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第21巻「ザカラス城の戦い」

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72.古風

 「追いついてきたな」

 フルートが風の犬に乗ってザカラス城の方向から飛んできたのを見て、セイロスはいまいましそうにつぶやきました。フルートはロムドの皇太子や将軍たちと話を始めていますが、距離があるので内容までは聞こえません。

 すると、ギーが隣に駆けつけてきて言いました。

「またあの金の鎧だ。敵の中でも妙に目立ってる。あいつは何者なんだ?」

「金の石の勇者――と連中の間で呼ばれている若造だ。ろくでもない連中を束ねて、私の邪魔をしようと、うるさくつきまとっている」

 とセイロスは答え、フルートが飛んできた森の向こうへ目をやりました。ゼンたち他の仲間はまだ追いついてきていません。指揮をとるために急いで駆けつけてきたのか、と考えます。

 すると、濃紺の鎧の将軍の元から伝令が走りました。整列するロムド軍の中に駆け込んでいきます。

「いよいよ来るな。では、先手を打って行動開始だ」

 とセイロスは言いました。ギーに角笛を吹かせて、自軍の兵へ命令を伝えます。動き出したのは、中央に並ぶ操り兵たちでした。無表情で駆け出した彼らの手には、弓矢が握られています。

「矢が届く距離まで近づいたら一斉射撃! 敵の数を一人でも減らせ!」

 とセイロスは弓矢部隊へどなりました。セイロスが魔法の力で強化した弓矢なので、当たれば一撃で敵を倒せます。これに対して、ロムド軍も弓矢で応戦してくるはずでした。弓矢と弓矢の攻撃がひとしきり続き、双方が矢を撃ち尽くした頃に斬り合いの戦いが始まるのが、戦争のセオリーなのです。タイミングを見計らって本隊に出撃を命じようと、セイロスは身構えます。

 

 ところが、ロムド軍は応戦しようとしませんでした。セイロス軍の弓矢部隊に押されるように、じりじりと後ずさりを始めます。代わりに後方から左右に飛び出して来たのは、騎兵の集団でした。銀の鎧兜を光らせながら、列になって向かってきます。

「連中は馬で向かってきたぞ! 正気なのか!?」

 とギーが驚きました。馬の大きな体は、弓矢の格好の的(まと)にされるのです。セイロスも、一瞬相手の意図が読めなくなりますが、敵の騎兵たちが正面ではなく左右に走っていくのを見て、すぐに納得しました。連中の狙いはこちらの騎馬隊だと気づいたのです。

「フルートめ、歩兵は操り兵だから衝突を避けたな」

 とセイロスはつぶやきました。一方、セイロスの騎馬隊は島の戦士たちなので、操り兵より島の戦士たちを相手にするほうが罪悪感が少ない、とフルートは考えたのでしょう。

 セイロスはすぐさま命じました。

「騎馬隊、出撃! 敵を迎え撃て!」

 ギーがまた角笛を鳴らしました。セイロスの命令を正確に伝えるために、角笛の鳴らし方には幾通りもの決まりがあります。

 セイロス軍の左右から、騎馬隊が飛び出していきました。全員が角飾りの兜をかぶった島の戦士たちです。青い麦畑が揺れる中、両軍がみるみる接近していきます――。

 

「来た」

 オリバンたちと共に戦況を見つめながら、フルートはつぶやきました。小犬に戻ったポチが、それを見上げて尋ねます。

「ワン、本当にあんな命令をして大丈夫なんですか? 敵の攻撃をやり過ごしたら、あとはとにかく馬で体当たりしろ、だなんて」

 セシルも心配そうに戦場を見ていました。

「ざっと見たところ、敵は八百騎ほどだ。こちらの騎馬隊もほぼ同数。いくらロムド軍が優秀でも、大混戦になるのは目に見えているぞ」

「大丈夫です。だって、彼らの馬には――」

 とフルートは言いかけて口をつぐみました。またじっと戦場を見つめます。

 麦畑を踏み散らして、千を超す馬が駆け寄っていきました。わずかに小高くなった場所で、双方の先頭が遭遇します。

 すると、セイロス軍の騎兵が手にしていた槍を投げつけてきました。先端の鋭い二メートルほどの棒が、次々とロムド軍の騎兵と馬へ飛んでいきます。ロムド兵は手綱を操って、それをかわしていきました。かわしきれなくて槍に当たった馬が、いななきを上げて倒れます。

 けれども、大半のロムド兵は槍を避けることができました。敵の中に飛び込んだ者から、相手の馬に体当たりを食らわせます。馬の大きな体を、どん、と敵の馬の体にぶつけると、鞍に乗っていた島の戦士はバランスを崩して落馬しました。たちまち何十人もの戦士が地面に転がります。

「なんだ、あれは!?」

 とオリバンやセシルはあきれました。島の戦士たちは、馬で駆け寄る姿も槍を投げる様(さま)も勇猛なのに、たった一度体当たりを食らっただけで、あっけなく落馬してしまいます。不様(ぶざま)なことこのうえありません。

「連中の騎乗法は妙ですな。安定感に欠けている」

 ワルラ将軍が白くなった眉をひそめると、フルートがうなずきました。

「当然です。彼らの馬には鐙(あぶみ)がついていないんですから」

 

 鐙がない!? とオリバンや将軍たちは仰天しました。

 鐙とは、馬の背に載せた鞍から下に伸びている、細い革製の足置きです。先端に金属製の輪がついていて、騎乗者はそこに足先を入れます。

「馬鹿な! 鐙がなくては踏ん張れないではないか! 剣を振ることも相手の攻撃を受け止めることも――」

 とセシルは言いかけて、はっとしました。体当たりを食らって次々に落馬する島の戦士たちを眺めます。

 フルートはまたうなずきました。

「そう。だから彼らは体当たりに耐えられないんです。それに馬の上で剣をふるうこともできないから、剣を使うときには馬から下りて戦うんですよ」

「何故だ!? 鞍から鐙を取り払うなど、まったく意味がないではないか! それどころか、戦闘の不利になるだけなのに!」

 とオリバンはどなりました。彼は根っからの戦士なので、戦術的に納得できない敵の行動に憤っています。フルートは、それを受け止めるように静かに答えました。

「おそらく、セイロスは鐙を知らないんだと思います――」

 一同は思わず目を丸くしました。驚くのを通り越して、あっけにとられてしまいます。それくらい、鐙は彼らにとって当たり前の存在でした。鐙を知らないとはどういうことなのだろう、と誰もが混乱します。

 すると、足下でポチがワン、とほえて尻尾を振りました。

「わかりました! セイロスが戦っていた二千年前の時代には、この世界にまだ鐙がなかったんですよ! だから、セイロスは鐙のある馬での戦い方を知らないんだ!」

 フルートはかがみ込んで小犬の頭をなでました。

「当たりだ、ポチ。先に敵前逃亡して見せたとき、敵の騎兵はみんな馬を下りて剣を抜いた。操り兵にされたザカラス兵は鐙のある馬に乗っていたけど、やっぱり馬から下りた。それはきっと、セイロスの時代にはそうやって戦うのが普通だったからなんだ。セイロスが馬から下りて戦えと命令していたんだよ。それにもう一つ――以前ぼくはワルラ将軍からいろんな戦闘隊形を教わったけれど、セイロスたちが今とっているような、中央に歩兵がいて両翼に騎兵がいるような配置は、古い時代の戦い方だと言われたんだ。騎兵の役割があまり重視されていなくて、歩兵での戦いが中心のときに、歩兵を援護するために両脇に騎兵を配置したんだよ。セイロスは二千年の時を超えて、今の時代に復活してきた。だから、奴が知っている戦術も、二千年前のままだっていうことなんだ」

 フルートはかがんだ姿勢で一同を見上げていました。空の色をした瞳は、真実をまっすぐに見つめています。

 

 ワルラ将軍は、うぅむとうなって、ひげのはえた顎をなでました。

「鐙というものは、東のユラサイ国で発明されて、西へ伝わってきた、と言われております。それがどれくらい昔のことかはわからんのですが、言い伝えになって残っているところをみると、二千年前よりはもっと後のことでしょう。そうであれば、セイロス軍の騎馬隊が長槍ではなく投げ槍を使ってくる理由もわかります。鐙がなくては、馬上で長槍を構えて突いたり引き抜いたりすることはできませんからな」

 戦場では激しい戦いが続いていました。馬から落とされた島の戦士たちが、投げ槍や剣で抵抗を始めたのです。それに対して、ロムド兵は馬に乗ったまま長槍を構え、縦横無尽に振り回して敵を撃退していました。その中には、以前フルートと五人抜き勝負をした、槍の名手のマーチン・エディスの姿もありました。槍を水車のように回して、島の戦士たちを次々落馬させていきます。馬の上で剣を抜き、高い位置から切りつけているロムド兵もいます。彼らを率いて敵を倒していくのは、やはりフルートと五人抜きの勝負をしたサーク師団長です。

「敵は鐙を使っていない。しかも、古い戦術しか知らないか――」

 とオリバンが言ったので、セシルが聞き返しました。

「だが、セイロスは馬に乗りながらあなたと戦ったぞ? まったく遜色なく戦っていたのに」

「奴は魔法が使えます。自分を鞍から振り落とされないようにするくらいは簡単でしょう」

 と青の魔法使いが答えます。

 すると、ワルラ将軍が急に苦笑いをしました。

「勇者殿には確かに戦争の基本と簡単な戦史をお教えしたが、実際には、戦争に決まった形はない。中には作戦に基づいて、一見古い陣形や戦法で攻めてくる敵もいる。勇者殿はそういった経験がほとんどなかったために、逆に、常識に縛られずに敵の実態を見抜けたのですな――。さて、それではこの敵をどうやって討ち破りますかな。作戦をお伺いしましょう、聡明なる同盟軍総司令官殿」

 茶化す(ちゃかす)ような呼び方の陰に、フルートに対する尊敬の念が隠れています。

 フルートはただ、まっすぐに戦場を見ながら答えました。

「こちらの戦い方は彼らより新しい。だから、いつものように戦うだけです。将軍、騎馬隊に突撃を命じてください」

 一同は、おっという表情になりました。ワルラ将軍が、にやりと笑います。

「長槍部隊の連中が張り切るでしょう。了解。ロムド軍騎馬隊の真の実力を連中に見せつけてやりましょう」

 

 島の戦士たちが次々に馬から落とされ、ロムド兵に追い立てられているので、セイロスは歯ぎしりをしていました。

 ロムド軍は見るからに馬の操り方が巧みでした。こちらがどんなに勇敢に突進していっても、軽くかわして体当たりを食らわせてきます。こちらはそれであっけなく落馬しますが、体当たりをしてきたロムド兵のほうは、まったくバランスを崩しません。

「連中には何か秘密がある! いったいなんだ!?」

 とセイロスは戦場に目を凝らし、ようやく鐙の存在に気づきました。ロムド兵はそこに足をかけて踏ん張ることで、馬上の姿勢を安定させているのです。中には両手を手綱から放して槍や剣を振り回しているロムド兵もいます。鐙のない馬に乗るセイロス軍には、とても真似のできない芸当でした。

 あんな小さなものにしてやられるとは――とセイロスは悔しがりました。鐙が戦闘に役立つことは認めますが、だからといって、今すぐ自分の兵に鐙を与えることはできません。また、魔法で鐙を出したとしても、すぐに使いこなすことはできないでしょう。アマリル島の戦士たちは、馬を農耕用にしか使わなかったので、セイロスと同様、鐙の存在を知らなかったのです。

 すると、敵陣から急に角笛が響き、ロムド軍の騎兵たちが引き返していきました。セイロス軍の騎兵部隊はまだ戦場にいるのに、そこから離れて距離をとり、横に長く整列を始めます。それが、セイロス軍の右翼と左翼の両方で同時に始まったので、セイロスはすぐに次の攻撃が来ると察しました。

「させぬ!」

 セイロスは敵の騎兵めがけて稲妻を落としましたが、それは青と赤の光の壁に防がれてしまいました。フルートのすぐそばに青と赤の長衣を着た魔法使いがいて、それぞれに杖を掲げています。

 

「突撃」

 とフルートは戦場を見据えながら言いました。

「騎馬隊、突撃!」

 とワルラ将軍が腕をさっと前に振ると、横に控えていた伝令がまた角笛を吹き鳴らします。

 すると、横に並んでいたロムド軍の騎兵が、いっせいに馬を走らせ始めました。その最前列にいるのは、槍部隊に所属する兵士たちです。長い槍を脇にがっちりと抱え、穂先を前方の敵に向けて突進します。

 どどどどどど!!!

 雷鳴のような蹄の音をとどろかせながら、ロムド軍の騎兵は敵に向かって全速力で駆けていきました――。

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