セイロスの障壁が崩れる少し前、魔法使いたちは障壁に向けて激しい攻撃を続けていました。セイロスのすぐそばにフルートとゼンが飛び降りて戦い始めたので、それを援護しようと、休むことなく攻撃魔法をくり出します。
すると、シン・ウェイが急に苦笑いしました。
「四大魔法使いってのは噂以上だな。これだけすごい攻撃を続けているのに、少しも魔法が衰えないんだからな。残念ながら俺のほうは種切れだ。これが最後の一枚なんだ」
と呪符を取り出します。
白の魔法使いが言いました。
「最後の攻撃なら有効に使おう。赤、シン殿の魔法に力を貸せ」
「タ」
と猫の目の魔法使いが杖を突き出します。シン・ウェイは呪符を投げて稲妻の竜に変えました。
「行け! 行って、奴の咽笛を食い切ってやれ!」
声と共に竜を送り出すと、すぐに赤い魔法が追いかけてきて、稲妻と合体しました。赤い竜に変わって闇の障壁をすり抜け、セイロスへ飛んでいきます――。
赤い竜に咽を貫かれて、セイロスは倒れました。血しぶきが飛び、背後では障壁が音を立てて砕けます。今だ! と切りつけようとしたフルートは、思わず剣を止めました。セイロスの血は紅い色をしていました。人間と同じ命の色です。
「おっとっとぉ、これはまずい――アーラちゃん!」
ランジュールが呼びかけると、空中に人の頭より大きな蜘蛛(くも)が現れました。しゅぅっと糸を出しながら宙を飛び、ランジュールの肩にしがみつきます。ランジュールのペットの大蜘蛛でした。久しぶりの登場です。
とたんにフルートもゼンも、その場から動けなくなりました。見えない糸が全身に絡みついたのです。
「この……!」
怪力のゼンが引きちぎろうとしても、蜘蛛の糸は切れません。その間にセイロスが起き上がってきました。咽元の傷はもう消えていました。妙に冷静な顔でフルートたちや、その向こうから走ってくる魔法使いたちを眺めます。
と、魔法使いたちがいきなり吹き飛びました。彼らの足下が爆発したのです。四大魔法使いは地面にたたきつけられますが、シン・ウェイだけは逆に宙高く持ち上げられました。たちまち何十メートルもの高さまで昇っていってしまいます。
「やめろ!」
とフルートは叫びました。セイロスが自分を傷つけたシン・ウェイに仕返しするつもりだと気づいたのです。
セイロスは冷笑しました。
「死ね」
とたんにシン・ウェイは真っ逆さまに落ち始めました。彼はもう呪符を使い切っています。四大魔法使いもまだ吹き飛ばされた衝撃から立ち上がれません。シン! とフルートたちが悲鳴を上げます。
すると、その真下に姿を現した人物がいました。若草色の衣のリリーナです。
「させません!」
と叫んで杖を掲げます。
とたんにシン・ウェイの墜落が緩やかになって、リリーナのすぐ上でふわりと止まりました。若草色の光に包まれながら、ゆっくり地面に下りてきます。
「ありがとう。助かったぜ、若草ちゃん!」
「マフラーさんこそ、激戦ご苦労様でした。後は、及ばずながら私が」
とリリーナが杖を構えて前に出ます。
「よく来た、若草。シン殿を頼むぞ」
白の魔法使いが起き上がりながら言いました。杖をフルートたちに向けると、フルートとゼンの体から蜘蛛の糸がちぎれて消えます。
ゼンはすぐに飛び出しました。
「こんちくしょう! 今度こそ、てめえをぶちのめす!」
とセイロスに殴りかかっていきます。ゼンに魔法は効かないので、セイロスは一歩下がってかわそうとしましたが、その顔が急に驚きの表情を浮かべました。先ほど焼き払ったはずの麦が、またいつの間にか足下に押し寄せて、セイロスの靴に絡みついていたのです。足を取られてよろめいたセイロスを、ゼンが殴り飛ばします。
けれども、セイロスは倒れかけた姿のまま、ぴたりと止まり、また起き上がってきました。その手には闇色の剣が握られています。ゼンはあわてて間合いの外へ飛びのこうとしましたが、今度はゼンの脚が動きませんでした。バランスを崩して、仰向けにひっくり返ってしまいます。
セイロスの後ろにランジュールが現れて、うふふっ、と笑いました。
「も一度、アーラちゃんの糸だよぉ。アーラちゃんは幽霊蜘蛛だから、ドワーフくんにも引きちぎれないだろぉ?」
セイロスが完全に起き上がってきました。顔に殴られた痕はありません。
「私は自分に手をかけた者を許さん」
冷ややかな声と共に、ゼンに剣が振り下ろされてきます。
そこへフルートが飛び込んできました。セイロスの剣をがっちりと受け止めて、ゼンをかばいます。手に握っていたペンダントは、今は左の手首に鎖を絡めてありました。
「光れ!」
と叫ぶと、魔石が金の光を放ちました。フルートと刃を合わせていた闇の剣が、まるで影が照らされたように薄くなって、ぱりーんと砕けます。
フルートは一瞬笑いました。
「やっぱり闇の剣は聖なる光に弱かったな――おまえ自身は光に強くても、武器がかなわないんだ」
セイロスは今度はフルートを見下ろしました。とたんに黒い光がフルートへ飛びますが、金の光がまた広がって、それを砕いてしまいます。
セイロスは、ちらりと目の中に憎しみをのぞかせました。
「いまいましい石だ」
次の瞬間、セイロスは金のペンダントをわしづかみにしました。フルートが、あっと思った瞬間、鎖がちぎれて奪われてしまいます。
「奴は金の石をつかめるのか!?」
駆けつけようとしていた四大魔法使いが驚きました。ペンダントは魔弾をまともに食らって吹き飛び、見えなくなってしまいます――。
けれども、次の魔法がフルートを襲う前に、四大魔法使いが到着しました。白と青の魔法使いが杖を上げてフルートを守り、赤の魔法使いはゼンにかがみ込んで蜘蛛の糸を消します。
飛び起きたゼンはフルートに並びました。拳を握ってどなります。
「こんちくしょう、いい加減あきらめろ、ぼけなす! こいつには俺たちがついてるんだからな! 味方がもう誰もいないてめえとは大違いだぞ!」
「あれぇ? セイロスくんにはボクがついてるんだけどぉ?」
とランジュールが横から言いました。なんとものんびりとした声です。
「それでもたった二人だろうが! こっちは何十、何百――いや、一万以上の味方だぞ!」
「二人じゃないよぉ。ちゃんとアーラちゃんもいるんだからさぁ。二人と一匹。数に入れるのを忘れないでよねぇ」
相変わらず緊迫感がないランジュールの肩で、チチチ、と大蜘蛛が鳴きました。こちらは笑っているような声です。
その時、彼らから離れた場所で、少女の歓声が上がりました。
「あったわ!」
ポポロが金のペンダントを手に身を起こしていました。はじき飛ばされた金の石を、魔法使いの目で探し出したのです。一緒に探していたメールが、犬たちを呼びます。
「ポチ、ルル、来とくれ!」
ワン! と犬たちが飛んできて、少女たちを背中にすくいました。まっしぐらにフルートへ飛んでいきます。そこへセイロスの魔法が飛びますが、四大魔法使いの防御魔法が砕きます。
「麦たち!」
とメールがまた言うと、ざざざ、と麦はセイロスの周囲に集まっていきました。茎や葉を伸ばし、セイロスを包みます。その間にポポロとルルはフルートへ急降下しました。ポポロがフルートへペンダントを投げます。
ところが、麦が急に赤く枯れ始めました。セイロスに生気を吸われたのです。セイロスを足止めすることができなくなります。
セイロスは腕を伸ばして、落ちてくるペンダントをつかもうとしました。フルートよりもセイロスのほうが身長があります。フルートより先にセイロスがペンダントをつかみそうになります。
そこへまたゼンが飛び出しました。セイロスに体当たりを食らわせて押し倒します。
その隙にフルートはペンダントをつかみました。すぐに彼もセイロスへ飛びかかり、紫の鎧を着た体に魔石を押し当てて叫びます。
「光を送れ、金の石!」
すると、ペンダントは猛烈に光り出しました。いつの間にか願い石の精霊も姿を現して、フルートの肩をつかんでいたのです。フルートの中を通り抜けた力が金の石へ流れ込み、光の奔流になってほとばしります。
周囲の人々は、そのまばゆさに目が開けていられなくなって、顔をそむけました。強すぎる光は、突き刺さるような痛みを感じさせます――。
ところが、光が収まると、その後にまたセイロスが現れました。ゼンに押し倒され、フルートに金の石を押しつけられていますが、聖なる光を食らってもダメージを受けた様子はありません。その体には赤いマントが絡みついていました。
やっほう! と歓声を上げて飛び上がったのはランジュールです。
「そのマント、ボクのフーちゃんの赤い頭が変化したヤツだねぇ!? 願い石と金の石が一緒に出す光を防げるように鍛えたんだよねぇ! マントの色が変わってたから、てっきり別のマントかと思ってたよぉ。うふふふ……いいねぇ。ボクが鍛えた魔獣が、マントになってもまだ強いだなんてさ!」
セイロスの上からフルートが吹き飛ばされました。ゼンとぶつかり、一緒になって地面に倒れます。
その間にセイロスは立ち上がりました。赤く輝くマントを背後に払いのけ、乱れて顔にかかった黒髪をかきあげます。押し倒された拍子に、セイロスも兜が外れて飛んだのです。同じように兜を失っているフルートを、冷ややかに眺めます。
「まったく、いつまでもあきらめの悪い連中だ。私にかなうはずがないことは、最初から決まっているというのに」
静かに聞こえる声の陰で、何かがざわりと音を立てていました。セイロスの背後で、黒いものがうごめき、急速に暗さを深めています。
あたりは日が暮れ、夕暮れのほのあかりが周囲に充ちていました。次第に暗くなっていく空の下、セイロスがいる場所だけは急に夜のように暗くなっていきます。
魔法使いたちはいっせいに顔色を変えました。セイロスがいる場所に巨大な闇が集まり始めたのです。先ほど、黒い魔法を使って周囲を吹き飛ばそうとしたときより、もっと大きな闇の力が集まっていきます。
それと共に闇の中でうごめき続けるものがありました。セイロスの黒髪です。いつの間にか背丈より長くなって地面を這い、ねじれながら持ち上がります。寄り集まった髪の毛は、別のものに形を変えていました。コウモリのような大きな四枚の翼が、セイロスの背後にばさりと広がります――。