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第21巻「ザカラス城の戦い」

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第24章 激戦

70.脱出

 セイロスは、ザカラス城のアイル王の部屋から空間を飛び越えて、大手門の手前に姿を現しました。すでに門は大きく開け放たれ、跳ね橋が外の水路にかかっていますが、彼の部下たちは渡らずに前庭で待機していました。まだ城から続々と仲間が脱出してくるうえに、黒い角笛を持ったギーが、大声で彼らを制していたからです。

「まだだ! セイロスが来るまでここを動くな!」

「もう来ている」

 とセイロスは言いながら歩いていきました。ざっと部下たちの人数を数えますが、予想よりずっと多かったので、ギーに言います。

「操り兵がまだ残っていたのか。何名くらいいる?」

「まだ脱出してくる者がいるから、正確にはわからないが、城壁や練兵場にいた連中は操りが解けなかったようなんだ。二千人ぐらいはいるはずだ」

「とすると、我々は総勢三千名か」

 とセイロスが言ったとき、ひゅぅっと背後で音がして、城の中央付近から光が昇っていきました。空の真ん中で広がって明るく光ります。

 セイロスは険しい表情になりました。

「ロムド軍が攻めてくる! 城を脱出するぞ!」

 部下の一人が馬を引いてきたので、セイロスはそれに飛び乗りました。ギーを始めとする島の戦士たちも、手綱を握っていた馬にまたがります――が、全員が乗るには馬の数が足りませんでした。操り兵に至っては全員が徒歩です。

 ギーが角笛を吹き鳴らすと、一同は跳ね橋を渡って脱出を始めました。先頭を行くセイロスに騎兵が従い、その後ろに歩兵が続きます。

 急なつづら折りの道を駆け下りながら、セイロスは麓を見渡していました。先ほどの光の合図は、間違いなくフルートたちのしわざです。先の戦いで逃げて森に潜伏したロムド兵に、城へ攻撃しろ、と伝えたのに違いありません。

 連中が全員攻撃に戻ったとしても、その数は最大で五百名程度だ――とセイロスは考えていました。総勢三千のこちらのほうが優勢なのですが、行く手をさえぎられて足止めを食らうと、後ろの城から敵がくり出して、挟み撃ちにされてしまうので、油断はできません。周囲の森に敵が見当たらないか、鋭く目を配り続けます。

 

 幸い、彼らが麓へ駆け下り、ザカリアの焼け跡を抜けて都の外に出るまで、敵は前からも後ろからも現れませんでした。セイロスは一度馬を止め、後続の歩兵が追いつくのを待って隊列を整えると、また出発しました。最前列は島の戦士たちによる騎兵部隊、続いて島の戦士と操り兵が入り交じった弓部隊、その後ろに操り兵による歩兵部隊という編成です。今度は馬を疾走させずに、行く手に注意を払いながら前進していきます。

 そこへギーが馬で追いついてきました。隊列の後ろを歩く操り兵を振り向きながら、セイロスに尋ねます。

「城の中の操り兵はどうして正気に返ったんだ? こっちは操りのままなのに」

 セイロスは答えました。

「侵入してきた敵の中に一人、強力な魔法使いがいたのだ。そいつが建物伝いに城全体に操りを解く魔法をかけた。だが、練兵場や城壁は建物から離れていたので、力が届かなかったのだ」

「城全体に魔法を? どんな魔法使いなんだ、それは!」

 とギーはびっくりして、後ろにそびえる山とザカラス城を心配そうに振り向きました。今にもその魔法使いが追いかけてきそうな気がしたのです。

「恐れるな。そいつは強力だが、力に制限がある。今日はもう魔法を使うことはできないのだ」

「なんだそれは? つまり、今日の魔法は売り切れっていうことか?」

「そうだ。明日の朝日が昇るまで、そいつはもう魔法が使えない」

 なるほど、と青年はうなずきました。いつものことながら、セイロスの話には素直すぎるくらい単純に納得するギーです。彼らは今、ザカラス城を脱出して逃げているところなのですが、これからどこへ行くんだ、と尋ねることもしません。

 

 セイロスは兵を率いて丘の続く野原を進んでいき、やがて南へ延びる街道に入りました。街道は森の中を通り抜けています。途中で敵に待ち伏せされる危険はありましたが、道を外れれば暗い森の中で部下たちが散りぢりになってしまうので、用心しながら街道を踏んで森へ入っていきます。森の中には風が吹くたびに梢の揺れる音が響き、鳥が鳴きながら枝を渡っていました。敵の気配はありません――。

 南側に広がる森は幅が狭く、十五分も進めば、もう森の出口が近づいてきました。明るくなってきた行く手を見て、騎馬隊の兵士たちはほっとした顔になりました。ギーがまたセイロスに話しかけます。

「敵は先の戦いで一目散に逃げて行った。いくら反撃の合図を上げても、このあたりからはもういなくなっていたんだろう」

 いや、とセイロスは言いました。

「そう願いたいところだが、相手はロムド軍だ。油断はできん」

 けれども、部隊の先頭が森を抜けても、そこに敵は待ち構えていませんでした。緩やかな上り斜面に、まだ穂をつける前の麦畑が草原のように広がっています。セイロスは安堵と拍子抜けが入り交じった気分で、馬を進めていきました。あまりにスムーズに脱出できるので、逆に警戒感が頭をもたげてきますが、後方のザカラス城からいつ敵が追いかけてくるかわからない状況なので、ぐずぐずしてもいられません。西に大きく傾いた太陽に照らされながら、麦畑の間の道を進んでいきます――。

 すると、突然前方で太い声がしました。

「待っておったぞ、セイロス。ここから先へは行かせん」

 セイロスは、ぎょっと手綱を引きました。従う部下たちもいっせいに立ち止まりますが、声のするほうに人の姿はありませんでした。ただ青い麦畑が風に揺れているだけです。

「何者だ!?」

 とセイロスはどなりました。懸命に目をこらしますが、やはり相手を見つけることはできません。

「異体系の魔法か――」

 といまいましくつぶやいたとき、また行く手で声がしました。先の声とは違う男の声が、意味の取れないことばを言います。

「ナノ、タオ、ワニ、ヨ!」

「ムヴアの魔法か!」

 叫ぶセイロスの目の前に軍勢が現れました。銀の鎧兜の兵士がずらりと並び、弓に矢をつがえてこちらを狙っていたのです。その中央に立っているのは、濃紺の防具を身につけた老戦士と、赤い長衣に黒い肌の小男でした。弓を構えているのは全員歩兵ですが、この二人は馬にまたがっています。

「敵の隊長だぞ、セイロス!」

 とギーが老戦士を示すと、セイロスは鋭い目つきで言いました。

「いいや、そんな下っ端ではない。貴様は何者だ?」

 老戦士は、ふふん、と笑いました。百戦錬磨のベテランらしい余裕で答えます。

「ロムドの濃紺の鉄壁、というのが、わしの通り名だ。わしはロムド軍総司令官のワルラ将軍。以後お見知りおきいただこうか」

 ざわっとセイロス軍に動揺が走りました。ギーが声を上げます。

「総司令官ってことは敵の大将なのか!? それなのに、どうしてあんなに一目散に逃げ出したんだ!? 部隊も、まるっきりだらしなかったのに――!」

 けれども、今、彼らの前に立ちふさがるロムド兵たちには、だらけきった様子など微塵(みじん)もありませんでした。きっちり等間隔に展開して、油断なく彼らに矢を向けています。

 セイロスが苦々しく言いました。

「どうやら我々ははめられたようだな。総司令官直属の部隊ならば、精鋭中の精鋭だ。我々を油断させ、わざと捕虜になって城内に入り込んで、城とザカラス王の奪回をはかったのだ」

「その通りだ」

 とワルラ将軍が答えたとたん、今度は後方の森の中で、わぁぁっと声が上がって騒ぎが始まりました。街道の両脇の森の中から突然銀色の戦士たちが現れて、まだ森にいたセイロス軍に襲いかかってきたのです。セイロス軍の騎兵たちは弓矢を持っていましたが、森の中では木立が邪魔で命中させることができません。馬を飛び降りて剣を抜き、そこここで斬り合いが始まります。

「森の中に敵が――!?」

 とギーは驚き、セイロスは目の前の将軍と小男をにらみつけました。

「森の中にも兵を潜ませて、ムヴアの魔法で隠していたな!?」

「左様。勇者殿がおっしゃっていたとおり、貴様は赤殿の魔法にはまるで歯が立たないようだな!」

 と将軍が答えて笑います。

 

 セイロスは歯ぎしりをして森を振り向きました。とたんに森の中で次々に爆発が起き、無数の悲鳴が上がります。驚くワルラ将軍に赤の魔法使いが何かを答えましたが、爆音がすごくて聞き取れません。また、たとえ聞こえても、将軍にはムヴア語が理解できません。

 すると、赤の魔法使いは馬を飛び降りて、ハシバミの杖で地面を打ちました。森の中の爆発はまだ続いていますが、悲鳴が収まっていきます。

 ふん、とセイロスは鼻で笑いました。

「森の中に障壁を張って、爆発から味方を守っているか。だが、これで攻撃もできなくなったはずだ。ギー、角笛を鳴らせ! ここを突破するぞ!」

 ギーは、命じられたとおり、すぐに角笛を吹き鳴らしました。たちまち森の中から蹄の音が響いて、セイロス軍の兵士たちが森の外に飛び出してきます。

 セイロスも自分の馬を走らせながら、正面のワルラ将軍をにらみつけました。とたんに巨大な黒い魔法が飛んで、将軍を馬ごと大きく吹き飛ばします。その後ろのロムド兵たちも同じ魔法に飛ばされました。行く手をさえぎっていた戦列が真ん中で切れてしまいます。

 その切れ目へ、セイロスは突進していきました。後ろに騎兵部隊や歩兵部隊が続き、ロムド軍の包囲網を抜け出していきます――。

 

「カ、ワルラ!?」

 と赤の魔法使いは地面にたたきつけられた老将軍に駆け寄り、小さな黒い手を押し当てました。たちまち怪我が治って、将軍が起き上がります。一緒に吹き飛ばされたロムド兵たちも、身を起こしてきました。とっさに赤の魔法使いが障壁を張ったので、命まで失った者はありません。

 その間にも包囲網をセイロス軍が抜け出していくので、ロムド兵は矢を放とうとしました。森の中からも、敵の後を追ってロムド兵が飛び出して来ます。

 ワルラ将軍はどなりました。

「攻撃やめ! 目の前の敵はすでに操り兵ばかりだ! ここを攻撃しても効果はない!」

 将軍の言う通り、彼らの目の前を逃げて行くのは、操り兵の歩兵ばかりになっていました。セイロスや島の戦士たちは、もうずっと先のほうへ逃げてしまっています。

 そこへ森の中から馬に乗った男が出て来て、ワルラ将軍に駆け寄りました。ザカラス城のドラティ宰相です。戦闘には役に立たないので、危険の少ない場所に隠れていたのですが、将軍が吹き飛ばされたので、驚いて飛び出して来たのでした。

「大丈夫でございますか、ワルラ将軍!?」

 青くなって尋ねる宰相に、老将軍は苦笑いしてみせました。

「大丈夫です。赤殿がそばにいますからな。だが、セイロスたちにはここを突破された。わしの見込み通りであれば、そろそろ勇者殿が次の合図を打ち上げられるはずだが――」

 そう言っているそばから、森の向こうでひゅうっと音がして、ザカラス城の上に光の玉が昇っていきました。空の中程で広がって輝きます。

「二つ目の合図! いよいよ、わしの部隊の本領発揮だ!」

 ワルラ将軍は跳ね起きると、赤の魔法使いが癒やしていた馬に飛び乗り、声を張り上げました。

「行くぞ! 今度こそ敵を一網打尽だ!」

 すると、まるでその声に応えるように、さらに南側の別の森から、大きな鬨(とき)の声が上がりました。そちらを目ざして突き進んでいたセイロスと部下の兵士たちが、驚いて二の足を踏みます。

 セイロス軍の行く手をさえぎるように、森の中から飛び出して来たのは、銀の鎧兜を着て馬にまたがった、ワルラ将軍の部隊の第二陣でした――。

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