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第21巻「ザカラス城の戦い」

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53.不平

 東の山の端から朝日が上り、あたりを照らし始めたとき、ギーはすでに太陽に向かって出発していました。二本角の兜の下の金髪をなびかせ、たくましい体を上下させながら、馬を疾走させていきます。彼は偵察のために丸一日半ひたすら街道を走ってきましたが、東から来るという敵にはまだ遭遇していませんでした。乾いた道には、馬の蹄の音だけが響いています。

 ところが、山間を抜けてまた平地に出たとたん、行く手の山の陰から薄い煙が立ち上っているのを見ました。炎があげる煙ではなく、黄色みを帯びた砂煙です。ギーはすぐに手綱を引いて馬を止めると、自分自身に言いました。

「セイロスは、風もないのに行く手で砂煙が上がったら、そこには軍勢がいる、と教えてくれた。今日は風が吹いていない。敵かもしれないぞ」

 そこで、ギーは用心しながら馬を進めていきました。近づくにつれて、砂煙はますます大きくなり、同時に遠くから人の話し声が聞こえ始めます。一人二人の声ではありませんでした。大勢がしきりに何かを話しながらやってくるのです。

 いよいよ話し声が近くなってくると、ギーは道をそれて横手の林に入り、馬から下りて木陰に隠れました。馬が逃げ出さないように、手綱をしっかりと握ります。

 

 やがて目の前の道にやってきたのは、銀の鎧兜の兵士たちでした。剣を腰に下げ、盾を装備し、道の上に砂埃をたてて歩いていきますが、その集団が非常に騒々しかったので、ギーは目を丸くしてしまいました。隊列も組まずに三々五々集団を作り、周りの仲間たちと、ぺちゃくちゃ大声で話しているのです。甲高い声で笑ったり、わけのわからないことを言って隣人をどなりつけている兵士もいます。

 彼らはなんでこんなに騒々しいんだろう? とギーが不思議に思って見ていると、隊列の後方から、馬に乗った人物がやってきました。濃紺の鎧兜を着けた、見るからに立派な容姿の老人で、歳に似合わない大声で兵士たちをどなりつけます。

「貴様らは何をだらけきっておる!? 敵がいるザカラス城はもうすぐなのだぞ! もっとしゃんとせんか!」

 とたんにしゃべっていた兵士たちが静かになったので、この人は司令官だな、とギーは気がつきました。セイロスたちが占拠している城をめざしているようです。

 けれども、兵士たちはすぐにまた口を開きました。さっきより騒々しくなった隊列の中で、大柄な兵士が声を上げます。

「そうはおっしゃいますが、隊長! ここはザカラスですよ!? 故郷でもない国のために、どうして俺たちが戦わなくちゃならないんです!?」

 まだ年若い兵士ですが、ふてぶてしい顔に口ひげがよく似合っています。

 そうだそうだ! と他の兵士が口々に同意していると、今度は中年の兵士が言いました。

「隊長! ザカラスは長年ロムドの敵だった国です! 敵国のために、何故ロムド人の我々が戦わなくてはならないのですか!? 納得がいきません!」

 筋の通った話し方をする兵士でしたが、隊長と呼ばれた老人は、頭ごなしにそれをどなりつけました。

「馬鹿もん! 反逆罪で逮捕されたいか!? ザカラスは今ではロムドの同盟国だ! 陛下がザカラス城奪回をお命じになったのだから、黙ってそれに従わんか!!」

 非常に力のある声でしたが、兵士たちはいっこうに静かになりませんでした。むしろ、もっと騒々しくなって、そこここで不満の声を上げ始めます。

 そこへ、後ろのほうからまた二人の人物が上がってきました。馬にまたがった少年と中年の男性です。少年は鎖帷子と鎧兜を着込んで、いっぱしに戦士の格好をしていました。先に声を発したのもこの少年のほうで、開口一番、兵士たちをどなりつけます。

「ロムドの兵は腰抜けか!? 我が城の敵を恐れて二の足を踏んでいるのだろう!? 情けないものだな!」

 殿下! と隣の馬の男が、青くなって少年をたしなめました。ほとんどの者が武装している中、この男性だけは布の服にマントをはおった旅姿です。

「なんだ、宰相!? ぼくは間違ったことは言っていないぞ!」

 と少年は言い返しました。銀の鎧兜の兵士たちは、怒りの目で少年をにらみつけています。

 

 すると、今度は後ろのほうから四人の若者がやってきました。彼らが馬ではなく、空を飛ぶ白い蛇に乗ってきたのを見て、ギーは仰天しました。セイロスから、風の怪物に乗っている奴がいる、と聞いていなければ、驚きのあまり声を上げてしまうところでした。

「皆さん、どうか落ち着いてください!」

 と前の怪物に乗った若者が声を上げました。金色に輝く立派な鎧兜を着ていますが、ことばづかいはいやに丁寧です。

「敵と戦う前に、俺たちが仲間割れしてどうするってんだよ!? 喧嘩なら敵とやりやがれ!」

 とその後ろに乗った若者も言います。こちらはかなり乱暴な口調です。

 もう一匹の怪物の背中には、二人の娘が乗っていましたが、背の高いほうの娘が大声で言いました。

「ザカラス城はもうすぐそこなんだよ! 敵の大将のセイロスを倒したらご褒美も出るんだからさ、ちゃんとしなよ!」

 けれども、銀の兵士たちはやっぱり不服そうな表情のままでした。ざわざわ、と陰口のようなおしゃべりがまた始まります。

 ギーは敵がセイロスの名前を出したとたん、非常に厳しい顔つきになりました。敵の人数を素早く数えると、馬と一緒にそっと後ずさり始めます。彼の役目は敵の偵察でした。敵の規模や様子について、セイロスに報告しなくてはなりません――。

 

「もういいわ、偵察は離れていったわよ。林を裏から抜けて、ザカラス城に戻ろうとしているわ」

 とポポロが言ったので、一同はいっせいに、ほぉっと肩の力を抜きました。

 フルートがポチとルルに言います。

「奴が見えるところまで上がってくれ。気づかれないように注意して」

 そこで二匹の風の犬は、背中にフルートたちを乗せたまま林に入り、上昇して、そっと林の上に浮かびました。馬で逃げていく男を見送ります。

「二本の角がある兜をかぶった金髪の男だ。間違いなく、オリバンたちが知らせてきた偵察兵だな」

 と目の良いゼンが言いました。エルフの弓で狙って射れば充分命中させられる距離でしたが、それはしません。偵察をザカラス城へ戻らせるように、とフルートが言ったからです。

 そのフルートは、荒れ地を遠ざかって行く男を、ずっと見送っていました。男を乗せた馬は小さな林に飛び込み、また抜け出して、先へと進んでいきます。すぐ近くには走りやすい街道があるのですが、そこを通ろうとはしません。敵に見つかることを用心しているのです。

 そのうちに、フルートはふと首をかしげました。あれ? と小さくつぶやきます。

 ポチが振り向きました。

「ワン、どうかしたんですか?」

「あの人の馬が――いや、あの人の馬の乗り方が――」

 言いかけてフルートは口をつぐんでしまいました。男を乗せた馬が、また森の中に飛び込んでしまったからです。森は小高い丘の向こうまで続いていたので、そのまま見えなくなってしまいます。

「なんだ?」

 とゼンも尋ねましたが、フルートは首を振りました。

「なんでもない。下に降りよう。みんなが待ってる」

 

 そこでポチとルルが地上へ降りていくと、そこでは本当に兵士たちが彼らを待っていました。周囲より頭一つ背の高いジャックが、兵士たちの間で腕を振り回します。

「こら、フルート! 天下に名だたるロムド正規兵に、なんて情けねえ真似をさせやがる!?」

 先ほど他の兵士たちを代表して、ザカラスのために何故戦わなくちゃならないんだ、と言ったのはジャックだったのです。

 隣にいたガスト副官も、渋い表情で言います。

「将軍を隊長呼ばわりするのは冷や汗がでましたな。しかも、あんなことを言わされるとは。芝居でなければ、とてもできません」

 彼は、敵だった国のために戦うなんて納得ができない、と上官へ文句を言ったのです。

 濃紺の鎧兜のワルラ将軍は、馬の上で息巻きました。

「当然だ! わしが率いる兵は、あのようなことで文句を言うような愚か者ではない。もしそんな不平を本気で言う者があったら、わしがその場でたたき切っとるわ!」

「もちろん、我々は充分それを承知しております。たとえ芝居でもそんな恐ろしいことは言えない、と皆が引っ込むものだから、しかたなく、私とジャックが台詞を言う羽目になったんです」

 とガスト副官は言って、周囲を見回しました。兵士たちはもう勝手なおしゃべりはやめて、整然と並んでいました。充分訓練を積んできた、一糸乱れぬ隊列です。これがロムド正規軍の本来の姿でした。

 トーマ王子は馬の上から兵士たちに一生懸命謝っていました。

「皆を侮辱してすまなかった! 本気で言ったわけではない! こちらの様子をうかがっていた敵の間者に聞かせるためだったのだ!」

 王子がロムド兵を腰抜け呼ばわりしたとたん、芝居とわかっていても、彼らは本気で腹を立てたのです。今も王子を見る彼らの目にはまだ険しいものがあります。

 兵士たちの間に混じっていたシン・ウェイが、苦笑いをして言いました。

「普段から言い慣れていただけあって、迫真の演技だったからな。だが、そのおかげで敵もこっちをしっかり誤解してくれた。これで、こっちの思惑通りになるぞ。そうだろう、金の石の勇者?」

 フルートはうなずきました。

「ぼくたちは今、先発隊のワルラ将軍の部隊と一緒にいる。しかも、ここにいるのは兵の一部だ。残りの先発隊は後ろで止まって待っているし、本隊はさらに後ろにいる。敵はこちらの規模も構成も、雰囲気までも誤解してくれたはずだ。きっと、ぼくたちの狙い通りに動いてくれる」

「ぼくたちのじゃなく、ぼくの、だろうが。この罠を考えたのはおまえなんだからよ」

 とゼンが突っ込むと、ジャックが、そうそう、とうなずいて他の兵士たちに言いました。

「俺たちにあんな情けねえ真似をさせたのはフルートなんだから、文句はあいつに言ってくれ。腹の虫が収まらないなら、二、三発ぶん殴ってもかまわねえからな」

「そんな、ジャック!」

 勝手なことを言う幼なじみに、フルートは思わず声を上げ、兵士たちはいっせいに笑い出しました。意に沿わない芝居をさせられた不満が、やっと溶け始めます。

「さぁて、我々の渾身の演技は、敵をどんな罠にはめますかな」

 ワルラ将軍はいかにも楽しそうに言うと、わっはっは、と豪快に笑いました――。

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