救援軍の本隊は進軍を一時停止して、しばらく休息することになりました。軍の要人たちが作戦会議を開くことになったからです。丘の上に大きな天幕が設置されますが、周囲の幕が引き上げられたので、話し合う要人たちの姿は周囲からよく見えていました。会議の様子を兵士たちに見せておきたい、とフルートが希望したのです。
「セイロスの間者が部隊に紛れ込んでいる心配はない。これから下す命令が一つの作戦に基づいているってことを、みんなに知っておいてほしいんだ。ちょっと普通と違ったことをするつもりでいるからな」
とフルートが言ったので、ゼンが笑いました。
「おまえの作戦はいつだってそんなふうだ。で、どうするつもりだ?」
「いよいよザカラス城からセイロスたちが出てくるんだろ? どうやって迎え撃つのさ?」
とメールも尋ねます。その隣には、ポポロ、ポチとルル、トーマ王子、シン・ウェイ、ザカラス宰相、ゴーリス、赤の魔法使い、白の魔法使いという面々が並んでいて、大きなテーブルを囲んでいました。全員が立ったままなので、犬たちはテーブルの上に直接飛び乗っています。
フルートはテーブルの上に地図を広げてみせました。
「領主のカーラン候から提供してもらったザカラス国の地図だ。まず、現在の状況を確認してから、作戦を説明する。補足したいことがあったら、遠慮なく口を挟んでくれ」
とフルートに言われて、全員がうなずきます。
フルートは話し出しました。
「みんなもよく知っているとおり、ザカラス国の東側にはぼくたちが出発してきたロムド国があるし、南側には火の山があるメラドアス山地とメイ国がある。西側に広がっているのはユーラス海――メールたちの呼び方で言えば東の大海だし、北側にはトマン国や森林地帯が存在する。セイロスと島の戦士たちは、アマリル島から海を越えてトマン国に上陸すると、トマン城を陥落させてから、すごい速さで南下してザカラス国に入り込んできた。途中で住人や兵士を操り兵にしながらだ――。連中が今いるのはここ。ザカラス国の中央のザカリアで、ザカラス城に立てこもっている。一方、ぼくたちがいる救援軍の本隊はここ。ザカリアの南東の街道を進んでいて、ザカラス城まではあと四日の地点まで来ている。ワルラ将軍が率いる先発隊はこのあたり。ザカリアから二日半の地点だ。さらに、先発隊は二つに分かれているから、先発隊の第一陣はザカリアから二日の場所まで近づいている。今回、セイロス軍の偵察はこの第一陣を見つけたんだと思う」
「つまり、我々は現在、三つの部隊に分かれて進軍している、ということだな。ワルラ将軍がいる先発隊の第一陣、そこから半日遅れた場所を進んでいる先発隊の第二陣、さらにそこから一日半遅れて進んでいるこの本隊だ」
とゴーリスは言って、地図の街道の上に小さな木片を三つ置いていきました。戦闘中の作戦会議では、こうやって自分たちの位置関係を確認するのです。
宰相が先発隊の第一陣と第二陣の間の場所を示して言いました。
「この付近は高い丘や低い山が連続している地帯で、見通しがよくありません。先発隊の第一陣はここを抜けたので敵に発見されたのでしょうが、第二陣はまだ山の中なので、きっとまだ見つかっていないはずです」
「そして、その後に一万を超す本隊が続いていることも、敵は知らないわけだ。俺たちをたった千人と思っているんだろうから、連中が真相を知ったら、さぞ仰天するだろうな」
とシン・ウェイが笑います。
「でも、敵は三万だ。ぼくたちの倍もいるんだから、しっかり作戦をたてて実行しないと勝てない」
とフルートは大真面目な顔で言うと、首都ザカリアのすぐそばに、小さな丸い石をもう一つ置きました。
「これは、ザカリアの近くで偵察をしているオリバンたち。ザカラス城の動きを逐一知らせてくれている。――白さん、あれからオリバンたちから連絡は?」
「まだありません。引き続き城の様子を監視している、と言ってきただけです」
と女神官が答えます。
トーマ王子は地図のザカリアを見ながら、憂い顔(うれいがお)で言いました。
「父上は城に幽閉されている。ということは、父上を助け出すには城に入り込まなくちゃならないってことだ。ザカラス城は難攻不落の要塞だ。正直、ぼくにはどうしたらいいのか思いつかない」
「んなのはいいんだ。作戦をたてるのはフルートの役目なんだからよ」
とゼンは言って、な! とフルートの背中をたたきました。フルートがすぐにうなずきます。
「作戦はもうたててある。各部隊の連係攻撃だから、部隊の指揮官は作戦をしっかり理解して、タイミングよく自分たちの役目を果たさなくちゃいけない――。まず、この本隊の指揮官はゴーリスだ。このまま進軍を急いで、できるだけ早く先発隊に追いついてほしい。魔法軍団の指揮官は白さん。今まで通り、本隊の後ろにつくけれど、先発隊から連絡があったら、すぐに駆けつけてきてほしい。ザカラス城は魔法で守られた城だから、魔法なしでは開城させられないんだ。トーマ王子と宰相さんは、ぼくたちと一緒にまた先発隊の先頭に飛ぶ。セイロスたちはそれをぼくたちの本隊だと思っているんだから、ぼくたちがいないと怪しまれるからな。真っ先に敵とぶつかる危険な場所だから、シン・ウェイには王子と宰相さんをしっかり守っていてほしい」
すると、赤の魔法使いがムヴア語で何かを言い、白の魔法使いがうなずきました。
「そうだな。シン殿一人で二人を守るのは大変だ。こちらからも護衛を出そう」
女神官が空中へ呼びかけると、すぐにその場にもう一人の魔法使いが現れました。若草色の長衣を着て眼鏡をかけた娘です。たちまちシン・ウェイが笑顔になります。
「やあ、また会えたな、若草ちゃん!」
「私はリリーナだ、って何度言えばわかりますの、マフラーさん」
「俺のほうこそマフラーじゃなくてシン・ウェイだと言っているだろう」
気安い調子でことばを交わす二人に、白の魔法使いが言いました。
「シン殿と若草は闇の灰掃討作戦でも息が合っていた。二人でトーマ王子と宰相殿を守るといいだろう」
「願ったりかなったりだな」
とシン・ウェイがリリーナへ片目をつぶって見せたので、まっ、と娘は顔を赤らめます。
フルートは一同を見回して話し続けました。
「それじゃ、今回の作戦を説明する。具体的な行動はこれから詳しく話すけれど、全体をひとことで表せばこうだ。――まず負ける、それから取り返す」
フルートが大真面目な顔でそんなことを言ったので、は? とその場の全員は目を丸くしてしまいました。