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第21巻「ザカラス城の戦い」

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第25章 対決

73.連係

 ロムド軍の騎馬隊は蹄の音をとどろかせて、敵の右翼と左翼へ突進していきました。最前列の兵士の構える長槍が、日暮れ間近の日差しに照らされて光ります。

 セイロス軍の騎馬隊は浮き足立ちました。先にロムド騎兵から馬の体当たりを食らって、かなりの人数が落馬しています。それでも手に武器を握って戦っていたのですが、全速力で突進してくる敵はまるで津波のようでした。人馬が巨大な波になって、地響きと共に押し寄せてきます。しかも、反撃しようとそちらへ走れば、先頭の槍部隊に串刺しにされてしまうのです。

 背を向けて逃げ出したセイロス軍の中へ、ロムド騎馬隊が突入していきました。猛スピードで飛び込んでくる馬の破壊力は計り知れません。吹き飛ばされ、蹄に踏みつけられれば、鎧ごと骨を踏み砕かれてしまうので、島の戦士たちは悲鳴を上げて逃げまどいました。馬に乗っていた者は背を向けて反対側へ走り、徒歩になっていた戦士はなんとか敵の馬の間をすり抜けようとします。たちまち戦場はとどろきと叫び声でいっぱいになります。

 

「すっげぇな」

 いつの間にか追いついてきたゼンが、フルートの横でその光景を眺めていました。その後ろにはメール、ポポロ、ルル、それにシン・ウェイとリリーナとトーマ王子もいて、やはり感心しながらロムド軍の突進を眺めています。

 フルートは言いました。

「あんな全力疾走は、馬に鐙(あぶみ)がなかったらとてもできない。馬の疾走に揺すぶられて、鞍から放り出されてしまうからな。鐙がなかったセイロスの時代には存在しなかった戦法なんだよ」

 すると、それを聞きつけて、ワルラ将軍が言いました。

「騎馬隊による突撃は、近年の戦争では一般的な戦い方です。特に歩兵の集団には効果があって、その中に駆け込んでいけば、まず間違いなく敵を蹴散らすことができます。相手が同じ騎馬隊であれば、そのまま乱戦になることも多いのですが、我が軍には優秀な長槍部隊がいますからな。敵の攻撃が届く前に、敵を馬から落とすことができるのです」

 将軍の言う通り、ロムド軍の先頭を行く長槍部隊は、敵の騎兵へまっすぐ突進していました。その鋭い穂先におびえた馬が、乗り手を振り落として逃げ出したので、乗り手も大慌てで逃げていきます。ぐずぐずすれば敵の馬に踏みつぶされるのですから必死です。

「敵がどんどん散っていくわ……」

 とポポロが魔法使いの目で戦場を見渡して言いました。突撃するロムド騎兵が人も馬も追い払っているのです。落馬しなかった島の戦士は、馬にしがみついて全速力で逃げて行きます。反撃する余裕はまるでありません。

 すると、戦場の上で黒い光が四散しました。セイロスが落とした闇の稲妻を、青と赤の二人の魔法使いが防いだのです。闇魔法はロムド軍には届きません。

 

「敵の歩兵部隊が丸裸(まるはだか)になったぞ。どうするのだ、フルート?」

 とオリバンが尋ねました。セイロス軍の両脇を守っていた騎兵が、ロムドの騎馬隊に追い払われたので、歩兵だけが後に残ってしまったのです。その数は二千名ほどですが、前列の兵士が弓に矢をつがえて構えています。

 フルートは目を細めて敵の集団を見渡しました。前列の弓部隊には島の戦士が混じっていますが、その後ろの歩兵たちは、ほとんどが操り兵です。自分たちの騎馬隊が追い払われても、特に不安に思う様子もなく、剣を手に立ち続けています。

 フルートは急に口の片端を持ち上げました。微笑したのです。

「この状況を待ってた――。若草さん、白さんに呼びかけてください! 魔法軍団を今すぐここに!」

 白の魔法使いの名前が出てきたので、青と赤の魔法使いは驚いたように振り向きました。白を呼ぶならば自分が、と言おうとしますが、セイロスがまた彼らへ魔弾を降らせてきたので、防御に手一杯になります。

 名指しされてびっくりしていたリリーナも、その様子に真剣な顔つきになりました。空中に杖を掲げ、目を空に向けて呼びかけます。

「白様、聞こえますか!? 勇者殿がお呼びです! 魔法軍団を率いて、今すぐこちらへおいでください!」

 彼女の若草色の長衣には、背中に天使の紋章が刺繍されていました。白の魔法使いを隊長とする部隊に所属している印です。ロムドの魔法軍団はそれぞれ自分の隊長に魔法の声で呼びかけることができます。

 一瞬の間があってから、彼らのすぐそばにつむじ風がわき起こりました。青い草原のような麦畑が、風にあおられて渦を巻きます――。

 風の渦の中心に姿を現したのは、色とりどりの長衣で身を包み、手に杖を握った魔法使いたちでした。老若男女、性別も年齢も様々ですが、全部で四十名ほどもいます。ロムド軍の本隊と共に待機していた魔法軍団です。

「素早く来てくださって、ありがとうございます」

 とフルートが言ったので、先頭に立っていた女神官が答えました。

「連絡があればすぐに駆けつける、とお約束しておりましたから――。我々の任務はなんでしょうか?」

「あそこに見える敵の本隊は、大半が操り兵です。彼らの中へ光の魔法を送り込んでください。それが彼らを操りから解放する方法なんです!」

 リリーナも身を乗り出して言いました。

「操り兵の中には闇の虫が巣くっているんです、白様! 光を浴びせたのでは体にさえぎられてしまいますが、直接光を体に流し込めば、虫を退治して解放することができます!」

「光を直接体にか――わかった」

 女神官はすぐにうなずくと、部下たちに命じました。

「魔法軍団、突撃! 敵の操り兵の体内に光の魔法を送り込むぞ!」

「了解!!」

 いっせいに返事があって、魔法軍団が姿を消しました。次の瞬間には、敵の歩兵部隊の中に現れ、手近な敵を杖や手で打ち始めます。そこには光の魔法が込められていました。打たれた操り兵がつんざく悲鳴を上げ、胸をかきむしりながら倒れていきます。先に地下室でポポロが光を送り出したときと、まったく同じ光景が繰り広げられます。

 

 やがて、操り兵は倒れた順番にまた起き上がってきました。まるで夢から覚めたように周囲を見回し、不思議そうにしゃべり出します。

「ここはいったいどこだ?」

「俺はどうしてこんなところにいるんだ? 砦を守って敵と戦っていたのに」

「ありゃぁ。なんでおいらは弓矢なんて持っているんだ!? 母ちゃんはどこにいった!?」

 魔法軍団が次々に操り兵を打つので、騒ぎはどんどん広がっていました。操り兵は、ひとしきりもだえ苦しむと、闇の虫から解放されて正気を取り戻していきます。

「おっと、邪魔はさせんぞ、セイロス!」

 突然シン・ウェイがフルートの横で呪符を宙に投げました。魔法軍団を魔弾で攻撃しようとしていたセイロスへ、稲妻が飛んでいきます。

 セイロスは素早く身をかわしましたが、ひるがえったマントの裾を稲妻が焦がしたので、ぎりっと歯ぎしりをしました。

「生意気な術師め!」

 お返しとばかりに魔弾を撃ち出すと、それは青の魔法使いに防がれてしまいました。さらに、今度は赤の魔法使いからも攻撃魔法が飛んできたので、セイロスはまた飛び退きました。シン・ウェイや赤の魔法使いが使う魔法は、セイロスには防ぐことができないのです。

 その間にも魔法軍団は次々に操り兵を解放していきました。光を送り込まれた体から操りの虫が消滅すると、人々は正気に返って立ち上がってきます。それを見て、島の戦士たちは魔法軍団の妨害をしようとしましたが、逆に正気に返ったザカラス兵たちに取り囲まれてしまいました。

「何がどうなっているのかよくわからんが、貴様たちは敵だ! 死にたくなかったら、武器を捨てて降参しろ!」

 とザカラス兵に剣を突きつけられて、島の戦士たちは投降していきました。魔法軍団の邪魔をする者がいなくなります。

 

 すると、白の魔法使いが自分の杖を高く掲げて呼びかけました。

「一気に片をつける! 全員、私へ光の魔法を送れ!」

「了解!!」

 再び魔法軍団が答え、自分の杖を掲げました。それぞれが最大の光の魔法を作って送り出します。リリーナも杖を上げ、念を込めて輝く光を撃ち出しました。飛んでいった光が白の魔法使いの杖先に集まって、大きな輝きになっていきます。

「行け!」

 女神官が叫ぶと、杖の先の光が破裂して四方八方に飛び散りました。周囲に立っていた人々の体にぶつかり、すぐに突き抜けていきます。

「うそ、魔法攻撃!?」

 とメールが驚くと、ポポロが首を振りました。

「ううん、そんな危険なのじゃないわ。あれは純粋な光だから。さっきのあたしの魔法と同じように、人にはちょっと衝撃に感じられるだけよ。でも、操りの虫にはそうはいかないわね」

 ポポロが言う通り、光に撃ち抜かれた操り兵は、悲鳴を上げて地面に倒れていました。ひとしきりもがき苦しんでから、正気に返って起き上がってきます。

「あ、あれ……?」

「俺は何をしていたんだ?」

「私はどうしてこんなところにいるんだろう?」

 正気に返った人々は、操られていた間の出来事を覚えていません。

 

 じきに、操り兵はひとり残らず正気に返りました。島の戦士たちも、ほとんど捕まってしまいます。残っているのは、奥まった場所に陣取っていたセイロスと側近のギーの二人だけです。

 よし! とフルートは叫びました。

「奴を捕まえる! それが無理なら奴を倒す! みんな、続け!」

 周囲の仲間たちに呼びかけ、フルートはポチに乗って飛び出していきました――。

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