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第21巻「ザカラス城の戦い」

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66.奪回

 「ポポロ、君は今日はまだ一度も魔法を使ってないね?」

 ザカラス城の秘密の通路に侵入する直前、通路の入り口を開こうとするトーマ王子や仲間たちから少し離れて、フルートはポポロにそう尋ねました。

「ええ。フルートが温存しろって言ったから……」

 とポポロが答えると、フルートは他の仲間に聞こえないように声を潜めて続けました。

「城に侵入して、みんなが捕まっている場所にたどり着いたら、ぼくたちは思い切り暴れてみせる。騒ぎが大きくなれば、きっとセイロスが駆けつけてくるし、操り兵も集まってくるだろう。ぼくたちが危険な状態に陥ったとしても、君は絶対に魔法を使っちゃいけない。ぼくが合図するのを待って、二つの魔法を一度に使って、光を周囲に送り出すんだ」

 ポポロはとまどいました。

「二つ一度に? そんなことをしたら光が強すぎて、周りにいる人も無事じゃすまないわよ。いくら操り兵を正気に返すためでも危険だわ。強力すぎる光は人間にも毒なのよ……」

 あたしの魔法は強すぎるから、と涙ぐみそうになる彼女に、フルートはたたみかけるように言いました。

「周りを照らすんじゃない。床を使って光を送り出すんだ。直接照らせば強すぎる光も、床伝いに送り出せばきっとうまく伝わるし、セイロスにも邪魔しにくいだろう。うまくすれば、セイロスに光の攻撃を食らわせることもできるはずだ――」

 

 フルートに言われたとおり、ポポロは二つの魔法を一度に使って、自分に作れるだけの光を生み出し、城の床へ送り出しました。床伝いに広がった光はたちまち地下室の端にたどり着くと、今度は壁や柱を上り始めました。あっという間に天井も緑に輝き始めます。

 そして、それは地下室にいた人々にも伝わっていきました。光が蛇のように足下から駆け上がって絡みつき、体の中に消えていきます。とたんに、フルートたちは全身に強烈な衝撃と痛みを感じて飛び上がりました。何かが体内を稲妻のように駆け抜けていったのです。

 シン・ウェイはみぞおちを押さえて顔をしかめました。

「光の直撃か。一瞬体の中が焼けるように熱くなったぞ」

「この世のものはすべて内側に光と闇を持ってます。その闇の部分にダメージを食らったんですわ……」

 とリリーナが答えました。光の魔法使いの彼女ですが、やはり同じように顔を歪めて痛みをこらえています。

 闇のものではない彼らでさえそれだけの衝撃を食らったのですから、操り兵たちの苦しみぶりは絶大でした。大声を上げながら胸をかきむしって床を転げ回り、やがて、ぐったりと動かなくなっていきます。

 ポチとルルがその間を駆けながら言いました。

「ワン、みなさん、目を覚まして!」

「正気に戻ったでしょう!? 早く起きなさいよ!」

 すると、本当に人々が起き上がってきました。操り兵だったときのうつろな表情は綺麗さっぱり消えて、夢から覚めたように周囲を見回します。

「ここはどこだ?」

「私は今まで何をしていたのだろう?」

「確か敵に変なものを飲まされて――それからどうなったんだ?」

 彼らは、自分が操り兵だった間の記憶をなくしていました。急に先に進んでしまった時間と状況に驚いて、きょろきょろしています。

 

 ポポロはまだ両手を床に押し当てていました。緑の光は波のように次々あふれて、周囲に広がり続けています。石造りの壁や柱や天井にも、輝きは伝わり続けていました。薄暗い地下室が真昼のように輝いています。

 セイロスは光の中に立ち続けていました。まぶしいくらいの輝きの中、彼の足下だけには黒い影があります。彼の長い黒髪がいっそう長く伸びて、足下でとぐろを巻いていたのです。地下室中に光があふれても、セイロスに光は伝わっていきません。

「まったく生意気な連中だ。どれほど私の邪魔をすれば気がすむ。力足りない出来そこないの集団のくせに」

 不愉快そうに顔を歪めて、セイロスは腕を高く上げました。その両手の中に黒く輝く剣が現れます。

「闇も強大であれば光を呑み込むのだ。ポポロの光などすぐに断ち切ってくれる!」

 闇の剣が緑に輝く床へ振り下ろされていきます――。

 

 と。

 ガツッと堅い音が響いて、セイロスの剣を別の剣が受け止めました。柄はセイロスと同じような黒い色をしていますが、赤い宝石がはめ込まれていて、刀身は銀に輝いています。炎の剣でした。フルートが人々の上を飛び越えて、セイロスの目の前へ駆け込んできたのです。

 フルートは光を突き刺して打ち砕こうとしていた闇の剣を受け止め、押し返して勢いよく跳ね上げました。見かけによらない力強さに、セイロスが思わずよろめきます。

「ポポロの邪魔はさせない! 世界征服も絶対にさせない! あきらめてセイロスから離れろ、デビルドラゴン!!」

 とフルートは言いました。同時に素早く剣を引いて、セイロスの次の攻撃に備えます。

 セイロスは冷笑しました。

「くだらん。貴様ごときに何ができる、フルート。おまえは聖守護石を手放しているのだぞ」

 セイロスが言う通り、フルートは今、ペンダントを持ってはいませんでした。先ほどジャックたち操り兵に奪われて、それきり見つからなくなっていたのです。金の石を持たないフルートは、防具もなしに敵の前に立っているのと同じ状態でした。セイロスが冷たく笑ったまま魔弾をくり出します。

 ところが、それがフルートに命中するより早く、間にゼンが飛び込んできました。胸当ての力で魔弾をすべて砕いて、へっ、と笑います。

「てめぇが魔法攻撃してくるのは読めてたぜ。金の石がなくても、俺がフルートを守ってやらぁ!」

 その後ろでフルートは剣を構えていました。セイロスが闇の剣で攻撃してきたら、今度はフルートが飛び出すつもりでいるのです。

 

 一方、メールは地下室でペンダントを探し回っていました。

「いくらゼンが守るって言ったって、そんなに長いこと持つわけないんだからさ! 早いとこ金の石を見つけなくちゃ――!」

 操りが解けて、ぼうっとしている兵士や市民を押しのけ、かき分けて探しますが、ペンダントは人の手から手へ奪い合いをされたので、なかなか見つけることができません。

 すると、すぐそばで声がしました。

「お、なんだおまえ。フルートの仲間じゃねえか。何をしてるんだ?」

 メールが顔を上げると、そこにジャックがいました。こちらも正気に返って、不思議そうな表情をしています。メールは思わず飛びついてわめきました。

「目が覚めたんなら、さっさと手伝いなよ、ジャック! あんたのせいで金の石が行方不明なんだからさ!」

「俺のせい? 俺がいったい何をしたって言うんだよ……?」

 ジャックが言い返していると、そこへガスト副官が駆けつけてきました。

「正気に返ったな、ジャック! 勇者殿のペンダントが奪われて見つからないのだ! 早く探し出せ!」

 えっ、とジャックは驚き、フルートがゼンと共にセイロスと戦っているのを見て言いました。

「あの野郎、また金の石を手放してるのか! 金の石の勇者が金の石を持っていねえで、どうするつもりなんだよ!?」

「だから、それはあんたがやったんだってば!」

 メールがかんしゃくを起こしてジャックを蹴飛ばします――。

 すると、ジャックがよろめいていった先で、人が押されて動き、その間にきらりと金色のものが見えました。急速に輝きを失っていく床の上で、金色に光り続けています。

「あった!」

 メールはペンダントに飛びつくと、フルートのいるほうへ駆け出しました。後にはジャックとガスト副官が残されます。

 まだ幾分ぼうっとしているジャックの背中を、副官は強くたたきました。

「呆けている暇はないぞ! 操り兵は解放されたが、操られていなかった島の戦士がまだ残っている! 戦って捕らえるんだ!」

「は、はい!」

 ジャックはすっかり正気に返ると、腰の鞘から剣を抜きました。地下室の出口付近で、脱出しようとする島の戦士がロムド兵と戦闘を始めていたのです。ジャックは走りながら、ちらりとフルートを振り向き、ペンダントを持ったメールが駆け寄っていくのを見て、すぐに出口へ向き直りました。フルートには頼もしい仲間たちがいます。彼が駆けつけなくても、大丈夫に違いありません――。

 

 セイロスはフルートやゼンとにらみ合いを続けていました。魔法を使おうとすればゼンが邪魔をするし、剣を使おうとすればフルートが飛び出してきて弾き返すので、いささか攻めあぐねています。ところが、急に地下室から緑の光が失われ始めたので、ふん、とまた笑いました。

「どうやらポポロの魔法が時間切れになったようだな。二つの魔法を一度に使ったようだが、それでも魔法が効いているのはほんのわずかな時間だ。ささやかな抵抗だったな」

「るせぇ! 操り兵はみんな正気に返ったじゃねえか! ここにてめえの手下はもういねえんだぞ!」

 とゼンが言い返すと、セイロスはさらに冷たく笑いました。

「ここにいたのはわずか五百名。捕虜と合わせても千名程度の部下だ。この城全体には、その何十倍もの兵がいるのだぞ。五百や千、奪われたところで、私は痛くもかゆくもない」

 すると、フルートが剣を構えたまま言いました。

「それはどうかな。ポポロの魔法はすごく強力だ。いつだって、彼女がやろうとしたこと以上の力を発揮して、周囲へあふれ出していくんだよ――。一年半前、ポポロはこのザカラス城で、監禁された部屋から脱出しようとして、城全体に破壊の魔法を送り出してしまった。そして、その崩壊を止めるために城へ力を送ったのも、やっぱり彼女だった。彼女はこの城全体に魔法の力を広げることができる。さっきの光の魔法だって、きっとそうなんだ」

 なに? とセイロスは表情を変えました。視線を上に向け、階上へ聞き耳を立てますが、石造りの地下室に上からの音は伝わってきません――。

 

 いえ、たった一つ、上のほうから近づく音が聞こえていました。出口につながる階段を、誰かが全速力で駆け下りてくるのです。出口の前ではジャックたちロムド兵が、島の戦士相手に戦いの真っ最中でした。島の戦士が二人、三人と切り伏せられ、生き残りが、とてもかなわないと階段へ逃げ込むと、それとすれ違うようにして、上からの人物が入り口に現れます。

「セイロス!」

 それは角飾りの兜に青いマントのギーでした。剣を構えてフルートたちと向き合うセイロスを見つけると、さらに声を張り上げて言います。

「得体の知れない緑の光が下からわき上がってきて、城の中を通り抜けていった!! その光を浴びたら、操り兵がみんな正気に返ってしまったんだ!! 操り兵だった連中が武器を手に逆襲してきている!!」

 セイロスは、はっきりと顔色を変えました。フルートをにらみつけた目が、一瞬血のような色に光ります。

「取られたものは全部取り返す。そう言ったはずだ」

 炎の剣を構えたまま、フルートは薄く笑ってみせました――。

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