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第21巻「ザカラス城の戦い」

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63.虫の種

 セイロス軍に捕まったロムド兵は、ザカラス城の地下室へ連行されました。

 元は酒倉だった地下室は薄暗く、石造りの壁際には今もまだ大きな酒樽がいくつも積まれています。兵士たちは両手首を前で縛られて中央に集められ、周囲を大勢の敵兵に囲まれました。彼らを連行した敵がそのまま地下室に残っているので、彼らより人数が多いくらいです。大半は操り兵ですが、要所要所に二本角の兜をかぶった島の戦士が立って、部屋全体に目を配っています。

 ここへ来るまでの間、さほど手荒な真似もされなかったし、地下室の中も静かだったので、ジャックは隣のガスト副官にささやきました。

「意外とおとなしい連中ですね。もっと痛めつけられるかと思っていたのに」

「勘違いするな、ジャック。我々は連中の兵力になるから大事にされているだけだ。逆らえば、すぐに殺されるぞ」

 と副官はたしなめました。先ほど、セイロスは結界の中の彼らを皆殺しにしろ、と顔色も変えずに命じていました。人を人とも思っていない者が、部下たちに捕虜を大切に扱え、などと言っているはずはなかったのです。

 すると、近くに捕まっていた別の兵士たちが、ジャックに身を寄せてささやきました。

「おい、おまえの幼なじみの総司令官殿は、ちゃんと俺たちを助けに来てくれるんだろうな――? 俺たちを見張ってる連中は、どう見ても目つきが危ないぞ。ロムドのために戦うこともなく、こんなところで死んでいくなんてのは、まっぴらごめんだからな」

「そうだ。作戦だと言うから、あえて捕まったんだ。これで助けが来なかったら、俺たちは無駄死にもいいところだぞ」

「ヤツは来る!」

 とジャックは即答しました。

「あいつはどんなことがあったって来る! どんなに危ない場所だろうと、そこで何が待ち構えていようと、絶対に助けに飛び込んでくるんだ! ガキの頃からそういうヤツなんだよ!」

 言いながら、フルートを疑われたことに憤慨してむきになっている自分を、不思議に思いました。昔はあれほどフルートを嫌って憎んでいたはずなのに――。

「ジャック、声が大きい」

 とガスト副官が注意したとたん、監視役の島の戦士にどなられました。

「誰だ、騒いでいるのは!? 静かにしろ!」

「助けに来るだと? そんなものが来るもんか。なにしろここは崖と川に守られた要塞なんだからな」

 と別の島の戦士も聞きつけて笑いました。余裕の笑い声です。

 けれども、見張りの大半を占める操り兵たちは、うつろな顔をしたまま、武器を手に立っているだけでした。笑うこともしなければ、話すこともありません。本当に、生きた人形が立っているようです――。

 

 すると、地下室の階段の上から、二本角の兜に青いマントの戦士が下りてきました。ギーです。五百名の捕虜たちをざっと見渡すと、そばにいた島の戦士へ言います。

「セイロス様からお預かりしてきた。いつも通り、操り兵になったら新しい部署に着かせろ。正門へ二百、東の城壁へ二百、残りは練兵場だ」

 話しながらギーが投げ渡したのは、小さな革袋でした。島の戦士が受け取って、にやっと笑います。

「わかった。操り兵どもにやらせるから、すぐにすむ」

「俺はまだセイロス様のご命令を聞かなくちゃならん。後は頼むぞ」

 と言って、ギーはまた地下室を出て行きました。やりとりを聞いていたロムド兵たちは、緊張して革袋に注目しました。そこに操り兵の秘密が隠されているのだと悟ったのです。

 島の戦士が周囲の操り兵に呼びかけます。

「おまえら、セイロス様のご命令だぞ! こっちに来い!」

 とたんに、人形のように立っていた操り兵たちが動き出しました。呼びかけた戦士の周りに集まっていったのです。たちまち人でいっぱいになって、進めなくなりますが、それでも戦士のそばへ行こうとするので、押し合いへし合いを始めます。

「えぇもう、融通の利かない連中だな! 一列に並べ! 虫の種を配ってやる!」

 虫の種――? とロムド兵たちはつぶやきました。嫌な予感に襲われて、互いに顔を見合わせてしまいます。操り兵たちはすぐに列を作ると、一人ずつ戦士から何かを受け取っていました。離れた場所からでは確かめることができないような、小さな小さな何かです。

 受け取った操り兵は、手近なロムド兵のところへ行きました。

「セイロス様のご命令だ! 種をくれてやる間、捕虜を押さえろ!」

 と島の戦士がまた言うと、そばにいた操り兵がわらわらと集まってきて、一人のロムド兵を四方八方から押さえます。

「やめろ! 放せ!」

 ロムド兵は抵抗しますが、両手を縛られているので、敵を払いのけることはできません。種を受け取った操り兵が、ロムド兵の口を片手でふさぎます――。

 

 とたんに、ものすごい悲鳴があがりました。ロムド兵が目をむき顎と舌を突き出し、鎧の上から胸をかきむしって叫び始めたのです。仲間のロムド兵たちは思わず息を呑んでしまいます。

 その兵士はわめきながら両手の戒めを引きちぎってしまいました。周囲の操り兵を片端から投げ飛ばしますが、すぐにまた押さえ込まれて、獣のように叫び続けます。

 と、その声がばたりとやみました。兵士の体が動かなくなってしまいます。

「し、死んだのか……?」

 仲間の兵士たちが青ざめていると、島の戦士が操り兵に命じました。

「もういいぞ。立て」

 ロムド兵を押さえ込んでいた男たちは、すぐに立ち上がりました。黒い鎧兜のザカラス兵、私服姿のザカラス市民、北方のトマン国の紋章をつけた兵士、そして――銀の鎧兜のロムド兵も最後に立ち上がってきました。まだ生きていますが、その顔はうつろでした。操り兵にされてしまったのです。他の操り兵と一緒に無表情で立ちつくします。

 すぐに同じような光景が地下室中で始まりました。一人のロムド兵に対して、数人の操り兵がよってたかって押さえ込み、「虫の種」を受け取った操り兵が口をふさぐと、大暴れの末に、そのロムド兵は操り兵になってしまうのです。

 島の戦士たちは、操り人形になったロムド兵の戒めを断ち切っていきました。ぼうっとしている相手に、「セイロス様のご命令だ。剣を取れ」と命じると、ロムド兵は地下室の隅に集めてあった武器の山から剣を取り上げます。

 

「虫の種とは、いったいなんだ……!?」

 ガスト副官は、周囲であがる悲鳴を聞きながら、島の戦士が操り兵に渡しているものの正体を見極めようとしました。いつもは冷静な副官ですが、さすがに顔色を失っています。

 ジャックのほうは完全にうろたえて、周囲を見回していました。仲間の兵士が次々操り兵に変えられて離れていくので、敵はどんどん近づいてきます。ついにジャックの腕にも手をかけてきたので、ジャックは思い切り暴れてやりました。相手は私服姿の市民だったので、簡単に吹き飛ばされて倒れてしまいます。

 それを見て、島の戦士が言いました。

「ほう、活きのいいヤツがいるな。おい、そいつは後回しにして、隣のヤツから先にやれ」

 ジャックは青くなりました。戦士が指さしたのは、ガスト副官だったのです。

 操り兵たちが副官に迫っていきました。四人がかりで副官の腕や体を捕まえ、押さえ込もうとします。副官の前には種を受け取った操り兵が近づきます。

 ジャックはまた猛然と動きました。

「失礼します!」

 と謝りながらガスト副官を体当たりではじき飛ばすと、副官がいた場所に入ってどなります。

「上官が目の前で敵の手にかかるのを、部下として見ていられるか! やるなら俺を先にやれ!」

 と、敵の真ん中で、どっかと床に座り込んでしまいます。

「ジャック!」

 とガスト副官は叫びましたが、駆け寄った他のロムド兵に、かばうように引き離されてしまいました。ワルラ将軍の側近である彼は、他の兵士たちにとっても守るべき上官だったのです。

 操り兵たちは、ジャックの潔い態度に感動する様子もなく、淡々と彼を押さえ込みました。種を受け取った操り兵がジャックの前に立ちます。指先には豆粒ほどの白い丸い物体があります。それが指の間でもぞもぞと動いているのを見て、ジャックは、ぞぉっとしました。生き物の動きです。

 ジャックを押さえた操り兵たちが、彼の頭をつかんで、ぐいと上を向かせました。別の操り兵は彼の顎をつかんで、無理やり口を開けさせます。おい、とジャックは言おうとしましたが、顎を押さえられているので、もうことばは発せませんでした。迫ってくる操り兵と、指先の白いものを凝視してしまいます。

 

 すると、指先のそれが、急にくるりと向きを変えました。とたんに赤い瞳が現れます。それは人間の眼球そっくりの物体でした。とても小さいのですが、確かに生きていて、あたりを見回しています。

 ジャックは総毛立ちました。やばい、逃げろ! と本能が彼の体の中でわめいていますが、彼は座った状態で四方から押さえ込まれているので、立ち上がることができません。眼球が彼の口に近づいてきますが、口を閉じることも不可能です。

 フルート!! とジャックは心の中で叫びました。おい、フルート、早く来やがれ!! このままじゃ間に合わねえぞ――!!

 ぎょろぎょろと動いていた眼球が、突然動きを止めました。赤い瞳がジャックの顔をじっと見つめます。

 操り兵は開いていたジャックの口へ眼球を投げ込みました。そのまま手で口に蓋(ふた)をすると、頭と顎を押さえていた操り兵が同時に押さえつけて、ジャックの口を閉じさせます。不気味に動く丸いものが、ジャックの咽を下りていきます――。

 次の瞬間、ジャックの全身に激痛が走りました。胸のあたりから体中へ、突き刺さるように何かが広がり始めたのです。ジャックは押さえつけていた兵士たちをはね飛ばし、もがき暴れました。手を縛っていたロープなど簡単に引きちぎり、胸をかきむしりますが、鎧の下の、さらに体の奥の出来事なので、広がっていくものを止めることはできません。それはたちまち体の隅々まで達すると、絡みつくように、ジャックの意識を縛っていきます――。

 やがて、彼がゆらりと床から立ち上がったので、ガスト副官や仲間のロムド兵は、ジャック、と言いました。名前を呼ばれても、彼はもう返事をしません。両手をだらりと下げ、うつろな表情で立っているだけです。

 ずっとその様子を見ていた島の戦士が、当然のことのように言いました。

「セイロス様のご命令だ。剣を取って、あっちへ行っていろ」

 ジャックはすぐに歩き出し、一カ所に集められていた彼らの武器の中から剣を取り上げると、腰の剣帯に下げました。慣れた手つきですが、その顔はずっと無表情のままです。それが終わると、他の操り兵と一緒に立って動かなくなります。

 

 すると、監視役をしていた島の戦士たちが、こんなことを言い出しました。

「そろそろ祝賀会が始まる頃だ。ぐずぐずしていたら遅れるぞ」

「そうだ。今日は神官殿が特にうまい酒をふるまってくれるらしいからな。早く行かんと、みんな飲まれちまう」

「こんな仕事、さっさと終わらせようぜ」

 島の戦士たちにとっては、大量の捕虜が手に入ったことや、戦力が増強されることよりも、勝利を記念して開かれる宴会のほうが大切だったのです。

 リーダー格の戦士もうなずきました。

「そうだな。おい、操りども、残りの捕虜を一度に片付けろ」

 周囲に立っていた操り兵が、わっといっぺんに動き出しました。まだ正気でいたロムド兵にてんでに取りつき、押さえつけて口を開けさせます。

 ガスト副官も押さえ込まれて身動きが取れなくなりました。虫の種を受け取った操り兵が、前に立ちます。ジャックは少し離れた場所から、その様子を眺めていました。副官が無理に口を開けさせられ、目玉のような種を放り込まれようとしていても、なんの感情もなくそれを見ています。

 これまでか、とガスト副官は観念しました。将軍、もしも我々がロムドに仇(あだ)なすようなことがあれば、遠慮なく我々を倒してください――! と心の中で訴えます。副官の口に目玉が迫ります。

 

 ところがその時、ごごぅっと強い風が巻き起こりました。つむじ風が操り兵の手から種を払い飛ばし、人々を吹き倒していきます。

 島の戦士たちは驚きました。ここは地下室です。上に続く出口と階段がありますが、戸は閉じていて、風が入り込むような場所はありません。

 続いて、今度は、どぉんと大きな音が響いて、壁際に積んであった大きな酒樽の一つが壊れました。こちらを向いていた木の蓋が、木っ端みじんに吹き飛んだのです。蓋がなくなって重みに耐えられなくなったのか、みりみりと音を立てて、樽全体が潰れていきます。

 その前に立っていたのは、青い胸当てをつけて大きな弓矢を背負った若者でした。へっ、と笑って言います。

「どこ見てやがる! てめえらが注目するのは俺じゃねえぞ! 真打ちはそっちだ!」

 若者が顎でしゃくってみせた壁際の場所に、数人の人々が現れていました。金の鎧兜の若者、緑の髪に色とりどりのシャツの少女、赤いお下げに黒い長衣の少女、黒っぽい防具を着た少年、マフラーを口に巻いた青年と、若草色の長衣に眼鏡の娘――ごごぅ、とまた音がして、二頭の風の獣がその横に舞い降り、犬の姿に変わります。

「勇者殿! 皆様!」

 とガスト副官は叫びました。彼自身は飛んできたポチに吹き飛ばされて、まだ床に倒れています。

「遅くなってすみません」

 とフルートは詫びると、敵味方が入り交じっている地下室を見渡し、仲間たちに向かって言いました。

「いくぞ、みんな! 取られたものを全部取り返すんだ――!!」

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