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第21巻「ザカラス城の戦い」

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第27章 嵐

79.麦畑

 犬たちは、フルートの指示で丘の麓に急降下していきました。そこでは白、青、赤の魔法使いとシン・ウェイが、セイロスに向かって激しい攻撃を続けていました。セイロスが闇の障壁を張り巡らしているので、光の魔法はぶつかって砕けてしまいますが、それが煙幕代わりになって、赤の魔法使いやシン・ウェイの魔法攻撃を通過させるのです。ただ、それも繰り返すうちに、セイロスにかわされるようになっていました。膠着状態(こうちゃくじょうたい)に陥り始めています。

 魔法使いたちの後ろには、メールとポポロもいて、手が出せないことにやきもきしたり、涙を流したりしていました。フルートとゼンはその後ろに飛び降りると、少女たちを呼びました。

「ポポロ、メール、来てくれ!」

 少女たちはすぐに駆け寄ってきました。

「なにさ!?」

「あたしたちにできることはある……!?」

「セイロスに接近したいんだ。手を貸してくれ」

 とフルートは言うと、声を落としてひとしきり話をしました。

 ポポロがうなずきます。

「わかったわ。あたしが通れそうな方向を指示するわね」

 ところがメールは渋い顔になりました。

「あたいのほうはちょっと難しいな。セイロスを怖がって、花が全然言うこと聞いてくんないんだよ」

「全然か? 根性ある花はいねえのかよ?」

 とゼンが聞き返しました。

「ずぅっと呼んでるんだよ! それなのに、花はひとつも来ないんだったら!」

「そう言えば、このあたりに花はほとんど咲いていないわね」

「ワン、麦畑ですからね……」

 と犬たちも言うと、フルートが身を乗り出しました。

「君は最近は花以外のものにも呼びかけられるじゃないか。試してみてくれ」

 花以外のものに? とメールは目を丸くすると、改めて周囲を見回しました。そこは一面の麦畑です。彼女は木の葉を操ることもできましたが、木立もほとんど見当たりません。

 

 ところが、戦闘で踏みにじられて倒れた麦畑の中に、一群れ、すっくと伸びている麦の株がありました。早生(わせ)の麦穂が天に向かって伸び始めています。メールたちがいるところから、そう遠くない場所です。

 メールは、はっとすると、青麦へ駆け寄りました。身をかがめて話しかけます。

「今あたいを呼んだのはあんたたちかい……?」

 他の仲間たちに麦の声は聞こえませんが、メールは耳を傾けるように沈黙し、また少し話してから、仲間たちを振り返りました。

「すごいよ、この子たち! 大勢に踏まれて頭にきたから、あたいたちに協力するってさ。他の麦にも呼びかけてくれるって!」

 ほ、とゼンは感心しました。

「麦が反乱を起こす気でいるのか? そりゃまた頼もしい麦だな!」

 すると、その話を白の魔法使いが聞きつけました。横で攻撃魔法をくり出していたムヴアの魔法使いに言います。

「勇者殿たちに力を貸せ。大地の魔法だ!」

「タ」

 赤の魔法使いは即座にかがみ込むと、黒い手を地面に押し当てました。そのまま低く歌い始めます。自然の力を自分の体に取り込み、魔法の旋律と共に地面に送り込み始めたのです。

 すると、押し倒されていた麦が、ざわりといっせいに鳴りました。ゆっくりと地面から起き上がってきます――。

 メールは歓声を上げると、両手を挙げて呼びかけました。

「それじゃ行くよ、麦たち! 今回の戦いを引き起こした張本人は、あそこにいるセイロスって奴だからね! セイロスの足下をすくってやりな!」

 ざわざわざわ……ざざざざざ……

 起き上がった青麦が波打ち始めました。渦を巻くようにメールの周囲を巡ると、まっしぐらに進み出します。

 

 セイロスは自分に迫ってくる麦の波に気づきました。麦が次々と葉や茎を倒してなびく様は、まるで透明な大蛇が地面を這ってくるように見えます。

「見えない攻撃だな!」

 と彼は障壁を地面まで引き下ろしました。黒い闇の壁で攻撃を防ごうとします。

 ところが、麦の波は難なくその下をくぐり抜けました。ざざざ、と音を立てながら突進を続けるので、セイロスは舌打ちします。

「飽きもせず、またムヴアの術か」

 と横に飛びのき、魔法で大地を持ち上げます。土や岩でできた地面を砕くことで、自然魔法のムヴアの術を打ち消そうとしたのです。

 ところが、なびく麦はその上も乗り越え、崩れていく斜面を急降下してセイロスの足下に押し寄せてきました。麦が止まらないので、セイロスは驚きます。麦はその脚に絡みつき始めました。セイロスの周囲に渦を作り、靴と足を絡め取ります。

「攻撃しているのは麦か! さてはメールのしわざだな!」

 とセイロスはやっと気づきました。たちまち自分の周囲に大きな炎を広げて、麦を焼いてしまいます。

 ところが、その背後で風の音がして、がしゃん、と大きな金属音が上がりました。振り向いたセイロスが見たのは、至近距離に立つフルートとゼンでした。セイロスが麦に気をとられている間に、ポポロの誘導で、死角からセイロスの背後に飛び降りたのです。

 次の瞬間、ゼンは飛び出し、後ろからセイロスにつかみかかりました。両手首を捕まえ、後ろ手にねじり上げて動きを封じます。

「行け、フルート!」

 ゼンに言われて、フルートも飛び出しました。その手に握りしめているのは、剣ではなく、金のペンダントでした。聖なる魔石をセイロスに押し当てて、光を流し込もうとします。

 

 ところが、ポポロの声が響きました。

「離れて、ゼン、フルート!!」

 ただならない声に、フルートたちは反射的に飛びのきましたが、セイロスを捕まえていたゼンは、わずかに反応が遅れました。セイロスの髪がひと束よじれて、鋭い槍のように襲いかかってきます。

「ぐわぁ!」

 ゼンは胸当てにおおわれていない腕を髪の毛に突き刺されて、声を上げました。引き抜こうとして、たちまち崩れるように倒れてしまいます。

「ゼン!」

 駆け寄ろうとするフルートにも、セイロスから別の髪の毛が伸びてきました。フルートの体に絡みつき、兜が脱げていた顔まで這い上がってきます。まるで生き物のような動きです。

 そこへまたポポロの声が聞こえてきました。

「それは闇の触手と同じよ! 刺されたら生気を吸い取られるわ!」

 彼らとポポロの間では、まだ闇の障壁と聖なる魔法がぶつかり合って、火花を散らしています。ポポロの姿はこちらから見えませんが、彼女は魔法使いの目で透視をして呼びかけているのです。

 フルートはすぐに叫びました。

「金の石!」

 フルートの手の中でペンダントが強く輝きました。とたんに髪の毛がほどけて離れていきます。フルートはゼンのほうへ走りました。また金の光を浴びせかけ、髪の毛が離れていくと、ゼンに金の石を押し当てます。

「ゼン! ゼン、しっかりしろ!」

「……大丈夫だ。生きてらぁ」

 すぐに返事があって、ゼンがフルートを見上げてきました。ふてぶてしい表情はいつも通りですが、顔が死人のように青ざめていました。生気を吸い取られてしまったので、すぐには立ち上がることもできません。

 

「休んでろ」

 とフルートは言って立ち上がりました。右手に炎の剣、左手に金の石を握って、セイロスに向き直ります。

「どんなに人間のように見せていても、やっぱりおまえは怪物なんだな、セイロス。人の生気をすすって生きる闇のものなんだ」

 ふん、とセイロスは笑いました。

「私は人間だ。見てわからないか。生気を吸ったのは、私の中にいるデビルドラゴンだ。願い石は私に世界の王にすることを約束した。そのために私にデビルドラゴンを与えたのだ。奴の力を使って、この世界をひとつにまとめ上げろ、とな」

 フルートは思わず目を細くして相手を眺めました。以前戦った魔王たちが、これと同じことばを言ったことを思い出したのです。彼らにはセイロスとひとつになったデビルドラゴンが宿っていました。闇の竜の力で世界を統べる(すべる)という考え方は、そもそもはセイロスのものだったのかもしれません。

 すると、ゼンが地面の上で口を開きました。

「てめえは世界の王になんかなれねえよ、セイロス……てめえは全然王の器じゃねえ」

 じろり、とセイロスはゼンをにらみました。とたんに大量の魔弾がゼンに降り注いだので、フルートは思わず声を上げます。

 けれども、魔弾が跳ね上げた土煙が収まると、その中からゼンが無傷で現れました。しかも、ゆっくりと立ち上がってきます。

「俺には魔法は効かねえって、何度言わせりゃ気がすむんだ、阿呆(あほう)」

「ゼン、大丈夫か?」

「おう、俺の生命力は底なしだ。もう元気になってきたぜ」

 そう答えるゼンは、本当にもう顔色が良くなり始めていました。人並み外れた回復力です。

 

 すると、そこへランジュールが飛んできました。セイロスの横に下りてくると、透き通った肩をすくめて見せます。

「だぁめだ、セイロスくん。多勢に無勢(たぜいにぶぜい)ってヤツぅ。ぼくのトウちゃんたちより、敵の本隊のほうが数が多いんだからさぁ。影分身したトウちゃんたちは、あらかた倒されちゃったよ。ぜぇんぜん、かなわない――」

 かけつけてきた連合軍の本隊には、怪物と戦い慣れたザカラス国の兵士が大勢いました。彼らは複数で一匹のカマキリを取り囲むと、鎖や縄を上手に使って動きを封じ、鎌をたたき切った上で、カマキリを切り倒していったのです。騎馬隊に踏みつぶされたカマキリも少なくありません。生き残ったカマキリが、これはかなわないと空に逃げ出すと、魔法軍団の魔法が追いかけてきてそれを燃やしました。何千匹もいたカマキリが、あっという間に全滅してしまったのです。

「こんなことなら分身させなきゃよかったかなぁ。でもねぇ、大きいままだと勇者くんたちには勝てなかったしさぁ、分身から元に戻すのにも時間がかかったしねぇ……」

 とランジュールはぶつぶつと敗因を分析しています。

 セイロスは目の前のフルートたちをにらみつけました。

「ひ弱な人間どものくせに」

 すかさずゼンは言い返しました。

「てめえはついさっき、自分は人間だと言ったぞ。そんなら、てめえもひ弱だろうが!」

 そこへ、火花を散らす障壁を抜けて、二つの魔法が飛んできました。赤い光とユラサイの竜のような稲妻が一つに合わさり、赤い竜になってセイロスの咽を貫きます。

 それと同時に激しい爆発が起き、セイロスが張っていた障壁が音を立てて崩れていきました――。

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