「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第21巻「ザカラス城の戦い」

前のページ

65.光

 出口の扉が開き、階段から地下室へセイロスが入ってきました。混戦状態の地下室を見渡して言います。

「相変わらず不様な戦いだ。もう少しまともに動くことはできないのか」

 けれども、そこで戦っているのは、命令通りに動くことしか知らない操り兵と、正式な訓練など受けていない島の戦士たちでした。操り兵の中にはザカラスやロムドの正規兵も混じっていますが、剣を振り上げれば隣の味方にぶつかるような狭い場所では、実力を発揮できずにいます。

 とたんにフルートたちがいる場所に黒い稲妻が降ってきました。セイロスが魔法攻撃をくり出してきたのです。フルートたちや正気に返った人々を直撃しますが、それより早く金色の光が広がって、人々を守りました。輝くペンダントを握るフルートの横に、金の髪と瞳の精霊が姿を現します。

「無駄だ、セイロス。君に彼らを殺したり傷つけたりはさせない。ぼくが守っているからな」

 と精霊の少年は言いました。見た目は小さな子どもでも、口調はいっぱしの大人のようです。

 ふん、とセイロスは笑いました。

「そんな小さななりで、私に抵抗するつもりか、聖守護石。おまえは二千年前のあのときに砕け散ったのだぞ」

 精霊は黄金を糸にしたような髪を揺らして、ぐいと顔を上げました。

「ぼくは今もまだここにいる。そして、金の石の勇者もここにいるんだ。おまえの好きなようにはさせない」

 セイロスは口の端を持ち上げて、また笑いました。かつての相棒を見る目には、少しの情もこもっていません。

「愚かだな、精霊。おまえたちが私に逆らえるとでも思っているのか。私はフルートより先に金の石の勇者になった人間だぞ」

 

 すると、フルートの全身からいきなり力が抜け始めました。立っていられなくなって、がくりと床に膝をついてしまいます。握っていたペンダントでも、金の石が曇り始めていました。精霊の少年が薄れて見えなくなってしまいます。

「セイロスがフルートから力を奪っているわ!」

 とポポロは叫びました。彼女の目には、フルートの力が金色の奔流(ほんりゅう)になってセイロスに吸い込まれていく様子が、はっきりと見えていたのです。

 こんちくしょう! とゼンが飛び出そうとしますが、操り兵がまた襲いかかってきたので、そちらと戦うはめになりました。守りの光が消えたので、敵がまた攻撃してきたのです。メールや犬たちも敵を追い払うので手一杯になってしまいます。

 シン・ウェイは呪符を投げて、セイロスとフルートの間をさえぎろうとしましたが、呪符は読み上げる前に一瞬で燃えてしまいました。

 セイロスが横目でシン・ウェイを見ます。

「無駄だ、東の術師。貴様たちに邪魔はさせん」

 とたんにシン・ウェイの体が吹き飛びました。とっさにリリーナが魔法で受け止めますが、止めきれなくて二人一緒に床にたたきつけられてしまいます。シン! とトーマ王子が駆け寄っていきます。

 フルートは両手を床について四つん這いになりました。鉛のように重くなっていく体を必死で支えながら、どうして……とつぶやきます。以前、赤の魔法使いからセイロスに力を奪われない魔法をかけてもらったはずなのに、それが効かなくなっていたのです。あえぐようにせわしく息をしますが、抜けていく力を止めることができません。

 セイロスはまた冷笑しました。

「ムヴアの術が効かないのが不思議か。あれは大地から力を得て発揮される魔法だからな。建物の中では効果がないということだ――。おまえは聖守護石に作られた私の模造品なのだ、フルート。私を越えることは絶対にできない」

 セイロスの兜の後ろからマントの上に流れる黒髪が、風もないのにざわざわと揺れ始めていました。まるで髪自体が生き物になっているようです。

 

 すると、無機質な声が割り込んできました。

「フルートはそなたの模造品などではないだろう。そなたよりよほど精神が強いのだから」

 いつの間にか、フルートの横に赤い髪とドレスの女性が立っていました。作りもののように整った顔は、無表情にセイロスを眺めています。

 願い石、とセイロスが眉をひそめたのと、女性がフルートの肩に手を置いたのが同時でした。とたんに空中で、ばちっと激しい音がして、どっと風がわき起こります。爆発するような風に人々は吹き倒されました。フルートも床に倒れてしまいます。

 フルートの隣にまた金の石の精霊が姿を現しました。精霊の女性を見上げて言います。

「フルートに一度に大量の力を送り込んで、セイロスとのつながりを断ち切ったのか。無茶をするな。フルートが四散したらどうするつもりだ」

「大丈夫だろう。最近あまり力を送り込んでいなかったから、フルートの体はまだ持つはずだ」

 と女性が平然と答えます。

 フルートは全身にしびれるような痛みを感じていましたが、精霊たちの会話に思わず苦笑してしまいました。

「そうだな。まだ大丈夫みたいだよ……」

 けれども、フルートはまだ床の上から起き上がれません。

「まだ足りなかったか」

 と願い石の精霊は言うと、もう一度フルートに触れました。すぐに、どっと熱いものがフルートの内側に流れ込んできて、力に変わります。フルートは床から跳ね起きて剣を構えました。

「ありがとう、願い石!」

「相変わらず、契約違反ぎりぎりだな」

 と金の石の精霊は肩をすくめています。

 

「揃いも揃って、邪魔な魔石どもだ」

 とセイロスは舌打ちすると、また地下室を見渡しました。彼とフルートたちとの間にひしめく操り兵へ、命令を下します。

「行け。フルートから石を奪うのだ!」

 何百という操り兵は、いっせいにフルートのほうへ動き出しました。フルートに向かって、てんでに手を伸ばしてきます。フルートはペンダントを奪い取られそうになって、あわてて左手を引きました。ゼンやメールや犬たちが操り兵を防ごうとしますが、数が多すぎて対応しきれません。シン・ウェイとリリーナはまだ床から起き上がれずにいました。トーマ王子が二人を揺すぶっています――。

 すると、ほえるような声を上げてフルートへ襲いかかってきた敵がいました。銀の鎧兜をつけた大柄な兵士です。その顔を見て、フルートは愕然としました。

「ジャック!?」

 幼なじみはうつろな表情でした。フルートの声に反応することもなく、いきなりペンダントへ手を伸ばしてきます。

 フルートはとっさにかがんで、ジャックをやり過ごそうとしました。右手には抜き身の剣を握っていましたが、それを使うわけにはいきません。

 ところが、身を低くしたフルートの顔面に、ジャックの膝蹴りが飛んできました。フルートがかがみ込むと読んでいた動きです。唯一の弱点の顔にまともに蹴りが入って、フルートは吹き飛ばされました。

「フルート!?」

 仲間たちは声を上げ、フルートの前にジャックが立っているのに気がついて仰天しました。

「ジャック! なにしてんのさ、あんた!?」

 金切り声を上げたメールを、ゼンが引き留めます。

「近づくな! あいつの顔を見ろ! 操り兵にされてんだよ!」

 仰向けに倒れたフルートに、ジャックがほえながら飛びかかりました。馬乗りになって押さえ込み、左手からペンダントをむしり取ります。

 とたんに他の操り兵がまたいっせいに動き出しました。今度はペンダントに向かって殺到してきたのです。ペンダントはジャックの手から他の操り兵の手に渡り、さらにまた別の兵士に取り上げられて、奪い合いが始まりました。ジャックもペンダントを追って、フルートの上から腰を浮かします。セイロスは彼らに金の石を奪えと命令したので、それだけを忠実に実行しようとしているのです。

 

 すると、フルートが倒れたまま叫びました。

「若草さん、ポポロを守ってくれ! シン・ウェイはそれを援護! ポポロ、準備だ――!!」

 リリーナとシン・ウェイは、やっと正気に返って起き上がったところでしたが、そう言われてポポロを振り向き、少女がかがみ込んで床に膝をついているのを見ました。すぐ横にいたトーマ王子もびっくりします。フルートがジャックにやられる様子に泣きじゃくっていたはずのポポロが、今は涙をぬぐって毅然(きぜん)とした表情になっているのです。

 ポポロが床に両手を押し当てるのを見て、リリーナは、はっとしました。急いで杖を掲げて呪文を唱えると、ポポロの頭上を中心に光の障壁が広がります。

 それを見て、シン・ウェイもすぐに呪符を投げました。呪文を読み上げてから言います。

「そぉら、若草ちゃんの魔法の裏打ちだ! 踏ん張れよ!」

 とたんに彼らの上にまた黒い稲妻が降ってきました。セイロスが闇の雷を落としてきたのです。稲妻は光の障壁に跳ね返され、地下室の天井に激突しました。石の天井が壊れて、破片が雨のように降りかかってきます。

 ところが、頭上から石が落ちてくるのに、操り兵たちはいっこうにそれを避けようとしませんでした。フルートから奪い取ったペンダントを、まだ奪い合っています。

 石の雨が降る中、フルートは上にいたジャックを蹴り飛ばし、立ち上がってまた叫びました。

「ポポロ、打ち合わせ通りだ! いけ!!」

「はいっ!」

 ポポロは答えると、床に押し当てた両手に力を込めながら呪文を唱え始めました。

「レワターツヨリカーヒニトビトヒルーイテレラツヤーア!」

 とたんにポポロの両手から光がわき起こり、床が明るく輝き始めました。床の石は黒っぽい灰色をしていましたが、ポポロの手を中心にどんどん輝きが広がって、地下室の床全体が鮮やかな緑色に変わっていきます。

 光は床に立つ人々の脚にも這い上がっていきました。絡め取るようにその人の体に絡みつき、見えなくなっていきます。

 すると、操り兵たちがつんざくような悲鳴を上げました。目をむいてあえぎ、胸をかきむしって倒れます。じきに地下室の床はもがき苦しむ操り兵でいっぱいになってしまいました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク