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第21巻「ザカラス城の戦い」

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50.焼け跡

 「オリバン、敵にまた動きがあったぞ――!」

 ザカラス城からほど遠くない山中の野営地に、セシルが駆け込んできました。

 オリバンは、木の枝の屋根をかけた東屋(あずまや)で青の魔法使いと話をしていましたが、セシルの声にすぐ外に飛び出しました。

「先ほどセイロス軍の本隊がザカラス城に到着したばかりだ。今度は何があった?」

「城の跳ね橋がまた下りたんだ! 誰かが出てきた!」

 とセシルが先に立って駆け出します。

「さてはセイロスか!?」

 とオリバンも一緒に走りました。山の斜面の見張り場まで行くと、当直の兵士がオリバンに駆け寄ってきて報告します。

「殿下、馬に乗った人物が一人、城外に出て山を下っております!」

 見れば、ザカラス城から麓に続く、つづら折りの道を、一頭の馬が駆け下っていくところでした。背中には男と思われる人物が乗っています。

「どれ、もっとよく見ましょう」

 後を追ってきた青の魔法使いがこぶだらけの杖を振ると、彼らの目の前で遠い景色がいきなり大きく広がりました。まるで、ほんの数メートル先の光景のように、馬と人が大写しになります。馬に乗っているのは青年でした。毛皮の服に無骨な鎧を身につけ、二本角の飾りがついた兜をかぶって、坂道をひた走っています。

「セイロスではありませんな」

 と青の魔法使いは言いました。ここにいる人間の中で、実際にセイロスの顔を見たことがあるのは、この武僧一人だけです。

「あの装備は大陸の戦士のものではない。おそらく、セイロスと共に海を渡ってきた、アマリル島の人間だろう」

 とオリバンも言うと、セシルは眉をひそめました。

「どこへ行こうとしているのだろう? あんなに急いで」

「連中の本隊は先ほど城に入った。本隊へ向かう伝令ではないだろうし、この大陸にセイロスが連絡をつけるような相手もいない。我が国へ交渉の使者を出す可能性はあるが、時期的にまだ少し早い。おそらく偵察の兵だろう」

「捕まえてみますか?」

 と青の魔法使いが杖を掲げて見せましたが、オリバンは首を振りました。

「セイロスは城の中から偵察兵の行方を見ているだろう。それを捕まえれば、我々がここに潜んでいることを知られる。今は手を出せん」

 

 そこで、彼らは城から出てきた戦士をじっと見守りました。戦士の馬が焼け野原になったザカリアの街を突っ切り、焦げた石畳の道を東に向かい始めたので、オリバンは腕組みをします。

「あの街道の先には我が国がある。あいつはどうやらロムドを探りに行くようだな」

「そこはフルートたちがトーマ王子と共に進軍しているルートだ。その前方には、ワルラ将軍の部隊もいる。途中で出くわすのではないか?」

 とセシルは心配しました。フルートたちはセイロスに知られないように兵を動かしているのです。偵察に見つかってしまっては、せっかくの作戦が水の泡になります。

 オリバンは少し考えてから、青の魔法使いに言いました。

「フルートに報告して、偵察をどうすれば良いか尋ねろ。必要なら城から離れたところで捕まえるぞ」

 青の魔法使いは赤の魔法使いを通じてフルートとやりとりをすると、こう伝えました。

「勇者殿たちは国境を越えてザカラス領内に入りましたが、偵察と出くわすにはまだ時間があるので、自分たちに任せて欲しいそうです。勇者殿には何かお考えがあるようですな」

「ほう」

 とオリバンは言いました。そういうことならば偵察兵はフルートたちに任せておこう、と考え、馬に乗った青年が門をくぐってザカリアの外へ出て行く様子を見守ります――。

 

 ところが、青年が街を出て行く直前、その後ろの景色に人の姿がちらりと映りました。めざとくそれを見つけたセシルが声を上げます。

「人がいたぞ! 二人連れの男だ!」

 ザカリアが襲撃され、セイロス軍が城に乗り込んでいった後、ザカリアの街にやってくる人間はまったくなかったので、セイロスたちは驚きました。青の魔法使いがすぐに大写しの景色を街壁の内側に戻します。その間に偵察兵の青年は街道を駆け去ってしまいました。

 家々が炭になった柱を無残にさらす焼け痕では、二人の男が背中をこちらに向け、身をかがめて何かをしていました。しきりに何かを探している様子です。

「いったい何をしているのでしょうな?」

 と青の魔法使いが言ったとたん、男の一人が体を起こしました。頭には二本の角飾りがある兜をかぶっています。

「これもセイロス軍の兵士か!」

 とオリバンは言い、セシルは首をかしげました。

「この男たちはどこから来たんだ? 城からは、先ほどの偵察の他には誰も出てこなかったのに」

「その通りです」

 とそばにいた見張り兵たちも同意しました。彼らはセシルと共に、ずっと城を見張っていたのです。

 ふぅむ、と青の魔法使いはひげだらけの顔をなでました。

「どうやら、あの連中は城の周りの水路を泳いで越えたようですな。跳ね橋を通らずに城から出るには、それしかルートはありませんから。水面までけっこうな高さがある水路ですが、水は静かだし、今はろくに見張りも立っていないのですから、抜け出してくることは可能でしょう」

 二人の兵士は半裸の体に簡単な鎧を着けただけの、非常に質素な格好をしていました。焼け落ちた柱や燃え残りを持ち上げては下をのぞき、しきりに何かを探し回っています。と、一人が起き上がって何かをかざしました。声は聞こえてきませんが、その手の中で、きらりと何かが金色に光ります。

「あれは金貨だ!」

 とセシルが言い、オリバンはあきれた顔になりました。

「なんだ。あの連中は火事場泥棒を働いているのか」

 それを証明するように、もう一人の男も笑顔で起き上がり、両手を高く上げました。その手にも瓦礫(がれき)の下から出てきた金貨が握られています。

「敵から襲撃は受けないと思いこんでいるんですな。油断しきってますぞ」

 と青の魔法使いが言ったので、オリバンはすぐに考える顔になりました。

「こっそり城を抜け出した連中なら、捕まえて城内の様子を白状させるのに好都合だ。青、あの連中を捕まえることはできるか?」

 御意、と武僧は空中の景色へ杖を突き出しましたが、そのままの格好でしばらくじっとしてから、また杖を下ろしてしまいました。

「いけませんな。あの二人が離れているので、一つの魔法で引っ張ることができません。城の中まで伝わっては大変なので、できれば範囲の小さな魔法にしたいのです。あの二人がもう少し近づいてくれると良いのですが」

 そこで、彼らはそのまま待ちましたが、火事場泥棒の兵士たちは、それぞれてんでに宝探しをしていて、間の距離はますます離れるばかりでした。そのくせ、一人ずつを捕まえようとすれば、もう一人が必ず気がつく場所にいます。

「一応警戒はしているようだな」

 とオリバンが渋い顔をします。

 すると、セシルが急に思いついたように言いました。

「いい作戦がある。私にやらせてみてくれないか?」

 いったいどんな作戦が、と見つめたオリバンと青の魔法使いに、彼女はにっこりと笑ってみせました――。

 

 

「よう、どうだ。そっちは見つかったか?」

 角飾りの兜をかぶった男は、一緒に焼け跡を探し回っている仲間に声をかけました。もう一人は焼け残った屋根の残骸を持ち上げ、下をのぞいて言いました。

「ねえなぁ。ほんとに、嫌になるくらいすっかり焼けてるぜ。大将も、こんなに徹底的に焼き払わねえでおきゃぁいいものを」

「まったくだ。街が残っていりゃあ、そのまま俺たちが使えたし、島から嬶(かかあ)たちも呼べたのによ」

「大将は、ここは約束の場所じゃねえって言ってるぞ。ここもそのうちに出発するんだろう」

「あぁ? また進軍かい? 勘弁してほしいな。島からどんどん遠くなるじゃないか。みんなを呼ぶのが大変だぞ」

「俺も、この辺で充分だと思うがな。『外』の国が海岸からここまでずぅっと俺たちのものになったんだ。これ以上広い場所を手に入れたって、耕して手入れするのが大変にならぁ」

 彼らは元はアマリル島の農民です。国々を征服することを、自分たちが耕す農地を手に入れること程度にしか理解していません。

 彼らはまた焼け跡に金目のものを探し回りました。細工を施した家具の破片や、美しい飾りタイルなどが出てくるので、相当裕福な街だったことは間違いありません。これが焼けずに残っていれば……という気持ちが、また不満のことばになって出てきます。

「大将は厳しすぎるんだよな。徹底的にやり過ぎるんだ。見ろよ、この有様。本当になんにも残さねえでよ。街を焼かなけりゃ、街の連中だって逃げ出さなかったし、その中には女だって大勢いたんだぞ」

「そうだよなぁ。あの城は食い物や酒はたっぷりあるんだが、それだけじゃ足りねえってことを、あの大将は理解できねえんだよな」

「神官様だからかね。女断ちでもしてるんじゃねえのか」

「俺たちは神官じゃねえよ。あぁあ、その辺からいい女が出てこねえかな!」

 会話がだんだん下世話な内容になっていきます。

 

 すると、瓦礫の山の向こうから急に物音がしました。からからと何かが転がり落ちていく音です。二人の男は、はっとして、崩れた壁の陰に身を隠しました。

「人がいるぞ」

「副大将が戻ってきたのか?」

 ささやき合って、先ほど偵察の青年が飛び出していった門のほうを眺めますが、戻ってくる人影はありません。そこで音のした方へ行ってみると、灰色のフード付きマントをすっぽりと着込んだ人間がいました。背中を丸め、焼け跡で一生懸命何かを探しています。

 フードの下から長い金髪がこぼれているのを見て、男たちは驚きました。

「神様が俺たちの願いを聞いてくれたらしいぞ。ありゃぁ女だ」

「街の住人が戻ってきたんだな。他にもいるか?」

「……いいや、いないな。あの女一人だ」

 二人は顔を見合わせて、にんまりしました。物陰から出ると、焼け跡を探し回る女に、そっと左右から近づいていきます。同時に飛びかかって捕まえるつもりだったのですが、それより先に女が顔を上げました。男たちを見ると、ぎょっと顔色を変えます。

 けれども、男たちのほうもびっくり仰天していました。フードの女はまだ若く、彼らがこれまで見たこともないほど美しい顔をしていたのです。

「こりゃこりゃ! 『外』の女ってのは、みんなこんなに別嬪(べっぴん)なのか?」

「おっと、逃げるぞ! 捕まえろ!」

 フードの娘が走って逃げ出したので、男たちは後を追いかけました。あたりは家々が焼けて崩れたままになっている場所です。娘はすぐに瓦礫に突き当たって、先へ進めなくなってしまいました。乗り越えて逃げようにも、焼けた瓦礫はもろくて、とても越えることができません。

「さぁあ、もう逃げられないぜ」

「俺たちにつきあいな、別嬪さん。おとなしくしてりゃ、痛い目には遭わせねえからよ」

 二人はにやにやしながら獲物を追い詰めていきました。娘は後ずさり続けますが、とうとう焼け落ちた壁際に追い詰められて、それ以上下がれなくなってしまいます。そこへ風が吹いてきて、娘のフードを後ろへ飛ばしました。長い金髪にすみれ色の瞳の、本当に美しい娘です。男たちが歓声を上げて飛びかかっていきます――。

 ところが、次の瞬間、男たちは凍り付いたようにその場から動けなくなりました。喉元に鋭い剣が押し当てられたのです。二人の間で二本の剣を持ち、胸の前で交差させて切っ先を突きつけているのは、金髪の娘でした。後ろへ払いのけたマントの下には、鎖帷子と白い鎧を着込んでいます。

「さあ、もう逃げられないぞ、阿呆ども。私につきあってもらおうか。おとなしくしていれば、痛い目には遭わせないでやる」

 と娘はたった今言われたことばを返してきました。口調もまるで男のようです。男たちは返事をすることができませんでした。青ざめ、目を白黒させて立ちつくすだけです。

 ふん、と娘は馬鹿にするように鼻を鳴らすと、空中に向かって言いました。

「いいぞ、青殿。そっちへ引っ張ってくれ」

「承知」

 どこからともなく武僧の返事が聞こえたと思うと、セシルと二人の男たちはザカリアの焼け跡から消えていきました――。

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