。

「あたりまえだ! セイロスは世界の王様になる偉大な男だぞ! 一度や二度、敵におくれを取ったところで、セイロスには痛くもかゆくもない!」

 体つきはたくましいのですが少し単純そうな青年に、幽霊は、ふふん、と笑いました。

「セイロスくんは三万もいた味方の兵隊を、一人残らず失っちゃったんだよ? それって、かなりの大打撃って言うんじゃないかなぁ」

「一人残らずではない! 俺がこうしてまだここにいる!」

 と青年がいっそうむきになると、セイロスが言いました。

「ランジュールを相手にするな、ギー。まともに話せる相手ではない」

 それを聞いて、今度は幽霊が口を尖らせました。

「ちょぉっと、セイロスくん、人を話の通じない変人みたいに言わないでよねぇ。それよか、さっきの質問。ザカラスで大負けして逃げてきたわけだけどさぁ、これからどうするつもりぃ? 味方っていったら、この頼もしいお兄さん一人だけなんだよぉ」

 頼もしいお兄さん、というのは、もちろんギーをからかっているだけなのですが、ギーはそれを真に受けて機嫌を直しました。北の孤島で生まれ育った素朴な青年は、皮肉や暗喩(あんゆ)といったものがあまり理解できません。

 セイロスのほうは行く手をみたままで言いました。

「むろん、私はあきらめてなどいない。私は世界の王になることを願い石に約束された人間なのだからな。王が領地と領民の頂点に立つのは当然のことだ。世界征服とは言わん」

 幽霊のランジュールは空中を飛びながら肩をすくめました。

「そぉ言って世界を自分のものにしようとするコトを、一般的に世界征服って言うんだけどねぇ。まぁいいや。で、次はどぉするつもりなのさぁ? 勇者くんたちはロムドや周りの国とがっちり手をつないで、同盟軍なんてのを作っちゃってるよぉ? あれをなんとかしないと、キミの野望は実現しないと思うんだけどなぁ」

「もちろんセイロスはなんとかするぞ! セイロスにできないことは、この世にはないんだからな!」

 とギーがまた口をはさんできました。ギーにとってセイロスは絶対の存在です。

 

 セイロスは少しの間沈黙してから、おもむろに話し出しました。

「むろん、あの連中をあのままにしてはおかん。同盟軍は壊滅させ、勇者の一行は一人残らず首をはねて、同盟軍の王たちの首と共にさらし者にしてやる。連中に少しでも荷担した者は、見せしめのために、人々の前で八つ裂きか火あぶりだ。だが、そのためにはやはり、先の戦いの敗因をきちんと分析しなくてはならん」

 へぇ、とランジュールは意外そうな顔をしました。

「負けは負けって、ちゃんと認めるんだぁ。『あの戦いでは私の実力を発揮できなかっただけだ。次は目にもの見せてやる』とかなんとか言うのかと思ってたのにさぁ。意外と潔いんだねぇ、セイロスくん」

「敗因の分析は戦闘には必須だ。敗因をきちんと見極められない将に次の勝利はない」

 とセイロスは答え、冷静な表情で話し続けました。

「今回、私の兵が大敗したのには、大きく二つの原因がある。ひとつはポポロの魔法が想定以上に強力で、大半の操り兵の操りを解かれてしまったこと。もう一つは、私がこの時代の戦闘法をよく知らなかったことだ。私が大軍を率いて戦っていた時代に、馬を操る道具は鞍の下になかった。あれがあるとないとでは、戦闘法が大きく変わってくる」

 馬を操る道具? とランジュールが不思議がったので、セイロスは自分の足元を示して説明をしました。たちまちランジュールが驚きの声を上げます。

「ほぉんとだぁ! 君たちって、鐙(あぶみ)もなしで馬に乗っていたんだぁ! よくそれで振り落とされなかったねぇ? これはちょっとびっくりぃ。まさか鐙のない軍馬に乗ってたなんて、想像もしなかったもんねぇ」

 ランジュールがあまり驚くので、セイロスは渋い顔になりました。

「そういうこの時代の当然を、私はよく知らん。ギーも北の島の出身だから、大陸の常識はわからない。それが戦闘に大きく影響を与えたのだ」

「確かに、それはそぉかもねぇ。なにしろ、セイロスくんは今から二千年も前の人なんだからさぁ」

 

 すると、今度はギーが驚きました。

「なんだ、今の話は? セイロスが二千年前の人間だと!? 本当なのか!?」

「あ、そぉかぁ。このお兄さんはセイロスくんの正体を知らなかったんだ。そぉなんだよぉ。セイロスくんは二千年前にはデビルドラゴンっていう闇の竜と戦っててさぁ――」

「余計な話はするな、ランジュール!」

 セイロスはぴしゃりと話をさえぎると、ギーに向かって言いました。

「確かに私ははるか昔の時代に生を受けた人間だ。世界の王となる使命をもって多くの敵と戦っていたのだが、敵の罠にはまって、二千年もの間この世ならざる場所に幽閉されてしまった。だが、私は大いなる力によって、この世界に戻ってくることができた。当時の敵はすでに世を去っているが、新たな敵がこの世を我がものにして私の前に立ちはだかっている。私はその連中と戦っているのだ」

「ふぅん、ものは言いようだねぇ。なんだかセイロスくんが正義の味方みたいにも聞こえるじゃなぁい?」

 とランジュールはくすくす笑いましたが、ギーのほうは大真面目でセイロスの話を聞いていました。空飛ぶ馬の背中でしばらく考えてから、こう言います。

「つまり、セイロスをこの世に呼び戻したのが神だったんだな。それでおまえは神の声が聞けるし、神の力が使えるんだ。そういう理由だったのか」

「神は神でも悪の神様だけどねぇ」

 とランジュールがまた笑います。

 セイロスはそれを無視して言い続けました。

「二千年の時を超えてきたために、私は世界の変化をまだよく知らない。それを掌握しなければ、この時代の敵に勝つことはできないのだ。もう一度、戦力を集めて軍を編成するのは当然のことだが、この時代の戦術に詳しい者を味方につける必要がある」

「それって、軍師って呼ばれる職業の人たちだよねぇ」

 とランジュールがまた口をはさみました。今度は割とまともなことをいっています。

「それは誰だ?」

 とギーは聞き返しました。軍師と聞かされても、彼にはまったくイメージが湧きません。

「心当たりはある。すでにそこへ向かっているのだ。私についてこい」

 セイロスはそう言って、また行く手へ目を向けました。飛び続ける彼らの下には雲海が一面に広がっているので、地上の景色を見ることはできません。太陽の位置だけが彼らの進む方角を示しています。

 ふぅん、とランジュールはまたつぶやきました。

「ボクたちって南へ向かってるよねぇ? ってことは、行き先はあそこか、でなきゃ、あそこかなぁ? セイロスくんが味方に引き入れようとしてるのは誰なのか、興味深いよねぇ。楽しみ楽しみ、うふふふ……」

 女のような笑い声と馬が羽ばたく音。そんなものを雲の上に響かせながら、彼らは空を飛び続けていきました。

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