ついに始まったフルートとセイロスの一騎打ちを、ワルラ将軍やトーマ王子たちは、少し離れた場所から見守っていました。
先にセイロスと剣を合わせていたオリバンが、腕組みをして言います。
「奴の剣は重い。背が低いフルートには苦しい戦いになるはずだ」
「だが、鋭さと身軽さなら、フルートも負けないだろう。ロムド城で最強の戦士五人に勝ち抜いたのだから」
とセシルが言いました。フルートが討ち破った五人目の相手は、他でもないオリバンです。
けれども、オリバンは難しい表情を変えませんでした。
「あれは単なる勝ち抜き試合だ。本物の戦闘とは違う。しかも、奴は人間の姿をしているのだ。フルートには人を殺すことができん」
「だが、奴はデビルドラゴンだぞ!?」
「それでもだ。あいつは人の形をしたものが敵に回ると、とたんに剣が鈍る」
優しすぎる勇者だからな、とオリバンは続けたので、セシルは絶句しました。戦い続ける二人を見つめます。フルートとセイロスは隙を見ては切り込み、互いにそれをかわして、また剣をぶつけ合っていました。ほとんど互角のようですが、実際にはわずかにフルートのほうが劣勢でした。切り込む剣にセイロスほどの強さがないのです。相手を切ることをためらっているようにも見えます。
すると、トーマ王子が言いました。
「フルートは奴を殺そうとは思っていない。城の地下室で奴に金の石を押し当てたら効いたから、またそれをやろうと思っているんだ」
「金の石の聖なる力で、デビルドラゴンを焼き尽くそうとしているのですな。だが、一度食らった手であるなら、相手のほうでも警戒していることでしょう」
とワルラ将軍も難しい顔になります。将軍が命令を下せば、この場にいるすべての兵をセイロス攻撃に向かわせることができますが、フルートに作戦があるのだと思えば、むやみなことはできません。魔法軍団もロムド兵たちも、命令がないので、自分の場所から一騎打ちを見守り続けます。
がぎん。
フルートの剣とセイロスの剣が、また激しくぶつかり合いました。とたんにフルートの腕がじぃんとしびれます。オリバンが言うとおり、セイロスの剣は重い上に高い位置から降ってくるので、フルートが受け止めるとかなりの衝撃が腕に伝わってきてしまうのです。身をひねりながら剣を受け流し、少し距離をとって腕の感覚が戻る時間を稼ぎます。
すると、その隙を逃さず、またセイロスが切り込んできました。闇色の剣が下から跳ね上がってきたので、フルートはとっさにまた剣で受け止めました。がしん。重い音が響いて、また腕がしびれます。
もう一歩、奴に近づければ……とフルートは戦いながら考えていました。剣を合わせて接近したときに、金の石をセイロスに押し当てることができれば、聖なる光を奴の中に流し込めるのです。
けれども、セイロスのほうでもそれを用心して動いていました。フルートが近づくたびに強烈に切りつけて、フルートを追い返してしまいます。セイロスの懐(ふところ)に飛び込む隙がありません。
一方、ゼンは魔法使いたちにどなっていました。
「どうにかしてフルートを支援できねえのかよ!? あんたらの魔法は奴に効くんだろう!?」
シン・ウェイは次々と呪符を地面に投げていましたが、そう言われて渋い顔になりました。
「無茶を言うな。おまえらには見えないかもしれないが、奴は戦闘が始まってからずっと、周囲に魔法を流し続けているんだぞ。俺たちが術で抑えているからいいようなものの、そうでなければフルートは足下の地割れに呑み込まれてるし、おまえらは降ってきた稲妻で黒焦げになってるところだ」
「とんでない奴だな。あれだけ剣で戦っているのに、同時に魔法も使えるとは」
と白の魔法使いもつぶやきました。彼女と青の魔法使いが張っている魔法の障壁には、ひっきりなしに何かがぶつかって、激しい火花を散らしていました。支えるように掲げた杖が、びりびりと震えています。
すると、ポポロが叫びました。
「あの人が動くわよ!」
ポポロの視線の先にはギーがいました。ずっとセイロスの陰で一騎打ちの行方を見守っていた彼が、急に、すっと移動を始めたのです。その手には抜き身の短剣が握られていました。先ほど彼に背中を刺された青の魔法使いが言います。
「卑怯者がまた抜き打ちで攻撃しようとしてますぞ! 勇者殿が危ない!」
「こんちくしょうめ!」
ゼンはついに魔法の障壁の外へ飛び出しました。フルートに向かって走ります――。
フルートはセイロスと戦い続けていました。剣を合わせると見せては流し、攻撃の横をすり抜けてセイロスに接近しようとします。その左手はすでに金のペンダントを握りしめていました。あと一歩踏み込めば、金の石をセイロスに押し当てることができるのに、どうしてもその距離が詰まりません。
すると、セイロスが振り下ろそうとした剣を急に引きました。なんだ? とフルートのほうも一瞬動きを止めると、その背中にギーが飛びついてきました。フルートの体に腕を回し、そのまま押し倒してしまいます。
「しまった……!」
地面に倒れたフルートの頭から、兜が外れて飛びました。すぐにギーを蹴り飛ばすと、剣を握り直してセイロスの攻撃を受け止めようとします。
すると、そこにまたギーが飛びついてきました。今度はフルートの上に馬乗りになり、自分の体で押さえ込んでどなります。
「今だ、セイロス! 俺と一緒にこいつを切り殺せ!」
フルートは驚きました。自分の上にのしかかっている青年を見つめてしまいます。角のついた兜。その下の乱れた金髪、青い瞳。紅潮した顔は少し単純そうにも見えますが、それだけに愚直なまで忠実な表情を浮かべていました。本気で、自分と一緒にフルートを殺せ、と言っているのです。
フルートはギーをはね飛ばそうとしましたが、がっちりと押さえ込まれている上に体重差があって、とても返すことができませんでした。右手にはまだ剣を握っていましたが、炎の剣なので、切りつけることもできません。
セイロスはギーの突然の言動に驚いた顔をしましたが、やがて目を細めると、笑うような表情になって言いました。
「よく言った。それでこそ私の副官だ」
闇の剣が高く掲げられました。兜が脱げたフルートの頭は、押さえ込むギーの頭と重なっています。二つの頭を跳ね飛ばそうと、首元めがけて勢いよく切りつけます。
けれども、その剣は途中で止まってしまいました。間にゼンが駆け込み、セイロスの腕をがっしりと受け止めたからです。
セイロスは腕を引こうとしましたが、ゼンを振り切ることはできませんでした。ゼンが、腕をつかむ手に力を込めて言います。
「てめぇ、自分の部下を切り殺そうとしたな? 最後の最後まで、たった一人てめえを信じてついてきた、忠実な部下を――。やっぱり、てめえはデビルドラゴンだぜ」
ゼンはどなっていませんでした。むしろ静かに聞こえるような口調です。ゼンが最大限に腹を立てている証拠でした。
「でぇりゃあ!!」
ゼンはセイロスの腕をつかんだまま、空中に持ち上げて投げ飛ばしました。落ちてきたところへ駆け寄り、回し蹴りを食らわそうとします。
すると、セイロスの体が空中で消え、少し離れた場所にまた現れました。蹴りが空振りしたゼンは、勢いあまって転んでしまいます。
「ゼン!」
フルートはギーを蹴り飛ばして跳ね起きました。ゼンとセイロスの間に飛び込み、左手をかざします。そこにはペンダントが握られていました。ゼンに切りつけようとしたセイロスの体に、金の石が触れそうになります。
セイロスはすぐにまたその場所から姿を消しました。少し離れた場所に現れると、フルートとゼンをにらみつけます。
「こんなに弱い連中が何故倒せないのだ。次から次と私に逆らいおって――」
そのままセイロスは黙り込みました。妙な沈黙があたりを支配したので、フルートとゼンはとまどいました。セイロスは動きません。それを攻撃のチャンスととるべきか、わざと動きを止めてこちらの隙を誘っているのか、判断ができなくなります。
すると、ざわざわっとセイロスの背後で動くものがありました。彼の長い黒髪が風もないのに揺れ始めたのです。まるで生き物のように髪の毛が広がって、四枚の翼のような形になっていきます。
ばさり。
どこかから羽ばたきのような音も聞こえてきます。
ところが、頭上から急に場にそぐわないのんびりした声がしました。
「はぁいぃ、おっまたせったら、お待たせぇ。やぁっと強い魔獣が手に入ったから戻ってきたよぉ。って、あれぇ? セイロスくんが城の外にいて、勇者くんたちもここにいるねぇ? ボクが留守にしてた間に、いったい何があったのかなぁ?」
それはもちろんランジュールでした。一同の上の空中に浮かんで、にやにやと笑っています。
見上げたセイロスも、にやりと笑い返しました。広がりかけていた髪が音もなく閉じて、何事もなかったようにまた鎧の背中に流れます。
「いいところに戻ってきた、ランジュール。自慢の魔獣で連中を倒せ!」
幽霊の青年に向かって、セイロスはそう命じました――。