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第21巻「ザカラス城の戦い」

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69.救出

 王の部屋に勇者の一行とザカラス皇太子たちが姿を現したのを見て、セイロスは苦々しくうなりました。

「まったく、次から次と私の邪魔をしてくる連中だ。しかも、私に降参を迫るか。愚かで弱い人間のくせに」

「その人間に追い詰められたのはてめえだぞ、セイロス! つまり、てめえは俺たちよりもっと愚かで弱いってことだ!」

 とゼンがすかさず言い返したので、セイロスはそれをにらみました。とたんに部屋全体が地震のように揺れ出します。ポポロとリリーナが悲鳴を上げました。

「セイロスが部屋に魔法を――!」

「きっと部屋を崩壊させるつもりですわ!」

 けれども、振動はすぐに収まっていきました。静かになった部屋をセイロスが意外そうに見回します。

「魔法が吸収されただと?」

 それに答えたのは、トーマ王子に助けられて身を起こしたアイル王でした。

「お、王の部屋は、王を守るために、何千という魔法を組み合わせて作られている。こ、この部屋を破壊しようとする魔法は、吸収されて打ち消されるようになっているのだ……」

 その体を支えながら、トーマ王子は涙を流していました。服越しに触れる父の体は痩せ細り、顔は腫れて形が変わってしまっています。こんなひどい目に遭わされていたなんて、と悔し涙にむせびます。

 すると、今度はフルートの胸でペンダントが輝きました。広がった金の光の上で、ばしん、と黒い火花が散ります。

 フルートの横に金の石の精霊が姿を現して言いました。

「彼らを傷つけることはさせない、と言ったはずだ、セイロス。ぼくが守っているんだからな」

「むろん、それには私が力を貸している」

 と願い石の精霊も姿を現して言いました。その右手はフルートの肩をつかんでいます。

 セイロスは舌打ちしました。力ずくの魔法で圧倒するのは不可能だと悟ったのです。

 その時、トーマ王子が歓声を上げました。フルートのペンダントが輝いたとたん、金の光が周囲を照らし、アイル王の怪我も癒やしてしまったのです。腫れが引き、歯も元通りになった顔で、王が笑います。

「も、もう大丈夫だ。痛みがなくなった。よ、よく助けに来てくれた、トーマ、勇者たち」

「父上!」

 王子は元気になった父の胸に飛び込んでまた泣きました。今度は嬉し涙です――。

 

 フルートはユラサイの術師に言いました。

「シン、セイロスへ攻撃だ!」

 術師の青年はすぐに呪符を投げて唱えました。空中に矢が現れて、まっすぐセイロスへ飛んでいきます。セイロスは自分の前に障壁を張りました。彼を守る壁は、闇のような黒い色です。

 ところが、シン・ウェイの矢は黒い障壁をすり抜けていきました。はっと身を引いたセイロスの左肩に、深々と突き刺さります。

 ひゃっほう! とゼンとメールが歓声を上げました。シン・ウェイもマフラーの上にのぞく目で、にやりと笑います。

「いいねぇ。俺の術がデビルドラゴンの奴にまともに効くってのは。実に気分がいいぞ」

 呪符がまた空中を舞い、矢が二本、三本とセイロスに命中していきます。

 けれども、矢はセイロスが全身に力を入れると、一瞬で抜け落ちました。矢傷がみるみる治っていきます。シン・ウェイの術はセイロスに命中しますが、大きなダメージを与えることはできません。

 そこへフルートが飛び出しました。金色の光の壁と共に闇の障壁に体当たりして、セイロスの守備を破ろうとします。

「私も――!」

 とリリーナは杖から光を撃ち出しました。金の石の聖なる光と溶け合って闇の障壁に激突し、障壁を黒いガラスのように打ち砕きます。

 フルートはセイロスの目の前に飛び込みました。セイロスがくり出してきた剣の一撃をかがんでやり過ごし、低い位置からセイロスの胴をなぎ払います。フルートの剣は敵の鎧をかすりました。鋼よりも堅い水晶の表面に傷が走り、赤い炎が吹き出します。

 セイロスは飛びのくと一瞬で鎧の火を消しました。すぐに踏み出し、闇の剣をフルートの頭上へ振り下ろします。フルートが剣を横にして攻撃を受け止めると、今度は赤と黒の火花が散り、がしん、と重い音が響き渡ります。セイロスの打ち込みは強烈です。

 ところが、フルートはすぐにそれを受け流しました。勢いあまって体勢を崩したセイロスの横をすり抜けると、即座に身をひるがえし、また切りつけます。セイロスは素早く反応して振り向き、フルートの攻撃を剣で止めました。がぎん、と再び刃がぶつかり合う音が響きます。

 その時、見守る仲間たちは、はっと息を呑みました。フルートが右手だけで攻撃していたことに気づいたのです。左手には首から外したペンダントが握られていました。セイロスと剣を合わせたまま、金の石をセイロスへ押し当てます――。

 ペンダントが金に輝いたとたん、セイロスは大声を上げました。飛びのいて距離を取り、金の石を押し当てられた右の脇腹を押さえます。その顔は痛みに大きく歪んでいました。金の石の一撃が効いたのです。

 フルートは言いました。

「やっぱり効果あったな、デビルドラゴン――! おまえはセイロスの体の中にいる! 金の光を浴びるのは平気でも、体に直接聖なる光を流し込まれると、ダメージを食らうんだ!」

 おおっ、と仲間たちは歓声を上げました。

「ワン、ということは、操り兵たちと同じなんだ!」

「いいわ! セイロスの弱点発見よ!」

「そいつの体にもっと光を送り込んでやりなよ、フルート!」

 仲間たちが口々に言う中、ゼンが飛び出しました。セイロスの後ろに回り、飛びついて押さえ込もうとします。セイロスがゼンに切りつけましたが、それはフルートに防がれてしまいました。同時にシン・ウェイの呪符が蔓になって飛んできて、セイロスの上半身を縛ります。

「今だ、フルート! 金の石のきつい一発を食らわせてやれ!」

 ゼンがセイロスの両足にしがみついてどなったので、フルートはセイロスの剣を押し返しました。また左手のペンダントを突き出します――。

 すると、ゼンの腕の中からセイロスが消えました。セイロスを縛っていた蔓が床に落ち、何もない空間をペンダントが素通りします。

「逃げたよ!」

 とメールは金切り声を上げました。

 ポポロも遠いまなざしになって言います。

「城の大手門に現れたわ……! 逃げ出すつもりよ! 島の戦士たちが集まってるの!」

「こんちくしょう! 卑怯だぞ、デビルドラゴン!」

 地団駄(じだんだ)を踏んで悔しがるゼンの横で、フルートは言いました。

「このままじゃ奴に逃げられる。シン、若草さん、どっちでもいいから上空に合図を上げてください」

 城から合図が上がったら、ワルラ将軍の率いる第一陣が出陣する――フルートたちは先に谷間でそんな打ち合わせをしていたのです。

「それじゃ私が!」

 とリリーナが杖を上に向けると、光の玉が飛び出して、部屋の天井を突き抜けていきました。シン・ウェイがその後を目で追って言います。

「よし、合図が空に上がったぞ。森からも見えたはずだ」

 ポポロもうなずいています。

 

 そこへ部屋の外の通路から、大勢が押し寄せてくる声と足音が聞こえてきました。

「陛下!」

「国王陛下はご無事ですか――!?」

 地下室からアイル王救出に飛び出したザカラス兵たちが、ようやく到着したのです。

 アイル王は、今はもう錫杖の助けなしに、自分の足で立てるようになっていました。フルートたちに向かってほほえんで言います。

「た、大変な危険の中を助けに来てくれたことに、心から感謝する。だ、だが、今は時間がないから、この礼は改めてゆっくりすることにしよう。お、大手門に最短で出られる隠し通路は、トーマが知っている。トーマ、あ、案内をしなさい」

 王子は一瞬ためらいました。ようやく再会できた父とまた離れることが不安だったのです。けれども、隠し通路をよく知るのは自分しかいないのだと考えて、すぐにうなずきました。

「父上、また後ほど」

「あ、ああ。もう心配はない。わ、私は大丈夫だ」

 アイル王がまた笑って見せたので、王子はすぐに暖炉へ駆け寄りました。隠されていた装置を操作して、暖炉の後ろに秘密の通路の入り口を開きます――。

 

 フルートたちが全員通路に飛び込み、暖炉が音もなく元の場所に戻ったとき、部屋の入り口が勢いよく開いて、黒い鎧兜の集団が飛び込んできました。

「陛下! 陛下はご無事でいらっしゃいますか!?」

 アイル王は部屋の真ん中から彼らを振り向きました。

「も、もちろん生きている。よ、よくぞここまで助けに来てくれた」

 兵士たちは本当に安堵しました。嬉し泣きを始める兵士もいたほどです。

「ご無事でなによりでございました」

 と少し遅れて駆けつけてきたザカリア市民たちと共に、王の前にひれ伏します。

 そんな家臣たちにうなずき返しながら、アイル王は大手門の方向をちょっと振り返りました。ここからでは見ることも聞くこともできない場所ですが、戦いはそちらへ移ろうとしているのです。

「み、みんな、がんばるのだぞ」

 目の前の人々に聞こえない声で、王はそっとつぶやきました――。

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