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第21巻「ザカラス城の戦い」

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62.谷間(たにあい)

 セイロスの前から逃亡したフルートたちは、東に広がる森へ飛び込み、狭い谷間へ舞い降りました。敵が追ってきても、そう簡単には見つからない場所です。フルートたちが地面に下り立つと、ポチとルルも犬の姿に戻ります。

 とたんにゼンがフルートに飛びかかってきました。マントの襟元をひっつかんでどなります。

「この唐変木(とうへんぼく)! どうしてあそこから逃げたんだよ!? 仲間の兵士がセイロスに大勢とっ捕まったんだぞ! 連中を操り兵にして、俺たちと戦わせるつもりか!?」

 フルートはゼンに激しく揺すぶられて返事ができなくなりました。メールやルルがあわてて止めます。

「ちょっと! 落ち着きなったら、ゼン! そんなに振り回したら、フルートが話せないじゃないか!」

「そうよ! だいたい、これで作戦通りなのよ! 忘れたの!?」

「作戦?」

 とゼンは驚いて手を止めました。

「ワン、そうですよ! 作戦会議でフルートが言ったじゃないですか! まず負けて、それから取り返すんだ、って!」

 とポチにも言われて、ゼンはますますとまどいました。目をぱちくりさせながら親友を放します。

 

 フルートはしまりすぎたマントの襟元を緩めると、苦笑して言いました。

「そういうことだ。ただ、ちょっとうまくいきすぎた。敵前逃亡しようとして混乱して、半分ぐらいが敵に捕まることにするつもりだったんだけれど、まさかセイロスが本気で彼らを殺そうとするとは思わなかったからな。奴はぼくたちに見せつけるために、ロムド兵を切り殺せと命じたんだよ。あそこでぼくたちがぐずぐずしていたら、結界の中で殺し合いが始まって、ロムド兵も操り兵も大勢が死んだだろう――。ポポロ、向こうの様子はどうだ? 死者は出てしまったかな?」

 心配そうな顔をするフルートに、ポポロが遠い目になりました。戦場の方角を眺めながら答えます。

「セイロス軍はもう捕虜を連れ去ったみたい。後に死体が残されてないから、大丈夫だったと思うけれど……」

 そこへ、新たに三人の人物が姿を現しました。シン・ウェイとリリーナと赤の魔法使いです。シン・ウェイとリリーナが自分の足で立っているので、フルートたちはほっとしました。

「良かった、無事でしたね」

「怪我はなかった?」

 術師の青年は肩をすくめました。

「おかげさまでね。奴の攻撃に心臓を貫かれるところを、若草ちゃんに救われたよ」

 けれども、そのリリーナは若草色の衣の上から両手で胸を押さえ、眼鏡の奥の丸い目をいっそう丸くしていました。

「私の力じゃありませんわ。あんなものすごい闇魔法、私だけではとても受け止められなかったんですもの――。障壁が壊れた瞬間に赤様が守ってくださらなかったら、私もマフラーさんも命はありませんでした」

「ツ、ウ、イ。ジデ、タ」

 と赤の魔法使いが答えるように言いました。

「ワン、セイロスの魔法はすごく強力だったから、無事で本当に良かったって」

 とポチが通訳したので、リリーナとシン・ウェイは頭を下げて感謝をします。

 

 そこへ蹄の音が聞こえてきて、谷間に馬に乗ったワルラ将軍が現れました。後ろには、同様に馬にまたったトーマ王子とザカラス宰相が従っています。

 王子は勇者の一行を見るなり馬から飛び降りました。フルートのマントの襟元をつかんでわめきます。

「ロムドの兵が大勢セイロスに捕まったじゃないか! 彼らが操り兵にされるぞ! どうするつもりだ!?」

 王子が先ほどのゼンとまったく同じことを言っているので、一同は思わず苦笑してしまいました。王子の力ではフルートを振り回すことができなくて、フルートの襟元にぶら下がっているところだけが違います。

 そら、とシン・ウェイは王子の襟首をつかむと、猫の子のようにひょいとフルートから引き離しました。術師が皇太子に対してとんでもないことをしたので、宰相が目をむいて驚きますが、それは無視して言い聞かせます。

「いいか、王子。フルートが作戦会議で言っていた、まず負けてから取り返す、ってのがこれなんだよ。負けるのも兵を敵に奪われるのも、最初から計算ずみのことだったんだ」

「計算ずみ――?」

 と王子はフルートを振り向きました。本当に先ほどのゼンと同じような表情をしています。

 すると、ワルラ将軍が口を挟んできました。

「あらかじめ半分ほどが捕まる計画だと聞かされてはいましたが、やはり相当無茶な作戦でしたな。彼らはロムド正規軍の兵士です。攻撃されれば、どのような状況であっても全力で戦うことが体にしみついています。ろくに戦いもせずに捕虜になるなど、彼らにしてみれば、とうてい納得のいかない敗北でした。それでもあえて捕まったのは、勇者殿の作戦を信頼したからです。彼らはロムド城で勇者殿が自分たちの代表五人を破ったところを目にしている。だからこそ、勇者殿を信じたのですから、彼らの信頼を裏切るような真似はなさらんでください」

 重々しく念を押してくる老将軍に、フルートははっきりうなずき返しました。

「もちろんです。まず負ける、それから取り返す――作戦はここからが後半なんです」

 

 すると、赤の魔法使いが急にアオ、と言って、空中へ顔を上げました。そのまま耳を澄ますような様子をしてから、一同に向かってムヴア語で話し始めます。

 ポチがすぐに通訳しました。

「ワン、南側の丘でザカラス城を見張ってるオリバンたちから連絡です。セイロス軍が大勢のロムド兵を捕虜にして城に戻ってきたそうです。捕虜の人数はおよそ五百。みんな手首を縛られて城の中に連れて行かれたって――」

 フルートは割り込むように聞き返しました。

「セイロス軍の兵士はどうしている? まだ城外にいるのか?」

 赤の魔法使いはさっそく空中に話しかけ、また聞き耳を立ててから答えました。

「ワン、セイロス軍もほとんど城内に戻ったらしいです。逃げたロムド兵を追うための追撃隊は出ないようだ、って。今は城の入り口や城門に見張りが立っているだけになっているらしいですよ。ただ」

 小犬は急に困ったように頭をかしげ、ワルラ将軍やフルートたちを見ながら続けました。

「オリバンたちの話によると、捕虜になった兵士の中に、ガスト副官やジャックがいたらしいんですよ」

 副官とジャックが!? と勇者の一行は驚きました。思わず周囲を見回しますが、ここにはワルラ将軍が一人でいるだけで、ガスト副官も、その横に必ずいるジャックも見当たりませんでした。彼らは馬に乗っていなかったので、セイロスの結界から脱出することができなかったのです。

 フルートは青ざめると、ぎゅっと唇を真一文字に結びました。ワルラ将軍も顔色を失いましたが、口には何も出しませんでした。ガストやジャックは大事な側近ですが、捕虜にされている他の兵士たちも将軍には大切な部下なので、側近ばかりを心配しては不公平になると考えたのです。ただ、じっとフルートを見つめます。

「取り返す」

 やがてフルートが言ったのは、その一言でした。短いことばに込められた強い決意に、その場にいる全員がうなずきます。

 

「で――でも、どうするつもりだ? 捕虜はみんな城に連れて行かれたのだろう? ザカラス城は難攻不落、侵入も困難な要塞だぞ。どうやって取り返すと言うんだ?」

 とトーマ王子が尋ねてきました。当然の質問です。

 フルートは頭の中で考えをまとめるように少し沈黙してから、また話し出しました。

「確かにザカラス城は難攻不落だけれど、外からまったく侵入できないというわけじゃない。大人数では無理だけれど、少人数でなら中に忍び込むことができるはずだ」

「どうやって!?」

 と王子はまた尋ね、宰相も心配そうに言いました。

「勇者殿はひょっとして、ザカラス城の秘密の避難路を使うことをお考えなのでしょうか? 確かに我々はそこから城外に脱出しましたが、通路を開ける装置は陛下のお部屋にあって、外から入り口を開けることは不可能です」

 すると、フルートは首を振りました。

「確かに、ぼくは秘密の通路を使おうと思っています。だけど、それは宰相さんが言っている道じゃないんです――。トーマ王子、君はアイル王から書状を預かって城を抜け出すときに、他の人たちとは別の場所から外に出ていたよな? その場所に案内してくれ。そこはきっと、ぼくたちにも使える通路なんだ」

 自信を持って言い切るフルートに、仲間たちは驚きました。

「なんでそんなことがわかるの?」

 とルルが聞き返します。

「アイル王が、トーマ王子をなんとしても助けようとしていたからだよ。ザカラス城には秘密の通路がたくさんあるし、中には特別な魔法がかかった通路もあると聞いてる。アイル王が息子を絶対安全に逃がそうと考えたなら、追っ手がかからないように、普通の通路じゃなく、王族専用の通路を使ったはずだ。王族以外の者には開けられないような、特別な通路をね」

 ん? と仲間たちは首をひねりました。ますます意味がわからなくなってきたのです。

「おい、フルート。ザカラス王族しか入れねえ通路なら、俺たちには通れないじゃねえか。それじゃ意味ねえぞ」

 とゼンが文句をつけますが、トーマ王子は、そうか! と声を上げました。

「フルートが言う通り、ぼくが通ったのは特殊な隠し通路だ! 入り口は王族にしか開けられないけれど、ぼくと一緒ならば、通路を通ることは誰にでもできるんだ!」

 それは、薔薇の使節団事件の際に、王子とメーレーン姫が閉じ込められた遺跡にかけられていたものと、まったく同じ種類の魔法でした。王族でなければ見つけることも開けることもできない入り口なのですが、彼らの導きがあれば、王族以外の者でも中に入ることができます。フルートは、ロムド城で道化間者のトウガリから、その話を聞いていたのでした。

「ワン、それじゃ――!」

「王子がいりゃ、あたいたちは城に潜入できるのかい!?」

 と仲間たちも目を輝かせます。

 

「総司令官と皇太子殿下が自ら城に潜入しようというのですか。誰を同行させるおつもりです?」

 とワルラ将軍は身を乗り出して聞き返しました。百戦錬磨の老将軍は、戦いに関する考え方が柔軟です。普通ならば、戦いの責任者たちがそんな危険な役目をするなんてとんでもない! と反対するところを、逆に作戦は有効と考え、乗り気になっています。

 フルートは答えました。

「まずぼくたち四人と二匹、それからトーマ王子とシン・ウェイ、それに若草さん。このメンバーで捕虜になったみんなを助け出してきます」

「私が!?」

「ワ、イ?」

 リリーナは驚き、赤の魔法使いは意外そうに聞き返してきました。ムヴアの魔法使いは、自分を連れて行かないのか、と尋ねたのです。

「赤さんには別の役目をお願いしたいんです。ワルラ将軍と一緒に、逃走して散っているロムド兵を再集結させて、城の近くの森に待機させてください。若草さんに一緒に来てもらうのは、彼女が光の魔法使いだからです。白さんや青さんに頼んで来てもらってもいいんですが、それではこちらの戦力が下がってしまいます。ぼくたちが城から合図を送ったら、まずワルラ将軍の第一陣が、次に合図をしたら第二陣が出陣してください。三回目の合図を送ったら、その時には総攻撃です」

 ほう、と将軍は言いました。

「まもなくゴーラントス卿が率いる本隊も追いついてきます。総攻撃というのは、本隊にも出撃せよ、ということですな?」

「そうです」

 とフルートはうなずきます。

 フルートから思いがけなく指名を受けたリリーナは、両手を握り合わせておろおろしていました。

「わ、私なんかがご一緒して大丈夫なのかしら。私の魔法はセイロスに全然かなわなかったのに……」

 シン・ウェイは励ますようにその肩をたたきました。

「大丈夫だ。俺たちの大将のご指名なんだからな。俺としては大歓迎だし――っと、まあとにかく、よろしく頼む。力を合わせて王子と勇者たちを守ろうぜ」

「は、はい!」

 生真面目そうな顔を真っ赤にして緊張しているリリーナに、シン・ウェイはこっそり、にやにやします。

 

 やがて、フルートたちは王子が使った秘密の通路めざして出発しました。フルートとポポロとトーマ王子はポチの背に、ゼンとメールはルルの背に、シン・ウェイとリリーナは呪符から生まれた大鷲(おおわし)の上に乗っています。トーマ王子も、風の犬になったポチに乗ることができたのでした。彼らの友人と認められた証拠です。

「どうぞお気をつけて」

 ザカラス宰相のことばに見送られて、彼らは飛び立ちました。ただ、敵に見つかってしまうので、森の上に出ることがないよう、気をつけながら飛んでいきます。

「どれ、では我々も兵をまとめるとしよう。赤殿、宰相殿、部下たちを見つける手伝いをよろしくお願いしますぞ」

 とワルラ将軍が言い、後に残った三人の大人たちも森の中で行動を開始しました――。

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