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第21巻「ザカラス城の戦い」

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60.敵前逃亡

 「くっそ。なんだよ、この状況! 本当にこれでいいのか、フルート!?」

 丘を越えようとして敵の待ち伏せに出くわしたロムド軍の中で、ジャックはわめいていました。周囲には大勢のロムド兵がいますが、敵の騎兵が弓矢を構えて行く手をふさいでいるので、引き返そうとして後続の兵士とぶつかり、丘の上で右往左往しています。――そういう「ふり」をして見せています。

 ジャックのすぐ近くにいた兵士の一人が、ジャックを押しのけて逃げる真似をしながら、ささやいてきました。

「またこんな情けない真似をさせられるとはな。例え芝居でも、とても他の部隊の連中に見せられないぞ」

「まったくだ。敵を目前にこんな失態はないぞ。ここに矢を射かけられたら全滅だ。冷や汗が出てくる」

 と別の兵士も言いました。格好だけは仲間をかき分けて逃げようとしています。

「フルートの奴は、連中が俺たちを殺さないって言うんだ。俺たちを人質にしたがっているからな。だけどよぉ」

 ジャックは情けない顔で自分の左腕の盾を見ました。他のロムド兵も同じものを装備しています。敵が弓矢で攻撃してくる際には、こちらはきちんと隊列を組み、最前列の兵は盾を前に、後続の兵は盾を斜め上に構える決まりになっていました。そうすれば、まっすぐに飛んでくる矢も、頭上から降り注ぐ矢も防ぐことができるのです。その形で歩兵は前進し、後方から弓矢で敵に応戦するものなのに、フルートの作戦はそんな戦いのセオリーをまるで無視していました。敵前逃亡しようとして混乱している陣形は、無様(ぶざま)なだけでなく、とんでもなく危険な状態にあります。

 すると、そこへ後方から風の犬のルルが飛んできました。背中にはゼンとメールが乗っていて、ジャックたちに呼びかけます。

「こら、しっかりしろ、てめぇら!! 逃げるんじゃねえ!!」」

「あんまり本気でびびってるように見えないじゃないか。もっとあわてて見せなよ」

 ゼンは敵にも聞こえるような大声、メールはロムド兵だけに聞こえる声です。

 ジャックは口を尖らせました。

「無理言うな。俺たちは勇敢なロムド兵だぞ。遭遇したとたん敵前逃亡なんて情けない真似は、これまでやったことがねえんだ」

「ばれたら作戦がおじゃんなのよ。矢が飛んできたら私が防いであげるから、しっかりがんばりなさいよ」

 とルルが厳しい調子で言います――。

 

 そこから少し離れた場所では、馬に乗ったトーマ王子が声を枯らしてどなり続けていました。

「逃げるな、ロムドの兵士たち! 城と父上は目の前だ! 突撃して取り戻せ! ――いや、本当は突っ込んでいったりしちゃだめなんだけど」

 急に弱気な声に変わった王子を、すぐ横に立っていたシン・ウェイが小声で叱ります。

「こら、強気でいろ。敵に見抜かれるぞ」

「で、ですが、この状況はあまりに危険です。このままでは敵に捕まります」

 と王子の隣で馬にまたがっていた宰相が言いました。こちらは布の服にマントをはおっただけの軽装です。

 若草色の衣の娘がすぐそばから言いました。

「ご心配なく。飛んでくる矢は、私とマフラーさんが全部防ぎますから」

「いや、だから俺はマフラーじゃなくて――ああ、もういい。なんとでも好きに呼んでくれ!」

 とシン・ウェイは言いました。口元をおおったマフラーの下で苦笑いをしています。娘も眼鏡の奥で目を細めて、にこりと笑い返しました。

「ええ、そうしますわ。その代わり、あなたも私を若草と呼んでいいことにしますから」

「おお、そりゃありがたいな、若草ちゃん」

 と青年は言い、手にしていた呪符を空に投げました。とたんに大きな翼が空に現れ、ばさりと羽ばたいて、飛んできた矢を吹き飛ばします。続けて飛んできた矢は、娘が杖を突きつけると、たちまち地上に落ちてしまいました。王子や宰相には一本も届きません。

 

 そんな状況を、フルートはポポロと一緒に少し高い場所から眺めていました。二人を乗せたポチが言います。

「ワン、トーマ王子たちはシンたちに任せておいて大丈夫みたいですね。ところで、敵の騎馬隊が左右から動き出しましたよ。こっちの後ろに回り込むつもりじゃないかな」

「ザカラス城からは歩兵もやってくるわよ。今の敵の何倍もいるわ」

 とポポロも遠い目で言います。二日間、馬車の中で休んだので、すっかり元気を取り戻していました。

「こちらの後方にはワルラ将軍がいる。退路を断たれて敵に包囲されるようなことにはならないはずだ」

 とフルートは答えました。その目は、眼下の軍勢ではなく、正面の岩山にそびえるザカラス城に向けられていました。目の前の敵の中に、紫水晶の防具を着たセイロスの姿はありません。まだ城にいるんだろうか、それともどこかに潜んでいるんだろうか、と考えますが、判断をつけることができません。

 すると、ロムド軍の右後方で戦闘が始まりました。彼らを包囲しようと駆けてきた敵の騎兵隊に、ロムド兵が斬りかかっていったのです。兵士たちの先頭に立っているのは、濃紺の鎧兜で身を包み、馬にまたがったワルラ将軍でした。敵の馬に体当たりするように突撃して剣をふるうと、敵兵はたまらずに、どうと落馬します。

 それを見て、他のロムド兵も剣を振り上げて敵に切りつけました。一頭の馬に数人がかりで襲いかかるので、馬がおびえて後ずさり、敵の包囲網が途中で止まります。

「馬から下りて戦え! 抵抗する奴は殺して首をはねるんだ!」

 と青いマントに二本角の兜の青年がどなっていました。セイロスの副官のギーですが、フルートたちはまだ彼の名前を知りません。セイロス軍の兵士は、島の戦士も操り兵も、いっせいに馬を下り、剣と盾を振りかざして襲いかかってきました。そこここで激しい戦闘が始まります。

「敵がみんな馬から下りた――?」

 とフルートが驚いたようにつぶやいたので、ポチは言いました。

「ワン、馬が怖がっているんですよ。あの状態では、馬に乗って戦えません。セイロス軍の騎兵隊は、あんまり馬の扱いが上手じゃないみたいだ」

 けれども、フルートはいっそう注意深く敵を見つめました。

「馬の扱いがうまくない……? でも、あの中にはザカラス軍の正規兵だって混じっている。彼らは馬で戦うのには慣れているはずなのに……」

 フルートがあまり不思議そうにしているので、ポポロが、どうかしたの? と見上げてきます。

 

 一方、戦闘が始まったのを見て、ロムド軍の正面にも敵が突進してきました。弓矢を剣に持ち替え、雄叫び(おたけび)を上げて駆け寄ってくると、馬を飛び降りながら斬りかかってきます。

 ロムド兵たちは逃げる真似をやめて振り向きました。敵の攻撃を盾で受け止め、自分の剣を突き出します。

 ジャックも敵に剣をふるっていましたが、相手が黒い鎧兜のザカラス兵だったので、ついつい攻撃が鈍りました。ザカラス兵は操り兵です。操り兵は絶対に殺すな、と先にフルートから強く言い渡されていたのです。

 心を乗っ取られ、操られていても、ザカラス兵は大変な腕前でした。剣で打ち合ううちに、ジャックは勢いに押されて後ずさってしまいます。ちっくしょう! とジャックはまたわめきました。

「殺さねえように戦うってのは、あんまり難しいぞ、フルート! その前にこっちがやられちまうじゃねえか!」

 そこへガスト副官が駆けつけてきて、ジャックに振り下ろされた剣を払い飛ばしました。

「落ち着け。敵もこちらを殺すつもりで戦っているわけじゃないんだ。我々は敵の戦力になる人材なんだからな」

 ガスト副官の剣がまたひらめくと、切っ先は敵の利き腕に突き刺さりました。籠手(こて)の隙間に命中したのです。いくら操り兵でも痛みは感じるようで、悲鳴を上げて剣を取り落としてしまいます。

「よぉし!」

 ジャックは剣を下ろして、肩から敵へ突っ込みました。大きな体で敵兵を吹き飛ばしてしまいます。操り兵は、ぐぅ、とうなり声を上げると、そのまま動かなくなりました。気絶してしまったのです。

 

 すると、ロムド軍の中から突然声が上がりました。

「敵だ! 新しい敵が城から押し寄せてくるぞ!」

 セイロス軍の後続部隊がようやく街壁の外に出てきたのです。野原がたちまち兵士で埋め尽くされていきます。約四千名の歩兵たちです。

 圧倒的な人数の違いに、ロムド軍は浮き足立ちました。セイロス軍相手に勇敢に戦っていた兵士も、剣を引いて敵に背中を向けます。

「逃げろ!」

「敵は俺たちよりずっと多いぞ! とてもかなわない!」

「早く! ここから逃げるんだ!」

 悲鳴のような声を上げながら、雪崩を打って逃げ出します。その先ではワルラ将軍たちが包囲しようとする敵兵と戦っていました。

「馬鹿もん、逃げるな! 踏みとどまって戦わんか!」

 将軍がどなりつけますが、部下たちを止めることはできません。

 トーマ王子も馬で駆けつけてきてわめきました。

「逃げるな、臆病者め! 城は目の前なんだぞ!」

 けれども、ロムド兵はやっぱり止まりませんでした。大軍を前に、なし崩しになり、包囲しようとしていた敵も押し切って逃げて行きます。

 実を言えば、それも彼らの芝居でした。新たな敵がやってくることはわかっていたので、それが見えたらすぐに逃げ出す算段になっていたのです。誰もが必死で敵前逃亡するふりをします――。

 

 ところが、行く手に突然一人の人物が立ちました。とたんにロムド兵たちの前に見えない壁が現れ、彼らは先に進めなくなってしまいます。

「どうも下手だな。包囲網もろくに作れないのか」

 とその人物は言いました。紫水晶の鎧兜を身につけ、金茶色のマントをはおっています。

「セイロス!」

 とギーは歓声を上げました。彼らの大将が城から手助けにやってきたのです。

 喜んで駆け寄ってきた副官へ、セイロスは冷ややかに言いました。

「おまえたちには効かない結界だ。中へ入って一人残らず捕まえろ」

 銀の鎧兜のロムド兵は見えない壁の中に閉じ込められていました。たたいても剣で切りつけても、壁を壊すことはできません。セイロスは魔法で一瞬のうちに千人を捕らえてしまったのです。わかった、とギーが部下たちと踏み込もうとします。

 すると、いきなり、どん、と音がして白い煙が上がりました。続いて、わぁっと声がして、数十人のロムド兵が駆け出します。結界の一部が壊れたのです。馬のいななきと共に、濃紺の鎧の老戦士や、黒っぽい鎧のトーマ王子も飛び出して来ます。

 結界が壊れた場所には、マフラーで口元をおおった青年と、若草色の長衣の娘、そして、赤い長衣に黒い肌の小男が立っていました。青年は手に紙切れを、娘と小男はそれぞれ杖を握りしめています。

 セイロスは一瞬驚いた顔をしましたが、すぐに、せせら笑いました。

「魔法使いどもが私の結界を破ったか。だが、貴様らごときの力で、私に対抗できるはずは――」

 けれども、そのことばが言い終わらないうちに、今度は頭上から人が飛び降りてきました。金の鎧兜のフルートと青い胸当てのゼンです。

「みんなを解放しろ、セイロス!」

「ついでにアイル王と城を返しやがれ!」

 と二人はどなりました。フルートは黒い柄の剣を、ゼンは両手を拳にして構えています。

 セイロスはまた冷笑しました。

「ついにまた勝負のときが来たか。今度こそ、貴様たちの息の根を止めて、世界を我が手に収めるぞ、金の石の勇者ども」

 高くかざしたセイロスの手に、闇の色に輝く剣が現れました――。

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