「ランジュール、自慢の魔獣で連中を倒せ!」
とセイロスから命じられて、幽霊の青年は空中で、んん? と首をかしげました。口を尖らせて言い返します。
「あのねぇ、セイロスくん。キミってば幽霊使いが荒いと思うよぉ。強い魔獣を探して世界中を飛び回って、疲れて戻ってきたボクに、いきなり戦えだなんてさぁ」
「幽霊が疲れたりするものか。この状況が見てわかるなら、さっさと魔獣をここに出せ!」
とセイロスがまた言ったので、ランジュールは改めて周囲を見回しました。セイロスと向き合っているフルートとゼン、少し離れた場所で白と青の魔法使いに守られているメールとポポロと犬たち、そしてシン・ウェイと赤の魔法使い、さらに離れた場所から見守っているワルラ将軍やオリバン、トーマ王子やセシルたち、また別な場所に集まってこちらを見ている大勢の兵士や人々――
ふぅん、とランジュールはつぶやきました。
「ボクはセイロスくんの近くに出てこようと思ったんだよねぇ。そしたら、そこは城の外で、しかもセイロスくんは勇者くんたちとにらみ合ってた、と。しかも、あそこにいるのはロムドの兵隊さんたちで、ロムドの皇太子くんも婚約者のお姫様と一緒にいたりなんかして、アマリル島の兵隊たちはみんな縛られてて、操り兵はもう操られた顔をしてない、と……。よぉするに、これはこういうことだよねぇ。セイロスくんは勇者くんやロムドの人たちに負けて、ザカラス城から追い出されちゃったんだ。しかも、周りに味方は全然いなくなっちゃってるんだねぇ。もぉ、しょぉがないなぁ、セイロスくんったら」
ランジュールがずけずけと言うので、セイロスはたちまち眉をつり上げました。
「追い出されたのではない。無用になった兵や城を捨てたのだ」
「そぉいうのを負け惜しみって言うんだよぉ。どんなに取り繕ったって、負けてることには変わりないんだからさぁ。でも……うふふ、確かにボクの魔獣を出すには絶好の舞台かもね。こぉんなにたくさんの敵に囲まれてて、さあ逆転できるならしてみせろ、って設定だもんねぇ」
ランジュールの声が次第に楽しそうになってきたので、フルートとゼンは思わず身構えました。のんきそうに見えていても、この幽霊の本性はセイロスに劣らず残酷です。絶対に魔獣をくり出してくるに違いありません。
そこへメールたちがシン・ウェイや四大魔法使いと共に駆けつけてきました。フルートたちと一緒になって空を見上げます。
うふふふ、とランジュールはまた笑いました。
「ボクの魔獣が期待されてるよねぇ。ボクの愛する勇者くんと皇太子くんもここに揃ってることだしさぁ。うん、やっぱり魔獣を出してみせるのが、礼儀ってものだよねぇ」
一人でしゃべり、ひとりで納得をして、幽霊は人差しと中指を立てました。空中でくるくるっと円を描くと、ちゅっと指先で投げキッスをして呼びかけます。
「さぁ、出ておいでぇ、ボクのかわいいオットウちゃん! みぃんなに御披露目(おひろめ)だよぉ!」
とたんに空中に大きな影が見え始めました。たちまち形をはっきりさせていきます。
それは全身薄緑色をした巨大な昆虫でした。逆三角形の頭に大きな二つの丸い目が載り、くびれた細い体の背中では細長い四枚の翼が震え、前脚は大きな鎌の形をしています――。
勇者の一行は驚きました。
「なんだよ! またカマキリじゃねえか!?」
「オットウなんて言うから、オットセイでも出すのかと思ったらさ!」
「やだ、でも、すごく大きいんじゃない!?」
「ワン、前のカマキリの十倍以上ありますよ! ゴーレムより大きいくらいだ!」
ふふふふふ、とランジュールは満足そうに笑いました。
「やったぁ、みんな驚いたね。このコは前からボクと一緒にいたカマキリのトウちゃんだよぉ。強い魔獣を探し回ったんだけど、いまいちボクの目にはかなうヤツがいなかったから、トウちゃんを鍛えて、もぉっと強くしたのさぁ。発想の転換ってヤツね。前よりおっきな体になったから、名前もオットウちゃんに変えたんだよぉ。うふふふ……」
一同はあっけにとられてしまいました。ランジュールの行動は、いつも彼らの意表を突きます。
すると、フルートが叫びました。
「気をつけろ! あの鎌で切られたら大被害だぞ!」
とぼけた名前をつけられていても、カマキリの鎌は鋼の刃のように鋭く光っていたのです。白、青、赤、三人の魔法使いがすぐに杖を掲げて障壁を張ります。
「ふふ、そんなものが効くかなぁ?」
ランジュールは笑い、空からカマキリが急降下してきました。全長が二十メートル以上もあるので、その鎌も数メートルの大きさがあります。それをフルートたちに向かって振ると、ぶんっと音がして、全員がいっせいに倒れました。鎌が魔法の障壁を切り裂き、まるで強烈な風が吹いたように、人々を吹き飛ばしてしまったのです。
「障壁が破られた――!?」
魔法使いたちは驚き、跳ね起きてまた杖を掲げました。白の魔法使いと青の魔法使いが聖なる魔法を重ねてまた壁を作り、赤の魔法使いがムヴアの術でそれを強化します。セイロスの闇攻撃にも破ることができない防壁を作りますが、巨大なカマキリが鎌を振ると、壁はまた破れてしまいました。再び見えない圧力が押し寄せてきて、全員が倒れます。
「魔法が――切られてるわ――!」
とポポロが地面から顔を上げて叫びました。彼女の魔法の目には、大カマキリが魔法を紙のように切り裂いている様子が見えていたのです。
「魔法が切られる? 奴は光の魔法を切ることができるのか?」
とシン・ウェイは言い、懐から呪符を投げました。光の魔法が効かなくても、ユラサイの術なら効果があるのでは、と考えたのです。呪符が鋭い稲妻になって飛んでいきます。
ところが、カマキリは稲妻も鎌で断ち切りました。二つに分かれた稲妻が、見守っていたワルラ将軍やオリバンたちの元へ飛んでいきます。
「危ないっ!」
彼らはとっさによけようとしましたが、稲妻は至近距離で破裂しました。ワルラ将軍もオリバンもセシルも、トーマ王子もドラティ宰相もニーキ司祭長も、彼らを乗せた馬までも、すべて吹き飛ばされて地面に倒れます。
「あれぇ、オットウちゃん、あっちへ攻撃を飛ばしちゃダメだよぉ。あっちには愛しの皇太子くんがいるんだから。ボクが殺してあげる前に死なれちゃったら、つまらないからねぇ」
とランジュールが大カマキリに注意します。
この様子を見ていた魔法軍団やロムド軍の兵たちは、心底驚きました。この場所にいるのは、ロムドの四大魔法使いの三人と、金の石の勇者の一行と、ロムド軍総大将のワルラ将軍、皇太子のオリバン殿下――そうそうたる顔ぶれのはずなのに、突然現れた大カマキリには、まるで歯が立たないのです。
「勇者たちと隊長たちをお助けしろ!」
「殿下をお守りするんだ!」
と多くの魔法使いと兵士たちがいっせいに動き出しました。カマキリの怪物を前にひるむ兵はありません。ザカラス兵も、自分たちの皇太子や宰相が吹き飛ばされたのを見て、血相を変えて駆けつけようとします。
フルートは地面から跳ね起きて叫びました。
「よせ、来るな! 危険だ――!」
けれども、その警告は間に合いませんでした。大カマキリは、今度は駆け寄る兵士たちへ鎌をふるったのです。ぶん、と音がしたと思うと、まだ離れていた兵士たちが吹き飛ばされ、血をまき散らしました。着ていた防具が切り裂かれ、その下の体にまで傷を負ったのです。地面はたちまち怪我人でいっぱいになってしまいます。
「ランジュール……!」
フルートは思わず歯ぎしりしました。うふん、と幽霊の魔獣使いが満足そうに笑います。
「そぉ、オットウちゃんの攻撃は離れていたって届くし、魔法も切り裂いちゃうんだよ。すごいだろぉ? キミたちにはとっても防げないよねぇ? うふふふ……」
大カマキリがまた空中から急降下してきました。今度は操りから解かれた人々の集団に迫り、ぶん、と鎌をふるいます。こちらには鎧さえ着ていないザカラス市民が大勢混じっていたので、被害は甚大でした。大勢が見えない刃に切り裂かれて、血を流しながら倒れます。
「やめろ!」
とフルートはまた叫びました。魔法軍団の魔法使いたちが立ち上がって攻撃を繰り出しますが、カマキリの鎌で切り裂かれ、空中で爆発してしまいます――。
すると、フルートの足下に倒れていたルルが、頭を上げて呼びました。
「フルート……フルート、ちょっと聞いて……」
「なに?」
フルートは振り向き、ルルが内緒話をしたがっていることに気づいて、かがみ込みました。その耳元にルルが言います。
「あのカマキリの攻撃、私が使う風の刃と同じようなものだと思うのよ……。鋭い刃で真空の渦を作って、相手を切り裂いているんだわ。だから……」
ルルは吹き飛ばされたときに、どこかに怪我をしたようでした。急に、くぅ、と苦しそうにうなってから、すぐにまた続けます。
「なんとかして、私を風の犬に変身させて……。同じ風の刃なら、あいつに対抗できるかもしれないから……」
そこにポチも割り込んできました。こちらも怪我を負っていますが、きっぱりと言います。
「ワン、それならぼくも変身させてください。風の刃は使えなくても、ルルの援護はできますよ」
フルートが犬たちと話していることに、ランジュールが気づきました。
「ちょぉっと、キミたち、そこで何をこそこそ相談してるのさぁ!? ボクのオットウちゃんに抵抗できるとでも思ってるのぉ!?」
フルートはランジュールを無視して立ち上がると、負傷している仲間たちへペンダントを向けました。
「光れ!」
金の光が輝いて仲間たちを包み、倒れたときの傷や打撲を癒やしました。ゼンとメールが跳ね起きてどなり始めます。
「ランジュール、この野郎! これ以上好き勝手なことさせねえぞ!」
「そうさ! あんたたちなんて、けちょんけちょんにやっつけてやるんだからさ!」
「へぇ、どぉやってぇ? ドワーフくんはボクたちがいる空には来れないし、セイロスくんがそばにいるから、海のお姫様も花は使えないだろぉ? 手も足も出ないってのは、このことだよねぇ。うふふふ」
ランジュールが余裕たっぷりに笑います。
けれども、そのおかげでフルートたちからランジュールの注意がそれました。ゼンたちがまたどなり、ランジュールがそれに言い返している間に、フルートは魔法使いたちにささやきました。
「どうにかしてルルたちを変身させてください――早く!」