形勢はすっかり逆転していました。
三万もいたセイロス軍は、まずザカラス城の中で多くの操り兵を失い、郊外の麦畑で残りすべての操り兵を失いました。アマリル島から彼に従ってきた島の戦士たちも、大半が捕虜になっています。後に残ったのは、セイロスとギーの二人だけでした。馬に乗っていますが、背後にオリバンたちが見張りに使った丘がそびえているので、そちらへ逃げることはできません。
フルートは風の犬のポチに乗ってセイロスへ突進しながら、仲間たちに言いました。
「なんとかして奴の動きを止めよう! そして、奴の中に金の石の光を送り込むんだ!」
「おう! デビルドラゴンに、きつい一発を食らわせてやろうぜ!」
とゼンがルルの上から答えれば、その後ろを花鳥で飛びながらメールも言います。
「気をつけなよ! あいつ、絶対にまた魔法を使ってくるに決まってる!」
馬にまたがったセイロスとギーが目の前に迫ってきます――。
すると、いきなりポチとルルの変身が解けてしまいました。二匹は墜落して犬の姿に戻り、その上に乗っていたフルートとゼンは地面を転がりました。花鳥も急に崩れて花に戻ってしまったので、メールとポポロが空中に投げ出されます。
「金の石!」
地面に倒れた格好でフルートが叫ぶと、たちまちペンダントが輝きました。怪我をしたゼンや犬たち、落ちてくる少女たちを包み込みます。
ゼンとポチとルルはすぐに元気になって跳ね起きました。ゆっくりと下りてきたメールたちをゼンが受け止め、地面に下ろしてやります。
「ワン、セイロスが魔法で邪魔しています。変身ができません」
とポチが言ったので、フルートはセイロスをにらみつけました。あとほんの数十メートルの距離ですが、すぐそばまで行って金の石を押し当てなければ、聖なる光をセイロスの中に流し込むことはできません。また魔弾が飛び始めたので、フルートたちは金の光に包まれたまま身動きができなくなります。
ところが、魔弾が急に金の光から離れた場所で破裂するようになりました。セイロスとフルートたちの間に、新しい障壁が生まれたのです。フルートたちの両脇で青の魔法使いと白の魔法使いが杖を掲げていました。
「防御は我々にお任せあれ!」
「勇者殿は赤たちと敵をお倒しください」
フルートたちの中には赤の魔法使いとシン・ウェイも姿を現していました。
「ロムドの四大魔法使い直々の防御だ。安心して行こうぜ」
とシン・ウェイが呪符を手に言います。
そこから距離を置いた場所では、ワルラ将軍やトーマ王子やドラティ宰相が、フルートたちの様子を見守っていました。操りから解放された人々や、彼らの対応に当たっていたロムド兵たちも、セイロスにフルートたちが迫っていることに気づいて、全員がそちらに注目していました。捕虜になった島の戦士たちは、心配そうに自分たちの大将を見守っています。
すると、そこへ一人の老人が現れて、宰相へ頭を下げました。
「国王陛下は玉座に戻られました。ドラティ殿からお預かりした陛下の王冠も、無事に陛下にお返しすることができましたぞ」
老人はザカラス城のニーキ司祭長でした。ずっとワルラ将軍の部隊と行動を共にしてきたのですが、ザカラス城が奪い返されたのを見ると、城内へ飛んでアイル王の無事を確認してきたのです。
おお、と宰相はまた安堵の涙を流し、トーマ王子も王冠が父に戻ったと聞いて、ほっとしました。これでもう、彼にザカラス王になれ、などと馬鹿げたことを言う人はいなくなるでしょう。
「あとは彼らが奴を倒すだけだ。がんばれよ、フルート、シン・ウェイ――」
とセイロスとにらみ合っている一行を見つめます。
フルートたちはセイロスに向かって歩き出しました。大勢に踏みにじられてしまった麦畑を、フルートを中心に、ゼン、メール、ポポロ、二匹の犬たち、さらに赤の魔法使いとシン・ウェイが横一列になって進んでいきます。
白と青の二人の魔法使いは、そんな彼らのさらに両脇に立って、彼らを守り続けていました。やはり、歩みに合わせて前に進んでいきます。彼らが張る光の障壁には、セイロスからの闇魔法が激しくぶつかりますが、二人の魔法が重なり合った防壁を破ることはできません。
「生意気な連中め!」
セイロスは歯ぎしりをして攻撃を止めました。その頭上に黒い光の球が生まれて、急速に育ち始めます。
「黒い魔法だわ!」
とポポロは顔色を変えました。昔、魔女のレィミ・ノワールが使ってみせた破滅の闇魔法です。それを使えば、周囲のものまでことごとく巻き込み、すべて焼き尽くしてしまいます。
フルートはセイロスへ叫びました。
「よせ! そんなものを使ったら、ぼくたちだけでなく、おまえの部下もみんな巻き込まれて死ぬぞ! 部下を死なせるつもりか!?」
セイロスの横には副官のギーが、少し離れた場所には捕虜になった島の戦士たちが大勢いるのです。
ところが、セイロスは冷ややかに答えました。
「捕虜になった部下など、もうなんの役にも立たん。そんな連中が生きようが死のうが、私には関係のないことだ」
「おっと。これはぜひ連中にも聞かせてやらないとな」
とシン・ウェイは言って呪符を投げました。たった今セイロスがいったことばが、戦場になった麦畑中に広がっていきます。
たちまちざわめき始めたのは、捕虜になった島の戦士たちでした。大将が部下を救出しようともせずに、逆に見殺しにするようなことを言ったので、耳を疑います。
フルートはまた叫びました。
「よくそんなことが言えるな!? 彼らはおまえを信じて、北の島からここまでずっと一緒に戦ってきたんじゃないか!」
「敵にたやすく投降するような軟弱な兵は、私の部下などではない。ここで貴様たちと一緒に灰に変えてやる」
その声も戦場の中に響きます。島の戦士たちは動揺して大騒ぎを始めました。彼らはこれまでの戦いを通じて、セイロスの残酷さをよく知っていました。それが今度は自分たちにも向いたのだと、はっきり悟ったのです。
「た、助けてくれ!」
「いやだ、死にたくない!」
口々にわめきながら、その場から逃げだそうとしますが、仲間の戦士たちと一緒に縛られた状態で、てんでに違う方向へ逃げようとしたので、たちまちもつれて転んでしまいました。大変な醜態ですが、セイロスは顔色一つ変えません。
すると、どこからか長い棘(とげ)のようなものが飛んできて、セイロスの右腕に突き刺さりました。セイロスは、うっと腕を押さえました。頭上の黒い光の球が崩れて消えて行きます。
棘を投げつけたのは赤の魔法使いでした。
「ナノ、ラ、ウ!」
と猫のような金の瞳を光らせて言います。
「赤は相手の力を吸い取る棘を投げたのです。黒い魔法は消すことができたようですが――」
と白の魔法使いが言っている間に、セイロスの腕から棘が音もなく消えていきました。その痕には傷一つ残りません。
「やはり奴は強いですな。異体系の魔法には手出しできないはずなのに、赤の魔法を打ち消しましたぞ」
と青の魔法使いが渋い顔になります。
フルートは握りしめた拳を震わせていました。
「あいつは自分の部下を殺そうとした……。城の地下室でもそうだった。役に立つ間は使っておいて、役に立たなくなると、簡単に始末しようとするんだ。あんな奴が世界の王になれるわけがない! 絶対に――!」
「あったりまえだ。あいつはデビルドラゴンだぞ」
とゼンが答えます。
島の戦士たちはまだこの場から逃げ出そうと右往左往を続けていました。セイロスを心配する者は、もう誰もいません。
「行くぞ!」
とフルートは叫んで駆け出しました。その右手が背中の剣を抜きます。
仲間たちもフルートと一緒に走りました。セイロスに向かって突進します。
「セイロス、数が多すぎる! いったん退こう!」
とギーが言いました。部下に対してあれほど冷酷な態度を見せたセイロスなのに、ギーだけはまだ彼を信じています。
セイロスもついに手綱を引いて馬の向きを変えました。前方からはフルートたちが迫り、右手には操りを解かれた人々がロムド兵や魔法軍団と共に集団になっています。左手に活路を見つけて、そちらから脱出しようとします。
「逃がさん」
とシン・ウェイがまた呪符を投げると、二匹の大きな蜂が現れてセイロスたちの馬を刺しました。馬が後足立ちになってセイロスとギーを放り出します。セイロスたちが魔法で地面に下り立つ間に、馬は駆け去りました。丘と森の間の小道に見えなくなってしまいます。
そこへフルートたちが追いつきました。先頭を走るフルートが、剣を構えて叫びます。
「ぼくと勝負をしろ、セイロス! 今度こそ、おまえを止めてやる!」
ふん、とセイロスは笑い返しました。
「おまえを殺す、ではなく、止めてやる、か。やはりお人好しだな」
フルートはそれには答えずにセイロスへ迫りました。フルートは剣を構えていますが、セイロスはまだ剣を抜いていません。
それを見ながら、ゼンがメールに尋ねました。
「どうだ? ヤツを縛れそうか?」
「ダメだよ。さっきから花たちに呼びかけてるんだけど、セイロスを怖がって全然動かないんだ」
とメールは悔しそうに答えました。犬たちもウゥとうなって言います。
「ワン、ぼくたちも相変わらず変身できません」
「このあたりはセイロスの支配下にあるのよ」
「てぇことは、ヤツの動きを止めるのは力ずくってことか」
とゼンは言って、にらみ合っている二人を見ました。剣を構えて隙を狙っているフルート、余裕の様子を見せながらも、相手の一挙一動を鋭く見つめているセイロス。下手にここに近づけば、二人の剣の間に飛び込むことになりかねません。
その時、ポポロが、はっと息を呑みました。ついにセイロスがまた剣を抜いたのです。鞘の中から現れた刀身は、黒い闇の色をしています。
ガシン。
切り込んでいったフルートの剣が、セイロスの剣とぶつかり合って音を立てました――。