「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第21巻「ザカラス城の戦い」

前のページ

78.乱戦・2

 空からカマキリの大群が舞い降りてきたので、地上は大騒ぎになりました。カマキリは先ほどよりずっと小さな体ですが、それでも人と同じくらいの大きさがありました。人々の前に下りてきて鎌をふるうと、風が起きて、人の体を防具や服ごと切り裂いてしまうのです。たちまち血しぶきが飛び、大勢の悲鳴が上がります。

「魔法軍団、皆を守れ!」

 と白の魔法使いが叫びました。彼女を始めとする四大魔法使いとシン・ウェイは、セイロスを攻撃するので手一杯になっていたのです。

 ロムドの魔法軍団は人々の間で戦い始めました。撃ち出した魔法はカマキリに切り裂かれてしまうので、至近距離から魔法の杖で攻撃します。リリーナも若草色の衣をひるがえしながら、杖でカマキリを殴り倒していきます。

 けれども、襲ってくる虫は何千匹もいて、四十人足らずの魔法使いだけではとても退治しきれませんでした。ロムド兵、ザカラス兵、ザカラス市民、北のトマン国の兵――人々がカマキリに切られて次々倒れていきます。カマキリは捕虜になっていた島の戦士にさえ襲いかかっていました。敵も味方も見境なしです。

「やめろ!」

「こんちくしょう! 何しやがる、ランジュール!」

 とフルートとゼンは叫びました。

「ワン、フルート、みんなが殺されます!」

「カマキリがみんなの間にいるから、吹き飛ばせないのよ!」

 と犬たちも上空を旋回しながら叫びました。ルルご自慢の風の刃も、敵味方が入り乱れているこの場所では使うことができません。

 

 ワルラ将軍やオリバンたちがいる場所も、カマキリに襲われていました。先に魔法の爆発に吹き飛ばされた際の怪我は、一緒にいた司祭長のニーキが癒やしていたので、剣を構えてひとかたまりになっています。その輪の中心にはトーマ王子とドラティ宰相が守られていました。輪の外ではセシルが呼んだ管狐が、飛び跳ねながら敵を追い払っています。その大きな体にもカマキリは取りつき、鎌を振るっていました。狐の灰色の毛並みが次第に紅く染まっていきます。

「殿下、危ない!」

 オリバンにカマキリが鎌を上げるのを見て、ワルラ将軍が飛び出しました。振り下ろされる前に、鎌を切り落とします。すると、カマキリがまた新しい鎌を出しました。今度はワルラ将軍へ振り下ろします。

「いけない!」

 ニーキ司祭長はとっさに障壁を張りましたが、それは紙のように切り裂かれてしまいました。真空の風がワルラ将軍に襲いかかって、濃紺の鎧に深い傷を刻み、脚に怪我を負わせます。

「下がれ、将軍!」

 とオリバンは叫びましたが、将軍は逆に前に出ると、カマキリを頭から真っ二つにしました。カマキリは闇の怪物ではなかったので、切られるとそのまま動かなくなります。

「ワルラ将軍!」

「司祭長、早く手当を――!」

 オリバンとセシルがかばうように前に出ますが、新たなカマキリが襲ってきて鎌を振ったので、あわてて飛びのきました。その足下の地面に傷が走ります。彼らの剣が届く前に、カマキリの攻撃が飛んでくるので、近づくことができません。

 

 セイロスへ魔法攻撃を続ける四大魔法使いの後ろで、メールは腹を立てていました。戦場はランジュールが送り込んだカマキリで大混乱です。なんとか追い払いたいと思うのに、メールがいくら呼びかけても、花が飛んでこないのです。

「まったくもう! どうしてこの辺の花たちって、こんなに意気地ないのさ! セイロスと戦え、なんて言ってないじゃないか! カマキリを捕まえろって言ってるんだよ!?」

 とわめきますが、やはり花は飛んできません。

 その隣で、ポポロは泣きながら四大魔法使いやシン・ウェイを見ていました。この状況でも、彼らはセイロスへの攻撃をやめません。攻撃を中断したら最後、セイロスまでが混乱に乗じて反撃を始めるとわかっていたので、やめるわけにはいかなかったのです。

 彼らの焦る気持ちが痛いほど感じられるのに、ポポロにはやっぱり何もできませんでした。太陽は西の丘を血のような色で染めながら沈んでいきます。この太陽が東に巡り、また空に昇ってくるまで、彼女は魔法が使えないのです。自分の無力さに、涙があふれて止まりません。

 

「ポチ、ルル!!」

 フルートとゼンは犬たちを呼び、その背中に飛び乗って空に舞い上がりました。いたるところでカマキリが人に襲いかかっているのを見て、フルートが拳を握りしめます。

「どうしたら追い払えるんだ!? どうしたら――!?」

 彼は炎の剣と金の石を持っていますが、そのどちらも、カマキリの大群には使えません。カマキリを焼き払おうとすれば、他の人々まで巻き込んでしまうし、聖なる金の光は、カマキリには効果がないのです。

 すると、すぐ近くの空で、うふふっと笑い声がしました。

「ねぇ、ボクの言う通りだろぉ? 超強力ってわけでもない敵がぞろぞろ出てきて、周りの人たちを襲うだけなんだけどさぁ。勇者くんたちって、案外こぉいう攻撃に弱いんだよねぇ。他の連中なんて見殺しにして、セイロスくんだけに攻撃していけばいいのに、それができないんだからさぁ。ほぉんと、優しすぎる、ゆ・う・しゃ」

 ランジュールは弾むような声で言って、一つだけの目で、ぱちん、とフルートにウィンクしました。からかっているのです。

 フルートは握りしめた拳を震わせましたが、やはりこの状況をどうしたら良いのかわかりませんでした。ゼンがルルの上でわめきます。

「ちっきしょう! 俺があのカマキリと同じ数だけいたら、全部片っ端からぶっとばしてやるのによ!」

 けれども、もちろんそんなことができるわけはありません。地上の混乱はますますひどくなります。

 不意に、ちりっとフルートの身の内が熱くなりました。心の奥底から声が聞こえてきます。

「それがそなたの願いか、フルート?」

 願い石の精霊の問いかけです――。

 

 とたんに地上のポポロが顔を上げました。頭上の風の犬に向かって鋭く言います。

「だめよ、フルート! 願ってはだめ!」

 その声は仲間たち全員に聞こえました。メールがぎょっと空を見上げ、ゼンとルルはフルートを振り向きます。フルートの体は赤い光に包まれ始めていました。ポチが身震いして叫びます。

「ワン、だめですよ、フルート! 願い石に願ったって、みんなを助けることにはならないんだから!」

「この馬鹿野郎!」

 とゼンもフルートに飛びつきます。それでようやくフルートも我に返り、夢から覚めたように、目の前のゼンを見ました。フルートの体から赤い光が消えていきます。

「あららぁ、勇者くんったら、願い石に願おうとしてたんだぁ。こぉんなつまんない状況のためにぃ? ほぉんと、優しすぎる勇者って、命がいくつあっても足りないよねぇ」

 とランジュールが言って、くすくすと笑いました。意地の悪い笑い声です。

 

 すると。

 ウポォォー……と長い音が戦場に響きました。角笛の音です。

 それを聞くことができた人々は、思わず周囲を見回しました。音がどこから聞こえてくるのか、確かめようとします。

 ランジュールも首をかしげました。

「今のって、セイロスくんが決めた、うちの軍の合図じゃないよねぇ? っていうか、今さら角笛吹いたって、駆けつけてくる味方なんていないもんねぇ? とすると、ザカラス城から新手が出てきたのかなぁ?」

 どれ偵察、とランジュールは空高い場所まで昇っていきました。ザカラス城の方向を眺めますが、そちらから敵がやってくる様子はありませんでした。あれ? と幽霊は首をひねります。

 そこへ、別な方角からまた角笛が聞こえてきました。今度は複数の角笛をいっせいに吹き鳴らす音です。そちらを振り向いて、ランジュールは目を丸くしました。

「えぇ? ちょ、ちょっと、それって――ホントにぃ!?」

 彼が見たのは、東側の丘を越えて押し寄せてくる大軍勢でした。数え切れないほどの騎兵が丘を駆け上り、頂上を越えて駆け下っていきます。その後ろには歩兵の大軍が続いていて、やはり丘を駆け上っていました。歩兵の集団の後ろにはまた新たな騎兵と歩兵が続き、その後ろにまた騎兵と歩兵。その後ろには馬車の集団までついてきています。軍勢の装備の色や旗印は様々です。

「な、なにさぁ、この大軍!? 敵なのぉ!? でも、どこから……!?」

 驚きうろたえるランジュールを見て、フルートたちも上空に飛び上がりました。迫ってくる軍勢を見て、犬たちが歓声を上げます。

「ワン、あれは――!」

「私たちの本隊よ!」

 部隊の間でひるがえっているのは、ロムド国やザカラス領主の旗印でした。彼らがロムドからザカラス城を目ざす道すがら、ザカラスの領主たちに呼びかけて集めた軍勢が、戦場に到着したのです。

「おい、先頭を走ってるのはゴーリスだぞ!」

 と目の良いゼンが言いました。フルートも味方の大軍の到着に喜びましたが、同時にとまどっていました。

「本隊は、ぼくたちが三度目の合図を送ったら動くことになっていた。それなのにどうして――?」

 

 地上でもワルラ将軍たちが本隊の到着に気づいていました。

「ゴーラントス卿か!? 援軍が到着したのか!」

 オリバンが言っているところへ、ついにゴーリスが馬で駆けつけてきました。黒い面おおいを上げて、オリバンたちに言います。

「合図があったので、本隊を率いて駆けつけてきました! ご無事でなによりでした、殿下、将軍!」

 合図があった? と司祭長の手当を受けていた将軍も驚きました。フルートたちは空に二度、光の合図を打ち上げたので、それを見てワルラ将軍の第一陣と第二陣は出動しました。けれども、本隊に出動を告げる三度目の合図は、まだ空に打ち上げられてはいなかったのです。

 すると、セシルが突然手をたたきました。

「あれだ――! 先ほど、白の魔法使いが魔法軍団の光を魔法を集めて、操り兵を解放するために撃ち出したではないか! ゴーラントス卿はその光を見て、本隊出動の合図だと思われたのだろう!」

「では、我々は大変な誤解を?」

 思わず顔色を変えたゴーリスに、オリバンは力強く笑って見せました。

「いいや、これ以上ないほど絶妙な到着だったぞ、ゴーラントス卿! 我々は援軍を求めていたのだ!」

「ゴーラントス卿、ただちに本隊にカマキリ退治を命じてください! 何千匹といるのです!」

 とワルラ将軍も言います。

 ゴーリスは戦場で暴れ回るカマキリを見ると、すぐに答えました。

「我々は一万を越している。数なら負けません」

 ゴーリスのすぐそばに従っていた伝令兵が、角笛を高く吹き鳴らしました。戦闘開始の合図です。

「敵はカマキリの怪物だ! 一匹残らず退治しろ!」

 ゴーリスはそう叫んで、先陣を切って駆け出しました。オリバンたちめがけて飛んできたカマキリを、大剣で切り払います――。

 

 戦場に到着した本隊がカマキリを相手に戦い始めたのを見て、空のフルートとゼンはは安堵しました。

「これでこっちは大丈夫だな」

 とゼンが言ったので、フルートはうなずき、目を戦場の一角に転じました。小高い丘の麓では、魔法使いたちとセイロスの戦いが続いていたのです。ぶつかり合う魔法が、激しい火花を散らしています。

「ポチ、ルル、あそこへ!」

 とフルートに言われて、犬たちは丘の麓に急降下していきました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク