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第21巻「ザカラス城の戦い」

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51.大軍勢

 「もうじきニグルアの城下町でございます、殿下。ニーグルド伯爵の城がございます」

 街道を進む馬の上から、ザカラス宰相がそう言ったので、うん、とトーマ王子はうなずきました。彼も馬にまたがり、自分で手綱を握っています。宰相は布の服の上にマントをはおった旅姿ですが、王子は全身に鎖帷子と鎧を着て、腰には剣を下げていました。ロムド城を出発したばかりの頃にはちっとも似合わなかった戦姿(いくさすがた)も、今では少しずつ様になってきています。

 そこへフルートが馬を寄せてきました。こちらはすっかり板についた金の鎧兜姿で、宰相たちに尋ねます。

「ここまでのザカラスの領主の皆さんは、快く出兵に同意してくれましたが、今度の方はどうでしょう? 伯爵なら身分も高いわけですが、作戦に加わってくれそうですか?」

 彼らの後ろには、何千という騎兵や歩兵が隊列を組んで従っていました。先頭は銀の鎧兜で統一されたロムド兵、その後ろはザカラスの領主の私兵たちです。ザカラス国王の正規軍ならば黒い鎧兜がトレードマークなのですが、こちらは複数の領主の私兵なので、てんでばらばらな装備をしていました。それでも、あちこちで国王の紋章と自分の領主の紋章の旗を高く掲げて、ザカラスの兵であることを強調しています。

 ザカラス宰相がフルートに答えました。

「ニーグルド伯爵は亡くなった先代に忠実だった領主で、それだけに今の国王陛下には今ひとつ忠誠を示してくださらない方でした。ここまでの領主は、陛下に従順な方たちばかりでしたが、ニーグルド伯爵は陛下を意気地のない主君だと言って、陰でずっと非難を続けていたのです。陛下を救出したいから力を貸してくれ、と言っても、すぐには承知してくださらないでしょう。説得に時間がかかるかもしれません」

 トーマ王子はそれを聞いて不安そうな顔になりました。口を一文字に結んで、馬の背中の上でうつむいてしまいます。

 すると、ゼンが近寄ってきて、ばん、と王子の背中をたたきました。

「なんだ、怖じ気づいてるのか? 味方になるはずのヤツに対してびくびくして、どうすんだよ!」

 メールもやってきて言います。

「そうさ、堂々としなよ! これまでみたいにさ! ――あ、だけど、一昨日(おととい)やったみたいに、相手に頭ごなしに出兵を命令するのはだめだよ。誰にだって、自分の都合ってのはあるんだ。一方的に命令に従わせようとすると、後でいろいろ面倒なことになってくるんだからさ」

 ゼンやメール、そばを行くポポロも、皆、馬に乗っていました。ロムド城に預けていた自分たちの馬です。同じように馬にまたがった術師のシン・ウェイが、苦笑いをして言いました。

「やれやれ、話を聞いていると、誰が大人で誰が子どもかさっぱりわからなくなるな。あんたら、相当場数を踏んでるだろう?」

「当然だ。俺たちは金の石の勇者の一行だぞ」

 とゼンが馬の上で胸を張ってみせます。

 

 すると、変身して行く手の様子を調べていたポチとルルが、飛び戻ってきて報告しました。

「ワン、街の入り口の外にすごい人数の軍隊が待ち構えてますよ!」

「街に入れないように立ちふさがっているの! このままじゃ前に進めないわよ!」

 王子やフルートたちは、たちまち緊張しました。

 報告を聞いて、馬に乗ったゴーリスが後方から上がってきます。

「大領主が街道を封鎖しているだと? ひょっとして、セイロスに寝返ったんじゃないだろうな」

 フルートは首を振りました。

「今のところ、オリバンからそんな報告はない。ただ偵察兵が一人こっちに向かったって連絡だけだ」

「でも、本当にすごい数の軍隊よ。武器を構えて、こっちを向いてるの」

 とポポロが遠い目をして言います。

 そこで、彼らは緊張して進み続けました。シン・ウェイやポポロは、ニーグルド伯爵の軍に襲撃されたらすぐ対応できるように、ひそかに呪符や呪文を準備します。

 麦畑になったなだらかな丘を越えると、石壁に囲まれた街と城があって、その手前に本当に軍隊が待ち構えていました。鎧兜はてんでばらばらですが、全員が同じ黄色いマントをはおり、紋章が描かれた旗を高くかざしています。

 それを見極めて宰相が言いました。

「やはりニーグルド伯爵の私兵です。先にワルラ将軍と共に司祭長のニーキ殿が訪問しているはずなのですが、話し合いがうまくいかなかったのかもしれません。ここはまず私が話をいたします。隊長はどこでしょう?」

 すると、目のいいゼンが軍勢の中にひときわ目を惹く人物を見つけました。初老の男なのですが、細かい細工が施された鎧兜を着込み、王族のような黒テンのマントをはおって、馬にまたがっています。

「おい、あれがそのニーグなんとかって伯爵じゃねえのか? やたら偉そうな格好してやがるぞ」

 とゼンに言われて、宰相は驚いた顔になりました。

「確かにそうです! ニーグルド伯爵自らが出てきているとは!」

 宰相が急いでそちらへ向かおうとしたので、トーマ王子が言いました。

「待て、ぼくも行く。伯爵に話をするのは、このぼくだ」

 宰相や王子だけを行かせるわけにはいかなかったので、フルートたちもそれについていきました。シン・ウェイも同行しますが、ゴーリスは兵士たちを停止させて、距離を置いた場所から見守りました。軍隊を近づければ、それだけで一触即発の事態になりかねないからです。

 声が届く場所まで近づくと、トーマ王子は呼びかけました。

「ニーグルド伯爵だな!? ぼくが誰かわかるか!?」

「無論です、皇太子殿下。昨年の戴冠式の席で、お顔は拝見しております」

 と伯爵は答えました。声や表情には厳しいものがありますが、王子に対することばづかいは丁寧です。

 王子は馬の上で胸を張ると、伯爵へ言い続けました。

「先にここに来た司祭長たちから話は聞いただろう。ザカラス城が敵の手に落ちて、父上がとらわれの身になっている。我々はロムド国王の支援を受けて、父上と城を解放するためにザカリアに向かっているところだ。我々と一緒に来い、ニーグルド伯! 国の象徴を我々の手で取り戻さなくて、どうするというのだ!?」

 大軍勢を前に話をする王子の両脇で、フルートたちは警戒を続けていました。伯爵が、あの国王には助ける価値などない、協力はできない、と答えたら、それはもう反逆です。王子や宰相に対して攻撃が始まるかもしれません。

 

 すると、伯爵は重々しく話し始めました。

「数日前、兵に守られた避難者が大勢わしの領内にやってきました。ザカリアに非常に強力な敵が攻め寄せてきたので、城を脱出してきた人々です。それが王の命令だったと知ったわしは、大変腹を立てました。城はこの国の象徴です。それを抵抗することもなくむざむざ敵にくれてやっては、国王が国を放棄したことになる。意気地なしにもほどがある! 陛下は世界一の臆病者だ! と憤っていたところ、そんなわしに避難者たちが言ったのです。『兵を起こしてザカリアへ行ってくれ。自分たちを逃がしてくれたために、陛下は敵にとらわれているかもしれない。陛下をお救いしてくれ』と――。正直、わしは驚きました。先代のギゾン王は威厳ある王で、誰もがその命令に従いましたが、王が命令しなかったことを自分からしようとする者はありませんでした。ところが彼らは、正規軍の隊長から下働きの娘に至るまで、全員が口を揃えて、陛下の救出を訴えてくる。誰かに命じられたのではなく、彼ら自身の意思でそうしていたのです。陛下は彼らに何をしたのだろう、どのようにして彼らの気持ちを惹きつけたのだろう、と不思議に思っていたところに、ロムドの将軍に従われて、城の司祭長がやってきました――」

 伯爵の話が予想とは違う方向へ向かっていくので、フルートたちは面食らっていました。トーマ王子は一歩進み出ます。

「敵はザカラスの国民を自分の兵にして思いのままに操ることができるのだ! 味方同士で殺し合いをさせることさえできる! 仲間や友人、家族だった者同士が、血を流して斬り合い、命の奪い合いをする戦いがあっていいはずはない。父上はその危険から皆を守ろうとしたのだ!」

 伯爵はうなずきました。

「司祭長の話を聞いて、いっさい合点がいきました。陛下がザカラスの軍事力を敵に奪われることを警戒したことも、大変賢明なご判断だった。敵は暁城を奪いましたが、我々の心まで奪ってはいません。それは陛下が身を挺(てい)して守られたものだ。避難者たちはそのことを知っているので、陛下をお助けしたい、と考えたのです。――殿下、一つだけお聞かせいただきたい。敵は人の心を操るという。陛下を救出に向かった大部隊が、そのまま敵の手に落ちる危険性はないのですか?」

「ない!」

 とトーマ王子は即答すると、傍らのフルートを示して続けました。

「ここにいるのはロムドの金の石の勇者だ! 彼と彼の仲間たちが、必ず悪しき魔法から我々を守ってくれる! そうだな、フルート!?」

 言い切って念を押してくるトーマ王子に、フルートはすぐに答えました。

「もちろんです。光の神ユリスナイの名にかけて、皆さんを守り抜きます。どうか安心して戦ってください」

 穏やかでも力のある声です。

 

 ニーグルド伯爵はうなずくと、整列する軍勢を背に両手を広げてみせました。

「では、我々もお連れください、殿下。ここにはわしの兵士五千名と、ザカリアから避難してきた兵士およそ百名が、出撃の準備を整えて待機しております。市内には、食料や武器を積んだ馬車百台も出発を待っています。共に陛下を助けに参りましょう」

 王子やフルートたちは目を丸くしました。ゼンとメールが話し合います。

「五千百の味方が増えるのか!? 一気に兵力倍増だぞ!」

「食料や武器もありがたいよねぇ! みんな食べなくちゃ戦えないし、武器だって減ったり壊れたりするんだしさ!」

「ニーグルド伯爵――!」

 と宰相は感激して駆け寄り、伯爵の手を握りました。トーマ王子も近づいていって言います。

「ありがとう、伯爵。貴公の協力と善意は必ず父上にお伝えする」

 すると、ずっと厳しかった伯爵の顔が初めてほころび、笑顔になりました。

「陛下にお話しする際には、ぜひ避難者たちのこともお伝えください。女子どもや年寄りはここに残りますが、男たちは兵士も市民も皆、陛下を救うためにまたザカリアへ戻ると言っているのですから。ザカラスでこんなことが起きるとは、前代未聞です」

 王子は居並ぶ軍勢を見渡し、鎧兜の兵士の後ろに、数十人の私服姿の男の集団を見つけました。装備らしい装備もろくにしていないのですが、王子が彼らを見たことに気がつくと、ザカラス国王の旗を振って、おぉう!!! と威勢の良い声をあげます。それがザカリアからの避難者たちでした。すぐそばには、黒い鎧兜の正規軍も馬で待機しています。

「ありがとう――」

 トーマ王子はまた礼を言ってうつむきました。感激して涙がこぼれそうになったのです。宰相はもうとっくに嬉し泣きをしていました。フルートたちは笑顔でうなずき合います。

 

 ザカラス城がセイロス軍に占拠され、アイル王が人質にされてから十二日目。

 トーマ王子を旗頭とする救援軍は、ザカラス国内で味方を増やして、ついに一万を超す大軍勢になったのでした――。

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