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第21巻「ザカラス城の戦い」

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54.罠

 ギーは森や野原を抜けて街道に戻ると、夜通し西へ馬を走らせました。翌日の日中にはザカラス城に戻ってきて、広間に駆け込みます。

「セイロス、敵を見つけたぞ――! 城から歩いて四日くらいのところまで来ていた!」

 セイロスはその日も玉座に座っていましたが、たちまち身を乗り出しました。

「敵はどんな様子だった!? 兵の種類は、人数は!? 司令官はどんな男だった!?」

 待ちに待っていた情報です。まだ息を切らしているギーに、矢継ぎ早に質問を浴びせます。

 ギーは、すぐにそれに答えました。

「敵の人数は、およそ千人――大半が自分の足で歩く歩兵だった。ほとんどの奴が銀の鎧と兜を着けていたが、中には紺色や金色の鎧兜の奴もいた。やたら偉そうな男の子どももいて、周りから殿下と呼ばれていたぞ」

「銀の鎧兜はロムド国の兵士だ。とすれば、金の装備はフルートに間違いないな。殿下と呼ばれた子どもは、このザカラス国の皇太子だろう。やはりロムド国の兵力を借りて反撃に出たか。だが、大半が歩兵だっただと? しかもわずか千人の兵とは少なすぎる。ロムドの兵力は、そんなものではないはずだ」

 セイロスが怪しんでいると、ギーは話し続けました。

「軍勢の様子は、そりゃぁひどいものだった。行進はめちゃくちゃだし、兵隊たちが、敵だった国を助けても何もならない、と言って、ザカラスの王様を助けに来るのを嫌がっていたんだ。叱られても説得されても、乗り気な奴はいなかったな。ただ、あんたを倒すと褒美が出る、とも言っていた。行進は止まらなかったよ」

 

 ほう、とセイロスは言いました。少しの間、口をつぐんで考えてから、また話し始めます。

「ザカラス国とロムド国は長い間、敵対を続けていた。特に、軍人同士は戦場で直接ぶつかり、血を流して戦い合ってきている。国王は過去を水に流して同盟を結んでも、兵士たちの記憶に刻まれた長年の確執(かくしつ)は消すことができないのだろう。なるほど、それでわずか千人の歩兵軍団か。それしか兵を動かすことができなかったのかもしれんな」

「連中はこっちに比べたら本当に少ないし、態度もだらけきっている。あんな奴らは俺たちの敵じゃない。こちらから攻めて出て壊滅させるか?」

 とギーが言うと、セイロスは即座に首を振りました。

「いいや。ロムドの軍事力は、ザカラスに負けないほど強力だ。ロムド兵も我々の戦力に組み込もう。引きつけてから捕らえて、操り兵にする」

「とすると、連中がそばに来るまで、城の中で待ち構えるんだな?」

「そうだ。どのみち、次の目標はロムド国にするつもりだったのだ。ロムドの人間を引き入れれば、ロムドの情報も手に入って一石二鳥だ」

 ザカラス城に向かって攻めてきているロムド軍が、濃紺の鉄壁と称されるワルラ将軍に率いられていると知っていれば、あるいは、セイロスも違った対応を考えたかもしれません。将軍直属の部隊は、ロムド正規軍の中でも特に選りすぐりの、最強軍団なのです。

 けれども、フルートはジャックたちにワルラ将軍を隊長と呼ばせていたし、様子をうかがっていたギーも、ワルラ将軍のことはまったく知りませんでした。セイロスは、ごく普通の部隊が出動していると考え、その兵士たちが反発してだらけきっていた、というギーの報告もそのまま信用しました。そんな敵であれば、城を離れて野外で戦うよりも、堅固な城の中で待ち構えて、近づいたところを捕まえるほうが得策、と判断したのです。それがフルートの作り上げた罠だとも知らずに――。

 

 セイロスは副官に命じました。

「ギー、先にこの城に到着していた兵を中心に迎撃部隊を編成しろ。彼らはもう充分飲み食いした。そろそろ体を動かしてもらおう。操り兵は一万を出動させる。数で圧倒的して、敵の兵士と皇太子を捕らえるぞ」

「金の石の勇者とやらいう奴のことは? 空飛ぶ蛇のような怪物に乗っていたぞ」

 とギーは聞き返しました。空から攻撃されれば手こずるだろうということは、彼にも容易に想像できたのです。

「無論、奴らを倒すのはこの私だ。長年の因縁がある連中だからな。見張りを立てろ。敵が城から一日の距離まで近づいたら、出撃して一網打尽にする」

「わかった!」

 ギーは広間から駆け出しました。わずかに足を引きずっているのは、長時間馬を走らせて疲れ切っていたからですが、それでも嫌な顔一つせず、セイロスの命令を実行しに行きます。

 そして、セイロスも、そんな忠実な副官にねぎらいのことばをかけようとはしませんでした。彼の目は、自分が手に入れていく未来だけを見つめています。

「見ていろ、フルート、勇者の仲間ども。今度こそ、おまえたちの息の根を止めて、この世界を私の国にしてみせるぞ」

 つぶやくセイロスの背後で、ばさり、と翼が打ち合わされるような音が響き、また静かになっていきました――。

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