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第21巻「ザカラス城の戦い」

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77.乱戦・1

 どうにかしてルルたちを変身させてください、と切羽(せっぱ)つまった声でフルートから言われて、四大魔法使いとシン・ウェイは思わず悩みました。

 ルルやポチが風の犬に変身できないのは、この場所がセイロスの魔力の支配下にあるからでした。セイロスは丘の麓に立って、ランジュールと大カマキリが戦う様子を眺めています。自分からは何もしていませんが、その場所から彼らのいるところに向かって、変身を打ち消す闇魔法がずっと放たれているのです。それを止めない限り、犬たちは変身することができません。

「全員の魔力を合わせれば、止められますかな?」

 と青の魔法使いが言うと、シン・ウェイが首を振りました。

「無理だろう。奴に届く前に、あのカマキリが術をたたき切るに決まってる」

「チド、ラ、ツ、ル」

 と赤の魔法使いが言ったので、白の魔法使いがうなずきます。

「そうだ。一度失敗しただけで、奴は勇者殿の意図に気がつく。失敗するわけにはいかない――」

 女神官は戦場を見渡しました。踏みにじられた麦畑、丘の麓にいるセイロス、空に浮かぶ大カマキリ。ランジュールはまだゼンやメールと言い合いを続けています。フルートは犬たちと一緒にじっとこちらを見つめていました。その目にあるのは、揺らぐことがない信頼です。魔法使いたちが必ず何とかしてくれる、と信じているのです。

 女神官は小さく笑いました。仲間の魔法使いだけに聞こえる声で言います。

「信頼に応えられるようでなければ、魔法使いを名乗る価値はないな――。我々の魔法を合わせて、奴の闇魔法を断つぞ」

「打ち合わせている暇はありません。指示してください、白」

 と武僧の魔法使いが言います。

「私が魔法を撃ち出す。そこに全員が魔法を載せろ」

「了解」

「タ」

「及ばずながら、俺もやらせてもらうぞ」

 仲間たちの同意を聞きながら、白の魔法使いは杖を掲げました。

「行け!」

 と輝く魔法攻撃を撃ち出します。青の魔法使い、赤の魔法使いの魔法がそれを追いかけて合わさり、さらにシン・ウェイの呪符から生まれた魔法が追いついてきます。それは巨大な稲妻の魔法でした。セイロスに向かってまっすぐに飛んでいきます。

 

「おぉっと、何を始めたのさぁ、お姐さんたち!?」

 とランジュールは飛び上がると、大カマキリに命じました。

「オットウちゃん、あれを切断!」

 ぶぶん、とカマキリが羽音を立てました。あっという間に魔法の稲妻に追いつき、鎌をふるいます。

 しゅぱん。

 鋭い音と共に、大きな稲妻は真っ二つになりました。そのまま、その場所で爆発を起こします。ああっ! とゼンやメールが声を上げます。

 すると、白の魔法使いがまた叫びました。

「勇者殿、今です!」

 えっ? と驚くルルの横で、ポチが低く身構えました。

「ワン、変身できるようになったんだ! ルル、早く!」

 その体が見る間にふくれあがって大きくなっていきました。輪郭が崩れ、白い幻のような風の獣が現れます。

 それを見て、ルルもすぐに変身しました。二匹の風の犬が空に舞い上がっていきます。

「な……なんで今ので奴の魔法を断ち切れたんだ? 俺たちの術は奴に届かなかったのに」

 とシン・ウェイが驚くと、青の魔法使いがにやりとしました。

「白は、奴が送り出している闇魔法に、真っ正面から魔法を撃ち出したのですよ。そこへカマキリが鎌で切りつけたから、我々の魔法と一緒に奴の魔法まで断ち切ってしまったのです」

「ガ、シロ!」

 と赤の魔法使いが言いました。さすがはリーダーだ、と感心したのです。

 白の魔法使いはたたみかけるように言いました。

「安心するのは早い! セイロスに集中攻撃! 奴にもう一度魔法を使わせるな!」

 白、青、赤の魔法攻撃が、またセイロスに向かって飛び始めます。

 

「ちょぉっとぉ! セイロスくんを集中攻撃だなんて、ホントに何やってるのさぁ、キミたち!? オットウちゃん、早くあれを切っちゃって――」

 ランジュールがわめいているところへ、ポチとルルが飛んできました。うなりを上げながら大カマキリを取り囲み、セイロスのほうへ飛べないようにします。

 チチチ。カマキリは甲高い声を上げると、犬たちへ向かって行きました。鋭い鎌を振り下ろして、ポチを真っ二つにします。

 けれども、ポチの体はすぐにつながり合って一つに戻りました。魔法まで切り裂ける鎌ですが、風を切ることはできなかったのです。ポチはつむじを巻いてカマキリを取り囲みました。次第に風の渦を狭めていきます。

 ランジュールは叫びました。

「オットウちゃん、上は開いてるよぉ! そっちに脱出!」

 ぶぶん。

 カマキリは命令通り上に向かって飛んで、ポチが作る渦を抜け出しました。が、そこではルルが待ち構えていました。巨大な犬の顔が牙をむきます。

「あのね、切り裂く風なら私のほうがずっと慣れているのよ。先輩の風の刃がどんなものか味わってみなさい」

 とルルは大カマキリへ急降下していきました。勢いをつけたまま、カマキリの目の前で身をひるがえします。とたんに鋭い風が押し寄せ、カマキリの鎌が二本とも断ち切れます――。

 

 セイロスには四大魔法使いの魔法が押し寄せていました。セイロスが障壁を周囲に張ったので白と青の魔法が砕けて火花になります。

 ふん、とセイロスは鼻で笑いました。

「これしきの魔法で邪魔しているつもりか」

 と新たな闇魔法を繰り出そうとします。セイロスは防御魔法と攻撃魔法を同時に使えたのです。

 ところが、火花の間をすり抜けて、赤い光が飛んできました。セイロスの肩を撃ち抜きます。

 ぐっとセイロスは自分の肩を押さえました。赤の魔法使いのムヴアの術が、障壁をくぐり抜けてきたのです。傷は一瞬で治りましたが、セイロスの顔に浮かんだ怒りは消えませんでした。

「生意気な連中め――よくも私に傷を負わせたな!」

「じゃあ、もう一発だ」

 とシン・ウェイも呪符を投げました。輝く稲妻が現れ、小さな竜のように身をくねらせながらセイロスへ向かっていきます。そこへ青の魔法使いの魔法が飛んで、障壁にぶつかりました。砕けて広がった青い火花が、シン・ウェイの稲妻を隠します。

 セイロスは稲妻を見失い、次の瞬間、思いもかけない方向から稲妻の直撃を食らいました。左脚を撃ち抜かれてよろめきます。

「よっしゃぁ!」

 シン・ウェイは片手を上げて、援護してくれた青の魔法使いと手をたたきました。ついでに、赤の魔法使いとも、ぱん、と手を合わせます。

「いい連係だ。このまま攻め続けるぞ」

 と白の魔法使いは言って、さらに魔法をくり出し続けました。彼女の光の魔法はセイロスの障壁を破ることはできませんが、セイロスの視界をさえぎる煙幕代わりになります。赤の魔法使いやシン・ウェイは、ムヴアの魔法やユラサイの術でセイロスに攻撃を続けます。青の魔法使いは煙幕役に加わります。

 

 あっちゃぁ、とランジュールは声を上げました。

「もしかして、これってものすごぉくまずい状況じゃなぁい? セイロスくんは魔法使いたちの集中砲火を食らってるし、オットウちゃんは鎌をなくしちゃったしさぁ。っいうてか、ボクのかわいいオットウちゃんをいじめないでよねぇ。せぇっかく、東の最果てのヒムカシまで行って、鍛え上げてきたのにさぁ」

「ワン、ヒムカシに?」

 空中のポチがその声を聞きとがめました。ヒムカシは小さな島国ですが、強力な魔獣を数多く生み出している場所です。思わず用心する気持ちになりますが、ルルは気にとめませんでした。

「さあ、本物の風の刃の切れ味はわかった!? 今度はその体を真っ二つにする番よ!」

 と、また大カマキリへ急降下します。

 とたんにランジュールが言いました。

「オットウちゃん、隠し鎌!」

 すると断ち切られたはずのカマキリの鎌がまた現れました。下りてくるルルへ鋭く振ります。

「ワン、危ないルル!」

 ポチはルルに横から体当たりを食らわせました。風の体が弾かれ、カマキリの鎌が生んだ真空の風がポチの尾を切ります。そのまま急降下を続ければ、ルルは頭から真っ二つにされ、大切な風の首輪まで切られて変身が解けてしまうところでした。

「あれぇ、残念! ワンワンちゃんを一匹片付けられると思ったのになぁ」

 とランジュールは肩をすくめ、すぐに、うふん、と笑います。

「ヒムカシの国にはねぇ、ニンジャっていう、特別な人たちがいるんだよぉ。まあ、間者の一種なんだけどさぁ、いろいろ隠し道具を持ってるし、不思議な術も使えるんだよねぇ。たとえば、こんなのとかね」

 幽霊は透き通った手をひらひらとカマキリへ振りました。

「はぁい、オットウちゃん、影ぶんしぃん!」

 

 すると、空中にいた大カマキリの体が、二つになりました。切り裂かれたのではありません。まったく同じ形のカマキリ二匹になったのです。さらにそれが四匹、八匹、十六匹……と数が増えていきます。

「な、なに、あれ? どんどん増えていくわよ?」

 とルルが驚くと、ポチが言いました。

「ワン、ランジュールはきっと、影分身って言ったんだと思う。要するに分身の術だ」

「でも、どんどん小さくなっているわよ?」

 とルルはいっそう驚いています。そのことば通り、分裂するたびにカマキリの体は小さくなっていたのです。やがて人くらいの背丈になると、数千匹の集団で、ぶぶぶぅん、と羽根を鳴らします。

 ランジュールは、にこにこしながら言いました。

「ボクだって、だてに勇者くんたちと戦ってきてるわけじゃないもんねぇ。少し小さくなっても、数が多いほうがいいって場合もあるんだなぁ。しかも、勇者くんたち以外の人間を攻撃したほうが効果的、ってのもお約束だしね。さあ、トウちゃんたち、そこらへんにいる人たちを片っ端から襲っちゃってぇ! もちろん、倒した人間は後で食べていいからねぇ、うふふふ」

 楽しそうなランジュールの声を背景に、何千というカマキリは地上の人々へ襲いかかっていきました――。

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