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第21巻「ザカラス城の戦い」

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エピローグ 結末

 セイロスを撃退して勝利した翌日、フルートたちはオリバンやセシル、ワルラ将軍やゴーリスたちと一緒に、ザカラス城の玉座の間にいました。白、青、赤の四大魔法使いも、若草色の長衣を着たリリーナを従えて立っています。

 宝石で飾られた王の椅子には、アイル王がいました。監禁生活の間に弱って痩せた体が元に戻るのには、まだしばらく時間がかかりそうでしたが、それでも王の服を着て、落ち着いた様子で座っています。

「こ、このたびは本当にロムド国と勇者殿たちに助けられた。み、皆のおかげでザカラス国と城は守られ、私も命を救われたのだ。ど、どれほど感謝をしても、この感謝の気持ちは言い尽くせない。本当にありがとう」

 とアイル王は一同へ頭を下げました。その頭上にはまた王冠が輝いています。

 ワルラ将軍が答えて言いました。

「我々ロムド軍は、同盟に基づいてザカラスを助けに来たまで。さらに言うならば、いつぞやザカラスが我が国を助けに駆けつけてくれた御礼に、ザカラスを救いに来ただけです。賞賛されるべきは、ザカラスのご領主たちの働きでしょう。国と城と王を救うために、次々と参戦して駆けつけてきたのですからな」

 アイル王はうなずきました。

「そ、その報告は聞いていた……。正直、大変驚かされた。わ、私がそこまで領主たちから王と仰がれているとは、思わなかったからな」

 すると、玉座の隣に立っていたトーマ王子が言いました。

「各地の領主を動かしたのは、城や都から避難した者たちでした。彼らは父上に命を救われたことを知っていて、だからこそ、父上を助けたいと領主たちに訴えたんです。種をまいていたのは父上でした。ぼくは、そんな父上がとても誇らしかったです」

「トーマ」

 とアイル王は痩せた顔に笑みを浮かべました。

「わ、私はそなたが新しいザカラス王になるのが、ふさわしいと考えていたのだがな」

 王子は顔色を変えると、ぶんぶんと大きく首を振りました。

「ぼくにはまだまだやらなくちゃならないことがあります! いろいろ見聞して、いろいろ学んで、良い王になるというのはどういうことかを考えて、そして――。ザカラス王になるのはそれからです!」

「それはいい心がけだ、トーマ王子。私もそう考えて日々精進している」

 とオリバンが言いました。いぶし銀の鎧を身につけた未来のロムド王は、異国の玉座の間でも堂々としています。

 

 次に口を開いたのはゴーリスでした。ロムド国王の側近である彼は、ロムド国を代表する立場で、こう言いました。

「我が軍はこれからロムド国へ戻ります。敵が送り込んだ怪物のために数十名の死者を出しましたが、それ以外の兵は健全です。国に戻ったら、すぐに次の戦闘に備えることができるでしょう」

 アイル王はまたうなずきました。

「わ、我が軍でも、百名を越す戦死者を出してしまった。か、彼らについては手厚く葬るように命じてある――。だ、だが、金の石の勇者と魔法軍団がいてくれたおかげで、多くの者が命をとりとめ、傷から回復することができた。こちらもじきに軍を再編することができるだろう。か、重ねて感謝している」

 王じきじきの感謝に、四大魔法使いとリリーナは一礼で応えましたが、フルートは真剣な表情で言いました。

「ぼくは、島の戦士たちが大勢亡くなってしまったことが悔しいです。彼らは自分から負けを認めて投降してきたのに――。カマキリが襲ってきたときに、彼らは縛られていて、思うように逃げられなかったんです」

 すると、王の横に控えていたドラティ宰相が言いました。

「アマリル島からやってきた戦士は、見ただけでそうとわかる格好をしていました。本隊の兵士が駆けつけてカマキリから仲間を救いましたが、どうしても、敵だった島の戦士は救出が遅れたのです。ただ、彼らがこれまでしてきたことを思えば、それも自業自得と言えます。彼らは罪のない多くの人を殺し、ザカラスの都を灰にしたのですから。都の復興には大変な時間と労力がかかるでしょう」

 けれども、そう言われてもフルートの顔は晴れませんでした。その横からゼンが尋ねます。

「生き残りの島の連中は捕虜になってんだろう? どうするつもりなんだよ?」

「か、彼らは元いた島へ帰す――こ、今後、二度と大陸へ攻め込むことは承知しない。そんなことをしたら、今度は島全体を焼き払うぞ、と脅してな。た、たぶん、そのことばだけで、充分だろう」

 とアイル王が答えると、オリバンの隣からセシルも言いました。

「私たちが敵の様子を知るためにつかまえた島の戦士も、一緒に帰すことにした。セイロスにことば巧みにだまされて、島から連れ出されていたからな。例えセイロスがまた島にやってきて、出陣しろ、と言ったとしても、連中はもう二度と参戦しないだろう」

 フルートたちは本当に安心しました。この戦いでは多くの人が傷つき、亡くなっています。この上、島の戦士たちまで処刑されるようなことになったら、フルートたちにはとても耐えられなかったのです。

 そんな様子をジャックが部屋の片隅から見ていました。戦争が終結し、ザカラス城の中と外にいた兵士たちが一緒になったので、ジャックもガスト副官と一緒に、ワルラ将軍のそばに戻っていたのです。敵の命が助かると聞いて安堵している勇者の一行に、思わず舌打ちします。

「まったく。相変わらず優しすぎる連中だぜ」

 すると、ガスト副官が聞きつけて、静かに言いました。

「いいや、きっとそれが正しい対応だ。厳しすぎる処罰は、生き残った者たちにいっそう深い怒りや憎しみを植えつける。寛大な処置をするほうが平和に収まることは多いのだ。覚えておくといい」

 は、はい、とジャックは首をすくめました。まだまだ上司たちから学ぶことが多い彼です――。

 

 すると、トーマ王子の横にいたシン・ウェイが、一歩前に出てきました。何故か頭をかきながら言います。

「えぇと、こんなところで話を出すのは筋違いかもしれないんだが……あんたたちが国に帰ってしまう前に、一つ頼みたいことがあるんだけれどな」

 術師の青年が、フルートたちやワルラ将軍ではなく、四大魔法使いに向かって言っていたので、一同は不思議に思いました。何の話を始めるのだろう、と注目します。

 シン・ウェイはまた頭をかくと、その手で四大魔法使いの後ろに立つ娘を指さしました。

「えぇとだな……その若草ちゃんを俺の嫁さんにほしいんだが、許してもらえるかな?」

 一同は目を丸くしました。思わずシン・ウェイとリリーナを見比べてしまいます。リリーナはうつむいて、眼鏡をかけた顔を真っ赤にしていました。

 とたんに、きゃぁ! と歓声を上げたのは、メールとポポロとルルの二人と一匹の少女たちでした。セシルも、ほぉっと感心した声を上げます。男性陣は、全員があっけにとられてしまいます。

「そういう話になっていたのか、若草?」

 と白の魔法使いが尋ねると、リリーナはうつむいたまま、はい、と小さく答えました。

「若草ちゃんは優しくてかわいくて、しかもとびきり勇敢だ。大陸をずっと旅してきた俺だが、これ以上の女性には出会ったことがない。これはもう嫁さんにするしかないと思って、昨夜プロポーズをして、承知してもらったんだ」

 とシン・ウェイは話し続けました。マフラーの上にのぞく顔には、汗がたくさん噴き出しています。

 ワルラ将軍は難しい表情で腕組みしました。

「彼女はロムドの魔法軍団の兵だ。陛下の承認がなければ結婚することはできないし、相手が他国の人間となればなおさら――」

 すると、さえぎるようにオリバンが言いました。

「当人たちが合意しているのだ。決まり事でそれを邪魔するのは、野暮(やぼ)というものだろう。父上には私からよく言っておく。魔法軍団の将たちが良しとすれば、それでいいことにしよう」

 それを聞いて、青と赤の魔法使いは白の魔法使いを見ました。リリーナは彼女の部隊に所属する魔法戦士だったのです。

 

 白の魔法使いはリリーナを見ました。同じ女性でも、女神官のほうが頭ひとつ分以上背が高いので、見下ろす形になります。

「魔法軍団を辞めて嫁ぎたいのか、若草? おまえは神官見習いだ。本来ならば結婚は許されない立場にあるのだぞ」

 と厳しい口調で言われて、リリーナはいっそううつむきました。すみません……と謝ってから続けます。

「でも、白様、私はマフラーさんを尊敬しているんです……。それに、あの人は闇の敵を攻撃できるけれど、闇魔法の攻撃を防ぐことはできません。私はあの人のそばにいて、一緒に戦いたいんです。例えそれがユリスナイの教えに背くことになったとしても……」

「では、おまえは破門だ」

 と白の魔法使いは即座に言い渡し、青ざめて顔を上げたリリーナに続けました。

「おまえはまだユリスナイに神官の誓約をしていない。その状態でそれだけの魔法が使えるのだから、神官見習いをやめても、今と同様に魔法を使うことができるだろう。シン殿の片腕として充分に戦えるはずだ。もちろん、彼の妻としてもな」

 女神官はリリーナにほほえみかけていました。普段厳しい顔が、優しい表情になって部下を見つめています。

「幸せになれ、若草。それがユリスナイへの最大の感謝になる」

「白様……!」

 リリーナはたちまち涙ぐみ、駆けつけてきたシン・ウェイに肩を抱かれて嬉し涙をこぼしました。

 他の者たちはそれを取り囲み、口々に二人を祝福しました。フルートたち、オリバンとセシル、ワルラ将軍、ゴーリス、赤の魔法使い、ドラティ宰相、ニーキ司祭長……誰もが笑顔です。

「結婚式は城で開こう! 盛大な祝宴にするぞ!」

 とトーマ王子は自分のことのように張り切っていました。アイル王も玉座でにこにこしています。

 すると、青の魔法使いが白の魔法使いに心話で話しかけてきました。

「正直、うらやましいですな。彼らにはユリスナイの誓約の障害がないのですから」

「言うな、青」

 と女神官は心話で答えました。好き合っていても、今は態度に出すことさえ許されていない二人です。その後は黙って若い恋人たちを見守ります。

 

 ランジュールやギーと共に姿を消したセイロスの行方は知れず、世界はまだデビルドラゴンの脅威にさらされていました。危険はまだ去っていません。

 けれども、今は勝利と小さな幸せを喜ぶときでした。

 山の中腹にそびえるザカラス城に、礼拝堂の鐘の音が明るく響き始めました――。

The End

(2014年2月15日初稿/2020年4月15日最終修正)

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